パステルインクの国

 私たちはシロ氏と別れると東海道新幹線のホームへといた。東海道新幹線のホームはスーツを着た人であふれていて、これもまた日本の景色なのだろう。日本人はとにかく移動が好きなようで、駅は一定数の人がいるし、それにくっつくように売店が並んでいる。東海道新幹線はその名の通り幹線であり、名古屋、大阪、そして博多と大都市をつないでいるのでとりわけ重要な路線だった。その昔飛行機で行き来していたらしいが飛行機が飛べなくなって久しい。とっくに地上を移動するのが当たり前になっていて、選択肢は一つしかなかった。寝台列車も一部通っているようだがあれは観光用で海外から来た重役を招くのに使われるとスピカは言っていた。

「シロちゃん元気だったね」

「以前はそうではなかったのですか」

「うーん。というより忙しい感じ?」

「東京でテロがあってその事後処理をしていたらしいよ。それこそ重装備で都内各所を行ったり来たりで活動拠点のオフィスにはいなかったみたい。私も新宿で初めてスズキの命令で参加して、その時にシロちゃんにあったんだよね」

シロ氏はテロ活動を是としない。だが政府の下した決断も是としないちょうど中間の立ち位置だった。市民派なんて言われたこともあるらしいがそうそう市民を助けていたわけでもないらしい。

「シロちゃんは貧富の差が激しくなった日本からの脱却が目的なんだ。キリカもほかの国を見てきたからわかるだろうけど、東京って新宿も、八重洲もどっちも散々だったでしょ。移動手段もままならないし、エネルギー供給だって安定しない。過激派のせいでね。もちろん彼らは威嚇だけでなく本当に殲滅を考えているから殺しにかかってくる。そんな時、キリカだったらどうする?悪を殺して正義になる?悪を是として悪に染まる?シロちゃんは前者なんだよ」

小難しい話をホームで新幹線が来るまでしていた。

新幹線が到着すると人の流れは新幹線へと向かう。東海道新幹線は先進装備が多く積まれていて、もちろんJR自体が独自電源を持っているので停電なんか起こりえないのだけれど万が一のための発電装置と数日分の食料を新幹線の下部デッキに積んでいるらしい。最高速度での運行は無理だとしても最寄りの駅について、椅子で生活することはできるらしい。新幹線自体は東北新幹線と比べると若干ワイドになっているだろうか。車内はというとさほど広さは変わらなかった。

「北海道新幹線に乗ったから慣れちゃったんだよ。東北新幹線と違って北海道新幹線は豪勢な造りだからね。もちろん最大限ストレッチしてるからワイドボディで車内も五アブレストだから広めの設計になってるね。っていても私たちは個室だったからかなり広かったんだけど、こんなもんだよ。東海道新幹線も個室あるけどどうする?車内に入ってからでも変更できるからそうしたかったら変えておくけど」

「ではお願いします」

「情報漏洩はまずいもんね」

そういうとホームから新幹線に乗り、通路を通って車掌室に向かう。

「すみません、個室に変更してもらえますか」

そうスピカが言うと切符の出し直しとICカードの登録が必要だからと言って端末をもってきて私たちはタッチした。

「持っている端末がカギになりますのでとじ込みにご注意ください」

はいと短めに答えると私たちは個室のある車両へと向かった。グリーン車と呼ばれる貴賓車両のならびに個室の並んだ車両があった。五部屋ほどあっただろうか。どの部屋も赤く点灯していて、私たちが指定された部屋だけ緑色に点灯していた。

「ここだここだ」

そういうとスピカは端末にタッチする、すると自動ドアが開き部屋に入る。東北新幹線のそれと比べると少し簡素なイメージがあったがビジネス路線ということもあるんだろう。

「電気使うものはここで充電するといいよ。西向きは電源が自由につかえるから」

私は充電が必要なものは一切持っていなかったので聞き流したが、よく考えてみればこの端末は何で動いているのだろうか。

「あ、その端末はね。充電するとちょっと面白い使い方ができるんだよ」

そういうとスピカが持っていた充電器を使い私の端末を充電し始めた。同時に新幹線も動き出し車内放送が流れ始める。次は名古屋に停まるらしい。名古屋まで約一時間半ほどかかるのでその間にタイプでも進めて、二度と同じことがないようメンテナンスもしようと思い、タイプを開けてガチャガチャとタイプを分解し始めた。

