三十三話 セントラル大陸暦一五六五年 夏 一/九

 私たちサンダー領の一年生は学院の授業を終えると、すぐに寄宿舎に戻って来た。今日は集会室で試験勉強を教わる講習会に参加を強制されている。

「全員揃ったようだね」

 全一年生を前にノアお兄様が話し始めた。

「六月五日に学科試験があり、六日に魔法実技試験がある。今回は領地の席次を決める試験だから、手を抜く必要はないよ。知っての通り、学科試験は学年ごとに各領地の成績トップ十人の平均点が順位になるからね」

 王家領が絶対有利となるルールがこれだ。領地によっては各学年十人程度の数しかいない侯爵家もあるのに、全員のではなく、上位十人の平均なら、大人数の方が上位になるのに決まっている。数の論理からすれば、王家領、北家、西家、東家、南家の次の六位がサンダー領になる。

「一昨年の五位は五年に一度のまぐれと呼ばれた。そして昨年の四位は五十年に一度の奇跡と呼ばれた。しかしこの結果は必然だ。理由はこれさ」

 ノアお兄様が紙の束を袋から取り出した。

「今日から四日間、試験対策として過去四年間の問題を解いてもらう。四年前までは当家も万年六位に甘んじていた。しかしハリーお兄様が現状を打破しようと試みたのが、返却された試験用紙の再利用さ。それまでは保管しておくような好き者は、まあ、いなかった。回答が書いてあり、赤で〇や×が付いていたからね。それを四年前から全員に問題だけを新しい用紙に書き写させて、正解はまた別用紙に書き写させたのさ。それを繰り返して二年分貯まった一昨年過去問を解いた成果が出て五位になり、三年分で四位となった。今年は四年分ある。各自が弱点を補い、満点を目指してくれ。目標は席次二位だ」

「わー」「おー」「えー」

 驚きとやる気と不安、色んな喚声が上がる。ハリーお兄様の肝いりで始まった過去問による試験対策、手を抜くわけにはいかない。確かにこのやり方は優れている。教科書以外に勉強方法がなかったところに、指針があるのだ。それに気付き、実行したハリーお兄様は有能だ。

「頼んだぞ。お前たちならきっとできる」

 私たち一年は集会室で夕飯をはさんでみんなで勉強した。上級生は、慣れもあるのだろう、各自の部屋で過去問を解き、各自の弱点を復習しているようだ。

 過去問をした後は答え合わせをして、みんなで検討した。

「選択問題で『絶対』や『必ず』という限定の文言のある選択肢があればそれは正しいことを言っていないわ、ほぼ誤った内容よ」

「〇を選べと言う問題の場合、先頭には正解の選択肢はまずないわ。だって折角誤った選択肢を考えたのに先頭に正解があれば、二番目以降は読まないから苦労して作った甲斐がないじゃない」

「選択問題で迷ったら何パーセントの確率で正解かを考えてより高い方を選んだらいいわ」

「そうね、マークにしたら〇、□、△、×ね。正解を選ぶ問題なら〇、誤りを選ぶなら×。決定的なものがなく、同レベルが二つだったら、四択の場合、三番目よ」

「正解した問題と似通った箇所を教科書でおさらいする必要は無いわ。間違えた問題の箇所だけを再度復習するようにして」

 マイア、ニーヴ、アニー、ジュリアそして私とみんなで分かったことを出し合って一年生全員で共有し学科試験に臨んだ。

 五日の学科試験、私たち五人はみんな手ごたえを感じていた。他の我が領の生徒も同様のようだった。ジェイコブスすら顔に自信が溢れていた。

 六日の魔法実技試験、サンダー領の一年生は基本四魔法だけ試験を受け、希少魔法はまだ行わないと決めた。

「領地席次決めの魔法の点数は対抗戦の点数が全てだ。各自の魔法の点数は反映されないから不要だろう。わざわざ目を付けられる必要もない」

 ハリーお兄様に言われた。

 各自の点数は領地ごとに合計され対抗戦の八チームに与えられる本戦へ出場できる権利と組み合わせに利用されるが、サンダー領は昨年準優勝なのでシードされている。

 一組の生徒の魔法実技試験が始まる。

 教会組から始まった。男子四人は各自適性のある魔法で満点を取った。ライラは、基本四魔法に適性がなく、金の回復魔法で試験を受け、強力なエリアヒールを展開し先生方をうならせた。

