二十七話 セントラル大陸暦一五六五年 春隣

 冬休みが終わって王都に戻ると早速大公家から小さき勇者のうち二名がナナ式美流法を学びにやって来た。いずれも十一歳の緑の髪の少年と水色の髪の少女。アルフィと名乗った少年はノアお兄様の部屋で、ヘイディと名乗った少女は、私の部屋で十日間の予定で過ごす。冬休み、実家に帰った際に、サンダー家として鍛錬法を大公家の者に伝授して良いとお父様から了解を得ていた。

 寄宿舎の応接室に二人を招き入れた。ノアお兄様も一緒にいる。

「魔力量があまりないみたいです。大丈夫でしょうか」

 ヘイディは水色の長い髪の毛先を右手で触り不安そうな表情で訊いてくる。隣のアルフィも緊張のせいだろうか、右手で左手の二の腕を握っている。

「大丈夫よ、ナナ式美流法を習得すれば増えるわよ」

「私は水の魔法しか使えません」

「僕は風の魔法だけです」

 弱々しい二人の声。ヘイディ、アルフィ共に髪の毛の色の魔法しか使えないようだ。しかし私にはヘイディの周りに水色以外にうっすらと金の後光が見えていた。

「君たちの目標は一つの魔法を極める事だね。その道の名人、達人と呼ばれるように努力すればいいのさ」

 ノアお兄様がそう二人を諭した。

「「頑張ります」」

 少しは元気になったようだ。

「他の子たちも魔法は一つの適性しかないの」

「はい、そうです。私たち四人はこれでも恵まれています。伯爵様からみんな生まれた時に一人一つずつ真珠を授かったのです」

 アルフィが答えてくれた。

「私だけは、水色と金色も授かったのですが、水色しか適性がありませんでした」

 金の後光が薄くとも存在するのは金の真珠のおかげ、かといって全ては取り込まれなかったのだろう、五歳で真珠を外すときは表面に金の色が残っていたので親も金の適性がないと判断したのだと思う。彼女が学院に入学してから、時機を見て話してあげよう。学べばある程度は使えるはず。

「アルフィとヘイディは十一歳と聞きましたが、他の二人も同じ年、それとも十歳?」

「二人は私たちの一歳下で十歳です。今年十一になります」

 そうか、ジャスミンとはいずれも五歳以上離れている。それでジャスミンは基本魔法全てと金の適性があるのか。

「僕は、子供のころから言われています。ジャスミン様をお守りするようにと」

「ジャスミン様は私たちのお姫様です」

 幼きジャスミンは生まれながらにして、守り人を携えていたのだ。

「ナナリーナ様が、私たちの事を小さき勇者と呼んでくださって、誇りに思っています」

「励みなさい、そうすれば必ずや、あなたたち自身にも報われるものがあります」

 ジャスミンがうらやましい。しかし、忠誠厚き守り人を導くジャスミンの責任も重い。大公家に向かって、ジャスミンの奮闘を願うばかりだ。

「先ずは、魔力を量ろうか」

 ノアお兄様が持っていたカバンから魔石と色見本を二セット取り出した。

「アルフィこの魔石に魔力を込めて、途中でストップと言ったら止めてね」

「分かりました」

 アルフィが指定された魔石に魔力を込める。白かった石が緑色に染まっていく。途中で色の濃くなる進行が止まる。

「ストップ」

 色見本と合わせる。

「そうだね、今はレベル十だね。次は、ヘイディ、この魔石に魔力を込めてね」

「はい」

 先ほどと同じように水色の染まり具合が止まるとノアお兄様からストップの声がかかった。水色の色見本と合わせる。

「ヘイディは十一だね」

「頑張れば二十になるわよ」

 こうしてアルフィとヘイディのナナ式美流法の訓練が始まった。

 七日目の夕暮れ前だった。ヘイディの目が輝いている。彼女はとても頑張っていた、最初戸惑った静の深い呼吸も寝かせて腹式呼吸を覚えさせると、徐々に慣れて、十分魔素を取り込めるようになった。元々運動能力は高く、動の型と流れもあらかたマスターしている。あと三、四日もあれば習得も難しくないが、予定の十日間ではぎりぎりのように思う。

「ナナ様、ノア様の部屋に行ってみたいです」

 鍛錬の話かと思っていたら、意外な言葉を聞いた。いや、一緒に来たアルフィに何かあったのか?

