スノーブラックの国
「キリカ早く!電車出ちゃうよ!」
「はい、少しは荷物を持っていただけませんか」
「そんな重い荷物を持ってるのが悪いんだよ」
「仕事道具ですので…」
スピカはキリカの荷物を片手に、もう片方の手でキリカの手を握り新幹線のホームへと急ぐ。
スズキ氏と別れたタイミングがちょうどよくて、その後東京は大停電に遭っていた。しかし、JRは独自電源を持っていたため新幹線には支障がなかった。国際線は止まることがあったのできっと国内線のダイヤは乱れないようにしているのだろう。なんせ一日数本の国際線と日に数十本出る国内線だ。電力の需要が全然違う。ギリギリで東京に着くとホームの電源が落ち、歩くのに前を見るのに必死だった。旧丸の内口から北海道新幹線に乗り換えるのはそこそこの距離があって、その道中をスピカに引っ張られて走っていた。
「これでJR停電したら終わりだね」
「ご、ご冗談を」
冗談を言っている暇はない。北海道新幹線は昔からの体質で赤字路線なので東北、北青森駅終点の電車が多い。北海道に行くのは一日十本程度、つまり一本逃したら一時間は待つことになる。それを今、急いでいるのだった。
「キリカって運動神経悪いでしょ」
「スピカが出来すぎているのです…」
「さ、着いたよ」
北海道新幹線のホームへとたどり着く。コンコースは最低限の造りをしていて質素な質感だった。ホームへと上がると突然活気づく。エスカレーターを登ると弁当屋があり、日本そばの店があり、それぞれの店に人がひしめいている。新幹線は蒸気を吐きながら設備運転をしていてホームはうるさかった。ただでさえ人でひしめいているのに加えてこれだからなかなかうるさい。
「さぁキリカ、お弁当買って乗り込もう?」
「食事は社内で販売していると聞いたのですが」
「それもそうなんだけどあれ、まずいのよね」
手近の弁当やでスピカは四つほど弁当を買い、私は弁当を二個買い、新幹線に乗り込んだ。
何かがあるといけないので新幹線は個室をとった。一編成に対して一部屋しかない個室がよくとれたと考えていると。スピカはツテがあるといっていた。
「だから、この新幹線じゃないといけないの」
それならもっと早くに言ってくれればもう少し急いだのにと考えながら個室に入る。
「やっぱ広いね!個室サイコ―!」
とスピカは上機嫌だった。ここから約五時間程度は拘束されることになるから軽い睡眠をとりたい。しかしスピカは椅子に座ってまだ出発もしていないのに弁当をつついている。どうにもできないので仕方なく私は自動販売機で買ったジュースを飲みながら外を眺めることにする。東京の新幹線のホームは活気があって隣には東海道新幹線のホームがある。白い車体に青いライン。これが東海道新幹線のアイデンティティなのだとスピカは言っていた。
新幹線が走りだすとスピカは展望デッキに行ってくるといい部屋を出ていった。私は少しでも休みたかったので椅子を広げてベッドにして横になった。かつてスメリアで読んでいた本の続きを読む。電車はカタカタと小さな揺れを繰り返していて、窓際においていたジュースをこぼしそうになる。今私はどれくらいの距離を移動してきたのだろうか。何日も交通機関に乗っていたが一番良かったのは台湾と日本をつなぐ新幹線だろうか。車内は広くて揺れもほとんど感じなかった。窓際に飲み物をおいてもたまにカーブに差し掛かるとペットボトルの中の飲み物が外側へと動き、また直線に入るとボトルは元の姿に戻る。その繰り返しだった。新幹線は走りだすと都心をものすごい勢いで疾走していく。途中大宮を過ぎると新青森駅までノンストップで走る。宇都宮を過ぎたあたりでスピカが帰ってきた。
「ちょっと、なんで寝てるの⁉」
スピカは元気よく、夢見心地の私をたたき起こした。機嫌がいいと思うと冷静になり、隠していた小銃の手入れを始める。
