三十四話 セントラル大陸暦一五六五年 夏 二/九

 私の部屋で、王家領の一員としての対抗戦の対策を五人で考えることにした。侍女のラナーナがお茶を入れてくれた。

「ほんの数時間前よ、試験が終わったの。さあ遊ぼうと思った矢先、いやになっちゃうわね」

 アニーが愚痴りたくのも分かる。ただあなたは遊ぶ前に眠りたかったのではないの。

 ノックの音。

「ノアお兄様です」

 ラナーナの声と共にノアお兄様の顔が見えた。

「聞いたよ、王家領の補強に出されるんだって」

「今言われて驚いているところです。もうハリーお兄様に聞いたのですか」

「ちょっと違うかな。今、兄さんに会ったら補強に出すことを認めたと言われたけれど、話自体を聞いたのは昨日だよ。同じクラスにさきの大公様の娘がいるんだ。エレノアって言って金髪の回復魔法が使えるんだけど、最初に聞いたのは彼女からさ」

 学院に金の髪をした生徒は三人。教会からの五年生と一年のライラの二人と、ほかに三年生にも一人いたのは知っている。

「彼女はアナベル王女様から『サンダー領の一年一組の女子たちを補強としてスカウトしてくる』って相談されたらしいけど、もう決めていたみたいだから反対もできなかったわ、ってさ」

「それはいつのことですか」

「昨日の学科試験が終わってから言われたよ」

 昨日、今日決めたのではないのだ。

「どんな娘たちなの、と訊かれたけど、自分で判断しなって言っといたよ」

「ありがとうございます」

「エレノアは君たちを無条件に認めるつもりはないようなんだ。打ち合わせで会うと思うけど、その際、多分彼女は君たちを科学的に試すはず」

「どんな方法で私たちを試すのですか」

 ジュリアが口をはさんだ。

「大量の魔石を持ち込んで全ての充填に時間がどれほどかかるのかを調べると思う」

 それならたいしたことではない。私たち誰がやろうと一瞬のうちに終わる。

「種類の違う魔石を何も言わずカラの状態からだ。今回は金のカラの魔石も用意するはずだ。それを自分たちと競わせて、金の魔石が充填できないお前たちの負け、つまり認めないわよ、と彼女は意思表示するつもりさ」

「それは困りましたわ。金の魔法は使うなとハリーお兄様から厳命されました。厄介ごとが増えるからと。でも負けるのはもっと嫌です」

「だろうね。君たちの金と紫の魔法は秘密だからね。だから僕からのプレゼントだよ。ここに銅の魔石がある」

 ノアお兄様が赤茶色の銅の魔石をカバンから取り出して机に置いた。

「ナナ、この魔石をカラにしてくれないか」

「分かりました」

 私は魔石から魔力を吸い取った。色が消える。銅の赤茶色の残滓だけが残る。

 ノアお兄様がその魔石を手に取り、

「よく見ていてごらん」

 と言って銅の魔法を使いだした。赤茶色の魔力が右手から流れ出す。

「ウォーター……」

 水の呪文を唱えた。

 ――何故、銅の魔法で水の呪文なのだろう。

 意図が不明だった。が、瞬間、魔石の銅色の魔力の残滓が分解され、茶色の魔力の残滓と水色の一粒の塊になった。残滓よりも小さい魔力の動きのない水色の粒。ただこの現象はここにいる中で魔力の見える私だけにしか分からない。

