ピュアホワイトの国

 高雄を出発する新幹線は国際線ホームという特殊なホームから出発する。途中台南、台中、台北と通り、日本へ向けた長いトンネルへと入る。新幹線の仕様も今まで使っていたものと違くて、個室があった。個室は片廊下式で部屋はとても広くて快適だった。ホテルのベッドルームほどはないもののそれに近いものがある。高雄を出る時はICをタッチすることで出国手続きを済ませることができた。出国手続きを済ませると荷物のスキャンがある。いわゆる税関である。通路の両側に青い棒が立っていてそこを通過することでスキャンは終わる。輸出できないIT機器はここではじかれることになる。新幹線のホームに上がると新幹線はすでに到着していて蒸気が立ち込める。ここからは十時間以上の時間がかかるから事前に買って置いた食料を含めるとそこそこの荷物量になったが、持ち込み自室へと向かう。グリーン車しか開いてなくて仕方なくグリーン車を予約したがあまりにも部屋が広すぎる。リニアの寝台と比べたら三倍以上の広さがある。リニアは荷物を置いて、ベッドがあり、タイプするテーブルがついているだけだったから作り付けのテーブルが窓際に二人座れるように対面になっている。グリーン車だけ二階建て車両になっていて二階にリビングルーム、一回にベッドルームがあった。荷物を置く場所も設置してあるので私は重い荷物をそこに置き、リビングルームの机にタイプと買ってきた食料を買う。テレビも見れるようになっていて、スイッチを入れると日本語のニュースが流れていた。日本語はかなり勉強したのでそれなりに言っている言葉はわかる。どうやら内戦状態になっているらしく情勢は芳しくなかった。

時間になるとベルが鳴り、新幹線が滑り出す。日本の管轄の車両らしくて、台湾のそれと比べるとかなり豪勢な作りをしていた。高雄を出発しずっと見てきた景色を戻っている。台中から台北の景色がやはり忘れられなくて、田園風景が広がる。雨が降っていたのでかなり寒いだろう。新幹線内は空調が効いているので実際外がどれほどの寒さなのかはわからなかったが雨で窓に着いた水滴が横に流れていく。田園風景を眺めながら台北を越えここからは海になるので海底トンネルへと入っていくトンネル内はLEDが流れていて景色はなかったので、あきらめて読書をすることにした。読書と言っても日本の書籍である。日本語は難しくて、主語・目的語が反対になる。少しは学んできたけど、小説ともなると少し文章が難しくなる。漢字という文字に加えてひらがなという文字が入り組んでいるので読みにくい。車内で読書をしていると途中で急停車した、何かと思うとゆっくりと進み始めた。車内放送を聞いていると、どうやら停電があったらしい。予備電源で走行しているとの旨だった。復旧が進むと同時に再度加速を始める。LEDがものすごい速度で過ぎていき一つの線に見えるほどまで加速した。

読書をしながら、マザーへの手紙は届いているだろうか、スメリアの情勢は変わりないだろうかと考えていた。

日本の情勢不安は国際的にも注目されているらしくチャンネルを変えて中国のニュースに切り替えても同じような内容がやっていた。日本にもレジスタンスが一定数いて、核廃絶に向かい動いているとのことだった。新幹線で少し休憩しようとベッドに横たわる。列車にしてはふかふかのベッドでほんのり暖かい、布団をかけると体全体があったまり、そのうち睡魔に襲われそうになる。


いつもの空間、いつもの人、いつもの天気。非日常なはずなのになぜかその空間に納得している自分がいる。モスクワだろうか、蒸気がむんむんとする中で商人たちがものを売りさばいている。寒い地域さながらでチーズや牛乳なども固形で売られていた。私はひたすら何かを求めて街を走り回る。そしてとある路地に入る。そこは暗闇で何もない。本当の意味で真っ黒だった。何かに一瞬吸われそうになる。しかしこれは自己防衛本能なのだろう。危ないととっさに感じて逃げようと転じる。しかし闇は私をぐっと引っ張って抜け出せない。そうこうしているうちに目を覚まし上体を起こした。

