不安要素

 朝食を終えしばらく黙々と皿を洗い(皿くらいは自分で洗うようにしている)、夏海もまた黙々と掃除機をかけてくれたあとの事だ。


「そういえば夏海、そろそろ学校行かなきゃ遅刻しちゃわない?」


「なーにいってんの、今日祝日だよ」


 少しからかうような口調だった。


「え!そうなの…。んじゃあ、なんで制服着てんだよ」


「文化祭の準備があるのよ」


 なるほど。それでいつもよりゆっくりで大丈夫な訳か。


圭吾けいごは今日もバイト?」


「そーだよ。新しいとこ」


「またぁ?場所は?」


「上り方面の隣駅の駅前」


「え!じゃあ私の高校と方向同じじゃん」


 夏海は無邪気な子供のように驚いた。


「あーそうだったっけか」


「じゃあさ、一緒に行かない?」


「いや俺は電車代もったいないから徒歩で行くよ」


「…そっか」


 夏海は突然声のトーンを下げた。


 彼女は続ける。


圭吾けいごはさ、ほんとにがんばってるよね」


 がんばっている、というのはバイトの事だろうか。もしそうなら全くそんなことは無い。寧ろどのバイトも長く続かずに色々な職場を転々としているのだからダメダメだとも言える。


 彼女は更に続ける


「フツーさ私とか圭吾とかの年頃ってもっとお気楽に、遊んだりしてるもんなんだよ」


「そりぁあ高校生はそうだろうけど、俺はそうじゃないから」


「…でもさ、圭吾のお父さんのこともあるし」


「親父は関係ないだろ!」


「ごめん」


 俺としたことが感情的になってしまった。夏海は少し怯えているようだった。すぐに申し訳ない気持ちが込み上げている。


「…いや、こっちこそごめん。大きな声を出した」


 幼なじみが中卒でフリーター。一般的とは言えない境遇だし彼女が心配するのも無理はないだろう。


 夏海は返事を口にする訳でもなくただ弱々しくかぶりを振った。


「この話は終わりにしよう。…電車には乗らないけど駅まで一緒に行こうか?」


 よく考えてみたら夏海には身の回りの世話までしてもらっておいて友人らしいことは最近出来ていなかった気がする。


「うんっ」



 夏海は満面の笑みとは言えないがはにかむような笑顔でそう答えた。

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