オーシャンブルーの国

 滑り出すように走りだした新幹線はとても静かでビジネス客がほとんどで観光客の往来多く無いようだ。事前にホテルで高雄の地理的な特性を調査しておいたが、高雄は物流で栄えている街であり、アジアで唯一の核コンビナートがあるらしい。核荒廃してしまった世界に対して核とはあらゆる意味で悪でしかなかった。しかしながらスメリアのように蒸気機関を用いたエネルギーの創出には限界があり、蒸気機関に頼っている国もそうそう多くはない。故に核エネルギーを用いている国も多くはないが少なくもない。核戦争による核汚染はあったものの核はしっかりした運用をすればこれほどクリーンなエネルギーはない。アジア圏では活火山が多いことから蒸気機関を用いる国もそうそう少なくもないが核の産出国としても有名なことからこうやってコンビナートができ、輸出されているわけだった。新幹線から見える景色は次第に海へと変わり青々とした海を見ることができる。高雄と台南は浄化装置の開発に成功していて、そのおかげで海が本来の色を取り戻していた。しかし漁業をすることはまだできず、海は海運のためだけにあるようなものだった。

高雄駅に着くと新幹線の蒸気も相まって温かな空気が肌に触れる。まるで南国に来てしまったかのようだ。ほんの少し南に来ただけなのだけれど。

微かに潮の匂いがして駅からも海を一望することができる。平和な国だなと感じた。駅舎は複雑な鉄骨が行き来しており、天井が高く、エスカレーターを降りると開放的な空間が迎えてくれる。改札にICをタッチしてコンコースに出ると電光掲示板で広告が表示される。この広告主こそ今回の依頼人であるリリック氏の会社であり、台南一の大企業だった。

私は早速ホテルにチェックインする。高雄にはインペリアルホテルがなく使いかっての慣れたホテルではなく高雄85内にあるホテルを予約した。リリック氏の会社も高雄85内にあるのでエレベーターの移動だけで済むのはありがたい。高雄はかつて、大気汚染がひどく、海を見ることもできないくらい霞んだ空気だったそうだが、核を無効にする装置に加えて空気清浄装置と徹底的なEV化や開発されたLRTや鉄道網によって自動車や工場の排気ガスは徹底的に低減されており、今ではクリーンな街の一つとしてアジア屈指のクリーンな街として栄える。チェックインを済ませて部屋へと向かう。チェックイン時に渡されたカードキーをドアへかざすと赤色のランプが緑色に変わりノブが下りる仕組みになっている。部屋に入ると高いだけあって部屋は広かった。しかし今回は台南の時にあったバスタブというのはなくシャワーのみだった。シャワーは天井から出るタイプで手で持って浴びるタイプではないようだ。そしてやはり、トイレは紙が流せないらしい。

タイプと荷物を置いて、街に繰り出すことにする。いつも予定には余裕をもっているので大抵到着した一日は自由になる時間を作るようにしている。高雄の街は歴史的に重要な文化財があり、寺院がとにかく沢山ある。しかし寺院の門の上には電光掲示板がついていて現代の技術が入っており歴史的というには少し無理がある気がする。早速食事をとろうと街の飲食店を探す。チェーン店はなくて、その代わり食堂がひしめいている。せっかくなので駅周りの食堂ではなくLRTに乗り少し遠くの飲食街へと向かう。LRTの駅に着くと五分もしないうちに列車が来た。二両編成でバスの延長線上のような乗り物である。しかしバスト違い揺れがない。この辺はしっかりと整備されていた。駅を出るとゆっくりと動き出す。十五分ほど乗ったあたりでおり、食堂を探す。少し怪しげだけれど店の上には電飾がついている一番目立つ食堂へと入った。食堂に入ると接客という接客はなくて各々好きな席に着く。当然のことながらメニュー表は中国語だからよくわからないが小籠包という食べ物がおいしいと聞いたので頼んでみた。そのほかに河麺もあったので炒める河麺を頼んだ。今までの場所とは違い臭いがまず気になった。なんとあの臭豆腐の臭いがしない。食堂内は何かソースのような調味料の匂いが漂っていて、食欲をそそる香りがした。それぞれが届くとまずは小籠包の方からいただく事にした。小籠包は丸い笊のようなもので蓋をされていて、開けると蒸気が上る。使いなれない箸を使って皮を破ると肉汁が出てきてこれもまた食欲をそそる。一緒に出てきた調味料に浸して口に運ぶとやけどしそうになった。とても熱い。口の中で肉汁が広がり香り高い。破った薄皮がちょうどよく歯ごたえが多少あるがとてもおいしい。台湾に来てからというものカロリーの摂取はしていたがおいしい食事にはありついてなかったのでとてもありがたい。河麺の方も手を出してみるがこちらはオイスターソースをベースとしていてコクがあり、豚肉とニラの相性がいい。どちらもおいしくて食事が進んだ。

