クリムゾンの国
札幌駅に着くころには二人とも頭に雪が積もっていた。
「あはは!キリカってば雪まみれ!」
「それは、あなたもです」
「知ってる」
そういって二人目を合わせるとスピカが大笑いしたので私もくすりと笑ってしまった。
「みちゃった。キリカって笑うんだ。ずっとその冷めた目でいるのかと思ったよ」
「私はそんなに冷めていますか?時々笑うことはありますよ。楽園でも毎日子供たちとかけっこをして笑っていますよ」
とっさの嘘をついた。私はスメリアで楽園の片隅で読書やタイプをしていてあまり笑う方ではなかった。むしろ今こんなに情勢が不安定なのに笑えるのは笑うことでしか自分たちの緊張をほぐすことができなかったのだろうと思う。
札幌駅の新幹線のホームは混んでいた。稚内行きがちょうど向かいのホームで出るところでその列車に群がっているようだった。
「稚内って知ってる?楽園って言われてるんだよ」
「どうして?」
「死ぬのに最適だから」
「え…」
今度は困惑してしまった。どういうことだろう。
「寒くて死ぬにはちょうどいいんだ。景色もいいし、治安もいい。日本で安心して暮らせるのはあの辺じゃないかな。行く機会があったら一緒に行こうね。きっと死体だらけだよ。噂によれば」
その噂をにわかには信じたくはなかった。スメリアにいるころには日本はすごく治安のいい国で、食べ物もおいしいし、宿はきれいだし、とてもいい国だと聞いていたし、歴史書にも日本の治安の良さは世界屈指のものだと書いていたから信じていたのに東京に着くや否やあんなアングラな世界へと入っていくとは思わなかった。それでも北海道はずっと治安がよかったから大学もゆっくり見て回ることができた。
「遠い目しちゃって、何考えてるの。早く乗ろ?」
「え、あ、はい」
言われるがままに新幹線に乗り込んだ。今回も隠密のごとく個室での移動だった。行きの新幹線ではスピカが泣いていたことを思い出す。二人ともつらいことはあって、傷をなめあって、帰りの新幹線ではスピカは終始明るく振舞った。また帰りにも四つも弁当を買って乗り込んだ。やはりそれぞれの特産品をご当地を通過するときに食べるのがスピカ的楽しみの一つらしい。札幌をでるとまず食べるのはズワイガニが乗っかったどんぶりだった。これは札幌の普通の駅の弁当ではなくて札幌駅のまさにご当地グルメで注文するとその場で作ってくれて渡してくれるのだ。しっとりとした質感に見えるがカニというのは一体どんな食べ物なのだろう。スピカはとても満足そうにおいしそうに食べていて、私も食べたくなった。
「よくそれだけの量が胃にはいりますね…」
「ん?おいしいよ?食べる?」
「いえ、そういうことではなくて…少し頂いてもいいですか…」
少しずつだけれどスピカとも仲良くなってきた、今まで友人やパートナーという存在はいなかったから複数人で動くのがこんなに楽しいとは思わなかった。札幌の文具店に行った時はオスカー氏と三人一緒に話しながら万年筆を買いに行ったことを思い出す。これも愉しみか。としみじみ感じた。今はこの旅が一番楽しいと思えてきている。重い荷物をもってきたけどそれもスピカが持ってくれて、私はタイプだけ持てばいいし、それにスピカは護衛としても信頼できるから居ていてくれてとても助かった。パートナーといっても差し支えないだろうか。スズキ氏のもとから一緒でまだそんな大した日数一緒にいたわけではないけれど一人旅と比べれば遥かにましだ。今までは何事もあんまり考えずに目の前の仕事に対してとにかく取り組むことが多かったし言語圏も点々としていたから色々な言葉を話したり翻訳したりで忙しかった。参考書に書いてある通りに話す人はいない。中国語圏では特に困った。北京語・広東語・上海語・台湾語とそれぞれが文法は一緒なのに独特の訛りがあるから難しかった。文法に崩しがあったりする広東語は特に難しくて香港では聞いた言葉を理解するまでは困ったがこちらから話すのは北京語で話せば通じるのでちょっと不思議な感じだった。それに比べて日本という国は標準語と言われる文法が基本形なのであまり差し支えることがない。東京・北海道はスピカの話によると特に標準語の傾向が強くて新幹線の途中駅にあたる北青森らへんの言葉はスピカでも理解に苦しむと言っていた。東北地方は特に方言が強くて理解に苦しむらしい。