「はーい!でーきた!」

「充電ですか?」

「うん。ここにアンテナのマークがあるでしょ?それは回線の状況を示していて、バッテリーのマークってなかったと思うんだけど、右上に電池のマークがあるでしょ」

「この雷のマークのところですか」

「そうそう、端末自体は外部の電源がなくても十年くらいはバッテリーが持つんだど、突然大きな電力が必要になった時の瞬発力に乏しいんだよ」

「その瞬発力が必要になるときがあるんですか」

「この端末はね、護身用も兼ねているの。だからこうしてアンテナを相手に向けて、タッチして、個々のボタンを押すと…」

するとアンテナの先から火花が出た。

「これは何ですか」

「スタンガンだよ、もちろんその機能は基本的には隠されているんだけれど私たちの特殊仕様の端末なんだ。多分世界中を飛びまわるからこの端末をあてがってくれたんじゃないかな」

「これが人に当たるとどうなるのですか」

「ビリビリってなる。最悪気絶するけどね」

そんな危ないものだったとは夢にも思わなかった。

「だから充電して持っておくといいよ。ほかの国の電圧にも対応してるし、はい、これ充電器。あげるね」

充電器を受け取ると途中になっていた充電を再開しなおす。向かい合わせになった車内にコンセントがそれぞれの席に一つずつついていたので手前のコンセントを使って充電した。スピカは小銃からライトを外してライトを充電していた。

「このライト明るいのはいいんだけどすぐにバッテリーが無くなっちゃうのよね。そのくせ充電時間がかかるからそろそろ変えたいんだよ」

1911にはライトをマウントする箇所がないので単純な小銃としての機能しか有していない。

「あ、それライフリング交換してあるけどしっかり手入れしないと弾が飛ばずに暴発するから注意してね」

そんなことを急に言われても困る。私自身小銃を使う機会にあったことがないのでどんなものなのかがまだあまり理解できていないのだ。シューティングレンジで数発撃ったけれど私の手には余る重火器だと感じた。ターゲットを狙ってもなかなか思う方向に飛んでいかないのだ。スピカによると変に力が加わっていると多少左にずれて着弾するとのことで、これは押さえる左手がおろそかで右手に頼りすぎているのだという。もちろんそんなことを言われてもわからないし、どうすればまっすぐ飛ぶのかもわからないが、使っているうちに慣れるといわれた。使うような事態にはなりたくないのだけれど。

「さ、久々の西方面!まずはお弁当買わなきゃ!あ、あとアイスおごってあげる!」

そういうと一目散に部屋を出ていき買い物に出かけた。数分後帰ってきて、弁当を三つとアイスを二つ買って戻ってきた。

「キリカの分のお弁当はこっちね。私の分はこっち」

一つ弁当をテーブルに置いた。幕の内と書いてあることだけは理解ができたが中身がどうなっているかまでは知らない。

「そんなことはどうでもいいの。まずはアイス!」

霜のついたアイスをスプーンと同時に渡してきた。

「ではいただきます」

私はカップを開けて食べようとスプーンを刺そうとしたがこれがなかなかスプーンが入っていかない。力任せにスプーンを入れると嫌な音とともにスプーンが折れてしまった。

「引っかかった!キリカって期待を裏切らないよね」

「どうしてこんなに硬いのですか?」

「それはわからないけどこのカチコチのアイスが東海道新幹線の名物なんだ。だからせっかくだからキリカを実験台にしたわけ。はい、これ替えのスプーンね」

スプーンをもう一本もらうとあまりに固いのでちまちま食べることにした。スピカもちまちま角を作ってはそこにスプーンを入れて食べている。満足げに外を見ながら食べていた。