嫌な夢を見てしまった。闇とはいったい何なのだろうか。新幹線の中は何にも変わらずにただただトンネルを走っていた。

国際線の新幹線は台湾を抜けるとノンストップで東京まで向かう。電光掲示板にTYOと表示されあと8時間ほどで到着するらしく、地図表示では鹿児島のあたりに上陸するらしかった。椅子に座りながらタイプしているといつの間にか外に出ていて景色が流れ始める。日本の風景。途中では農地が広がっているが台湾の農地とは趣が違って水田が大半を占めているようだった。きれいな水が取れるのだろうか。水面が空を映し出し、幻想的な風景へと変わる。ところどころに蒸気の立ち上る場所があり、そこが動力源何だろうという察しは容易についた。大阪、名古屋と通りすぎるが驚くほどに低層の建物が多かった。八百メートルほどの建物は他国ではざらなのでせいぜい四百メートル程度しかない建物が大きい駅に立ち並ぶ姿はふしぎだった。東京へ近づき、新横浜付近で再び停車した。またも停電らしい。停電が多い国なのだろうか。話に聞いていたのは他の国に比べると地下資源が多く活火山が多いことから地熱蒸気機関が一般的だということだがこの地熱が安定しないのだろうか。スメリアは低温蒸気で発電していたから低温から高温までカバーしており、その供給は安定していた。

荷物を整え、いよいよ東京に入る。低速運転のまま入っていき、眺めながら整理する。東京へ着くと何かほのかに暖かく、そして臭いも蒸気と新幹線のブレーキの臭いだけで、そのほかには臭いはなく、台湾の強烈なにおいを経験してしまったあとでは非常にきれいな空気だと感じる。

「東京…」

ついに日本にたどりついた。今までの距離をたどると数万キロに及び、それを数か月で疾走してきた。とはいえ台湾に入ってからはリニアほど速くなくゆっくりの移動だったけれど。

東京駅のホームは閑散としていた。新幹線を降りる人がちらほらいる以外には人はいなかった。ホームを降りたところに広場がありそこに入国審査がある。他国はICで管理している、とはいえWHOの管轄下の話だが。そうとは思っていなかったので鞄の奥深くにしまってしまったパスポートを取り出し、入国審査官に提示する。名前と入国理由を聞かれたがJP のパスポートなので帰国といえばそれ以上のお咎めはなかった。無事入国を終え、コンコースに出ると誰かが私を読んでいた。

「キリカー‼」

どっち方向だろうか。私の服は特徴的なのですぐにわかってこっちに向かってくるだろうと思ったのでキョロキョロしたがそれ以上声を追うことはしなかった。

「キリカ‼」

「はい」

「なんで最初に返事しないのよ。全然わからなかったじゃない。スズキに写真をもらっていたけどこんな写真一枚じゃさがせっこないわ」

「それは大変申し訳ありませんでした」

「いや、あなたが謝ることじゃないんだけれど」

どうも彼女はばつが悪そうな顔をしていた。

「初めまして、私はスピカ。コードネームだけどね」

「どうして私を」

「スズキに頼まれたのよ。もう、安い使いだわ。途中停電はあるし、こんななら引き受けるんじゃなかった」

「それは申し訳ありません」

「だーかーらー。あなたが謝るべきことじゃないの。逆にあなたが謝ってどうにかなるんだったら存分に謝ってもらうけど」

「いえ、そのような能力は…」

「冗談よ。私が日本にいるうちは一緒に行動するわ。今や日本も一筋縄ではいかないの。情勢もここにきて不安定だし、それは大都市圏にはあまり多くないけれどデモ活動も各地で起きている。だから私が護衛役というわけ」