「しっかり持ってなさい。いつ自分を襲ってくるのかわからないのよ。暴発なんてごめんだわ。キリカの銃もかして。私が整備してあげる」
私から小銃を半ば奪い取るとマガジンを抜きバレルをばらし始める。どうせ寝れないと思った私はタイプを始める。
「何かいてるの」
「日記を書いています」
「でも情報漏洩したらまずいよ」
「なので差支えのない範囲の話を書いています。スメリアに戻ったら子供たちに世界がどんななのか紹介したくて」
「あっそ。情報だけは気をつけてね」
そういうと目線を落としまた小銃のメンテナンスを始める。
盛岡を過ぎたあたりだろうか、小銃のメンテナンスを終え、弁当に手を出す。
「やっぱり東北と言ったらこれでしょ」
そういうと牛タン弁当に手を付けていた。
「その場にあったものを食べるのは旅の鉄則よ?」
スピカ曰く、全部食べるところを想定して弁当を買っていたのだという。東北だと牛タンや、マグロが有名らしく、青森についたら今度はマグロ丼に手を付けるのだと嬉々として言っていた。新幹線の景色は雪が降ってきたかと思うと次第に雪が積もった景色へと変わっていった。雪が積もっていると外の景色は楽しめないので少しばかりスピカと話すことにした。
「スピカ、あなたはなぜレジスタンスに?」
最初に聞く質問ではなかったかもしれない。それでもその本質について彼女は語ってくれた。
「今世界は混沌の中にある。スメリアはそれは平和だろうけど、私たちの見ている世界はそうじゃない。だったら抗わないとやってられないじゃない。今に甘んじては駄目で、今も昔も未来も、すべて私にとっての世界だし世界にとっての私なの。私がいたってことを少しでも残しておかないとなんか生きた気がしないわ」
それから北青森を越えトンネルに入るとスピカが寝ると言い出し、再びシートを伸ばしてフラットにする。私も少し休憩したかったのでタイプをしまい、互い違いに寝た。すると
「ねぇキリカ、こっちにおいでよ」
と言われいわれるがままにスピカの方へ向いて寝ることにした。かといって何も話はじめないので私は壁向きになって寝たふりをする。すると涙をすする声が聞こえた。スピカもまた、つらい時代を生きているのだ。私が孤児だったのと同じようにスピカもまた大切な家族がいたのではないか。そんなことを考え始めてしまうと逆に目が冴えて眠れなかった。
何時間たっただろうか。長万部を越えたあたり、社内放送が流れあと一時間ほどで札幌へと到着らしい。スピカが体を起こすと私も体を起こし、窓の外を見ながら
「あーよく眠れた。キリカは寝れた?」
「はい」
とっさに嘘をついた。北青森から先、結局私は起きていた。すすり泣くスピカのことを考えていたのだ。それをすっきり眠れたというのだから、それ以上言及しないことにした。
「さてスピカもう少しで札幌につきますよ」
「知ってる」
少し不貞腐れたような声で言うと函館で弁当を食べられなかった自分に苛立っているようだった。
「ねぇ、キリカ」
「はい」
「スメリアってどんな国?」
唐突に外を見ながら私の国について聞いてきた。
札幌までの間にスメリアのことを話した。飛行機という空を飛んで輸送する乗り物があるということ、貿易のこと、そして楽園のこと。
ここまで誰にも言うことのなかった自分自身の話だった。誰にも止められてはいなかったけれども話す気にもならなかった話。ここ最近スメリアのことを考える時間は増えている。そこに来てこの話だったから事細かにスピカに伝えた。
「ねぇ、私も連れて行ってくれる?」
唐突にスピカが言い出した。
「……」
私が言いよどんでいると
「うそよ。私は日本でやらなければならないことがもっとあるもの」
と言ってごまかしてはいたが遠い目をしていて本心ではこの国をでたいのではないだろうか。
札幌に着くころにはスピカはあったころのスピカに戻っていた。