「どう、東海道新幹線」

「どうも何もまだ乗って数十分じゃないですか」

色々な機能があるから試してみるといいといわれ通路側にあるボタンを押してみると窓がだんだんと黒ずんでいき部屋が真っ暗になり、読書灯が灯る。

「これは長距離列車ならではの装備だね。博多行きの人は個室に乗る人が多いから道中寝たいんだろうね。だから寝るために部屋が暗くなるようにできてるんだ」

なるほどと思いもう一度スイッチを押すとだんだんと明るくなっていきホワイトアウトする。東海道新幹線は雪は降っていないわけではないがところどころに雪が数センチほどあるだけなので直に日が当たりまぶしい。窓の中央下を見るとそこにもボタンがあり、こっちは光を遮蔽する機能の様で外が見えるが幾分直射日光を遮ってくれる。少し窓を暗くし、室内灯を最大限明るくして外を見ながら二人でアイスを食べていた。アイスを食べ終えると、スピカは今度は弁当に手を出し始める。私はというとあまりおなかが空いていなかったのでテーブルに置きっぱなしにしていた。

「ここを引っ張るとね。一気に蒸気が沸いてあったまるんだよ~」

得意げなスピカは弁当を温め始めて蒸気が止まると弁当を開け食べ始めた。同じ幕の内弁当なのでどんなものかと覗いた。

「これね、白いご飯の真ん中に梅干しが一つ乗っかってるの。なんだか日本の国旗みたいじゃない?」

「いわれてみれば」

「まぁ実際は関係ないみたいなんだけど新幹線の幕の内といったらこれって感じがするよ」

外を見ながらパクパクと食べていた。食べてる途中にライトの充電が終わったらしく弁当を一旦テーブルに置き、今度は銃を充電し始め、小銃の上には布をかぶせてわからないようにしていた。食べながらスピカは

「私のはサイトが光電式だから定期的な充電が必要なの。改造してとにかく軽くて強くしたんだけど定期的な整備が必要で結構面倒くさかったりはするんだ。でも私の愛銃だからこうして愛でてあげてるの」

そういうとまた箸を動かし始める。私はタイプをそこそこバラバラに分解していたのでそれをもとに戻す作業をする。

「それにしてもこの新幹線、ゆれないですね」

「ん?それは個室の客車は造りが違うからね。普通の車両は細かい振動がするよ。

「さっきからタイプを分解しているのに、部品が全く動かないなと思ったらそういう理由でしたか」

普通の客車と比べると割高感が否めないが窓といい、揺れといいこれだけの装備がついていればそれぐらいは払ってもいいかという気になった。

名古屋を通過し大阪へと向かい再び加速を始める。約三十分程度で大阪へと着く。その後は三時間程度博多まで走りっぱなしになるようで新幹線もスピードをどんどん上げていき、次第に外の景色がものすごい勢いで過ぎていくようになった。

「本当にゆれないですね。これだけ速度がでていますのに」

「だから、ほかの客車とは違うのよ。ほかの車両に行ってきたらいいよ。車内で文字を書くこともできないくらいには揺れてるよ」

そういわれ私は少し新幹線の中を散策してみるのだった。トイレ、洗面台は個室車両についていたので他の車両に移る必要など本来なら必要ないのだろう。強いて言えば喫煙だけは普通車両でしか吸えないのでそれ以外には移動はない。一つ隣の車両に行くとグリーン車だった。それなりに外国人が乗っていて、リクライニングとオットマンのおかげでリラックスしているようだった。その次の車両が普通車両になる。車両と車両のつなぎ目に差し掛かったが明らかに普通車両と揺れが違ってカタカタと小刻みに揺れているのがわかった。それと比べるとグリーン車はゆっくりと揺れているイメージだろうか。普通車両に移った瞬間にトンネルへと入り、トンネルの中で新幹線同士がすれ違った。風と風がぶつかり合うのだろう。私は大きく体が揺れた。普通車両につくと青いシートが何列も並んでいる。5アブレストの車両は混んでいて、ところどころでは会議をしているようでシートを回転させて対面で話していた。客室と通路の間の上部に液晶画面があり現在時刻とスピードが表示されていた。350Km/hで走行中らしい。部屋に戻るとスピカがいなかった。私は途中にしていたタイプを直しにかかる。するとスピカが戻ってきた。

「あ、行ってきた?すごかったでしょ」

「はい。ここからは想像ができないくらい揺れてました」

「まぁこの速度だもんね。昔はもう遅かったから揺れなんてそんなに体感するほどじゃなかったんだけれど。それでも山陽区間は揺れない方だよ?東海道区間はレールが古いからもっと揺れるんだよね」