「っていってもさ、九州にもいくんでしょ?九州も相当訛りが強いから注意しておいた方がいいよ。まぁ?私がいるからそんなに困ることもないと思うけど?」
「信頼していますよ。スピカ」
「うん、正直でよろしい」
「師匠…」
「それは言い過ぎ。一気に嘘っぽくなっちゃったじゃん」
「すみません」
「別に謝るほどのことじゃないけどさ」
というと新幹線が高速で走りながら騒音の中で二人ともわからないくらいの声でくすくすと笑うのだった。
新幹線の中では行きはスメリアの話をしたので帰りは旅の話をしながら過ごした。
「へぇ、リニアってそんなに高速で走ってるんだ。大陸をそんな時間で走るってすごいね」
「そうなんですよ。香港は超過密な町で…」
「一度行ってみたいな。私は日本を出たことがないからその環境がわからないや。うらやましいなと感じるよ」
ずっと話しているうちに仙台を過ぎ、宇都宮を過ぎ、大宮を過ぎたあたりからスピカが真剣な顔になってホルスターから小銃を出した。
「撃ってないから弾は入っていると思うけど、セーフティのロックの解除の仕方くらいはちゃんと覚えておいてよね。東京に帰ったらまた新宿と同じだとおもうから。
それは治安の事だろう。過激派と呼ばれる集団が日本全国から集まってきているからいつ何が起こるかわからないということだろう。
個室だからできることだが、マガジンを抜いて小銃を撃つ構えを教えてもらった。スピカが私の背後に回って
「いい、基本は右手構えなの。左手は照準を合わせるのに使うのよ」
「それにしてもこの武器、重くないですか。図っと構えていると腕がだんだん…」
小銃はそれなりに重くて私の腕では五分と持たずに照準が合わなくなり次第に腕が下がってきてしまう。
「そうね。デザートイーグルは丈夫なのは良いし、弾が散りにくくていいんだけれどその重さは男の人向けよね。そもそもそれスズキのだし」
「そうだったのですか」
「キリカがいない間に受け取ってたんだ。日本にいると安全な場所だけじゃないから」
どこまでも用意周到なのがスズキ氏すごいところだった。パートナーをつけてくれてさらには銃火器類も渡してくれたのだから。
「私のと変えよっか。M&Pなんだけど9ミリで威力はあるのに軽くていいよ。私チューンだから少し癖はあるけどね」
スピカの銃を持った瞬間軽くて驚いた。
「ただ、キックバックは強いからしっかり持って打つのよ?」
デザートイーグルをスピカはホルスターに入れるととっさに出す仕草をした。
「やっぱり重いなぁ。私も最初、一番強いやつが欲しいって言ったらこれ持たされたんだけど慣れるまでに時間がかかるんだよね」
威力と重さはトレードオフの関係にあるようだ。軽い銃ほど弱い。50AE弾はその強さから愛用する人は多いらしいけどそのほとんどが男性向けであり女性向けのモデルはないらしい。
「M92Fなんかも軽くて使いやすいよ。シロちゃんところで装備整えようよ」
「シロ様とはいったいどんなお方でしょうか。スピカもお会いしたことがあるのですか?」
「もっちろん。シロちゃんは色々と武器を回してくれるから助かるんだ。色々なルートを持っていてね。もちろん活動家としての仕事がメインだから武装関係は在庫している分しかないだろうけど。もしなくても数日で届くと思うから自分に合った装備を選ぶといいよ。それまでM&P持ってていいからさ」