「札幌~‼雪の街だ~‼」
ホームに出ると凍えるほどに寒いのに大はしゃぎだった。その昔、蝦夷と呼ばれていた国は屯田兵により開拓され、北海道という国を作ったのだという。日本国が出来上がるころに日本に統合され現在に至る。核戦争後は永久凍土となり通年雪に包まれた大地になったのだという。
「スピカ」
「ん?なに?」
「北海道大学という大学に行きたいのですが」
「次のクライアント?」
「はい」
「ちょっとまってね」
するとポケットから端末を出し、地図を出し検索を始めた。
「わかったわ。こっちよ」
そういうと西に向かって歩き出した。歩き出してみたらなんて事のない。すぐに北海道大学に到着した。門の横には守衛室があって何気なく入ると呼び止められた。
「君たち、通るときにはICをタッチしろといってるだろ」
普段からしない学生が多いのだろう少し守衛が不機嫌だった。私がICをタッチしようとすると
「はい、二人分このICに入ってます」
そういってICをタッチした。
「はい、二人分。次からはしっかりタッチしてからはいれよ」
相変わらず不機嫌な守衛を後にし校内を歩いていると
「あれね、仕掛けがしてあったんだ」
やっぱり。というのが率直な感想だった。そうでなければ私がICをタッチするときに合間に入って自分のICをタッチするはずがないと思っていた。
「あの中にはここの学生のICデータをハッキングしてあって適当な名前が読み込まれるようになってるの。これもスズキのおかげ。日本ではあんまりそのICは使わない方がいいわ」
といい踵を返してすたすたと歩いて行ってしまう。
「文学部よね」
「はい」
そういうと私たちは文学部のある棟へと向かった。
雪が積もった中のコンクリートは大変弱いと聞くがツタが張り巡らされていて、コンクリートでできた建物には大きな亀裂が入っていた。ドアを開けると途端に中が暖かくもわっとした空気が押し寄せる。
「なんかジメジメしてて気持ち悪いわね」
スピカがそういうと今度は私がスピカの手をつなぎ研究室に向かう。
「ちょっと!」
何か言いたげだったが私は無視して研究室へと向かった。エレベーターはなく相当古い建物だということは察しがついた。階段をそそくさと登っていくと六階にたどり着いた。
「結構上るじゃない。東京駅であんなにヒーヒー言ってたのにずいぶんと元気に上るのね」
階には二つの扉があり、片方は学生室らしく笑い声が漏れていた。もう一方の扉の上にはガラスがあり明かりがついているのを確認してからドアを軽く二度ノックする。
―誰だい―
「キリカと申します」
―入ってくれたまえ―
そういうと何かがガチャリと鳴った。鍵か何かだろう。ドアを開けると思いのほか研究室は広かったが、壁は一面書籍で埋め尽くされていて、それでも足らずに書棚をたして部屋の中心にも天井までびっしりと本で埋まっている。当然窓も本でびっしりだ。
「お初にお目にかかります。キリカでございます」
「ようよう、よく来てくれた。スメリアからはさぞ遠かろう。私はオスカーだ。よろしく頼むよ」
「はい」
そういうと外へと椅子を回転させ、オスカー氏は話始める。
「こんな大災禍になるとは誰も思っとらんかった。核の冬で北海道も永久凍土となってしまった。私の若い頃は四季がそれなりにあって、夏は暑かったんだがのう。ここ最近は寒くてだめだ。大学に出てくるのも億劫になってしまった」
北海道という都道府県のその中でもとりわけ広い大地の中にある札幌という都市は寒い都市で有名で、雪が深々と降り積もっては解けずにまたレイヤーを重ねるような形で雪の壁を作ってきた。除雪なんて作業があるらしいがどうやらそれも追い付いていないらしい。
「今日は挨拶にとどめようかと思う。君も明日、タイプをもってきてくれれば大丈夫だ」
「かしこまりました」
