エピローグ
何も見えないほどの光が消えると、空に青空が広がり始めた。
濡れた大地に、二人の男が倒れている。
「草野さん」
美紀は健司に駆け寄った。
その胸がゆっくりと呼吸をしているのを確認をしてホッとする。美紀は丁寧に外傷がないかを調べていく。
大きな傷はない。おそらく霊力を使いすぎたのだろう。美紀は健司の額に手をのせて、ゆっくりと気を流していく。
「相も変わらずままごとみたいな恋愛ごっこをしている」
あきれたような声に顔を上げると、神崎が身を起こしていた。
「そんな朴念仁のどこがいいのだ?」
美紀は咄嗟に符を構える。
「お前の符で、オレが止められるとでも?」
「試してみなければわかりません」
普段なら、神崎にはかなわないが、健司と戦った後だ。相変わらず自信に満ちたふりをしてはいるが、おそらく身を起こしているだけでやっとであろう。
今の神崎の態度が虚勢であることは、長年神崎を見てきた美紀にはわかる
「やめろ」
美紀の手に優しい手が重なった。
「彼女を挑発して、止めを刺されようとしても無駄だ」
健司は身を起して、神崎の手に手錠をかける。
「死にたいからといって、俺たちを巻き込むな」
「ふん」
神崎は顔を背ける。
「相変わらず、甘い男だ。オレの命を絶っておいた方が、よほど安全だろうに」
「あいにく俺は公務員なんでね。お前を裁くのは法だ」
健司は神崎を立ち上がらせる。
「お前のそういうところが、オレは大嫌いだ」
神崎は悔しげにつぶやいた。
やってきた『退魔課』の捜査員に神崎を引き渡すとようやく二人は肩の荷をおろした。
「それにしても、綺麗ですね」
伊吹山の山頂に広がる花畑は、色とりどりの花が咲き乱れている。
空は濃い青色で、日差しは眩しい。
雨上がりということで、山頂に人は少なく、まるで貸し切りのような状態だ。
「神崎は結局、草野さんと戦って死にたかったのかもしれませんね」
美紀がぽつりと呟いた。
「彼にとっては、草野さんは唯一の人生の壁だったのだと思います。素直に憧れていると認めるのは、彼のプライドが許さなかった」
「そうかな」
神崎が何を思って戦っていたのか、ひょっとしたら神崎もわかっていないのではないかと、健司は思う。ただひたすらに力を求めてはいたけれど、その先は見えていなかったのではないだろうか。彼にとって力と戦いが全てで。それが目的になった時点で、神崎保という人間はずっと前にすでに壊れていたのかもしれない。
「八坂あのさ」
「なんでしょう?」
健司は言うべきかどうか、悩む。言えばそれは決定的になる。でも、言葉を濁すのは、自分をごまかすのはもう無理だ。
「その……このまま
「やはり私には無理ということでしょうか」
「えっと、そうじゃない」
健司は首を振った。
「結婚しないか? いや、順番違うか。えっと俺と付き合ってほしい。それが無理なら、その、君は俺のそばにいない方がいい。俺の理性は、そろそろ限界だから」
突然の告白に美紀は目を丸くした。
「ノーなら、すぐに山を下りて。そうでないなら」
健司は大きく息を吸い込んだ。
「そうでないなら?」
美紀はまっすぐに健司を見返してきた。
「キス、しないか?」
健司は手を美紀の顎に添える。
美紀の目が閉じられたのを見て、健司は唇を重ねた。最初は軽く、しだいに深く、そして激しく求める。
甘い香りは、花のかおりだろうか。葉に溜まったしずくが静かに転がるように大地に落ちた。
山頂にわたる風は恋人たちを祝福しているかのようだった。
了
雷鳴が聞こえる刻 秋月忍 @kotatumuri-akituki
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