 ノアお兄様が続けて魔石に土の魔法を注いだ。色が茶色くなる。元は銅の赤茶色の魔石が、土の魔石になっている。

「あり得ない」

「どうして、貴重な銅の魔石がただの土の魔石になってしまったの」

 ジュリアとマイアが驚いて叫んだ。私を含めた他の二人もびっくりした顔をしている。

「銅の魔石は、水と土の魔力で出来ているのさ。だから今のように茶色、土の魔石に変えられる。もちろんやり方によっては水の魔石にもなるよ」

 それにすぐ反応したのはジュリア。

「仮説で銅の魔法は水と土の派生ではないか、と聞きました。ノア様はご自身の銅の錬成魔法でその魔石の水の部分だけを操作して、土だけに加工したのではないですか」

 ジュリアがノアお兄様を鋭く問い詰める。

「よく分かったね。これが僕からのプレゼントさ、後はみんなで考えてエレノアの試練を突破してごらん」

 そう言って、ノアお兄様が部屋を出て行った。

「今から実験よ」

 ジュリアの研究心に火がついた。彼女もノアお兄様と全く同じ魔法適性、銅の魔法と基本四魔法が使える。

 五人は一旦私の部屋を出て魔石をもって、再度集まった。

 机の上にいくつもの魔石の入った袋と箱が置かれた。五人がその周りを囲む。

「先ずはノア様から頂いた元『銅』で今『土』になった魔石から魔力を抜いて、また銅の魔石にしましょう。他は机の上から下げて」

 各々が自分の持ってきた袋や箱を机の下に移す。

「この元『銅』で『土』になった魔石から魔力を吸い出すわ」

 私の出番だと、銅の適性のあるジュリアが魔石に手をかざしたまま笑顔を向けるが、彼女が一瞬で魔石をカラにできるのだろうか。

「見ていてね」

 魔石から茶の色が抜けて行く。ジュリアが魔力を吸い取っている。そして白色になった。

「どうして」

「ナナと一体何年一緒にいると思うの」

「適性のある魔石から瞬時に魔力を吸い出す技術はあっという間に習得しましたわ」マリアが続く。

「私は水と金だけだけどね」ニーヴも。

「もちろん込めるのも瞬時に可能よ。魔石だけではなく、対、人でも同じ。錬金釜で銅の魔法をやり取りする要領でマスターしたみたいよ」アニーも。

 この娘たちは天才かもしれない。でも嬉しい、私の誇れる頼もしい仲間たち。

「今この魔石は水の魔法が休眠状態のはず。ノア様が呪文ウォーターと言ってその後一拍、間があったのは水の魔法を、活性化をさせないようにしたのだと思う。つまり休眠状態、呪文はウォーター・スリープだったのじゃないかと思う」