そういうと私はドアへ向きホテルへと向かう。大学というのは自由の象徴だとマザーは言っていた。実際に見ていると守衛こそ厳しかったものの大学構内では学生がひしめいている。食堂にも足を運んだが、食事をする者、暖を取るもの。また読書をする者と様々だった。
「ねぇキリカ。明日で本当によかったの?」
「はい、問題ありません」
「せっかく急いできたのに何で今日書いていかないのさ」
「挨拶というのも大切なアジアの文化と、聞きました」
「それはそうだけどさ。で、今日の宿はもう取ってあるんでしょ」
「それが…」
札幌で検索をかけてもどこのホテルも埋まっていて予約を取ることができなかった。連泊ではなければとれるのだけれど。それに加えて、シングルを二部屋取るか。ツインを一部屋取るのか私は悩んでいた。
「そっか、じゃぁ私が探すね」
すると端末を出し、通話を始めた。何かこそこそ話しているのを耳をそばだてて聞いていると
「その手はずで。よろしく。こんなところだから私もよくわからないんだけどちょっと聞いてみるから待って」
私の方へ振り向きいつもの笑顔で私に尋ねる。
「ねぇキリカ、どうせならダブルにしちゃう?女同士だし、いいんじゃない?」
ダブルということは新幹線のような状態を指すのだろうか。私は自分の寝るスペースもとれず、隣にはスピカがいてゆっくり眠れなかった。それにあのすすり泣きをあんまり聞いているとなんだか悲しい気持ちになるので少し離れて寝たかった」
「いえ、ツインでお願いします」
「何それ、貞操ってやつ?気にしなくていいのに」
「ゆっくりと寝たいですし、私は仕事もありますので」
「そっか。ならしかたないね」
そういうと通話にもどり数分話していた。ニコニコしながら私の方へと振り返り
「取れたよ。今日の宿。私のつてで、本来は満室なんだけど、一部屋だけあけてもらっちゃった」
どういうロジックなのだろうか、空いていない部屋を空けるなんて事が許されるのだろうか。
「私のコネクションは強いからね。まぁ心配しなくて大丈夫。そんなことより大学をも少し謳歌しようではないか、キリカ君」
食堂を出るといろんな学部の建物に躊躇いもなく入っていく。なかなか度胸のいる行動だったがスピカは平気に入っていってニコニコしてはすれ違う人とあいさつを交わしていた。それにしても日本の総合大学は広かった。総合大学と言っても理系学科はそんなに多くなくてほとんどが文系学部だったが、それでも十分広くて建物はどれもどれも大きく、古かった。きっと新築はあんまりしていないのだろう。きれいな建物はほんの一部でほとんどの施設が古い建物でコンクリートに亀裂の入った建物ばかりだった。
大通りを走っているとスピカが突然走り出す。それと同時に転んだ。地面に顔を突っ伏しているのを上げ
「あれ、なんだろう?実験かな」
そういうと元気よく起き上がって広場に設置された大きな装置に向かってゆっくりと歩いて行った。何の設備だろうか。これほど大きい設備は見たことがない。周りは青色のLEDがひかり、遠目で見ていると次第に白色に変わっていく。LEDが消えてから今度は赤く点灯し、またすぐに青くなり白くなる。奥の方でスピカが呼んでいた。
「キリカもこっちにおいでよ!すごいよ!」
そういわれると恐る恐る大きな機械に近づいていく。高さは三メートルほどだろうか、円状で直径は一メートルくらいだろうか。恐る恐る近づいていくと
「これ、核を無効化する装置の試作機なんだって!大学ってすごいね。こんな研究もやってるんだ!」
屈託のない笑顔を振りまきながら私に話しかける。どうやら都市に接地されている核を無効化する装置のポータブル版でどこにでも設置可能で、中には発電機が入っていて数か月の運転が可能ということだった。
「これで、ポータブルですか」
すると男子学生が