 次に西家、クロエを筆頭に魔法能力をみんな努力して磨いた。

 試験官の先生方の顔つきが見ものだった。最初は、ほぉっと感心していた。次に顔を見合わせだした。そしてひそひそ話を始めた。遂には学院長を呼んで来た。

 急かされるようにやってきた学院長は、今まで実施した生徒の成績表を渡され、見た瞬間、目を見開き驚いている。

 続けて北家の生徒たちが魔法実技の見事な成果を披露し、サンダー領、王家領の生徒も己の実力を発揮する。

 最後の一人が終わった。

 結局一組の生徒は、自分の適性のある魔法は全て満点だった。

「皆さんは大変優秀です。このまま精進を重ねて皆で高め合えば、必ずや学院の宝となるでしょう」

 学院長が最後まで立ち会って、訓示をして褒めてくれた。

 指導した甲斐があって、よかった。


 遂に試験全科目終わった。

「今まで何かに縛られていたような気がする。それが全くない、これが解放感ね」

 私は大きく手を広げて空を見上げる。みんなと寄宿舎への道をスキップしたり、手をつないだりして歩く。

「明日から三日間何しようか」

「街へ行きましょう」

「ショッピングがしたい」

「美味しいものが食べたいわ」

「私は先ずはゆっくり眠りたい」

 私が訊くとマイア、ジュリア、ニーヴ、アニーがご機嫌な顔付きで応えてくれた。明日の金曜日は試験休み、土日と三連休が待っている。


 着替えを済ませ、寄宿舎の私の部屋で、五人集まっているところに、

「ハリーお兄様が皆様をお呼びです。応接室へ来て欲しいとのことです」

 と、侍女のラナーナに言われ、みんなで応接室へ向かった。

 部屋に入ると思わぬ人がいた。すぐさま淑女の礼を取る。

「ナナリーナさん、みなさん、お直りになって。今日は王女の立場と考えないで。お願い」

 アナベル王女様とご学友のアンナがソファーに座っていた。

「分かりました」

 私たちは二人と向かい合う位置のソファーに三人、左手に二人が座った。私は三人掛けの右端。ハリーお兄様は右手のソファーに座っている。

「先日はありがとうございました」

 アンナから礼を言われた。狂犬病の討伐時、イノシシの牙にお腹をえぐられていたのを助けた時のお礼だろう。まあ彼女は私ではなく聖女ライラに救われたと思っているのだろうが、一応あの時実際に手当てをしていたのは私だ。

「どういたしまして、実際はライラのおかげですわ」

「みなさんもありがとうございます」

 アナベル王女様も私を含めた五人に礼を言う。五人全員で王家領の負傷者を手当てした。

「当然のお手伝いをしただけです」

 代表してマイアが応えてくれた。

 ハリーお兄様が皆を見渡し、挨拶が済んだことを確認したかのように頷いた。そして口を開く。

「二十六日から始まる対抗戦のルールは知っているな」

「ええ、もちろん知っていますわ。領としての勝敗は選んだ王、女性ならば女王の身に着ける魔石の塗ったフード付きの薄地のベスト、通称ビブスの色が黒く変化させられたら負け、メンバーは個人総合競技会と同じで魔石四つ充填後戦えて、ビブスが黒色に変化したら退場、四十分経って勝敗がつかない場合は残っている人員の多い方が勝ちと聞いています」

「戦いのルールではなく、チームとメンバーの件は」

「八チームがトーナメント方式で二十六日が一回戦、二十七日が準決勝、二十八日が三位決定戦と決勝ですよね」

「八チームは、王家領、東西南北家、我がサンダー侯爵家で六チーム、後の十二侯爵家がチームを組んで四チームに分かれ、全部で十チームになる。昨年ベストフォーの王家領、当家、北家、西家はシードされているから、残りの六チームから今日の魔力試験の合計点の上位四チームが本戦に進める」

「それも知っています」

「十二侯爵家では二家から四家が集まったチームでも人数は少ない、かつ魔力の高い人間も多くない、さらに合同チームだから連携がうまくいかない場合もある。そこで補強システムが以前から導入されている」

 私は対抗戦における補強システムという言葉が初耳だった。

「補強とは?」

「人数の少ないチームが多いチームから引き抜きが許されているシステムだ。もちろん相手側の許可が必要だ」

「それは知りませんでした。公平に近づくわけですね。それはいいかもしれませんね」

 私は素直に平等になれば力が拮抗し面白い戦いが展開されるのでは、と思ったのだが。

「最初は平等の精神の建前があったのかもしれん。王家領は人数が多いからな、弱小侯爵家チームに人を派遣して競ったのだろう。だが、今はそんな単純なモノじゃない、人数の多寡も関係ない」

「と言いますと」

「あの手この手で補強という名目でスカウトする。ひどいときには現金が飛び交う。どこの領でも金に困っている奴がいる。少しでも席次を上げたい領地はどんなことでもやる。公爵家であろうと例外ではない」