そうこうしているうちに東京に着く。蒸気が立ち込めている。蒸気は相変わらずクリーンで独特の臭いがしないのが日本のいいところだった。東京に着くとスピカが
「シロちゃんとこ行くんでしょ。こっちこっち」
「いえ、まずはホテルに…」
「取れてるの?」
「お任せします」
「多分シロちゃんの家にお邪魔したほうがいいと思うよ。東京駅周辺のホテルなんてまともなところないよ。どこも貧困層の温床。ホテル代を払ってるかどうかもわからないからね」
東京は治安があまり良くないようで、23区ないは特に注意しなければならないらしい。
シロ氏に会うために移動をしながらスピカがシロ氏と話していた。
「えーシロちゃん?今会社?今日から泊ってもいい?」
よくもまぁこんなに強引に入っていけるなと感じた。
「オッケーありがとう。あとで部屋のパスワード送っておいて。あと私たちのID投げておくからマンションに登録しておいて。うん。先にマンションよって荷物おいてから行く。うん、じゃぁね、またね」
端末をタッチしてポケットにしまうと
「シロちゃんアポ取りオッケーだって」
「シロ様はおいくつなのですか」
「私より一回りくらいは歳とってるかな」
「それでは…私よりも年上ですよね?」
「うん、そだよ」
それなのにシロちゃんって呼べるスピカは怖いもの知らずだなと感じた。そう感じるタイミングは結構多くて私と初対面の時こそ少しは大人しくしていたものの最近は私にもすっかり慣れてしまって物言いが雑になってきてるなと感じていた。
「シロちゃんち先向かうからこっち」
スピカに案内されるがままに道を歩いていた。東京は空が広い。香港は空気も汚い上に空も狭かったから対極にあるなと感じた。東京駅からちょうど道を一本挟んだ向かい側に立つと東京駅からは蒸気が立ち上っていた。JR駅構内は蒸気を使っていて、自前で蒸気機関を持っているから停電の心配はほとんどなかった。新幹線は拠点がいくつか用意されていてそこから電気の供給を行うので安定した電源を得ているとのことだった。
「逆に都市が脆弱すぎなんだよ。いつまで富士と福島に頼ってんだよって話」
確かにスズキ氏も言ってた。富士を中心とした活火山を使った地熱を使った蒸気と福島で原子力発電を用いた電気の伝送を用いて街が成り立っているらしい。
八重洲口はかつてはビジネス街の中核としてオフィスビルが立ち並ぶ。そのオフィスビルの大半は今では活動家と言われる人間が入居していた。私たちが所持している銃も昔は所持を禁止されていたらしい。しかし核戦争が始まると海外からの移民が爆発的に増えて治安が急激に悪くなったのだという。今アフガンで起こっている自爆テロも日本は経験した。そのせいで日本の警察機能のほとんどが使い物にならなくなって、自衛することが第一とされ銃火器を密かに所持しているケースが増えた。そうして活動家や過激派に対して銃火器を流している業者が裏で活動しているのが現状だった。
「シロちゃんちはここです!」
と言われたものの…
「…ホテル?」
「そうよ。シロちゃんちはここの最上階」
どうやら高級ホテルなのだろう。明かりこそ落ちているものの、複雑な外装をしていて普通のマンションではないことだけは明らかだった。シロ氏のマンションに入るとメインエントランスに入るのにICカードをタッチしなければ入れないような仕組みになっている。その豪勢なつくりとは裏腹に格子戸になっていた。
「お、シロちゃん仕事早い!もう入れるようになってる」
メインエントランスへと入るとやはり中は豪華で三階まで吹き抜けになっていて、客船のようなしつらえだった。床は大理石が敷き詰めてありホワイトを基調に木の手すりがまた高級感を感じさせた。
「シロちゃんちもスズキと同じでICでタッチした階にしかエレベーターがとまらないんだよ」