「これでも小さくしたんです。街にあるものはとても大きくて移動することなんてできません。これなら一日あれば組み立てもできますし、無効化する時間も短縮してあって…」
私に技術的な話をされても全くわからないので右から左に聞き流しているとスピカはうんうんと頷いて聞いていた。その場を後にし、構内を歩きながら聞いた
「スピカはあの説明を真剣に聞いていました。よくりかいできますね」
「え、何言ってるのか全然わからなかったよ?」
「え」
スピカの処世術なのだろう。私は理解して聞いているのだとばかり思っていた。
「さ、夕暮れで寒さも厳しくなってきたし、ホテルに急ご」
ローラーのついた荷物は轍の出来た雪の路面には無力で引っ張ることを強要される。それを知ってか知らずかスピカは速足で前を歩いていくオレンジ色のグラデーションの髪が左右にひっきりなしに動きながらどんどんと街中を進んでいった。
「よーし。ついたー」
「つかれました」
「へへっ。ここはね。温泉があるんだよ」
「温泉とはなんですか」
「えースメリアにはないの?地下資源が豊富って聞いてたけど」
確かに地下資源は豊富だったのだけれど温泉というのは地下資源を使っているのだろうか。
「山あるところに音瀬あり。だよ」
よくわからない論法で話をされたがどうやら温泉というのは活火山の近くで見られ、溶岩の熱で温められた地下水と言えば簡単だろうか。普通に蒸気で沸かせばいいのではないだろうか。
「蒸気ではだめなのですか」
「それじゃ、味がないじゃん。それにお湯のありがたみを感じないじゃん?」
チェックインを済ませると早速部屋へと向かった。広いツインルームで設えが良く、高級感のある部屋だった。そして少し形は違うけども台湾で観たバスタブらしきものがあった。
「これをみんなお風呂、っていうんだよ。日本人はお湯につかるのが普通なんだよ」
アジアの文化の中でも日本の文化は特殊である。まず私が衝撃を受けたのはトイレだった。トイレの前に立つと自然と蓋が開きシャワーで掃除を始めるのだった。さらにトイレは紙が流せる。この点は新幹線も同様だった。新幹線は蒸気の負圧を利用してすごい音で吸い込まれていたがどうやら吸われる、というより流すという方が正しいらしい。
「えー、トイレってそんな文化が違うの?たったトイレなのに」
説明するとスピカは驚いたような顔をしていた。移動もあってつかれたのでバスタブにお湯を張ろうとするとスピカが止めに入った。「待って!さっき言ったじゃん。温泉なんだから温泉らしく大浴場にいくんだよ」
そういわれお風呂で使うグッズをひとしきりまとめてバッグに入れると二階にある大浴場へと向かうのだった。エレベーターのなかで
「日本の温泉っていうのはコミュニケーションをとるの。話さなくても構わない。それでもコミュニケーションなの。あぁ、今日も生きていて、地球は回っているんだなって感じることができる唯一の時間。だから大切にしなきゃだめだよ」
そういわれ二階の大浴場に入った。脱衣所は扇風機が回っていてちょっと寒かった。体にバスタオルを巻き、浴場へと向かう。スピカはタオルなんてそっちのけで風呂に思いっきりだいぶした。
「キリカもおいでよー!きもちーよ!」
私は丁重にお断りし、ジャンプーで髪を洗いひとしきり身体を洗い終えてやっと湯船に浸かる。これだけ広い湯船なのだからさぞかしお湯を大量に使っているのだろう。スピカは横に慣れるスペースでジェットバスを楽しんでいた。だらしない声を出しながら浸かっていた。温泉はちょっと熱かったが気持ちよくて体の緊張がほぐれていく。
十五分位浸かっていただろうか。スピカに出ると伝えると、先に部屋に行っててと返事をした。私は部屋ぎに着替える。寒かった扇風機が涼しく感じる。こういうことだったのかと感心して、部屋へと向かう。部屋に着くとまずタイプを出して、タイプを始める。するとガチャと嫌な音がなった。それとほぼ同時にスピカが戻ってきた。タイプをしていた手が止まる。