「そうでしたか。よろしくお願いいたします。スピカ様」

「様はいらないの。あなたより年はしたよ。だからスピカって呼んでちょうだい」

「わかりましたスピカ」

「それでよし」

少し真剣な顔をしていたスピカが笑顔になった。とはいえ、東京駅にはついたがスズキ氏は新宿という場所にいるらしいので移動をしようとしたところ、スピカに止められた。

「まずは腹ごしらえをしましょう。こんなに朝早くに呼び出されて、朝食もまともに取れなかった。だから食事。腹が減っては戦はできぬ。よ」

「戦ですか」

「今のは比喩よ、あなたって純粋なのね」

スピカは日本で揉まれて生きてきたのだろうか、道案内は適格で店の選択も的確だった。

「これは、なんという食べ物なのですか」

「ラーメンよ。拉麺って漢字で書くの。中国の食べ物よ」

左の掌に右手で漢字を書いて見せた。

「でも中国でこのような麺類を見たことがありません」

「本当に⁉日本の文化なのかしら」

「多分日本の文化何だろうと思います」

店の前に立つと店内に向かってふたりでと叫んで列に並んでいた。

「ここのラーメンはね、特別な時にしか食べないの。だからとっても楽しみよ」

スープに麺が入った食べ物に初めて出会う。臭豆腐みたいにゲテモノの類ではないといいのだけれど。

食券を買い店内に入るとほのかな潮の香りが漂っていた。

「潮の香がしますね」

「潮?そんな風に思ったことはなかったわ。でも確かに塩ラーメンなんだからそうなのかもしれないわね」

十分も待たないうちにラーメンが出てきた。河麺よりも細いが平べったい麺に変わりはない。私は箸を持ち恐る恐る口へと運ぶ」

「あなたアジアの子じゃないわよね?へえ、きれいに箸が持てるのね」

アジアの食べ物はほとんどが箸だったのでいつの間にか慣れてしまっていたのだろう。スメリアでの食事はというとテーブルにはスプーンとフォークが並んでいて外側から使っていくのだとマザーから習った。しかし箸は出てこなかったが、今思えばナイフを使って切った肉を箸でつかんで食べればかなり楽なのではないかと思えるくらいには箸を使いこなしている。スメリアに帰ったらぜひ箸を使って食事をしてみよう。マザーが許してくれるかは謎だけれど。

ラーメンは味が濃いけれどおいしくて箸が進んだ。しかし日本人というのは小食なのだろうか、香港料理の半分ほどの量しか盛られていなかったのでここまでの旅で胃袋が大きくなってしまった私には少々不足気味だった。

「どう?おいしかったでしょ」

「はい、コクがあって絶妙な味でした」

「あのね。絶妙っていうのは不味いときに使う言葉よ。注意しなさい」

「申し訳ありませんでした。以後注意いたします」

まぁいいわと踵を返し国内線ホームへと向かう。八重洲を入ると普通列車のコンコース内いさらに改札口があってザックリ分けて札幌方面と博多方面の二方面に対してそれぞれ改札口があった。

「ここはあくまで通り道、JRなんかには乗らないわよ」

「ではなぜ、改札をはいったのですか」

「東西自由通路は治安が悪いの。だからこうやってコンコースを抜けてMTRに乗り換えるのよ」

「左様でしたか」

「あなた、言葉が少し変ね」

「そうでしょうか、考えたこともありませんし、今までそういうご指摘をいただいたこともありません」

「あっそ、ならいいんだけど。日本人であなたみたいな言葉を使う人もそう多くないわ。何か高いお店に入った時くらいしかそんな言葉きかないわ」

丁寧に話すようには躾けられていた。というより、今思えば楽園は淑女の製造工場でどこの国に行っても、高貴な家庭に行っても大丈夫なように躾けられていた。日本語を学ぶ時も同じようにマナーは徹底して勉強したつもりだった。

