第2講 フーダニットとは? 

 ミステリーには大きく三つの型があります。ある時期はこの「型」を破ることに推理作家たちの意識が向いていたことがありますが、この五年くらい(二〇一六年くらいからかな?)はこれらの型を律義に守る作家が増えています。


 さて、掲題のフーダニットについてですが、まず先に「三つの型」について触れてしまおうと思います。


 フーダニット(Who has done it?)。

 ハウダニット(How has done it?)

 ホワイダニット(Why has done it?)


 以上三つです。

 英文の方を見てもらえばおおよその検討はつくかと思いますが、フーダニットは「犯人当て」、ハウダニットは「トリック当て」、ホワイダニットは「動機当て」になります。今回扱うのはフーダニットです。


 つまるところフーダニットとは「誰がやったのか?」なのですが、これは前の講で話したミステリーの始祖、エドガー・アラン・ポオの『モルグ街の殺人』の要素のひとつでもありました。『モルグ街の殺人』を読んだことのある人なら分かると思うのですが、真面目にミステリーを読んでいる側からしたら「これあり?」ってなりそうなネタですよね。


 しかしミステリーの始祖からずっと引き継がれているこの「意外性のある犯人」は長い間注目されているネタでした。古今東西様々な作家が「犯人当て」をメインに据えた作品を出しています。


 そういう意味では、「犯人当て」、フーダニットはミステリーの王道、正統派ミステリーの系統だと言えるかもしれません。


 このフーダニットに特異点を作ったのは、英国推理作家、ミステリーの女王とも名高いアガサ・クリスティでした。


『オリエント急行殺人事件』『アクロイド殺し』『そして誰もいなくなった』。


 一作くらいなら名前を聞いたことあるんじゃないでしょうか。


『オリエント急行殺人事件』は少し前に映画になったことで話題ですね。ジョニー・デップが被害者役で出ていました。近々同じキャストで『ナイルに死す』が映画化されるそうなのでそちらも楽しみ。『ナイルに死す』は女性なら楽しめる作品なのではないかと思います。複雑な人間模様と神秘の旅行気分が味わえる作品です。気が向いたら是非。


『アクロイド殺し』。この作品によって当時のミステリー界は二つに割れました。ほぼ南北戦争状態と言っても過言ではないでしょう。今でもこのネタについて話す時は議論のネタになるくらいです。それくらいすごい作品だった。


『そして誰もいなくなった』は多くの推理作家がオマージュを書いているので知っている人も多いでしょう。最近だと米澤穂信の『インシテミル』がオマージュとして最高傑作です。逆に(飯田的に、ですが)有栖川有栖の『こうして誰もいなくなった』は趣味を見せつけられただけのようで何だか。『こうして誰もいなくなった』と同じようなネタを、短編でしかもキレよく『第八の探偵』が作中作で出しているのでそちらがおすすめです。もちろん、『こうして誰もいなくなった』も好きな人は絶対いるでしょうから読んでみてください。


 話を戻します。

 ネタバレを回避したいので詳しくは述べませんが、クリスティが書いたこれらの作品はいずれもフーダニットに真っ向から突撃していった作品でした。「あなたとそんな約束をした覚えはない」というのはクリスティの名言のひとつでしょう。


 クリスティの活躍し始めた時代に『ノックスの十戒』と『ヴァン・ダインの二十則』というものがありました。どちらも「ミステリー書くならこれは守れよ!」という条件のようなものです。


 いずれの規律にも「作者は読者をペテンにかけてはならない」という項目や「犯人の条件に関する明確な記述」があるのですが、クリスティはそれらを見事に……ある意味では、陵辱的に……ぶち壊しました。先述の通り、「あなたとそんな約束をした覚えはない」と。


 以来フーダニットを巡って、はたまた推理作家の「ミステリーに臨む姿勢」についての談義が今も続いているくらい、クリスティの行ったことはセンセーショナルでした。気になった方は一作でもいいので読んでみてください。


 密室殺人やアリバイトリックなどと違って、不可解な状況を作りにくい(というより作る必要があまりない)からか、フーダニット単体で勝負を仕掛けてくる作品はこの頃めっきり減りましたが、しかしついに最近、アンソニー・ホロヴィッツの『その裁きは死』が挑戦状を叩きつけました。あの作品はまさに古き良き正統派フーダニット。クリスティも、果てはポオでさえも喜んだネタであるに違いありません。


 フーダニットの「誰が~したのか?」という特性上、殺人じゃなくても適用できるネタなので、「日常の謎」と呼ばれるミステリーのジャンルや、ミステリーじゃない他の分類の作品でも十分に活かせる知識だと思います。


 この講義をきっかけにフーダニットを知り、作品に取り入れてくれる作家さんが……ミステリー作家だけに留まらず……増えてくれると、筆者としてこれ以上の喜びはありません。


*総括


・フーダニット

「誰がやったか?」

 多くは犯人当てを意味するが、作品によっては行動の主体を探すテーマになるため、ミステリー以外のジャンルでも活かすことができそう。

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