キリカによると北海道新幹線もかなり新しい線路を使っていて揺れはあまりないらしい。確かに揺れはあんまり感じなかった気がする。

広島を過ぎるあたりでタイプも調整が終わり、私も弁当に手を付け始める。紐を引っ張り蒸気がでて、あったかくなった弁当を開け、食べ始める。

「これ、ごはんが温かくなるのはいいのですが野菜まで温まっててなんか微妙な気分です…」

「そんな細かいこと気にしない。キリカは本当に日本人なんじゃないかってくらい繊細な時があるよね。もうそのまま日本人になり切っちゃえば?」

「いえ、私はスメリアの育ちですので」

「大丈夫大丈夫、日本人じゃないのに日本人を名乗っている人なんてざらにいるから」

そういう問題ではないといいたかったが言い淀んだ。

下関を過ぎ関門トンネルを走行しながら案内放送が流れる。あと三十分ほどで博多に到着するという。するととてつもないスピードでホームを通過していく。

「新幹線って敷きなおしがきかないから小倉とかホームをすごい勢いで走って行っちゃうんだよね。ドアがあるからいいけど、風圧はすごいらしいよ。

だんだんと速度が遅くなっていく。

「いよいよ博多だね。福岡だよ。かなり遠いよね」

大陸を横断してきた私からしてみるとそんなに長い距離ではなかったが個室はリニアよりもはるかに居住性がよいのであまり距離は感じなかった。

博多に着き、コンコースまで行くと大理石をふんだんに使われていて高級感のある空間が広がっていた。天井も高く照明も暖色系で緊張感のない空間が特徴的だった。

まずホテルに向かおうと思い、MRTに乗り換えようとするとスピカが

「え、どこに取ってるの、次のユウキさん?は博多よね?どこに宿をとったの?

「中州ですが、天神にも近いですし、博多も近いので。ビジネスホテルですが」

「ちょっとまってね」

そういうと端末を出し画面をタップしていた。

「はい、博多駅前に取ったから今とってる宿キャンセルして」

「そういわれましても」

「いいのいいの、気にしない気にしない」

言われるがままにホテルへに向かい後ろをついていく。するといかにも高級感のある外壁のホテルに着いた。

「予約したスピカです」

「おかえりなさいませ」

そういうとICのタッチを要求された。タッチを終えるとルームキーを二枚もらう。

「こちらで館内の各設備をお使いいただけます。」

温泉から自動販売機の飲み物まですべてがIC 管理されているらしい。

部屋に着くとまず荷物を片付ける。インクリボンの在庫を調べてから、在庫数が少なくなっていたのでスピカに頼んで文具屋を探してもらった。天神にあるらしい。ユウキ氏に会うまでに一日時間があるのでついでに散策することにした。

天神まではMRTで二駅で天神に着く。その間がちょうど中州という場所になる。天神も中州も歓楽街だが天神の方が若者が集まる街らしい。天神に着くと地下道がかなり整備されている。地上に出るとその理由も合点がいった。地上は自動車が多く排気ガスの臭いがすごかった。蒸気機関を使った自動車も多く走っているが前時代的な石炭をエネルギーにした自動車も見かけることができた。その辺東京と比べると車移動が多い街らしい。

「道路が広いねー」

「そうですね。東京も広かったですが、それに対して自動車の数が違いすぎます。それに道路の手入れがしっかりしていますね。ただ自動車のレベルは少し下がりますが」

一人ひとりの所得が昔と比べればはるかに下がっているので当然自動車のグレードも下がる。東京で車に乗るのは一部の富裕層に限られているので環境面では東京の方に軍配が上がる。

地上は大きなビルが点在するので一概に似ているとは言えないが屋台が沢山出ていて、台湾に近いものがあるなと感じた。

天神でインクリボンを買うと屋台で食事をしようと提案すると

「あれ、ぼったくりだから入ったらだめなんだよ?」

と否定された。どうやら博多の屋台は常連客以外には法外な金額を出してくることで有名らしい。日本人なら常識だといわれたがスメリアの人間なのでそこらへんがわかるはずもない。

「ねぇ、ユウキちゃんってどんな人なの?

「わかりません。というかユウキちゃんと呼んでいいのかどうかもわかりません」

「いや、女の子ならちゃんでしょ。男の子でもちゃんでしょ」

「どちらもちゃんじゃないですか…」

あきれたように言うと私の心境を見抜いて

「うわ、今面倒とか思ったでしょ」

と言われた。図星なのだが丁重に否定をしておいた。

「ユウキ様は音響兵器の専門と伺っております」

「音響兵器って何?