食堂を後にすると次は文具屋を探すことにする。食堂でも感じたが台北と比べてはるかに物価が安いのでもしかしたらインクリボンも安く買えるのではないかという算段である。近くには無かったのでまたLRTを使って今度は反対側に向かい左営方面へと足を運んだ。文教地区であり、寺院も多いが大学がひしめいている。学生が多く食べ歩きをしながら教科書を片手に持った学生が多くいた。熱心に取り組めることがあるのはうらやましいとも思った。大学の近くに文具屋を見つけ入るとインクリボンが何種類も売られていた。タイプなど今時使う人がそう多くないだろうにこれだけの取り揃えは素晴らしい。少し埃くさい店内が気になるけれど。埃をかぶったインクリボンをさけ、きれいな商品を手にして会計へと向かう。物価は確かに安くて、インクリボンも台北の三分の一程度の金額で買うことができた。この際なので大量に買っておくことにする。インクリボンを買い終えると高雄でメジャーなミルクティを買ってLRTに乗り込んだ。台湾では乗り物内での喫食は禁止されているのでミルクティをホテルに持って帰る頃には氷が解けてしまい、味の薄いミルクティを飲むことになった。少しの間今までタイプした内容をまとめることにした。とは言えどもコピーを取っているわけではない。文書の内容は外部に漏洩してはならないので極力その場で破棄するようにしている。

翌日リリック氏のところへ向かうことになる。ホテルから直行できるかと思いきや、ホテルは直通エレベーターになっていて一階に一度降りてオフィスエリアのエレベーターで上がることになる。八四階に到着する。眺望がとてもよくて台北101と比べると窓の手入れが行き届いていてよく見通せる。海には沢山の船がいて港についている船にはしきりにコンテナが載せられては降ろされていく。クレーンんがひっきりなしに動いている。海にはブイが浮かんでいて、昼夜問わず船が行き来しているようだ。リリック氏のもとに尋ねると会議室に通された。やけに静かな空間でタイプの準備をしているとその音がやけに大きく感じた。それから十分程度待っただろうか。リリック氏がやってきた。