「なに、深刻な顔しちゃって」
「タイプが壊れました」
「え⁉それって大変じゃん!」
改行のレバーをスライドさせても一向に改行されず何度か同じようにスライドさせると今度はスライド自体しなくなってしまった。
「どうしましょうか…」
もう夜も耽っているし直せるところはないと思い、とりあえず休む事にした。
翌日オスカー氏に会う前に色々な店を回ってタイプを治してくれる店を探した。スピカが隣を歩いているけどよく転んでは起き上がっていた。
「ソール履き替えるかー、滑りすぎてお尻が痛いや」
私も何回も滑っていたので靴の修理店を探す狸小路の中に一店舗だけ靴の修理屋があった。そこでソールの交換を頼む。私は皮のブーツを脱ぎ、渡す。すると器用にソールの糸をほぐしていきソールだけうまく剥がしていた。すると新しいソールをもってきて今度はミシンを使って縫っていく。よーく店内を観察していると靴の修理だけではなく合い鍵やICカードの複製も行っているメニュー表が眼に入った。恐る恐るタイプも直せるかきいた。
「随分とオールドなのを使っているね。うん、これなら部品はすぐに調達できるから数日で直るだろう」
それでも数日、当日というわけにはいかないらしい。
新しいソールは性能が良く、アイスバーンの場所でも滑らずに歩くことができた。スピカは滑らなくなったのをいいことにいままで以上にはしゃぎだした。
「スピカ、これから大学へ行くのですよ」
「わかってるってば」
昨日と歩いてきたルートを戻る。大学に入る時にはICをタッチして入構すると研究室へと急いだ。
「やぁ、あれ?タイプを持ってないじゃないか」
「それが、壊れてしまって」
「それは困ったなぁ」
てをこまねいているとオスカー氏が
「では万年筆を買ってあげよう。色々な国の言語がかけるのだろう?今後も文字を書く事に慣れておくといいことがあるから練習がてら書いてみるといい。それに私はスメリア語というのをようしらん。だから結局君に頼る以外の選択肢はないのだよ。
そういうとオスカー氏について大学を出る。札幌駅の近くにある小さな文具店へと入った。
「万年筆が欲しいんだ」
とオスカー氏がいうと何本かの万年筆が出てきているようだった。
「君、どれか好きなのを選んだらいい」
色々オスカー氏にも相談し、店員にも相談するとモンブランの万年筆がインクフローもよいらしいのでモンブランの万年筆を選んだのだが他社のそれに比べると遥かに高額だった。
「いいんだ。別に。お金は捨てるほどあるからね」
そういうとインクとともに万年筆を購入する。紙はタイプ用のモノがあったのでそれを使うことにした。
研究室に戻ると少しの間慣れるために試し書きをすることにした。
「おお、上手じゃないか。日本語がこれだけ流暢に書けるのであればJPパスポートもあながち悪くないかもしれない。なぜJP パスポートのことを知っているのだろうかと考えながら書いていた。
「そろそろ大丈夫かい」
といわれ、タイプのようにうまく速くは書けませんと伝えるとそれでもいい。翻訳してくれることが大事なんだと私に伝えると話始めた。
「私は歴史家でね。スメリアのこともよく知っている。スメリアは昔シュメール人という人間たちが開拓した地域なんだ。それをもじって今の国王はスメリアとつけたのだろう。寒い地域で南にはカイロがあり、そこではピラミッドという墓があってね、そこではミイラという死体を乾燥させて奉納する文化があったんだ。今でもスメリアを少し南下するとみることができるだろう。そのうち一度は足を運んでみるといい」
最初は雑談から始まった。
「そして日本。この大学がある地域は屯田兵が開拓したというのは有名な話だから知っているだろう。それだけ日本の勉強をしているんだ。西の九州まである程度のことは頭に残っているはずだ」