「ソナーとかではないでしょうか。あのイルカ同士の交信に使うやつです」

「イルカを作ってるの?」

「厳密には少し違うと思います」

私たちは天神で用事を済ませるとホテルに戻って窓際のテーブルの椅子に腰かけた。

「ねぇ、キリカはこの度で感じたことってある?

「たくさんあります。」

「例えばどんな?」

「私は私なのだけれど私ではないということです」

「なにそれ」

ただただのうのうと手紙を書いているだけが仕事ではなかった。悲しみも、怒りも、楽しさも、そしてスピカといる喜びも。どれもこれも大切で捨てられないものだった。今思えばなぜマザーは私に手紙を書くように命じたのかはわからないけれども、情緒というものはひとしきり学んで出たつもりなので全くの真人間というわけではない。それでもなるべく感情を出さないように取り組んできたつもりだった。

「私、スメリアをでようかと思うんです」

「今も外じゃん?」

「いえ、そういうわけではなくて」

スメリアをでて考えたこと、感じたことをスピカに話した。

「うーん。私はスメリアで平和な暮らしができるならその方が幸せだと思うな。

「きっとそういうと思ってました」

「あーでもでも、私たち活動家がやっていることは意味がちゃんとあるからその辺を弁えていればどこにいてもいいと思う。私は日本しか見たことないから海外のことは知らないけれど」

「そうです。日本人だけではなく、各国の方々が自国以外の情報を一切遮断されているのです。なので私はその橋渡しをしたいと思っています」

「それはルール違反じゃない?場合によっては私も敵になるかもしれないよ?」

「それでもです。スメリアは恵まれすぎているのです。私はスメリアの中の“楽園”と呼ばれていた場所で何不自由なく生活をしてきました。しかし世界は全く違ったのです。飢餓や貧困に苦しみ、互いのモノを奪い合うことでしか自己肯定をできないのです。ですから私は少しでもその細くなってしまった平和な世界を取り戻したいと思います」

「理想論ではそう言えるよ?でもそんな簡単にできることじゃないと思うんだ。私たちも活動家として日本で、もっと小さく言えば東京で戦っている。だけどそれでも東京は一向に良くならない。政府のせいもあるし、生府のせいでもある。生殺しってのはこの状況のことを言うんだろうと思うんだ」

「私は活動家ではありませんし、今後も戦って平和を目指そうとは思いません。できることをできる限りやっていきたい。そう思うだけです」

「何度も言うけど理想論ではそう思っている人ばかりだよ。何をして平和にしようって思ってるの?」

「手紙です」

「手紙?そんなので平和になると思ってるの?」

「はい、言の葉は時として多くの人間を悲しませ、時には殺してしまうこともあります。ですが言の葉はしゃべる言葉を指すのではありません。文字で伝えるとほんの少しですが自分の正直な気持ちを伝えられるのです」

「うーん。私にはわからないや。でも、少しキリカにかけてみたいという気持ちには最近少しずつなってきてるんだ。私も心境の変化って漢字かな」

「スピカ…」

「キリカとは仕事上の付き合いだけにして他のことではかかわらないようにしようと思って会うことを決めたの。でもね、キリカが言葉を紡いでいるときってなんか悲しそうな顔をしてるの」

「私が、ですか」

「うん。なんかもうこの人たちの将来はないんだろうなって深層心理では感じてるんじゃないかなって思ってた」

「確かに私も今まであった人たちが今も生きているかどうかはわかりませんし、仮に生きていたとして、だれがどのように死ぬのかも想定できません」

「そう。スズキだって私にしきりに連絡をよこすし、シロちゃんだって私と時々連絡するかもしれないけど、もしかしたら明日死んでいるかもしれない。そういう恐怖はあるんだ」