「ここがMTRよ」

新幹線の改札口とは違い、使い込んだようなIC部分だったり、残った足跡だったり。きっと普段からこの路線運んでいるのだろうということは容易に想像ができた。

ホームへ降りると熱気が押し寄せてくる。

「あったかいでしょ。これが我が国が誇る地熱よ」

スピカの説明によるとMTRは蒸気機関を用いていて、日本は高圧高温の蒸気を利用しているからどこに行っても暑いということだった。

「この後列車が来るけど、そんな高温の蒸気は出ないから大丈夫、蒸気が目に見えるのはせいぜい走っている間だけよ。ホームに入るあたりになると蒸気機関を切り離して惰性走行で入ってくるの。出発の時は蒸気ではなくて蒸気で作った電気で走るのが特徴よ」

こと細かく説明してもらった。

日本はその昔先進国と呼ばれていて、技術開発には目を見張るものがあったのだという。核戦争が始まってからは豊かな資源が失われることになり、核エネルギーを用いることも国民の反対があり蒸気機関へと移行したのだという。蒸気機関に移行するときに技術者が真っ先に目を付けたのが活火山で地熱発電は昔からやっていたものの低温低圧で低効率で数パーセントほどしかなかったのだという。それが今では活火山から直接東京に蒸気を引っ張り、電気を作り、都市が回っている。

「でもね。問題があるの」

話の途中でスピカが言いよどんだ。

「反政府組織がいて、この蒸気も他県から持ってきているものでその県の人間たちは東京にエネルギーを持っていかれることを反対しているの」

ではそのような地域では核発電を使えばいいのではないかとおもったのだが

「あなたも時間があるなら福島によるといいわ。なんで日本人が核を嫌がっているのかがよくわかると思うわ」

福島といえば数百年前に事故があったところではないだろうか

「よく知ってそうね」

「いえ、予習をしていたので少し引っかかりました」

そう、福島は大地震とともに原子力発電所が爆発し、核汚染された地域だという。その当時は核のことを原子力なんていう風にもじってごまかしてはいたが中身は火力発電所の延長線上で熱源としての火力を原子力に置き換える仕組みの発電システムだった。原子力発電所にも様々なパターンがあって蒸気を使うシステムには変わりはないのだが小さいタービンを超高速でまわす必要があった。スメリアのように大きいタービンを数個用いて発電を行うシステムは復旧性に乏しくて、発電をする際に必ず電気を用いて電気である程度の回転数まで回してあげる必要がある。一方で原子力発電所は核のその組成から自己復旧可能なシステムを用いていた。それに失敗したのが一番最初のチェルノブイリで、今でも人間の立ち入りは制限されている。

「よく勉強してるわね。そう、それで自己復旧できなかった原子力発電所を淘汰したのが蒸気の始まり」

電車に揺られながら話を続ける。

「でも台湾では核コンビナートがありました」

「それは政治の話よ。持っていれば強い。それが核の使い方なの。核を使うのではなくて保有するのよ。またいつ核戦争が起きるかわからないから」

「その兆候はあるのですか」

「いえ、各国が口をそろえて否定してるわ。中東で核が使われているけれどあんなんただのおもちゃよ」

「左様でしたか…」

「やっぱりあなたの日本語、変ね。私が日本にいる間に叩き込んであげるわ」

MTRは新橋を経由して新宿へと向かう。JRを使えば中央を通る幹線があるから十五分たらずでつくのだけれどMTRは停車駅がおおく、快速や特急が走っていないので四十分以上の時間を要した。

「どうしてJR線をつかわないのですか」

「新宿はね。危ない街なの。それこそJRなんて使うのは初心者だわ。何かしら悪事に巻き込まれて警察に捕まって終わりよ」

「でも新幹線を運営するのはJRなのですよね」

「台湾連合との絡みもあって今は国の財政が介入していて、新幹線だけは厳重な警備のもと運営されているのよ」

途中どしんと音が鳴り電車が停車する。

「あちゃー、また停電か。最近多いのよね。全く静岡の連中には困ったものだわ」

「静岡、ですか?」

「私たち東京は富士から蒸気を引っ張ってきているのだけれど、開発時には山梨ルートではなくて静岡ルートが新幹線へ電気を供給するにも便利だったからそちらを採用したのだけれど、静岡は環境団体の温床でね…」