そういいながらエレベーターに入ると最上階のボタンが光っていて、エレベーターが動き出すとものすごい勢いで最上階まで登った。
最上階の廊下は絨毯になっていて床がふかふかする。毛足が長いのでカバンを引っ張ることができなかったがそこはスピカが運んでくれた。
部屋に着くとほのかに甘い匂いがしていて、高級感のあふれた空間が続く。数部屋あるうちの一部屋はICロックと音声認証が施されていて入ることのできない様、頑丈にセキュリティがかけられていた。
「さ、荷物も置いたし、シロちゃんとこいこうか」
シロ氏の職場はここから歩いて十数分ほどの距離にあった。なぜアジアの人間は高いところに居ようとするのだろうか。ヨーロッパにも城というのがあるが最上階に一番偉い人がいるわけではない。一番防御の固いところに王がいるものである。事実スメリアにおいても国王スタウトは最上階に住んでいるわけではない。政争階という階層があってそこが一番防御が固い。家は空が見えるところにあるという話を聞くし、たまに楽園に顔を出すからきっと同じ階層に住んでいるんだろう。それとも私たちが特別なのだろうか。
シロ氏の会社に着くとエントランスは有人管理でICをタッチするとともに行き先、要件を伝える。
「シロちゃんに会いに来たんだよ」
「十階オフィスフロアまでお願いします。打ち合わせで参りました」
さすがにスピカの挨拶では何も伝わらないと思ったので私から要件を伝えた。手紙を書くというと内容を聞かれたら嫌だったので打ち合わせということにした。
エントランスを通り十階へと向かう。
エレベーターホールから左右に分かれて色々な組織が入っていてシロ氏のオフィスはエレベーターの丁度真裏に位置していた。オフィス前まで歩いていくとやはりここでもICをタッチするところがある。ICをタッチするや否や
―どうぞ、入ってくれたまえ。今開ける―
とスピーカーから声が聞こえ、自動ドアが開いた。
活動家ということだけれど、中はいたってオフィスであり、構成員たちはコンピュータに向かい作業をしている。目線が隠れる程度の低いパーディションで区切られていて、打鍵音が広がる。
「シロちゃんはね、こっちなんだよ」
周囲の目が気になる。あまり歓迎されていない雰囲気にも感じた。構成員が集まる部屋を出て、短い廊下の先に大きな木製の扉がある。
「シロちゃん!会いに来たよ!」
そうスピカが告げると
―スピカも来てるのかい。どうぞ、入り給え―
そういわれノックをしてはいる。中は以外に狭くて、シロ氏はL字のデスクに向かっていた。
「キリカ君だね。話は聞いているよ。手紙を送ってくれるんだってね」
「はい。お初にお目にかかります。スメリアより参りました。キリカでございます」
「まーた随分とかしこまったのがきたなぁ。なぁ、スピカ」
「キリカはね、真面目なんだ」
明るく弾むような声で話し出すスピカ。
「シロちゃん、部屋見たよー。またやってたでしょ」
「なに、合法も非合法もこの国にはもうないだろ」
「それはそうなんだけどね」
何をやっていたのだろうか。私は言及せずにいた。
「君も一本やっておくか?少しは話せるようになるんじゃないかな」
とポケットから四角い箱を取り出し、キリカへと向ける。
「それは」
「煙草だよ。きっとね」
結構ですと断りを入れると
「つれないなぁ。みんなでハッピーになろうぜって話なのに」
「いえ、あまりそういうのをたしなまないので」
「まぁいいや、スピカ。お前はまだ駄目だぞ」
「そんなのわかってるよ。それ結構匂うんだよね。スズキに怒られちゃう」
「それもそっか」
とシロ氏は一本口に加えライターで火をつける。するとたちまち煙が広がり甘い匂いで満たされる。そうか、部屋の匂いの原因はこれか。
「タイプはもってきております。本日から書き始めますか」
「んー、ああ、よろしく頼むよ。それよりちょっと仕事が立て込んでるんだ。もう少し待ってくれ」