「それで」

「え?」

「いえ、以前北海道に向かうときに一緒に新幹線の中で寝ましたよね?」

「うん、それがどうした」

「スピカは泣いていました」

「え、ないない」

「それが、あるんです。スピカこそ大切な人を何人も失ったのではないですか。友人、家族、仲間」

「聞かれてたんだ…そっか…」

溜息をつきながら外を眺めるスピカ

「私はね、人は死ぬと星になるんだってずっと思ってる。だからよる見る星はとても大切なの。星の数を数えるたびにとても悲しくなってくる。だから毎日夜を迎えるのは怖いんだよ。怖くて怖くて、本当に身震いする。そこでキリカが来て、一緒に旅をして。生きている仲間がすぐ近くにいるって思えるようになった。それはとてもうれしいことだったの。でもキリカはスメリアの人、必ずいつかは私のもとをいなくなってしまう。そしたらまた私は一人ぼっちなんだ」

「そんなことはありません。一緒に旅をしませんか?」

「⁉」

「私と手紙を書く旅に出るのです。もちろん言語は教えますし、それぞれの国のルールも一通りは覚えていますから戦闘になることは全くないとは言えませんが少しは平和を作り出すことができるのではないでしょうか」

「平和を作り出す…。平和を取り戻すではないのね…」

「それ以上はスピカの考えることです。私が無理強いすることでもありません」

「スズキがどういうかな。私はずっとスズキの守り人をしていたからスズキのもとを離れるのは正直躊躇うし、離れたらスズキはどうなってしまうんだろうとも思う。でもそれ以上でもそれ以下でもないんだよね。だから私は私なりの答えを導き出す。だからキリカ、もう少し、私に時間を頂戴?」

「もちろんです。さぁ、明日は早いのでもう寝ましょう」

「ねぇ、一晩でいいからキリカと一緒に寝てもいいかな」

「いいですが、狭いですよ」

「そういうことじゃないの。人のぬくもりってどんなものかなってもう一度感じておきたいの」

結局もう一つのベッドには鞄を置き、買ってきたものをバラバラにして、キリカとスピカは一つのベッドで寝ることにした。もう泣かないで、スピカ。そう思いながら。

翌日はよく晴れていて、日差しが部屋にさした。

「キリカおはよー」

「おはようございます。コーヒーの準備ができていますよ」

「ありがとう」

そういうとベッドの上で勢いをつけて上体を起こすとキリカの方を向いた

「昨日話したこと覚えてる?」

「はい、もちろんです」

「ならいいんだ。あんまりにも突拍子もなくて夢なんじゃないかなって思っちゃって」

ゴソゴソと動きながら床に足を付け、リビングルームのテーブルの椅子に腰かけた。

「今何時ごろ」

「七時ですね」

「そろそろ朝食が届くじかんだ」

「え。そうなのですか?」

「モーニングを昨日注文しておいたよ」

「スピカといたらお金がいくらあっても足りませんね」

「スズキのお金だし?それに今お金なんて言うのはあってないようなものだから。ただホテルに泊まるための紙っぺらだから」

モノのやり取りは物々交換が確かに多いし、嗜好品以外の物品もさほど現金を持っていなくても何とかなる。それこそインクリボンを買い足すのには当然現金がいるので一定額は持っていないといけないのだけれど。

凛とした女性の従業員が朝食を持ってきた。今日の料理はフレンチで、久々に食べるスメリアの味だった」

「私チョイスなんだよ。アジアの食事って食べなれてるけど、キリカはずっとアジアの食事だからスメリアの食事もいいかなと思って」

「配慮いただきありがとうございます」

「いえいえ、相互理解ということで」

「いただきます」

「いっただきまー」

私は外側のフォークとナイフを持つとテーブルに並んだ前菜からいただくことにした。サーモンとチーズのカルパッチョ。チーズというのがそもそもアジアにはないので日本で食べることができてる人も少ないのではないではないだろうか。

