取り調べ
扉を開けて部屋に入ってきた各務の顔は険しかった。
「あの長瀬という女、かなりの悪党だ」
「それは、霊能者として? それとも人間としてですか?」
霊能者としては、中堅程度の実力のように、健司は感じた。けっして、力がないわけではないけれど、『退魔課』などの第一線で戦うには、心もとない程度の力。
「まあ、人間としてだな」
各務は眉間にしわを寄せた。
「まず、お前たちの見たとおり、あの店で働いていた受付の少女は未成年で、家出人だ。駅でうろついていたところを拾ってきたらしい。あの女の経営するアパートに住んでいたらしい。名前も偽名を使っていた」
「贄にでもするつもりだったのでしょうか?」
「たぶんな」
各務の答えに、美紀は信じられないという顔をする。
「長瀬はクラリス山田という偽名で、スピリチュアルな団体の代表もしている。極端な自然回帰主義を訴えている団体だ」
「自然回帰主義……」
それは、神崎の要求にも似ている。
「ただ本人の生活などを考えると、単純に世の中をひっかきまわしたかっただけのように感じるがね」
断定はできないものの、彼女の自宅に入った捜査員によれば、ごく普通の生活を送っていたらしい。
理想と現実は違うものなのかもしれないが、電気やガスのある生活を否定していたのにもかかわらず、彼女は電化製品を有効に活用する生活を送っていたようだ。
「生い立ちはかなり複雑だ。親に虐待を受け、児相に保護されて里親に育てられたらしい。その里親が呪言の使い手だった」
各務は肩をすくめた。
「結婚もしたようだが、うまくいかなかったようだ。もっとも、そんな経歴の霊能者は珍しくもなんともない。環境だけが原因ではないとは思う。ただ、ハッキリ言えるのは、かなりこの世の中を恨んでいる」
各務は大きくため息をついた。
「呪言の使い手は、自分の考えを押し通すことに慣れ過ぎて、他人を信用できずに孤独に陥りやすい。長瀬も、そのタイプだろう」
呪言は禁止されてはいない。あまりに本人の意思とかけ離れていれば、拒否できないものではないからだ。ただ、あまり推奨されていない。
人の心を操作するのは望ましいことではないし、連発すれば、術者の心も病んでしまう。
「神崎とはどういう関係なのですか?」
「相田は長瀬の信者で、よくあの店に通っていた」
同じビルの中のことだ。捜査を担当した者たちにも気づかれることがなかったらしい。
「相田から神崎の話を聞いて、神崎と会ったらしい。神崎とは、たまたま同郷だった」
各務は眉間にしわを寄せた。
「神崎と出会った長瀬は野心を抱いた。世間をひっくり返す野心をね。それで、少しずつ神崎に毒を注いだ。そして雷の欠片を手に入れて、神崎に渡した」
「毒?」
「言葉の毒だよ。呪言でなくても、囁き続けることで、暗示をかけていた。神崎はプライドの高い男だったから、落ちると転がるように落ちて行ったのだろう」
「そのお話ですと、神崎は彼女の手駒だったということですか?」
美紀が驚きの声をあげる。どう考えても、神崎の方が霊能者としては上なだけに違和感がある。
「どっちがどっちの、とはわからない。少なくとも脱獄については、長瀬が主犯だ。もっとも相田も長瀬に『使われていた』だけではなさそうだから、皆が皆、利用しあっていたと考えたほうがいいのかもしれない」
「まあ、神崎は単独犯だと主張していますしね」
健司は肩をすくめる。
神崎はあくまで単独で行ったことだと自供している。神崎はプライドの高い男だ。少なくとも本人は、自分の意志で決断して行動したと信じているに違いない。長瀬に操られたなどとは全く思ってないだろうし、もしそうだとわかったら長瀬を殺すくらいのことはしそうだ。
『退魔課』にいた頃の神崎でもそんな危うさがあった。過去を切り捨て、世間を敵にした神崎は、もはや法も常識も超越しているだろう。
「神崎は未だに何をしたかったのかわからない。俺にはただ、何かに飢えているようにしか見えなかった」
神崎は政府に『文明の放棄』を要求した。しかし、戦った健司の印象では、どちらかといえば刹那的に力を行使し理想を追い求めているようには思えなかった。
「神崎は理想を動機にあげて、それ以上は語っていない。獄中の神崎は、信じられないほどおとなしく、従順だったらしい。全てを諦めてしまって、無気力のようだったと聞いている。もっとも、そのせいでこちらに油断が生まれたのだから、奴の計算通りだったのかもしれないな」
各務は大きく息を吐いた。
「長瀬に関しては、明確な『破壊』衝動とこの世界への『呪』が動機がみえる。彼女の思想は、『無敵の人』ってやつだな」
失うものが何もないからこそ、周囲にあるものを壊すことに躊躇がない。
「酷い話ですね」
美紀は悲し気に目を伏せる。
世界を壊すために、彼女はエレベーターで鬼を育てた。定期的に餌として人を喰らわせていたのも間違いないらしい。
普通じゃない。しかし世界を壊したい彼女にとって、周囲の命を奪うことはなんでもないことだったのだ。
「脱獄後の神崎に何を望んだのかは、今、話を聞いている。お前たちは、とりあえず今日はここまででいい。残念ながら支部の宿泊施設は埋まっているが」
「聞いてないです」
東京、名古屋間は、日帰り圏内ではあるけれど、さすがに新幹線で往復するのはきつい。支部の宿泊施設を使うつもりだった。
「すまんな」
「えっと。今からホテルを探せと?」
不満を述べる健司に、各務は口の端をすこしだけ上げた。
「今時の若者は、スマホで検索できるのではないか? それに、外に出て好きなものを食べればいい」
「……今さら、観光する気にはなれませんよ」
健司は首を振った。たぶん、きしめんを食べたいとここを出るときに連呼していたことを揶揄されているのだとは思う。
「宿泊代は、当然経費でおりますよね?」
「ああ。まあ、なんだ。領収書を出しやすいホテルにしてくれ。さすがに、ラブホテルだと経費でおとしにくいのでな」
各務の言葉に美紀の頬が真っ赤に染まる。
「支部長、ハラスメントって知ってますか?」
「そんなにここで夜中も仕事がしたいなら、止めないが?」
つまり夜の間は仕事を忘れて休めということなのだ。いずれ神崎を止めるために、健司は戦わなければいけない。ここに泊まればどうしたって、仕事のことが気になってしまう。
ゆっくり休めという指示なのだろう。わかりにくいけれど。
「了解です。俺たち
健司はわざとらしく美紀の肩を抱く。
美紀の身体がびくんと震えたが、健司は気づいていないふりをする。
「お前にそんな度胸があるならな」
何もかもわかっているかのように、各務は涼しい顔で答えた。
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