確かにスメリアではとりわけ難しかった日本語を必死に勉強して歴史は一通り勉強したつもりでいた。それでも知らない文化だらけども。
「さて、ここからが書いてもらう話になる。大丈夫かな?」
「はい、準備はできております」
「よし、じゃぁ始めよう」
「君が東京で見てきたように今日本は混沌の中にある。スメリアが建国された時のような一枚岩ではなくなってしまった。貧富の差があり、人々の暮らしは豊かではなくなってしまったのだ。そして環境家と呼ばれる連中によって富士を代表とした活火山の周りには拠点が多くあってパイプラインを止める。もちろん政府もそれなりに監視の目を張っている止まってもすぐに復旧するのはそういう理由だね。もちろんほかにも活動家という人間がいて、止まるのを阻止しているボランティアのような活動家もいる。九州は活火山が豊富なことからどこかのパイプラインが止められても予備があるから電力も蒸気圧も変動することなく生活ができているがね」
私はしゃべる言葉を必死にスメリア語に変換しては紙に記述していく。
「北海道は青森からのパイプラインと道央の活火山から引いているから何とか持ちこたえている。しかし、東京のような大都市になると勝手が違ってくる。あれだけ人が集まっていると大容量の蒸気、電気が必要になるのだから簡単には予備を用意することはできない。電力も蒸気も予備は福島から引いている。東日本災禍によって福島は核汚染がひどくて人が立ち入れなくて人はおらず都内からコントロールしている。もちろんそれも止めようと環境家は活動しているがね。核エネルギーを使う国なんてそう珍しくはない。地熱に恵まれない国々はどこも核エネルギーだよ。しかし最近は中国が怪しい動きを見せている。各エネルギーというのはプルトニウムを原料にしてエネルギーを取り出すのが一般的だ。しかし、そのプルトニウムも無限ではない。いつかはエネルギーを失ってしまう。それを私たちはウランと呼んでいる。それをリニアトロンで高速中性子をぶつける事によって再度プルトニウムに変換するのだけれど、これには大きなエネルギーが必要となる。核は再利用することが条約で定められていて、ウランを利用することを禁止している。しかし最近の中国はこれを使って兵器を作っているらしい。その中でも特に劣悪な劣化ウランを利用しているとのうわさだ。もともと一枚岩ではないアジアだ。何が起こっても驚きはしない」
私は紙をめくり次のページへと移る。
「で、中国はそれで兵器を作って、どこかに撃とうとしている。そうだよね」
突然スピカが口をはさむ。
「そう、その対象がスメリアだ。もちろんスメリアの軍事力は世界屈指の強固さだ。そう簡単に負ける事はないが核エネルギーともなればそれなりの被害が出るだろう」
「日本はアメリカとの条約で守られてるから下手に手を出せないからアジアでの均衡を保ってられるんだよね」
スピカもレジスタンスとしてそれなりの知識は有しているようだった。
「アメリカはスメリアとは違って国土が広い。だからどこに撃てば確実なのか。また劣化ウランの生産は安定していないから、核弾頭は量産できないんだ。だからほかの強い国を先に殲滅しようとしている。それがスメリアなんだ。キリカ、あんまわからないだろうけど、これは軍事的には大変なことなんだよ」
スピカとオスカーの話が続く。劣化ウランのエネルギー量はプルトニウムの十分の一程度だが航空機に搭載されたプルトニウムは退役まで交換されることがない。戦闘機は十数年単位で新造されるからそのエネルギーは協力らしい。話はよく分からないが、うまく翻訳をしていく。
「最後にこう書き加えてくれ。核を無効化する兵器が日本では研究され始めている。いずれスメリアにもその技術が流れるだろうからそれまで辛抱するんだとね」