「やぁ、君がスメリアからの子かい?」

はじめは驚いた、同じくらいの年齢なのではないかと見間違えるほど若く見えた。

「今君は私のことを若すぎると。そう感じたね」

見抜かれた。

「はい。」

「それも悪くない。それもそのはずさ、スメリア建国後に関わり始めたからね」

スメリアは情報を一切出さない国だと聞いていたのでその後に関わるとはどのような関係性なのだろうか。

「私はスメリアには行ったことはないがスメリアとは貿易で世話になっている」

「左様でしたか。どおりでお若いはずで」

「とは言えども君よりは歳は上だよ」

そこも見抜かれていた。というより見透かされていた。という方が正しいかもしれない。

「慣れない新幹線に乗って気分はどうだった?スメリアには交通網がないと聞くからさぞ珍しかっただろう」

「大変貴重な経験をさせていただきました。こんなに高速で走っている鉄道というのに初めて乗りましたので少し、感動、してしまいました」

「世の中は君たちが思っている以上に技術が進んでいる。高雄のエネルギー問題に関しては君は存じているだろう?」

「はい、珍しく核エネルギーを用いた発電を使用していると勉強しました」

「結構。近くに各コンビナートがあるんだがそのコンビナートの管理と物流の管理を一気に担っているのが私たちの会社ということになる」

貿易業を生業としていて、高雄85はとりわけコンビナートから港まで見渡すことができるので打って付けなのだそうだ。

「実は今でも核の買い手というのは沢山いるんだ。もちろん高雄にも卸しているが兵器以外での利用に制限はないので国が認可すれば使える仕組みになっている」

事細かに高雄の情勢を説明してくれた。アジアで産出された核はこの高雄に一度運ばれてそこから各国へと分配されることになっているらしい。コンビナートは政府によって管理されており、それぞれの国に輸出する際には政府の承認が必要とのことだった。核エネルギーを戦争に使う時代は古く、今では紛争地帯では核の一部であるウランを使うのではなく量子線を用いたビーム兵器が主流らしい。量子はどこでも取ることができる上、どの国においても制限はないので、安易に利用することが可能とのことだった。

「我々が税関を含む公の仕事を与えられているわけさ」

「話はそれますが、スメリアとはどのような」

「なに、貿易だよ。スメリアには世界都市から集めた食料や蒸気機関に必要なパーツの調達を行っている。君たちがマザーと呼んでいる彼女ももともとは税関出身者なのだよ」

「スメリアに貿易港があるとは聞いたことがありませんが」

「君には隠すことはないだろう。地下にあって、船は一度河川を通ってスメリアの城壁まで接岸してそこから城壁を抜け、地下に向かって降ろされるのさ。なに、ここから見えるほど大きい船が行き来しているわけではないので輸入している物資もさほど多くはないんだがね」

「初めて聞きました。スメリアは核保有国ではないと聞いてます」

「表向きはね。もちろんエネルギーとしての核を使うことはスメリアが禁止している。しかしスメリアを経由して物流に載せるのは禁止されていない、もしかしたらスタウトも知らないかもしれないね」

城主にばれないような流通も行っているということなのだろうか。私たちは本当に楽園でいいところしか見せられていないのかもしれない。

「それはさておき、手紙を書こう。君、タイプはもってきているかい?」

「はい、持参しております」

「ではスタウトに書いてもらおう。スメリアの現状や各国のエネルギー問題に関して教えてほしいらしい」

蒸気機関はあらゆる国が取り組んでいる技術だ。しかしながら蒸気を得るためには膨大な熱エネルギーを要する。その熱源として利用されるのが核との事だ。昔から蒸気タービンを用いた発電は使われていた。今でも核汚染がひどくて近づく事すらできないチェルノブイリの原発事故に加えて日本の福島での事故を鑑み、核発電所は下火になった。そこで出てきたのが地熱を利用した、蒸気タービンを用いた手法である。地熱とは主に活火山を利用して溶岩の熱を回収して蒸気を発生させることでタービンを回し電気エネルギーを取る手法であり、このメリットは相当量の蒸気が発生することから蒸気自体を街に分配させることで様々な機械を駆動させることが可能であり、放射性の物質が含まれないので暖房や温水にも利用できるというメリットがある。

「現在核保有している地域は大きく五つある。その中でもオーストラリアは核は保有しているが、使用に関してはかなり慎重だ。発電には用いないし。そもそも森林の資源があるから熱問題には深刻ではない」

矢継ぎ早に話す言葉をカチカチとタイプしながら情勢について頭の中で情報をまとめる。

「問題となるのはロシアだ。蒸気エネルギーに使うことが前提となっているが核戦闘機の開発に着手しているらしい」

「それはなぜですか」

「簡単さ、従来のエンジンでは飛ぶことができないからだよ。知っているだろう。空港にはジェットエンジンを用いない翼状フィンを期待の尾翼に使用した飛行機が往来している」