と言われ二時間ほど待たされる。
「ねぇ、シロちゃん最近はどうなの」
「あんまり芳しくないね。デモ活動が活発化している。私たちも仲裁に入るのだけれどどうもあいつらは弾をすぐ撃つから困る。威嚇射撃ならいくらでもいいが人を狙うんだぞ?」
「そうなんだ。エネルギーは?」
「それは新しいルートが確保できそうだ。スズキにもそう伝えておいてくれ」
言われると端末を出し何か文字を打っていた。スズキ氏に連絡を取っているのだろうか。と思うとポケットに端末を仕舞った。
「ねぇシロちゃん」
「スピカ、もう少し敬えよ?一回りも違うんだぞ」
「でもシロちゃんはシロちゃんじゃん」
「それはそうだが」
腕を前に組んで首をかしげながらどうにも納得のいってなさそうな顔をしている。
「まぁいっか」
諦めたのか満面の笑みだった。
「じゃぁタイプを…どこに置こうかなぁ。私の部屋は狭くていけない。だがほかの部屋で話す案件でもないしなぁ」
「じゃぁシロちゃんちで話せば?」
「スピカにしてはまともなことを言うじゃないか。そうしよう」
納得すると席を立ち、机の下にしまってあったカバンを取り出し、机に広がっていた資料をまとめ始める」
するとスピカが
「そのまえにさー、銃の手配をしてもらいたいんだけれど。あと当面の弾薬」
「ああ、いいとも、オフィスに置いてあるから好きなのを持っていけ。レンジが必要か?一個下の階に共用のレンジがある。ロングとショートがあるから十分だろう」
「おっけー。もらっていくね。スズキってばキリカにこんなの与えるんだよ?」
「おーデザートイーグルか。スズキらしいな。小さくて極力持ち歩きやすい銃だ。でもたしかーに言われてみれば初めての人間には苦しいな。スピカのM&Pをかしたらいいじゃないか。あーでもあれはチューン済みだから使いにくいか」
「私ももう一丁欲しいんだけど手配できる?」
「すまん、S&Wの銃はリボルバーしか在庫してない。50AEを使う連中は多くてな。男にはいいんだが殺傷能力が強すぎて威嚇射撃には向かないな」
「そっかー、仕方ないか」
「M92Fなら在庫が山ほどあるぞ」
「お、軽くてちょうどいい。それキリカに使わせてもいいかな」
「色々チューンしているのもある。もちろん規格外の弾をはじく92Fもあるぞ」
「それってまた50AEでしょ?」
「よくわかるじゃないか」
「シロちゃんってさ。暴力的だよね」
「まぁ弾圧したりする作戦も多いからな。極力ダメージの強い弾を使いたくなるんだよ」
私にはよくわからない言葉が飛び交っているがどうやら新しい銃を新調してくれるらしい。
「じゃあレンジ借りるねー。あ、ショートで」
「じゃあ私は先に帰ってるから好きなのを選んだら私の家に来てくれ。あ、ホルスターわすれるなよ。」
「わかってるって。シロちゃんこの弾どこから仕入れてるの」
「聞いてくれるな」
「まーそうだよね」
あらかた話し終えるとスピカは先ほどのオフィスに戻り奥の小さい扉へと向かった。
「ここだね」
そういうと金属の重い扉をあけ部屋の中に入った。照明がついていないのでどれくらいの部屋の広さかわからなかった。
明かりが灯るすると目の前には大きな銃がたくさん置いてあった。
「あ、キリカ、そっちはこの前捨てたやつと同じで長くて重いだけだからこっちだよ」
部屋を振り返ると金属のロッカーみたいなものがありスピカがそこを開いて物色していた。
「お、1911あるじゃん。珍しい。うん。これがいい。ガバメントもあるけどやっぱしかっこよくて弾が手に入りやすい銃がいいよね」
同意を求められたが私はわからないのでとりあえず頷いておいた。
「一応CZも持っていこうか。軽いし9㎜だし」
そういわれ一つ下の階に降りた。階段を降りると広い空間があった。
「ここがシューティングレンジ。ロングとショートがあるんだけどロングはライフル用でハンドガンはこっちのショートレンジを使うんだ」