なるほど、静岡はさぞ荒地なのだろう。

そうこうしているうちに電源が復旧して列車内に電気が灯る。車内放送ののちゆっくりと加速していき新宿に着くことができた。

新宿は入り組んでいて、特にMTRはもともと東京都が運営を行っていて、第三セクターの鉄道だったため、地下深くに作られておりホームから地上に出るまでにとにかくエスカレーターばかりだった。

「本当はエレベーターもあるんだけど、停電の危険があるからやめておいた方がいいわ」

とスピカが言っていた。停電になるとエレベーターは無力であり、近くの階に止まるようにはできているらしいが閉じ込められることも多々あるらしい。

「さぁいよいよスズキのもとへ向かうわよ。全く文句言ってやるわ」

「お手数おかけしました」

「あなたはいいの、問題はスズキよ。あんなところにあんな時間によこして。だったら近くのホテルをとっとけって話」

エスカレータ―を登っていくと新宿駅の南口にでた。そこにスピカが

「どう、これが私たちの首都、新宿よ」

JRの駅の前に立ったけれどどうやら橋の上に駅がある構造らしく階下に鉄道路線を見ることができた。廃線になったであろうJR線がいくつも見えた。車両からはオレンジ色の明かりがともっていて、そこを根城にして暮らしている人もいるらしい。

「あそこはホームレスの群れがいるのよ。何にも考えていない。ただ一日を過ごしているだけの連中」

「あれだけの車両の数にどれくらいの人間がいるのですか」

「数千、いや数万人の人間が生活しているわ。子供もいるし、当然老人もいる。核を無効化する装置なんて日本中に設置するべきじゃなかったのよ。今では電力は貴重なエネルギーだし、前時代的な石油を用いて発電機を回しているのよ。それを列車の設備につないで空調やら電灯やらにエネルギーを使っているの。蒸気がこれだけあるのに、残酷なものね」

そうこうして、新宿の廃墟に満ちた街を見下ろしているとスピカの端末が鳴った。

「はい、私よ。今のところオペレーションは順調だわ。っていうか、私たちを迎えに来てくれる約束じゃなかったの⁉こんな街私と客人で歩く場所じゃないんだけれど」

「あ、切りやがった」

乱暴な言葉でそう告げると

「さ、行くわよ。スズキは西口のコクーンタワーの中にいるわ」

南口から西口に向かう通路にも人が何人も寝そべっていて先進国と呼ばれた過去の栄光は微塵もなかった。今や廃絶都市と化していて、絶望感に満ちていた。

西口に到着するとビルがひしめいている方へとスピカは向かう。

「ここから見える白い建物がコクーンタワーよ。そこの上層階にスズキはいるわ」

案内されるがままに道を歩いていく、台湾や香港と決定的に街並みに違うところがあった。電柱が十数メートル毎に立っているのである。スピカに聞くとこれらの電柱はほとんど使われておらず、使われていたとしても、ホームレスたちが電源を握っていて使うことはできないとのことだった。

「ここよ」

上層階に向かってゆるいアーチを描いたフォルムにかつての繁栄の跡を見ることができる。

「このビルはできてから何十年もたっていて何度も改修工事をしては使われているの。治安が維持されているのはIC管理されていて、ガードが徹底しているからでしょうね。スズキがこの場所を根城にしているのもそのせいでしょう」

