三十五話 セントラル大陸暦一五六五年 夏 三/九

 午後二時、私たちは昨晩仕立て直した女の戦闘服を着て王宮の寄宿舎集会室に入った。

 予めアンナ王女様のご学友から「王家領全学年各十クラスの代表者一人ずつ、計五十名がもう集まっていて、リットン生徒会長が対抗戦に参加できない代わりに貴女あなた方を招くということは説明してあります」と聞いた。

 今日の敵、五十名が席に着いている。この人たち全員を掌握し、王家領の学院生全員、五百名を味方につけなくてはならない。

 大勢の男子の中に数名の女子。ざわめきがする。

 アンナが私たちを中央に先導する。

「おい、狩りガール姿じゃないぞ」

「メイド服なのか? いや違うな、上着とスカートが別れている」

「スカートの丈が短い」

「素足だ……」

「膝小僧が……見えそう」「見えたか」「見えない」

 至る所からの声を拾う。私は目だけでなく、耳もいい。

 アナベル王女様が立ちあがって迎えてくれる。

「強力な助っ人を紹介します」

 私たちを中央正面に迎えてアナベル王女様が力強い声を出した。

 ざわめきが収まる。

「各クラスの代表者の皆さん、この五人が、リットン君が最も信頼する方々です」

 私たちに視線が集まる。前列の右端の人は野犬狩りで一緒になった男性だ。後方に同じクラスのクララがいる。彼女は伯爵家の娘、一年一組の代表か。二人は味方と言っていいだろう。それ以外に知り合いがいるわけもないか。

「自己紹介をお願いできますか」

「ナナリーナ・サンダーです。サンダー領出身の一年一組の生徒です」

「同じく、アニー・ヒルです」

 ジュリア、マイア、ニーヴも姓名だけを名乗る。

「みなさん、サンダー家の爵位のある家柄のご令嬢です」

 味方の二名と四十八名の敵は静まったまま。

 カタン。

 起立する男性が一人、狩りで一緒になった味方と思われる男性だ。

「五年生を代表して、ナナリーナ嬢、そしてニーヴさん、そして皆さん歓迎します。一緒に戦いましょう」

 私の名前を出すのは分かるが、どうして次はニーヴだけなのだ。熱い視線がニーヴへ向かっている。彼をよく見てみると、狩りでケガをしていた人だ。多分ニーヴが担当したのだろう。それがこういう結果に至っているのか。扱いやすそうな男性である。

「ツッ」

 どこからか舌打ちがする。眉間にしわを寄せている男、口元を歪める男、肩をすくめる男が何人もいる。

 そりゃ、そうだろう。最下級生の女性が来てリットン生徒会長の代わりだと言われても、誰も納得しない。王女様が言えば、表面上は理解した風を装い反発はしないが、心の中は、裏腹なのは仕方がない。

 カタン。

 また一人、立ち上がる。

「三年一組のエレノアです。ここにいる五十名はまだ、あなたたちをよく知りません。実力をお見せすれば納得してもらえるのではないでしょうか?」

「そうだな、誰からみても貴女たちの魔法の能力が高いと分かれば、文句のいいようがない」

「そうだ、そうだ」

 王女様が困った顔をしている。

「魔力検査をみんなの前でしてもらえばよろしいのではないですか。それが一番科学的よ。対抗戦では魔石を一人四つ充填してからでないと戦いに参加できませんからね」

「分かりました。お受けします」

 ノアお兄様が言った通りのように進んでいる。

 エレノアがカバンを持って前に出てきた。中から袋を二つ取り出し床に置く。

「二袋に同じような魔石が十個ずつ入っているわ。貴女たち五人と私たち五人がみんなの前で競って速さを見てもらう。時間計測をこちらでするわ。それでどうかしら」

「かまいません」

 極力笑顔で答えた。

「仕込まれたと思われるのは嫌だから、先にどちらか選んで」

 私は向かって左を選択した。

 机が二つ。左側に私は立ち、後ろに仲間四人が控える。魔石の入った袋を机の上に乗せる。多分十個ほどの魔石が入っている。後ろを振り返り、頷き合う。私一人で行って問題ない。