「はい、確かにスメリアには不思議な形をした飛行機が駐機しています」

「しかし、それでは速度が不足気味なんだ。石油産出国は石油の出し渋りをしているし、原産国であるアラブも核を保有していてエネルギーの一部として使うらしい。だから余計に燃料問題は深刻なんだ」

核を利用するのは前時代的な産物と思っていたが今もまだ利用しようとする人間が少なからずいるらしい。

「スメリアは核放棄を宣言している。でもそれは豊富な地下資源のおかげで、そういう国はそう多くないんだ」

「それで核エネルギーに頼るわけですか」

「政治家たちが語るのは夢だよ。現場はそう思っていない」

核エネルギーによっていまだに発電を試みる国は多いということはわかった。核戦闘機を使うことで蒸気タービンを動かして空気と触れる面は極めて低温で二次タービンを回すため高速で、かつ汚れた空気の中を飛行できるのだという。しかしそもそも戦争という活動自体がほぼ行われていないのでロシアのその動きはこれから先の話になる。核を使う戦争から核を奪う戦争へと変わっていくとリリック氏は言っていた。

話を終えると、この時勢で大変貴重なローズウッドの机のタイプは静かになった。

「ここからは余談になる。書かなくていい」

「はい、かしこまりました」

「これから君は日本に向かうだろう」

「はい」

「日本もまた恵まれた国で国が一致団結して活火山を牛耳っている。そのおかげでスメリアよりは効率が悪いシステムだが発電を担っている。とりわけ東京はクローズドシティで閉鎖的だが日本中から蒸気を引っ張ってきていてスメリアの真似事かもしれないが蒸気機関も存在する」

「はい」

「一方で、核エネルギーで痛い目を遭ったのもかの国だ。福島によってみるといい」

「福島、ですか」

「東京から北にある省…いや日本では県というが。あそこは荒地だが、核に汚染された地域の惨状を見ることができる」

日本は全域が核を無効化する装置を導入している。その多くは日本製でほかの国よりも進んでいるらしい。一方で一極集中化していてほとんどの地域は農業をしているという。

リリック氏との会話の後、この空間の話になった。

「静かだろう?」

「はい、とても」

「ここはアクティブノイズ装置がついていて、話す言葉がほかの部屋に聞こえないようになっているんだ。いわゆる暗室だね」

こと細かく説明を受けたが細かくは理解できなかった。帰り際、リリック氏は金属片を手渡してきた。それが何なのかわからなかったが持っていればいいことがあるとのことだった。

リリック氏と別れ一度宿へ向かう。日本へは新幹線で十時間以上の時間がかかる。タイプをしてマザーへの手紙を書き終えると、新幹線で必要な物資の買い出しに出るのだった。

すっかり夜になってしまった。夜の市を散策しているとほかの都市とはやはり少し違うらしい。入ってきたときに食堂へ行ったように市では屋台が多くはなく、屋台は衣服や、漢方、薬物の取引がメインのようで食事の屋台がないわけではないが、食事の大半はみな食堂に入ってオープンスペースで食べているようだった。台湾最後の市なのでどうせなので臭豆腐を最後にもう一回頼んだ。やっぱりまずくて、臭くて、どうしようもなく嗚咽が上がってきた。


マザー、いよいよ台湾を出て、日本へと入ります。東洋の新幹線という乗り物は素晴らしくて、リニアの半分ほどの速度ですが揺れがなく低騒音で快適に移動をしております。アジア圏最後の国、日本へと向かいます。手紙は届いておりますでしょうか。相互にやり取りができるといいのですがそれもかなわぬ夢です。またあの楽園で優雅な時間を過ごせることを期待して、次の国へ向かいます。


私は宿で荷物を整えながらパスポートを見る。JPの文字。ずっと使っていた日本のパスポートのおかげでどこの国でも入国審査は楽だった。日本語もおぼつかないまでも多少は話して日本人然としていた。日本への期待が膨らむ。新幹線に乗り、日本へと向かうのだった。

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