「このカラの状態で銅の魔法を込めたら元の赤茶色の銅の魔石にならないかしら」

 マイアが問う。

「科学的考えて今は無理なはず。でもナナやってみて」

「分かった」

 私は元『銅』の魔石、直前まで土の魔石に、カラの状態から銅の魔法を込めた。

 魔石は無反応。白のままで色がついていない。

 私は魔石に込める魔力を止めた。

「ジュリアの言うとおり、銅の魔力を込めたけど変わらないわね」

「水の魔法を活性化する呪文は多分スリープの逆でアクティブだと思う。私がやってみる」

 ジュリアが魔石に魔力を練り始める。

「ウォーター・アクティブ」

 一粒の水の魔力の塊が溶け、水の残滓となり、土の茶の残滓と二つの状態となった。銅の残滓になっていない。

「これで土と水の両方が活性化したわ。つまり銅の魔石に戻ったはず」

 この状態で銅の魔力を込めても変化しないことが私には分かっていた。しかしそのことは言わずジュリアの実験を待つ。

「銅の魔力を込めるわ」

 無反応、銅の赤茶色に染まらない。

「失敗みたいね」

「ジュリアの仮説は、今のところ誤りね。スリープは正しいかもしれないけれど、アクティブは間違いね」

 マイアの指摘にジュリアが頷く。

「念のため、土を停止して水だけではどうかしら」

 マイアが再度問う。

「やってみるわ」

「アース・スリープ」

 土の茶の残滓が粒へ、休眠した状態となる。水の残滓はそのまま。

「ここで土の魔力を込めても土にならなければスリープが正しいことが分かるわね」

 私は指摘した。

「そうね、水の前に土の魔力を込めるわ」

 無反応。茶色にならない。

「スリープは正しいわね。水はどうかしら」

 ジュリアが水の魔力を込める。水色に染まる。

「水の魔石になったわ。つまり、ウォーター・アクティブは活性化の点では成功だったということよね」

 ジュリアが解説する。

「なら両方活性化した状態なら、土の魔石にも水の魔石にもなるのかしら」

 マイアの注文にジュリアが応じる。

「今は水の魔石だから水が活性化で、土が休眠中だから、先ず今の魔石の水色をカラにするね」水の魔石をカラにする。

「次は土を活性化させるね」

 魔石は水が残滓の活性化、土が粒の休眠中。

「アース・アクティブ」

 両方が残滓、活性化の状態となった。

「これで両方が活性化した状態よ」

「念のため銅を込めるわ」

 無反応。

「土を込めるわ」

 茶色に変化する。カラにする。

「水を込めるわ」

 水に変化する。マイアの想定通りとなった。

「推測だけど水と土が融合していないのだと思う。銅から二つが分離して休眠状態から活性化してもそれぞれが単独で活性化しているだけなのよ」

 ジュリアは鋭い。確かに、休眠状態では粒化し、活性化状態では両方が単独で残滓状態だった。つまり二つを融合させる必要がある。

「融合の呪文は?」

 アニーが訊く。

「マージよ、ナナやってみて」

 私は先ず魔石をカラにして、水と土の二つを融合するイメージもって銅の魔法の念を込める。一瞬残滓状態がピクリとしたがすぐに元に戻る。

「変わらないわ。最初変化する兆しがあったけれどすぐに元に戻ったの」

「ナナがやると無呪文だから分かり難い」

 アニーの言う通りなので「ごめんね」と形だけ謝る。

「水と土が共に休眠した状態から、両方一緒に活性化しながら融合しないとうまく混ざり合って銅にならないと思う」

 ジュリアが新たな仮説を立てた。

「どうして」

 アニーが訊く。

「多分、今は活性化した状態で固まったというか、出来上がった状態だと思う。状態として固まっていたから、うまく混ざらなかったのでは、と考えられるの。けれど、両方が活性化しながらだったら融合可能だと思う。考えてみて、固まったものを混ぜるのって大変じゃない。固まっていないものの方が混ぜやすいわ」

「なるほど」

 アニーが納得する。

「じゃ呪文でやってみる前に私が無呪文で融合させてみるわ」

「そうね、実際にできるかどうかはナナにやってもらえば分かるものね。可能だったら呪文を考えるわ」

 ジュリアの理屈ももっとまだ。私は一旦水と土両方を休眠化させた。そして両方を活性化しながら融合するイメージを持って念じた。

 銅の残滓ができていた。

 ――できたわ。

 続けて銅の魔力を込める。

「やったー」

 銅の赤茶色に染まった魔石がそこにあった。

「休眠させた後、両方を活性化しながら融合するイメージを持って念じたらできたわ」

「そうすると呪文は『マージ ウォーター・アクティブ アンド アース・アクティブ』ね。やってみるわ」

 ジュリアが魔石をカラにした後、「先ずは休眠ね。ウォーター・スリープ」「アース・スリープ」と唱えて両方を休眠させた。銅、水、土の魔力を込めて変化しないことを確認する。