「ハリー君、そこまで言われると言いづらいじゃない」

 ご学友のアンナが口をはさむ。

「ふん、じゃ後はお前たちに任す」

 お兄様がアンナとアナベル王女様を邪険に扱っていやしないか。大丈夫なの、とこちらが心配になる。

 アナベル王女様がアンナと顔を見合わせた後、口元に手を添え小さく咳払いをしてから私に目を向けた。

「リットン君が、狂犬病からの回復が遅れていて、対抗戦に間に合いそうにないの」

「治ってはいるのですよね」

「ええ、狂犬病自体はお薬のおかげでよくなったの。でも二十日間以上、病院にいて、身体がなまってどうしようもないみたい。昨日の学科試験は受けられたけど、今日の魔法実技試験は無理だったの。明日以降も自宅療養を続けざるを得ないと言っていたわ」

「それは大変ですね」

 新聞情報で退院したのは知っているが、それ以降どうしていたのかまでは知らなかった。お気の毒としか言いようがない。しかし今日の訪問との関係が見えない。

「リットン君は同級生にも下級生にも慕われていたのよ」

 血気盛んではあるが、悪い人ではないと、私も認める。

「去年の対抗戦でも活躍したのよ。五年生になったら私たちのリーダーになってくれるって」

 ご学友のアンナが説明してくれた。

「彼なら、王家領を一つにまとめてくれ、優勝を勝ち取ってくれると信じていた」

 うん、分かるけど、どうだろう。ハリーお兄様が率いるサンダー領との戦いは、リットン生徒会長がいても今年は厳しかったのではないかと思う。

「その彼がいないの……」

 私は何と反応していいのかが分からない。誰もが口を開かない。

「お願いします」

 アンナが頭を下げた。

「どうか私たちを助けて欲しいの」

 アナベル王女様からも哀願された。

 ――一体何を求めているの。

「ナナリーナさん、アニーさん、ジュリアさん、マイアさん、ニーヴさん、王家領を救ってください」

 王女様が頭を下げる。

「補強システムを使わせていただきたいの。みなさん五人を王家領にお迎えさせてください。私の代で優勝旗を手放すわけにはいかないの」

「リットン君がいないと多分、ハリー君に敗ける。五百人の王家領の生徒がいても百八十名のサンダー領にはかなわない」

 アンナさんあなたは正しい。冷静な目を持って分析している。

「リットン生徒会長の代わりに補強で私たち五人を王家領の人間として対抗戦の優勝を目指すってことですか」

 ジュリアが普段通りの口調で訊いた。

「平たく言えばそうなります」

 アンナ王女のご学友が応えた。

 私たち五人は顔を見合わせたが、どうすればよいのかの判断基準すらない。正直、対抗戦はルールだけで戦い方そのものはあまりよく知らない。今年はお兄様方に任せ、言われる通り行動するつもりだった。

 お兄様を窺う。

「義を見てせざるは勇無きなり」

 目を合わせると頷かれた。

「お礼は」

 王女様の問いに一言、ハリーお兄様はいつもおとこらしい言葉しか使わない。

「要らん」

「「……」」

 二人は絶句している。

「ハリー君、あなたって人は……。ありがとう、ご恩は忘れませんわ」

 ――高くつきますわよ、王女様。このお兄様は巷の評価は知りませんが、私はその正体を知っていますよ。『魔王』ですよ、大丈夫ですか。

 私の心の言葉を王女様が聞けるはずもなかった。

「おばあ様に相談したらあなたたち五人をスカウトしなさいって言われたの。おばあ様が信頼するあなたたちです。私も信頼します。よろしくお願いします」

 王女様は肩の荷を下ろしたかのように話す前と打って変わってリラックスした表情をして、アンナと共に帰って行った。

 私たち五人は、対抗戦はサンダー領ではなく、王家領の一員として戦うことになった。

「お兄様、これでよかったのですか」

「ふん、敗けるつもりはない」

 私たち五人を見渡し、そして続けた。

「希少魔法は対抗戦では禁止されているが、回復魔法だけは許されている。ただしお前たちは金の魔法は向こうでは使うな。使われても当家が敗けることはないが、お前たちに面倒が増えるだけだ」

 そう言い残して応接室を出て行った。

 むくむくと反発心が湧いてくる。何とかあの魔王に冷や汗をかかせたい、できたら吠え面をかかせたい。

「ハリー様とノア様戦うのですね」

「五〇〇対一八〇の戦い、負けられないです」

「王家領の服は用意してもらえるのかしら」

「打合せにはどんな洋服を着て行きましょうか」

 アニーとジュリアはいい、きちんと次のことを見据えている。マイア、ニーヴあなたたちは何しに行くの。

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