推理作家は語りたい

飯田太朗

基礎編

第1講 ミステリーとは?

 さて(この『さて』という始まり方についてもいずれ触れたいと思いますが)、記念すべき第一講は「ミステリーとは?」についてです。


 ミステリー、推理小説、探偵小説、犯罪小説、言い方はいろいろありますが、ここでは「ミステリー」で統一します。カタカナの方が何となく馴染みやすい雰囲気が出るでしょうから。「ミステリーと推理小説」というテーマは、またいつか。


 ミステリーの始祖には様々な説があるのですが、一番有名なのはエドガー・アラン・ポオの『モルグ街の殺人』説です。怪奇小説(ホラー小説くらいの認識でいいです)の作家であるポオが書いた「不可解な状況で死んだ人間に関する」話がミステリーの始祖だとされています(そういう意味では、ホラーとミステリーは近接領域で、書き方次第ではどちらにも転びうる、そんな分類だと思ってください)。


 ミステリーの始祖については、他にもチャーリー・ディケンズ『バーナビー・ラッジ』説やヴォルテール『ザディグ』説、果ては旧約聖書『創世記』のカインとアベルの話説、など色々あるのですが……。ここでは一旦有名な「ポオ説」を据えておきましょうか。


 ではミステリーとは? という話に立ち戻るのですが、先述の『モルグ街の殺人』を例にとってその要素を分解してみたいと思います。


 モルグ街のアパートメントで「不可解な死を遂げた母娘」。

 デュパンという「頭脳明晰な登場人物」。

 そのデュパンにほれ込む「平凡な脇役」。

 物語終盤で行われる華麗な「謎解き」。

 その「謎解き」で存在が明らかになる「意外な犯人」。


 これら五つの要素の内、最も重要な要素こそ「ミステリーとは何か?」を明確に示すことができるものです。


 頭脳明晰な人物……これだけでは半生記や歴史もの、ノンフィクションにもなってしまいそうです。


 平凡な脇役……上記同様。フィクションに限定しても純文学になりそうです。


 物語終盤で行われる「謎解き」……これはそもそもの「謎」が存在しないと成立しません。


 意外な犯人……これも上記同様。「謎」や「犯罪」がないと成立しません。


 さて、そろそろお分かりでしょうが『モルグ街の殺人』をミステリー小説としている重要な要素は、先程挙げた五つの要素の内の先頭、「モルグ街のアパートメントで『不可解な死を遂げた母娘」なのです。


 ではこの「モルグ街のアパートメントで『不可解な死を遂げた母娘』」をもっと抽象的に捉えてみましょう。抽象化、とは具体化の反対で、無駄や限定要素を取り除き、より広い範囲に適用できるようにすることです。


 まず、舞台がモルグ街である必要がありません。これは削除。

 当然ながらアパートメントである必要もありません。

 死、これは重要な要素に見えるかもしれませんが、それはあくまで生き物としての根源に立ち入るからであって、例えばこの「死を遂げた」が「失踪した」でも上記の条件はミステリーになると思います。つまり「死」は重要な要素ではありません。

 母娘。これも不要でしょう。犬でも猫でもいいしゴキブリが死んでいても捉えようによってはミステリーです。


 さて、もうお分かりかと思いますが、ミステリーにとって重要な要素、とは「不可解であること」なのです。


「不可解」、つまりは、「謎の提示」です。


「謎が提示される物語」を広くミステリーと呼ぶことにします。平易に言えば読み進めていて頭に良質な意味での「?」が浮かぶものは大抵ミステリーだと呼べると言えるでしょう。


 ここで「?」、つまり「謎」の定義が重要になってくると思いますが、ミステリーの場合、多くの「謎」とは「作者から読者に向かって提示される不可解な現象」のことを指します。


 大事なのは「不可解」であること。逆に言えば、「不可解」であればどんな材料でも「謎」になります。


 それは死体が出る話や物が盗まれるといった話はもちろん、好きな同級生の気持ちや学術的な問題、スポーツにおける戦略と駆け引きやファンタジーにおける魔法や呪いの原則原理原因に至るまで、様々なものを「謎」と呼ぶことができます。


 勘のいい方ならそろそろお分かりかと思いますが、いかなるフィクションでも少なからず「謎」という要素を含みます。物語を展開していく上で、「謎」は重要なエンジンになるからです。


「そのつもりはなかったのに書いてみたらミステリーになった」

「恋愛ものとして書いていたのに読者から『ミステリーですね!』と言われた」

 あるいはこれらとは逆に、「ミステリーとして書いていたのにいつの間にか違う話になった」という現象もあり得ると思います。


 これらの現象の原因はどれも「謎」の濃度によるものです。


 知らず知らずの内に、どんなフィクションにも必ず入る「ミステリー要素」、つまり「謎」が濃くなってしまった。これは「そのつもりはなかったのにミステリーになった」あるいは「読者から勝手にミステリーだと認識された」に該当します。


 知らず知らずの内に(あるいは想定以上に)「ミステリー要素」が薄くなってしまった。これは「ミステリーのつもりが……」というケースに該当します。


 つまり、ミステリーを書くに当たっては「謎」の濃度が非常に重要であり、これはさながらアルコール度数がどれくらいなら「酒」と呼べるか、という問題に近いものがあります。


 先述の通り、どのような物語にも少なからず「謎」は含まれます。

 あなたが書いたそれ、あなたが読んだそれも、考えようによってはミステリー、なのです。



*総括


・ミステリーとは? 

 作者から読者に「謎」、つまり「不可解な状況」が提示される形式の物語のことである。

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