そうすると小銃を二丁机に置き耳栓を目の前に置いた。
部屋の中で撃つにはうるさすぎるからしといた方がいいよ。あと薬莢が出るんだけどめっちゃ熱いから気を付けてね」
素手でおもむろにもってスピカが以前教えてくれた構えをする。
「そうそう、で、ここがセーフティね。基本はセーフティに入れておかないと暴発するから気を付けてね」
まずは1911から始める。確かに軽い。トリガーを引くと腕が大きく上に上がった。びっくりしているとスピカが
「最初はそんなもんだよね。ふふふ」
「ちょっとバカにしてませんか」
「そんなことないよ。ふふふ」
そんなこんなでCZという銃も構えてみた。撃った感じはCZの方が軽かったが命中率という点で考えれば1911に軍配が上がる。
「じゃぁ、それをカスタムして持っていこうか。ちょっと待ってね」
そういうと小銃をもって奥の部屋に消えた」
返ってくるともっかい撃ってというのでさっきと同じ構えで撃ってみる。するとさっきと違い腕が思いっきり上がることはなくなっていた。
「また、慣れてきたら治してあげるから言ってね」
「私は慣れたくないですが」
「まぁ日本にいる間は持っていた方がいいよ。スメリアは小銃の所持を禁止されてたはずだし、リニアに乗るときに検閲に引っ掛かるから注意してね。一応非合法だから」
そんなものを私に持たせるのかとも思ったが安全を考えたら護身用に一応持っていた方がいいのかと思い、ホルスターを服の下に付け1911という小銃を収めた。
「じゃぁシロちゃんのとこ行こうか。私CZ片付けてくるね」
そういうと走って階段を上がっていってしまった私も慣れない小銃をわきに抱え上の階に上がるとスピカは袋をもっていた。
「それは」
「弾だよ。当面のね」
「私はそんな撃ちません」
「私が撃つの」
そうですかと返事をして先へ急ぐのだった。
再びシロ氏のマンションへ向かうと鉄格子のエントランス前で待っていてくれた。
「随分とはやいじゃないか」
「だって1911なんていい銃があるから一目ぼれだよ」
「それはお前の思考だろ。キリカは本当にそれでよかったのか」
「いえ、私は撃てればいいので」
「銃とは危険な持ち物だ。軽い気持ちでは持つなよ。あと人に向けて撃つ時は最初は手が震えるほどに怖いものだ。だけれど9㎜なら死ぬほどのことはない。精々威嚇射撃にしかならないからバシバシ撃ってみろ」
「いえ…」
ふん、まあそうかと言い、マンションの扉をあけエントランスに入る。エレベータに乗るとさっきは自動的にランプが点灯したのに点灯していない。
「シロちゃん、ここもハックしたの?」
「もちろんだ。これで私が襲われてもほかの階ににげることができるな。まぁあんま見捨てないで助けてくれよ」
「大丈夫、私は慣れてるから」
私は慣れていないので戦力外だろうから黙っていた。
部屋に入るとあの甘い匂いがする。
「ちょっともう一本」
「シロちゃん吸いすぎ」
「これでも減らしたんだぞ。最近は末端が高い」
「健康に悪いよ」
「健康なんて等の昔に捨ててきたよ」
シロ氏はポケットに入っていた箱からまた一本取り出し火をつけた。
「それで手紙は…」
「お、そうだそうだ。早速書いてもらおう」
リビングに案内すると四人掛けのテーブルに案内され
「何かの飲むかい」
「合法的なのにしてね」
「非合法な飲み物がどこにあるんだよ」
スピカとシロ氏の会話に混ざれないままタイプをもって棒立ち状態だった。
「まぁまぁ。座ってくれ。ついでに手紙の準備もしておいてくれると助かる」
私は持っていたタイプを広げ始める。
「どなた宛てでしょうか」
少し大きな声でキッチンに聞こえるように叫んだ」
「あークロにお願い」
「クロ氏…ですか…」
「そりゃシロがいればクロもいるだろう?スメリアに置いてきた相棒だよ」