オスカー氏の話は一日でかなりの量になった。何日かかかるかと思っていたのだけれど何とか一日で書き終える事が出来た。
タイプが直るまでの間結局数日間は札幌にいなければならないのでオスカー氏の研究室へと足を運んで歴史書に目を通す毎日を過ごした。時折、古い資料読んではオスカー氏が訂正して、かみ砕いて話をしてくれたがどれも難しい話で複雑すぎた。
タイプが直った連絡が入り、実質的な最終日になったが、最後にオスカー氏に会いたくて、研究室へと向かった。
「話がございます」
「君は勉強熱心だ。うちの学生にも劣らない。なんだね。聞こうじゃないか」
「これから私たちスメリア人はどういう風に過ごしたらよいのでしょうか」
どうしても気になってしまった。
「なに、日本から技術が漏れるのも時間の問題だ、技術力のあるスメリアのことだから日本で形にならなくてもスメリアでは形になるはずだ、それまで待ってればいい。あとはお偉いさんにまかせるんだな」
少しだけ、安心した。また大災禍を繰り返すのではないかと少し心配していた。本当に最後に御礼をいうと研究室を後にした。スピカにとっては手紙を書く日々は少し退屈だっただろうか、途中からずっとお菓子を食べながら電子書籍に目をやっていて時々端末を取り出しては誰かと通話をしていた。
タイプを取りに靴屋に行くとタイプはレバーだけではなくてほかの部分もオイル切れを起こしていたらしく、修理と注油をして簡単だが動くようにしてくれた。金額はそれなりでそこそこ取られたけど仕事道具がなくなっては困るから非常に助かった。
日本の郵政の札幌支所によって郵便を出す。日本は手紙の検閲がないのでアルミニウムで覆うことなく出すことができる。それに日本とスメリアは直行便があるので他国を経由することなく手紙を送ることができるのだから便利な国だ。もちろん国際線のある成田までは新幹線の物流車両に乗っかって東京まで行き、そこからローカル線で成田まで運ばれる。
最終日の朝、私はマザーへの手紙を書いていた。
マザー私は今日本の北にいます。この手紙は検閲がなく届いているかと思います。手紙が一通遅れてしまい申し訳ありません。東京では余裕がなく出すことがかないませんでした。これから私は東京へ戻ります。実は台湾にいる時に金属片をいただいたので同封させていただきます。レアメタルの類かとおもいます。私の机に置いていただければ幸いです。
「ねぇ、なんでキリカはマザーって人に手紙を出すの?義務があるのはそれぞれの人の手紙なんでしょう?」
「同じです」
「は?」
「スピカと同じなのです」
「だからなにが」
「私も多分自分が生きていることを示したいのだと思います。誰かに評価されて生きているのではなくて、自分自身が確かに生きていて、何かにあらがっているのかもしれません。それでも私たちは生きなければいけないのです。私は戦争孤児でしたから親という人はいなくて小さいころからマザーに育てられたのです。毎日変化のない朝を迎えて変化のない授業を受けて午後はみんなで楽園を走り回って。それが今、こうして一人でいることに寂しさも少し感じているのかもしれません」
そう伝えるとスピカはいつもの屈託のない笑顔で。
「そっか、私たち同じもの同士なんだね。日本にいる間だけかもしれないけどこれからもよろしくね。キリカ」
「ええ、頼りにしていますよ。スピカ」
お互いに上機嫌になった。傷の舐め合いをしているだけなのかもしれないけれどお互いがひかれあい、お互いを支えていけるのかもしれない。初めて私は誰かに期待をしてしまったのかもしれない。そう、それでもいつも地球は回っている。そういう風にできているのだった。
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