 エレノアたち五人も袋を机の上に置いてその前に立つ。

「五人で一斉にやってよろしいのですよ」

「いえ、私一人で十分です」

「そうですか、ではアナベル王女様開始の合図を」

 冷笑を浮かべている。

 王女様は二つの机の中央に立ち、こちら向きになる。

「ナナリーナさん、本当によろしいの」

 不安な様子が見てとれる。

「ええ、大丈夫ですわ」

 自信満々にハッキリ言う。

「では号令をかけます」

 一旦言葉を切った。静まる集会室。

「用意、スタート」

 袋から魔石を取り出す。全部で十個、赤、水、緑、茶が二つずつ、銅と金が一つずつ。金の魔石を錬成し銀の魔石の元となるよう加工し直す。

 そして、十本の指から一気に魔力を注ぐ。一瞬でカラの魔石に色が染まる。

「ストップ」

 王女様が終了を宣言する。

「ウォー」

「すげえ」

「一瞬で全魔石が染まった」

「銀があるぞ、幻の銀、サンダー家の色だ」

 隣を見るとまだ一石も染まっていない。

「王女様どういうことですか、トラブルですか」

 王女様がエレノアを見て、右手を私の方に差し出した。

「……全部染まっている……、ちょっと待ってどうして銀色なの、私は金の魔石を持ってきたはず」

 エレノアは半分口を開けて私を見る。

「金の魔石だったのですか?」

 わざと、とぼけて見せる。

「そうよ」

 ざわつく室内。

「金だとしたら、ちょっとエレノアはやり過ぎではないか」

「エレノア以外できないはず」

「しかし今は銀だぜ」

 エレノアに対して小さな不信感が生まれている。

「勝負はつきましたね」

 強い口調で断言した。

「皆さん私の魔力を見てもらえましたか?」

 私はにっこりと集会室内を見渡す。

「素晴らしい」「はじめてだ、こんなの」

 パチ、パチ、パチ。一人が手を叩くと、続けて大きな拍手と歓声が沸いた。

 私は淑女の礼をする。直ると、

「お静かに」

 と手を広げてみんなの拍手と歓声をおさせた。

「先ずは元々金だったという魔石をお戻しします」

 私は今の銀の魔石から魔力を抜き、錬成をし直してカラの金の魔石とした。

「どうぞ、これが元の金の魔石です」

 エレノアに渡した。

「金の魔力を込めてください」

「分かったわ」

 自分の机の前に置き、金の魔力を一生懸命な様子で込めると十秒ほどで金の魔石が出来上がった。

「元に戻っている。どういうことなの」

「さあ、私にも分かりません。サンダー家独自のものかもしれませんね。私はその魔石に自分の魔力を込めただけですから」

「何か科学的なメカニズムがあるはずよ」

「詳しくはノアお兄様に聞いてください」

「分かったわ。貴女が有能なことは認めます」

「これは私だけではありません。ニーヴ、こちらに来て」

 ニーヴが少し驚いたように私の隣に立った。

 小声で水の魔石を手に取ってカラにして瞬時に染めてと話す。

 頷いたニーヴが右手で指を反らせて優しく一石ずつ左手に二つの水色の魔石を乗せる。このの仕草は若き艶やかさを醸し出す。みんなを見渡して、笑顔で右手をかざす。一瞬で水色が消えると、瞬く間に水色へ、そして色をグラデーションさせ消し、少しずつ染め上げた。何ともお上品。