「いくわよ。『マージ ウォーター・アクティブ アンド アース・アクティブ』」

 私の目には銅の残滓が見えた。

「いいんじゃない」

 ジュリアが頷き、

「じゃ、込めるね」と言って銅の魔力を込めた。

「成功ね」

 みんながいつの間にか握っていた拳を小さく振って喜びを表した。

「やったね。次は金の魔石に挑戦よ」

 アニーが促す。

「ニーヴ金の魔石をカラにして」

 ジュリアの指示にニーヴが金の魔石を机に置いた。

「あら懐かしいわ。あの時の魔石かしら」

 マイアが目を細める。

「そうよ、転校初日の私の記念すべき友人たちとの出会いをもたらした、嬉し恥ずかしき魔石よ。これ高いのよ、百万モンするって後でお父様に聞いて、驚いたわ」

 高いとは知っていたが、その値段にびっくりした。

「学院の入学祝いにいただいたの」

 いとおしそうに触りながら魔力を吸い取る。一瞬で白くなる。ニーヴも魔石から一瞬での魔力の吸い取りをマスターしている。

「ジュリアの金の魔力の構造の仮説は?」

 マイアが今日は質問者だ。

「水と風が入っていると思う。火と土は分からないわ。実験しながら正解を見つけるつもり」

「じゃ水を停止してみるね」

 ジュリアが緊張をほぐすように深呼吸して姿勢を正す。ニーヴの宝物で高価な金の魔石である。ぞんざいには扱えない。

 念を込める。

「ウォーター・スリープ」

 私の目には金の残滓に変化がない。

 続けてニーヴが金の魔力をカラの魔石に込める。あっという間に金色に染まる。

「成功?」

 アニーがジュリアを見る。

「失敗よ。仮説として水が停止され金ではなくなっているので金色の魔力では無反応が正しいの。つまり金の魔法は水と何かの組み合わせではないことが証明されたの」

「火から一つずつやってみるしかないわね」

 私が言うと、ニーヴが金の魔石をカラにする。そしてジュリアが再度念を込める。

「ファイアー・スリープ」

 しかし、金の残滓の変化がない。

 ニーヴが金の魔力を込めるとまた一瞬で金に染まる。

「失敗、次は風でお願い」

 金の魔石をカラにする。

「ブリーズ・スリープ」

 金の残滓が消えた。風の小さな粒と銅の残滓に分かれた。そうか金は風と銅の魔力で出来ているのだ。

 ニーヴが金の魔力を込めるが、変化がない。

「あれ、おかしい。もう一度金の魔力を込めるわ」

 再度金の魔力を込めるが、変化がない。

「ニーヴ、成功よ、無反応が正しいの。金の魔力は風と他の何かよ、それは水でも火でもない。残るは土よ」

 私は結果が風と銅と分かっているが、ここはみんなの実験を待つ。

 ジュリアが土の魔力を込める。無反応。

「失敗よ、おかしいわ。風単体のわけがないのに相手が見つからない」

「風と銅の組み合わせも考えられるのではないの」

 私は正解の組み合わせを提案した。

「そうか、希少魔法との掛け合わせ、それもあり得るわね。銅の魔力を込めてみるわ」

 ジュリアが銅の魔力を込める。瞬く間に赤茶色に染まる。

「ナナが正解よ。金は風と銅の組み合わせで構成されているわ」

「じゃ、銅もさらに分解して、水と土に分けられるの?」

 マイアが訊く。

「休眠中の風にさらに水を休眠中にして、土だけ活性化している状態ってことね。やってみるわ」

 ジュリアがカラにした後、水を休眠させ、土の魔力を魔石に染めた。

「成功ね」

 マイアが微笑む。

「ナナ、雷の構成は風と水で合っている?」

 ジュリアの言う通り、雷は風と水の派生と両親が解析し、『魔法の基本』の欄外に書いてあった。それをジュリアは既にっている。彼女の賢さは桁違いなのかもしれない。

「その通りよ」

 ジュリアが魔石をカラにして、土を休眠させ、風と水を活性化させながら融合させた。元々金だった魔石が今は土の小さな粒と銀の残滓を湛えている。

「ナナ、銀の魔法を込めて」

「分かったわ」

 私は結果がもう分かっている、笑顔を浮かべて応えた。

 雷の魔力を込めると、ものの見事に銀色に染まった。

「私の金の魔石が、銀の魔石になってしまったわ」

「元に戻るわよ」

 ジュリアに促されて、銀の魔力を吸い取り、風と水を休眠させ、一旦水と土を活性化させながら融合させ銅の残滓としてから銅を休眠させ、銅と風を活性化させながら融合して元の金のカラの状態とし、金の魔力を注いだ。

「よかった、元の金の魔石になったわ」

「金、銀、銅の魔石の構造が分かったわ。これでエレノア様前の大公の娘に試されても大丈夫よ」

 その時、侍女のラナーナから声がかかった。

「ナナ様、お礼状が届いています」

 アナベル王女様に会って別れてから折り返しのように礼状が届いた。開封すると、その中に明日対抗戦の打ち合わせを寄宿舎の集会室で行うので招待したい旨の内容が記されていた。時間は午後二時とある。

 王家領の寄宿舎は王宮内にあった。

「王宮に着て行く服がない」

 私たち五人は頭を抱えた。


 ハリーお兄様に夕飯時ねだった。

「制服で行けば」と言う。

 ジト目をしたら、

「分かった」

 と言うから期待して部屋で五人揃って待っていた。頂ける金額によって明日の朝一番で行く洋品店が変わってくる。

 ところが、いつぞや着ていた王宮のメイド服を出された。

「これでも着て行け」

 こんな服が一人二着も送られていたとは知らなかった。一着は王太后様の離宮で出されたあい物、もう一着は大公家で着替えて闘いで汚れた厚地の冬物。二着ともが、クリーニングされ当家にあったとは。お兄様いくら何でも酷い、お慈悲を。

「リメイクするわよ」

 ジュリアは現実主義者、すぐに頭を切り替えて、裁縫の得意な同期の娘と先輩を呼びに行った。

「生地はとても良い品よ、明日の気候から合着で問題ないわ」

 今日は六月上旬にしては幾分涼しかった、明日も同じような気温が予想される。

 ワンピースを上下に分離。丈の長いスカートをバッサリ、切り口の裾にレースをあしらう。襟は白の別布を当て、肩の部分にギャザーを寄せてボリュームを付け、袖口も半袖にしてレースでお洒落にする。胸元には、キラキラな銀のリボンでアクセントとする。もちろん、サンダー領のピンバッチは襟に忘れない。

 夜なべ仕事で五人分の明日の女の戦闘服を完成させた。


「まだ明日の魔石対応の分担を決めていないのだけど」

「ナナなら大丈夫よ」

「問題ないわ」

「ナナに一任する」

「もう眠いわ」

 ジュリア、マイア、ニーヴ、アニー無責任すぎるわ。もう知らない、勝手にするからね。

「ネックレスから色付き真珠は外していかないと、後ろ指差されるかもしれないから注意してね」

 ジュリアのお休みの挨拶だった。

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