「スピカ、テーブルマナーが間違ってますよ」

スピカは手近のナイフとフォークを持つと勢いに任せてフォークの上にうまく乗せて一口で食べてしまった。

「うわ、この白いのなんかぶよぶよだよ。味もないし」

「これはチーズといって貴重な栄養素が入っているのです。ヨーロッパでは当たり前のように売られていますよ」

「やっぱりスメリアの人って少し変わっているのかも…」

「いえいえ、私からしたらアジア人の方が変わってます」

「確かに。」

そういって笑うとモーニングを楽しんだ。テーブルマナーを教えると面倒くさがったが、これが淑女としての最低限の知識ですというと

「私、シュクジョ?じゃないし」

「それでも覚えておいて損はないですよ。いつ偉い方と食事をするかわかりませんから」

「偉い人と食事なんてしないからいーの」

モーニングを終えると身支度を整える。キリカもスピカもパジャマをもう一方のベッドに投げて服を着た。

「それではユウキ様のところへ向かいましょう」

「ユウキちゃんだー!」

「スピカ、くれぐれもちゃん付けで呼んではいけませんよ?大切なクライアントなのですから」

ちぇ、というと素直になった。

ホテルを出て、私たちは博多口の駅の右にある建物に入った。

「KITTEってね。昔郵政省の管轄だったんだ。それで日本の郵便には切手っていうのを貼るの。あ、エアメールでも貼ってあるからどこでも貼ってあるか。それをもじってKITTEって名前を付けたんだ。東京駅で走ったでしょ?あっち側に実はKITTEがあるんだよ」

「そうだったんですか、物知りですね」

「スズキの受け売りだから」

建物の中に入ると古いレンガ造りの壁と近代的なガラスの壁が入り乱れていた。

「郵政省のころに建てられたもので、かつて文化遺産っていうものに指定されると取り壊しできなくて折衷案でこういう形になったらしいよ」

一階はから三階はショッピングモールで四階から六階がオフィスエリアだった。

「前から気になっていたのですが」

「なぜアジアの人間は高いところを好むのですか?」

「海外はわからないけど日本ではバカほど高いところが好きって話あるよ」

「それスズキ氏に言ったら気分を害すので言わない方がいいと思われます」

「いったよ。そしたら笑いながら間違いないって言われた」

存外間違ってもいないのかもしれない。シロ氏も少し変わったかただった。

六階に着くと絨毯になっていて異様に音が静かである。以前も同じような経験をしたがこれも同じような類なのかもしれない。

「頭がキンキンうるさいよ」

「どうしたのですか」

「なんか頭がうるさいの」

「君たち!」

そう呼ぶのはユウキ氏だった。

「事前に連絡してくれれば切っておいたのに」

するとユウキ氏は端末を取り出し、何か操作をした。

「あ、収まった」

「これはね、モスキート音って言って。実はそれに改良を加えているんだけれど、階に入ってくる人予防の一つなんだ」

そういうともう一度端末を操作した。

「痛い痛い痛い!」

「そうだろうな、120㏈くらいはでてるからな。あれキリカ君だっけ?君には聞こえないのか。まぁスメリアの蒸気機関は超高音域が出るからもともと耳が馬鹿になっているんだな」

「私には聞こえません」

「まぁ、人除けの安全装置なんだけれどたまに聞こえない人もいるらしいから心配することはない」

もう一度スイッチを切り、部屋へと案内された。

「こっちだ」

オフィスというにはものがなさすぎた。この広さに対して人もかなり少ないように感じる。

「これで全員なのですか」

「そうだよ。うちは実験施設だからあんまり人はいないんだ。大半が技術者だよ。実験に人があまりいると面倒なことになる。以前はもう少しいたんだけれどみんなうるさくて出ていったよ」