「すごい」

「きれい」

 うっとりしている方が多い。

「ニーヴありがとう。アニー、マイア来て」

 二人には銅を除いた四つの魔石を同時に右側と左側からカラにして、続けて充填してもらった。四つの魔石をほぼ同時に変化させる二人に大きな拍手が再度響いた。

「ジュリアこちらに来て」

 ジュリアが苦笑いで私の隣に立った。

「ここにある九つの魔石を一瞬でカラにして一瞬で充填します。時間計測してもらいたいと思います」

 小声でお願いやってね、とジュリアに言う。仕方ないわねと言う顔で頷かれた。

「エレノアさん、前で開始の合図を」

 エレノアと一緒に私の魔力充填を見損ねた五人が前に来る。

「先ずはカラにしますね」

 ジュリアが魔石に両手をかざして端からカラにしていく。

 カラにする操作だけで五人は目を丸くしている。

「では合図を」

「分かったわ。用意、スタート」

 ジュリアが、端から両手をかざして魔力を充填していく。左右の端から色が染まっていく。あっという間だった。

「すごいわ」

「一人で希少魔法の銅を含めて九石が一瞬だった」

「時間計測の結果は、……意味ないわね」

 こうして私たち五人は王家領の五十名に認められた。

「恐縮ですが、このことは皆さんこの場限りの秘密にしていただけませんか。外に漏れると支障がありますので、お願いします」

「分かりました」

 王女様が了解してくれた。ならコケ脅しの魔法をかけよう。私は一段高い台の上に乗った。集中し魔力を練る振りをする。雷の魔法を薄く広く銀の粒子だけを大量に舞わせる。

「サンダープロミス。サンダー領の秘密、外に漏らさないと約束してください。漏らすとそれ相応の罰が下ります。誓いますか」

「誓います」「誓います」

 ひときわ大きな声は五年生の男性、続けて女性の声はクララ同じクラス

「「「「~「「「誓います」」」~」」」

 ほとんどの人が誓ってくれたようだ。守ってくれなくてもこの程度の秘密がばれても影響は少ないだろう。

 私は銀の魔法を収めた。


「去年の戦い方を教えてください」

 全員が席に着き、と言っても私たち五人と王女様とアンナが最前列、みんなと顔を合わせる向きで作戦会議が始まった。

「私が入学してここ四年間、毎年同じなのよね」

「そうなのよ、王女様が女王様役になり、上級生中心の半数が攻撃して、残りの半数が守る。それで勝ってきたの」

「そう、去年の決勝だけは時間切れで残っている生徒数の数でサンダー領にうちが勝ったの、向こうが百名でうちが百二十名、ギリギリの勝利だったわ、もしエレノアの回復魔法とリットン君の活躍がなければ多分負けていたわ」

「今年リットン生徒会長が倒した二十名がないなら確実に敗けです。私の回復魔法だけじゃ間に合わないと思う」

「攻撃に二百五十、守備に二百五十でも去年は危うかったのですね」

 私が確認した。

「違うわ、二百名ずつよ。後の百名は魔石を四つ充填できなくて戦いそのものに参加できなかったのよ」

「えっ、百名も欠けるのですか」

 アニーが驚いた声を出す。私たち五人は全員が驚いた。

「毎年そんなものよ。サンダー領以外は十%から二十%は戦えない生徒がでるわよ」

「他の生徒が充填してはダメなのですか」

「領地対抗だから問題ないけれど、そうすると自分の魔力が削られるから、そんなことをする生徒はほとんどいないわ。よっぽど仲の良い人同士でないと行わないわよ」

「今年は私たちがいます。百名分四百個の魔石を充填します。ナナ、それでいいわよね」

「もちろん」

 ジュリアの反応に私も賛成する。

「ありがとう。とっても助かるわ。……となると、うちが五百名で戦えることは秘密にしないといけないわね。相手を油断させるためにも例年通りの四百名だと思わせましょう。この魔石のこととそれを行える五人の補強のことは他領の人には絶対に言わないように。クラスメイトの方にも厳守してもらってください」

 王女様が言うと、みんなも肯首した。

「今年は北家も西家も同じように魔石を全員分充填すると思います」

 少し遠くで、クララ同じクラスが発言していた。

「一年一組のクララ・エルギンです。一組の生徒はいつもの一年の普通のクラスではありません、尋常じゃないのです」

「どういうこと」

 エレノアが訊く。

「ナナさんのおかげで全員が魔力を向上させたのです。魔法の実技試験はあまりの異常さに、試験官が学院長を呼びに行ったほどです」

「そんなことがあったの」

「全員が適性のある魔法で満点を取りました。多分最も適性のある魔法では満点以上だったと思います。同じクラスに北家と西家の各々十名がいます。彼らは自領で魔力の足りない生徒を救済すると思います。それでも戦うのに魔力は十分のはずです」