ではスピカはどこの人間なのだろうか。スズキと同じ仕事をしているのであれば私のお守りなんてしている暇はないはず。

「スピカはどこの誰なのですか」

スピカは少し意外そうな顔をしていた。

「私は…まぁいずれわかると思うわ。スズキにでも説明してもらいましょう」

スピカの言っていた通り、ビルの前には民間の検閲があり、その先にICをタッチするゲートが待っている。

無事検閲を終え、ゲートへ向かうとスピカが

「持っている端末をタッチして」

といった。その通りにタッチすると先のエレベーターホールのランプが点灯する。次にスピカが端末をタッチして、エレベーターホールへと向かう。

エレベーターが到着し中へ入るとボタンがすでに押されていた。

「ここのセキュリティは固いのよ。ICをタッチしても好きな階に行くことはできないの、事前に登録された階に自動的に向かうようにできてて、スイッチなんて無用の長物よ」

三十の文字が光っていた。

数十秒で三十階についた。だだっ広いエレベーターホールはきれいに掃除されていて、一階よりもきれいに感じられた。

「こっちよ」

スピカに案内されるままにフロアを歩いて行く。フロアはかなり広く、入り組んでいた。通路は薄暗くて途中途中に非常口のサインが光っていて、その明かりを頼りに進むしかなかった。

「ここよ。ここがスズキの会社」

鉄鋼で閉ざされたオフィス。扉の横にあるIC

をスピカがタッチするとドアは横にスライドして開いた。中に入ると電話がおいてあり、そこでスピカが数字をたたいている。

「わたしよ。ついたわ」

すると天井のランプが点灯し、廊下の足元のLEDが通路を照らし出す。オフィス自体は明るく、蒸気暖房が各所に設置されていた。

部屋へ通されると大きな部屋の奥が全面窓で東京を見下ろすことができる。窓の前に机がおいてあり、部屋の中央には会議用のデスクがおいてあった。

「さぁ、こちらへどうぞ」

「お初にお目にかかります」

「君はよくできているね。さすがマザーの子だ」

「ねぇスズキ、私にはなんの言葉もなし?」

「スピカ、ここまでよく連れてきてくれた。あとは外で待っておれ」

納得のいかない顔をして

「ちぇ、私はただの道案内かよ」

とぶつくさ言いながら部屋を出ていった。

「君がキリカ君だね。よろしく頼むよ」

「スズキ様、こちらこそよろしくお願いいたします」

「私はね…」

そこから二時間くらいだろうか。ずっと自身の話をしていた。スメリアの城塞の設計を行ったこと、蒸気機関の設計に携わったこと。それこそ様々だった。鉄鋼が専門とのことで、今いるビルの改修工事も監修したらしい。

「この構造物は本来中心のシャフトが支えていたんだ。そこに装飾だった外壁のシェルを鋼構造として使い、今の様な大規模な蒸気機関を導入するに至った。蒸気機関の工事はスメリアの技術者にやってもらうことにした。なに、スメリアの技術者というのは世界中に散らばっているからね。君は、教えらえてないだろうが、スメリアがとりわけ閉鎖的なわけではない。技術者が閉鎖的なんだ」

技術者たちはスメリアのことを口外しない。これはスメリアを建国するにあたって絶対条件で世界各国から優秀な技術者が集められたのだという。核を無効化する装置を今も設置しているのはスメリアの技術者たちが多くかかわっていて、場合によってはデチューンして納品しているらしい。