話を進めていくとどうやらスメリアの軍事の一端を担うのがシロ氏らしい。装備品は概ねシロ氏から仕入れているとのことだった。私は兵役を経験していないのでわからないが、大量の装備を世界中から集めて日本に発送しているようだ。
「シロちゃんは武器商人なんだよ」
「おいスピカ。活動家といえ」
「活動家兼武器屋」
「はぁ全く」
まぁ概ね活動家の仕事とはそういうものだと説明を受けた。よくよく聞いてみるとシロ氏の部屋は武器庫にもなっているらしく厳重なロックがされているのも合点がいった。
「クロ氏にはどのような手紙を」
「軍事の話だな」
軍事力を度々増強させていたスメリアに新しい兵器が手に入るので納入してはどうかというのが概ねの内容だった。ただ兵器となるとサイズが大きいから船で運ぶから船を用意してくれと。空母という大きな船をスメリアは持っているらしい。船で約一か月ほどかかるらしく途中でエネルギーが尽きるだろうからとエネルギーの補給個所の指定も入っていた。その昔、原子力空母なるものがあってそれは世界中を補給なしで動くことができたらしい。スメリアはもちろん核放棄をしているので原子力を用いた船は持てず蒸気機関を用いた動力しかないので途中で蒸気機関のエネルギーが尽きてしまい補給を余儀なくされる。その補給路もシロ氏が用意しているらしい。本当は何でも屋なのではないか聞くと笑って一蹴された。
「何でも屋か、それもいいな」
そういうと外に目を向ける。
「日本は今試されている。政治の在り方、国民の生活の在り方。はたまた経済の回し方。どれかのバランスが崩れているからこういう状況なのさ。街はスラム化して、みんな人間不信になっている。仲間内だけよければそれでいいんだ。食料は配給制度になって久しい。元の日本はこんな国ではなかった。国際線新幹線なんて作らなければよかったのかもしれない。結果として多くの移民を受け入れることになった。どこの港を見ても移民にひしめいている。その結果海外のモノが入り込んできている。私たちが持っている小銃なんていうのは最たるものではないかな。昔は所持さえ禁止されていたのに今では当たり前のように小銃を持ち歩いている。過激派が日本で擁立されたのも大きな問題だがそれは国際的には小さな変化に過ぎない。もともと日本にいた人間は大慌てだよ。私の組織も結果として小銃の携帯を許しているどころか推奨しているくらいだ」
日本の情勢は決して良くない。スメリアにも同じように貿易取引はあったが厳しい関税と検閲を義務付けている。非合法なものは入ってこない。日本という国も本来はそのような国の一国で、その均衡が崩れてしまい今ではアングラな世界で様々な商取引をする場所となってしまった。非核三原則なんてものがあったが形骸化していて、日本も技術力を生かして結局核の製造を行っていて、海外に輸出している。IT製造で栄えたアジアはもうないのだった。
「いまさら何があっても怖くないさ。スメリアがそうならないことだけを祈るよ」
「クロちゃんはあったことないなぁ」
スピカが口を開ける。
「クロはモノを使う立場じゃなくて、本来はモノを作る側の人間なんだよ。ただ、一人でどんなに頭をぐるぐる回しても複数人で頭をほんのちょっとずつ回すのに比べるとやはり限界がある。兵器の輸出もクロは喜んでくれるだろう」
「どういうツテのもちぬしなんですか」
「どこでも」
「シロちゃんはどこに行っても顔が利くもんね。名前出したらなんでも出してくれそう」
「その代わり狙われる数も無限大だ」
日本屈指の活動団体でやはりどこの組織にも目を付けられているらしい。それこそ海外のいくつかの活動家や過激派団体から目を付けられていて、取引の話があるときはいいがそうではなく攻撃的な場合もあるから注意しなければならない。小銃はマーケットが存在していてそこから買い付けていて別に特殊なルートは使っていないということだった。