「去年四位の西家は王家領の半分ほどの数しかいない。そのうち四十名ほどが戦えなかったけど今年は二百五十名が総人数と思った方がいいわね」

「組み合わせは、去年の一位と四位が準決勝で戦うようになっているの。一回戦は侯爵領の連合チームか東家か南家だけど多分問題なく勝てるはず」

 アンナ王女様のご学友が解説してくれた。

「もし貴女たちが百名の魔石を充填してくれたら、準決勝で予想される西家がフルメンバーでも、五〇〇対二五〇、圧倒的に有利だわ」

 エレノア断言する。

「決勝では、サンダー領が相手だとすると五〇〇対一八〇、一人に対して三人で戦えばよいのよ。勝機はあるわ」

 アンナの目は真剣そのもの、そこまで熱意を込めるとは、相当プレッシャーがあるのだろう。彼女の発想は去年の優勝者ではなく、サンダー領への挑戦者の意識だ。チャレンジする者ほど強い。

「今年のサンダー領は新入生が入って皆さんの思っている以上に強いです」

 私が思わず口をはさんだ。

「一年生の方、えーっと、クララさんからみて、どうなのでしょうか」

 アンナがクララを指名した。

「では説明します。先ほど一年一組全員が魔法で最高点の話をしましたが、サンダー領の一年生、ここにいる五名を除く三十七名全員が基本四魔法の全てで余裕をもって最高点を記録しています。これは各クラスの人から聞いています」

 サンダー領の生徒と同じクラスの一年生なのだろう。クララのそばの何人かが肯いている。

「ちょっと待って、ということは去年の決勝戦、確かサンダー領の一年生の生徒は優秀だったけれど基本四魔法は全て使えなかったわ」

「去年は三年生と五年生が弱かったよ、四年生はハリー君に引っ張られてそれなりに強かった、でも一年生と二年生がとても強かったぜ」

「そうだ、一年生と二年生が守備だったよ、彼らにまったく歯が立たなかった。みんながみんな詠唱を省略していたのだ、呪文だけで魔法を発動していて、こちらはそんなことを知らないから、防御を取る暇もなくてそれでやられていた」

「リットン君が相手したのも攻撃してきた五年生がメインだったよ」

「弱かった五年生が卒業し、強かった一年と二年が年を重ね、新一年生が最強ってどうなるのよ」

「穴のあるのは四年だけ、多分、四年と最強の一年が守備よ。強い二年と三年と五年のハリー君をいかに防ぐかがポイントになるわ」

「サンダー領の構成は多分そうだ。ではうちはどうするのだ? 去年と同じで攻撃、防御半数ずつの人数でいいのか? 学年の割り振りも去年と同じではだめだ。多くなる百名の行き場を考えないといけない」

「その前に王様役はいつものように女王様としてアナベル王女様でよいのか?」

「最後の年、私も一度は攻撃に参加したい」

「私も防御の回復役ではなく、攻撃の回復役として出たい」

「では、誰が王様役をやるのですか?」

 うっかり私が発言してしまった。みんなの視線が私に集まってくる。それはないでしょう、私はサンダー領の人間ですよ。目のやり場が見つからない。どこを向いても誰かと目が合ってしまう。

「ナナリーナさん、お願いできますか」

 それ以降の作戦会議の内容を私は覚えていない。


 一、二年生が防御、二百余名で守る。三、四、五年生が三百名弱で攻撃する布陣を取ることになった。

 私たち五人はもちろん防御部隊で、女王役の私はみんなに守ってもらう。本当にこれでいいのか?

「ナナの女王役は、未来の予行練習になってちょうどいいじゃない」

「堂々としているから、ナナだとはまり役過ぎるのよね」

「アナベル王女様は、これを狙って補強を言い出したのではないのかしら」

「いいえ、それはきっと王太后様からの指示だと思うわ」

 アニー、ジュリア、ニーヴ、マイア私で遊ぶのはやめなさい。

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