推理

 支部から人をよこしてもらい、長瀬を連行する。

 健司と美紀は再び熱田の宮の支部に戻った。

 夜はだいぶ更けている。

「出前でひつまぶしくらい出してくれてもいいのに」

 健司はブツブツと呟く。

 長瀬の取り調べが行われている間、健司と美紀は別室にいた。

 この部屋は仕事で訪れる『退魔課』のメンバー用の部屋で、ソファにテーブル、資料閲覧用の端末、仮眠用のベッドなどが置かれている。もっとも一人用なので、ベッドは一つだけだが。

 美紀は端末の画面をにらみ、健司はプリントアウトされた資料を繰る。ほとんどの資料は電子化されているが、うまくまとめられてはいないため資料はあちこちに散らばっており、非常に見づらい。

「お腹が、すきましたか?」

「ああ、まあね。少し仕事もしたし」

 時計を見れば既に二十時近くだ。比較的遅い時間にお茶をしたとはいえ、そのあと鬼と戦ったりもしている。

「そこにお弁当がありますよ」

「うん。まあ、あるんだけどね」。

 テーブルの上には、コンビニ弁当とカップ麺が置かれている。ペットボトルのお茶に、湯の入ったポット。インスタントのコーヒーまであって、至れり尽くせりではある。

「外に食いに行きたいなあ」

 健司はため息をつく。別段、コンビニ弁当に不満があるわけではない。

 各務にある程度の調べが終わるまではで待てと言われている。おそらく取り調べには時間がかかるだろうから、ふらりと抜け出しても問題はないはずだ。

 とはいえ。命じられた以上は、待機しなければいけない。何時まで待てばいいという問題でもないので、拘束されているという気持ちの圧迫感が強く、それが健司のストレスになっていた。

 健司は無意味に待たされるのは苦手だ。自分が待つと決めた時なら話は別だけれど。

 うんざりとしている健司とは対照的に、美紀は精力的に資料に目を通している。

「やはり、沢口が結界破りの符を持って行ったと思われますね」

 脱獄時の調書を読みながら、美紀は結論付けた。

「沢口自身に霊力はないという話だが」

「他の誰かが作成すれば問題ありません。沢口ではせいぜい結界にヒビを入れる程度かもしれませんが、一度亀裂が入ってしまえば、後は神崎が何とかできるでしょう」

 監視カメラの画像によれば、接見時沢口は資料を持って待っていた。接見室に入ってきた神崎が気弾を打って接見室のアクリル板に大穴を開ける。そばにいた警官は呪言によって動きを封じられた。

 その間、およそ十秒。神崎は、自分で穿った穴を抜けて、衝撃で床に倒れた沢口から何かを奪って、逃走した。

 沢口の証言では、財布を奪われたらしい。カメラでもその様子は確認できている。

 ただ沢口の怪我は軽傷で、いくら衝撃に驚いたとしても、実に簡単に財布を奪われていてやや不自然ではあるが、呪言をもってすれば、たいして不思議でもなんでもない。

「結界破りの符によっては、行使したときに符そのものは消失しますし、そうでなくても沢口の手から回収することも可能でしょう」

「そうか。それにしても、それだけの計画をどうやって立てたのだろう」

 接見時の会話は当然記録されている。手紙も監視されていて、当然、それは神崎も知っていただろう。何しろ、神崎自身、『退魔課』の人間だったのだから、自分がどのように扱われるかくらい知っていたはずだ。

「これは推測ですが」

 美紀は言いながら、差し入れられた本の画像をディスプレイに映した。

「見てください。この本。半分以上が、『古本』のようなのです」

「え? あ、そうだな」

「資料部に問い合わせてみましたが、本の中に、鉛筆の書き込みがあるものもあったと」

「書きこみかあ」

 健司自身は、本に書き込みをするのは好きではないが、そういう人物がいることは知っている。

 学校の教科書や参考書にするのと同じ感じなのだろう。

「今、さらに調べていただいておりますが、ひょっとしたら、本の中の書き込みで計画を練っていたかもしれません」

 美紀は次に、神崎の出した手紙のファイルを開いた。

「神崎は必ず、感想を書いて送っています。たとえば甲と乙だと乙の方が好みだとか」

「つまり、計画について意見を述べていたというわけか」

「そうですね。まだ、本そのものを調べていないので、確証はないですけれど」

「なるほどなあ。さすが八坂だ」

 健司は感心すると、美紀は顔を赤らめた。

「そんな……ただの、推測ですし」

「八坂の自己評価はいつも低い。謙虚な性格のせいもあるけれど、半分は神崎のせいだと思う」

 健司はため息をついた。

「神崎と三人で仕事をするたびにいつも思っていた。奴はいつも君を罵倒して下にみていた。奴は確かに天才かもしれないけれど、俺は奴を許せないと思っていた」

 そもそも、神崎の要求していることはいつでも無理難題だった。それを及第点でこなすことができる美紀もまた、天才なのだ。爆発的な攻撃力など持たぬ美紀ではあるが、攻守にバランスの良いオールラウンダーで、しかもそれ以外についても、実に優秀なのだ。

「思うに、八坂の仕事を奴は正当に評価してなかった。そのせいで君は自分を過小評価しすぎている。もっと自分の仕事に自信を持っていい」

「草野さん……」

「俺は、八坂が相棒で良かったと思う。正直、誰かと組むなら八坂がいいと思っていた」

「ありがとうございます」

 八坂の目が潤んでいて、ドキリとした。涙を隠そうとうつむいた仕草に思わず手をのばしたくなる。

「八坂、俺」

 健司が決定的な言葉を口にしようと思ったその時、部屋のドアを叩く音がした。


 


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