「そういえば1911使うの注意しろよ」
「大丈夫、私が改造してから持ってきたから」
「そうじゃなく、小銃を持つということは力を持つということだ。当然自分を守るために使うだろう。しかし人の命を奪うこともできるんだ。吸うか吸われるか。どっちの命にもなりたくはないがね」
どこの国も極力争わないで暮らしたい、しかし明日の命を維持するには人間の数が多すぎる。誰かの命を奪うことでしか自分を生かすことができないのだ。だから人は人を殺す。殺すことで明日を迎えることができるのだ。飢餓や貧困で苦しんでいる世界は今、WHOに生かされている富裕層とWHOの数にさえ数えられない多数がいるのだ。必ず守られることを保障されていない。スメリアは争いを労働力に変えている。本来だったら数万人規模の地区があるとして、妬みだったり、嫉妬だったりは当然生まれるものだ。うらやましいと思ったものは自分の手でほしくなる。だから争いが生まれる。または食べ物を得るために争いが生じるのである。スメリアはカロリーのみ配給されていて、食事の保障はされていない。生きることを最低限としているのだ。それでも争いが生まれないのは人が働き、コミュニケーションをとるからだという。一人でもバランスが崩れるとそのうちそれはガンになり無限に増殖していく。日本も巣食われた側の国だった。人口だけ見るとスメリアよりはるかに多い。やはり多すぎるのだ。東京だけでもスメリアの数倍はある。貧困はここから生じるものだった。
「まぁ、クロに会うこともないかもしれないが一度クロと話してみるといい。なんのために武器を持つのか。その本質をよく知っているよ。スメリアが核弾頭を持たない理由はそこにある。核弾頭どころじゃなくスメリアはつよいんだ」
「シロちゃんはなんでスメリアに行かなかったの」
「私は私のしたいことをしている。それにただ飼いならされるだけの生活はごめんだ。死が隣り合わせにあるから生きている実感があるんだよ」
「それわかる!初めて人に撃たれて動けなくなってそんな時にあぁ、私も命がどっかにいってしまうんだ。って思ったもん」
「それがいいこととは限らないがね」
そういうと席を立ちあがり
「さ、これで話しは終わりだ。みな生きて再開できることを今は祈ろう」
その日はシロ氏の家で泊まることになった。寝室にはベッドが二つ。私の荷物は窓側に置かれていた。
「せっかくなんだから東京の夜景を見ていくといいよ」
スピカはそういうとおやすみと告げ眠りに入るのだった。
私は手紙を書いていて、今までの旅を振り返る。人の命が尽きる瞬間も見てきたし、人が死の恐れもなく生活しているところも観てきた。日本に来て、命の重さを感じている。のうのうと生きている人間なんていないのだ。私たちの園はどれだけ平和なのだろう。死におびえ、生きることにも怯える。そんなことはなく毎日食事をして、授業をうけ、芝生の上で寝転がっている。それが当たり前の生活だと思ってきた。それが当たり前だったんだ。でも今は違う。小銃を手に命の重みを考え耽るのだった。
マザー、私は困惑しています。私たちが暮らしているのは間違いなく楽園そのものです。しかし人間は堕落して、失楽園へと堕ちていくのです。貧困や飢餓に苦しみ、毎日を生きることに必死なのです。手紙を書くことが仕事ではないのではないでしょうか。本質を理解し国の先を見極めるための情報集めになっている気がします。マザー、私はあなたを信じています。だから楽園のみなを守っていてください。いつまでも。
タイプが終えると私も眠りについた。次の目的地は福岡。旅の終わりが少しずつ見えてきた。
眠りにつくと目の奥が赤く灼熱の何かに支配されていた。
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