そういうと大きなスピーカーの前に連れていかれた。

「スピカ君、君はいい実験になるだろうからそこに立っててくれ、キリカ君はこっちの部屋で見てるといい」

「え、私何されるの⁉」

「まぁまぁ。楽しい実験だよ」

そういうと小さな部屋に連れていかれて窓越しにスピカを見ていた。

「さぁみてろよ」

というと青く光っているスイッチを押すと赤色に変わった。それと同時にスピカが倒れた。

「どうなったんですか?」

「なんて事のない実験だよ。これは衝撃波を出す機械でその波で立っていられなくなるんだよ。

外を見るとスピカが助けてほしそうにこちらを見ていた。

「スピカ、大丈夫ですか」

ドアをあけ近寄ると

「うるさいしなんか前からすごい風が来て立ってられないしなんの仕打ちなの…」

「面白い反応をしてくれると私もうれしいよ」

「全然面白くないんですけど…」

エレベーターホールからここまででかなり疲労したらしく目に疲れが出ていた。

「さぁさぁ、実験も終わったし私の部屋に行こう」

そういうと部屋の端っこにわずかにある対談スペースへと案内された。

「ここは暗室になっていてね。どんな波も打ち消すようにできている。試しに端末を見てみるといい。

言われるがままに端末を出すとアンテナが立っておらず、NotConnectsと表示されていた。

「私が音を専門にしているのは知っているだろうが、世の中のものは大抵波でできているんだ。端末が出す電波も立派な波だよ」

ユウキ氏は波に関してはかなり詳しいことだけは理解ができた。

「これはある意味波の防空壕だな。音響兵器の実験ではかなり大事な施設だ。実際に観測すると死に至るような波もあるからね。

そういうと少し大きめのちょうどA4サイズくらいの箱を取り出して

「これはコンピューターといって色々な実験に用いる。もちろんほかのこともできるよ」

そういうとソフトを立ち上げて私に見せてくる。

「どうだ、タイプしてみたらいい」

文字列が若干異なるものの平らでなかなか指の運びがしっくりこない。が画面を見るとタイプした内容が表示されている。

「君に一台あげようと思って手配していたのだよ。オールドタイプもいいけれど最近のコンピューターもそうそう壊れないから今後はこれを使うといい」

と言われつつ半ば強制的に端末で書くことを余儀なくされる。

「ソフトウェアは自分で用意するんだな。ある程度はうちから持って行ってもらって構わない。今後のサポートも私が行おう」

タイプのインクリボンを大量に買い込んでしまったのでタイプが使えなくなったら使わせてもらうことにしよう。

「では手紙のはじまりだ」

唐突にいうと私は身構えてしまう。

「キーボードに慣れないのは最初のうちだけさ。そのうちこちらの方が楽になる」

おぼつかない指で私はコンピューターに入力していく。スメリア文字が並んでいるのでどこを押せばいいのかはわかるがなんとも慣れない感覚だった。

「SM配列の端末を手に入れるのは苦労したんだぞ。日本はJISとUSくらいしか入ってこないしスメリアではあんまりコンピューターを使わないから出荷量がそもそも少ないんだ。あ、バッテリーが無くなると動かなくなるから定期的に充電するように」

「はい…」

やはりおぼつかない指でタイプしていくのだった。

「スメリアにはこの音響装置のデータを送りたいんだが説明書の書き方をよくわからなくて君を呼んだんだ。私はスメリア語を知らないからね。もちろん技術者たちは英語でもわかるのかもしれないが英語にしたら今度は私たちがわからなくなってしまう。だから説明書は二通言語ごとに書いてほしい」

「かしこまりました」

音響の話をひとしきり行い、いろいろな計算式が出てきて困惑したがコンピューターというのは図面も書くことができるので慣れれば手を使って書く機会など無くなってしまうのではないかと思うほどだった。

ひとしきりの対話を終え

「あとは実際に体感してもらって、どんなものか感想でも書いてもらおうか」

「危ないものじゃないんですか」

「あぶないね」

「では無理じゃないですか…」

ん。と軽く返事をすると笑っていた。

「これでスメリアも銃火器に頼らない軍事が整うだろう。音響兵器のいいところは消耗品がとにかく少ないことだ。弾は撃つと無くなってしまうが音はどんなに出そうともへるものではない」

「じゃぁあとは君に任せるよ」

と言われ私は唐突に

「この先私はスメリアに戻りません」

そう告げた。すると

「そうか、じゃぁ今後は日本で面倒を見よう。もちろんスメリアに通信してほしいときも来るからその時は日本に立ち寄ってくれれば構わない。なんせ福岡なんて辺鄙な土地だ。先に言ってくれればスズキのところまで自分でいくさ」

そういい。スズキ氏とも連携して今後のバックアップをしてくれるらしい。

「本当に決めちゃったの⁉」

スピカは立て続けに

「マザーに言っておいた方がいいよ!」

そういい。私はその連絡は不要だとつづけた。私はもうスメリアの人間じゃない。最初は偽造されたパスポートだったけど日本人として世界を渡り歩くことを決心した。真の平和を目指して。

「じゃぁまたな」

ユウキ氏がそういうとエレベーターホールで一礼した。エレベーターのドアが閉まり、降下を始める。

「冗談かと思ってたんだけど本気なのね。ちょっとスズキと話してくるから待っていて。先にホテルに帰っていてくれて構わないよ」

私は一人博多の街並みを見ながらホテルへと帰る。博多の空は真っ暗だった。スメリアの空は今、どんな色だろうか。

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