「と、技術的な話はここまでにしよう。君もわからなかっただろう」

「いえ、台湾で色々と学んできたので多少は理解が行きました」

「リリックと金城か。とりわけ金城は研究体質だから研究室に部品が転がっていただろう」

私はうなずくとスズキは笑っていた。

「さぁ、では君の出番だよ。手紙をかいておくれ」

と声が聞こえるとドアをたたく音が聞こえる、それも上品なたたき方ではなく、殴るようにたたいているようだった。

―ねぇ!私はいつまで外で待ってればいいの⁉スズキ!入れろよ!―

スピカの声だった。スピカはこの数時間の間ずっと待っていたらしい。

「スピカ、君には仕事があるだろう。仲間を集めて札幌の準備をしなさい」

―わかってるけどさぁ、私だけ蚊帳の外かよー

乱暴な言葉を投げたとたん、静かになった。

「あの子はあの子で大変な人生を送ってきているんだ。仲良くしてあげておくれ」

「はい。頼りにしています」


手紙の内容に入ると意外なまでに簡素な手紙が出来上がった。いよいよ各地への活動を活発化させるとか話していたが私はよくわからなかった。

手紙を書きながら、また大きな音が鳴った。それと同時に電源が落ちる。

「またか。そろそろこの建物も潮時かな」

―ねぇ、今のなに⁉―

奥からスピカの声も聞こえる。

「スピカ、入っておいで」

ドアが乱暴に開けられ、スズキ氏のもとに近づく。

「ほらスピカ、これを見てみろ」

とスズキ氏が言った。

二人で窓際に行き、新宿の様子を見ていた。

「いよいよじゃん」

「そうだなぁ、私のルートは使えるようになってるかい?」

「もちろん。私のツテでいくつかのルートを用意してある。スズキは次にどこに逃げる。連絡しなければならない」

スピカは端末で通話をしている。

「キリカ、スピカはレジスタンスのメンバーなんだ。私もそれに乗っかっているのだがね」

口に蓄えたひげをなでながら余裕すら感じた。

「スズキ、ちょっとまずい。もう新宿は戦闘に入ってる。南口の連中も応戦しているらしいが混戦しているらしい。

「政府がもう少し優しければのう」

「所詮は政府よ。私たちの生活のことなんか考えちゃいない。永田町のメンツは自分の保身にしか興味がない。

スピカはスズキの部屋のロッカーを開けると何か長物をだした。

「いいキリカ、これからこの混戦にまぎれてMTRへ向かうわ。残念ながら郵便局はもう占拠されているわ。札幌でだすんだわね」

スピカのオレンジのグラデーションの髪がなびき、また窓へと向かう。

「いいキリカ、それは銃よ、敵と戦うためのね。使い方がわからなくても構わない。防御に使うもよし、攻撃に使うもよし。撃ったことはないだろうから鈍器として扱いなさい」

どっしりと重いそれを片手にタイプを持つと私は手が足らなくなってしまい、すべてを持つことができなかった。

「キリカ。ここに置いていきなさい。札幌までは私が責任をもって届けよう。なに、心配することはない。」

そういうスズキは笑っていた。

スズキがデスク下についているスイッチを押すと数人の人間が入ってきた。

「さぁ、お別れのじかんだ」

とスズキは告げ、スピカに肩をたたかれ低姿勢でエレベーターホールへとむかう。

「いい?ここから地下に行く。そこからMTRの駅まで裏道でつながっているからそこから東京に出て新幹線に乗り継ぐのよ」

エレベーターで地下に下ると真っ暗な通路が続いていた。スピカが銃についたライトで道を照らしながらMTRの駅まで進んでいく。一キロほど歩いただろうか。銃を片手に、もう一方でタイプをもっての一キロはなかなか体に応えた。奥まで行くとまっさらな壁にぶつかる。

「いい、そっとでるのよ。ばれたらいけないんだから」

壁に耳を当てスピカは慎重にドアを開けて外にでる。同時に私も出ようとしたがいったん閉められた。

銃声とともに数人の悲鳴が聞こえた。銃声が収まるとコンコンと壁をノックし、私は壁を押し、外へと出る。

「ちょっと戦闘になっちゃったね。でも始末したからここからは大丈夫なはずだよ。あとはMTRが動いているのを信じるだけだね。」

そういい、MTRの駅へと小走りに向かった。

幸いMTRは動いていて、多少の遅延があったものの乗ることができた。さすがに銃をもって乗るのはまずいので銃は改札前で捨て小銃を渡され同時にホルスターを渡されて、ホルスターに銃を収めた。

MTRでまたなん十分も揺られて東京へと出る。途中三回ほど停電にあったがなんとか東京へとたどり着くことができた。

「どうだった?東京旅行」

ニヤニヤと笑いながら、私の目をしたから覗いてきた。

「大変な国ですね」

「そうでしょ。でもあの白いビルは平和の象徴なんだ。厳重な警戒だけどね」

そういって私たちは東北新幹線のコンコースへと向かうのだった。

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