「アルフィがどうかしたの?」

「いいえ、アルフィは何ともありません……。アルフィが……そのお、ノア様の部屋に奇麗な石が一杯ある、まるで宝石の市場みたいだ、って自慢するのです」

 そんな話は聞いていない。速攻でノアお兄様の部屋向かったのは言うまでもない。

 ノックしてドアを開けるとそこは物置化していた。石だらけの部屋だった。

「お兄様、この状態は何ですか!」

 思わず声を荒げた。

「それどころじゃない、これを見な」

 ノアお兄様がアルフィの手を指した。アルフィノの右手には五センチほどの透明な石、水晶? まさか透明の聖珠がここにあるはずがない。手に持つ石の中央に一本光る線が走っている。

「何ですか」

 私とヘイディはガラクタに足を取られないように注意して二人のそばに近寄る。

「アルフィ、先ほどのように水晶を持つ手を動かして」

 透明な石はやはり聖珠ではなく水晶らしい。既に二人はその水晶を使って何らかの実験をしたようだ。その結果を再現してくれるらしい。アルフィからは唯一使える緑の風の魔力が出ているのが分かる。

 アルフィが手を動かす。水晶に走る一本の光る線は、ある一定の方向を示している。手の動きに合わせて水晶の中で線が動いたのだ。

 ノアお兄様がにやりとして、私を見る。

「分かるか? このラインの示す意味を」

 どういう事だろう。考える。ラインは一定の方向を指す、その意味とは? 昔聞いた透明の聖珠は人探しの能力を持つ、と。この水晶も探索する能力を持つのか、ではその指す方向は?

「指し示す方向に何があるのですか?」

「アルフィとヘイディの住まい、つまりジャスミンがいる大公家だ」

 わくわくした表情をするノアお兄様。ハッとするアルフィ。

「僕の考えが間違えなければ、この水晶は今、探索能力がある。アルフィの風魔法が引き起こした現象だ」

 水晶から光のラインが消えた。アルフィからも魔力が消えた。

「アルフィ、今何を思ってその水晶に魔力を込めていたのか教えてくれるかい」

「ジャスミン様がどうしているだろかと……。つい癖で、逃避行生活を思い出していました」

「その結果、この水晶に探索能力がついたのさ。ただアルフィ以外の人間がこの水晶に魔力を込めたらどうなるのか、アルフィが風魔法を使ってジャスミンだけを探索できるのか、実験が必要だ」

「その前に、何故、こんなことをしているのですか?」

「ああ、ごめん。アルフィの魔力量が最初より増えたのかをみようとしていたんだよ。緑の魔法を量る魔石を探している間に手に持っていた水晶をアルフィに渡して待っていてもらったんだ」

「この前から色んな石に魔力を込めさせられていたので、つい魔力を込めていたのです」

「これもナナのせいだよ。覚えているかい、ジャック叔父様との常夜灯の約束。ガラスのほかにその基となる透明な石をたくさん集めて、色んな実験をしているんだ、その一環でアルフィに風魔法の魔力を試してもらっていたんだよ」

「沢山やらされました」

「でもこれが一番の成果だ」

「ヘイディ、あなたもできるかしら」

 ヘイディが試してみるが、残念ながら水魔法の魔力をいくら水晶に込めても何ら変化はなかった。

 私とノアお兄様もジャスミンの事を思って風魔法の魔力を込めても変化はない。全適性魔法で大切な人、私はお母様を思って試してみたが、変化はない。アルフィがジャスミンの事を思い、風魔法の魔力を込めればラインが出る。

 その後、夕飯をこの部屋で取って実験を繰り返した。侍女のラナーナに私の初髪、それにハリーお兄様とノアお兄様の初髪も用意した。当然のようにハリーお兄様もノアお兄様の部屋で実験に加わっている。初髪を取りに行ったときに、事情を聞くと、そのまま付いて来た。

 初髪をその水晶に巻き付けても変化はない。

 変化が現れたのは、アルフィがジャスミンを考えず風魔法の魔力を込めただけの水晶に私の初髪を纏わした時だった。水晶に光のラインが出来ていた。私を指し示している。

 皆が息をのんだ。

 私が動く。同時にラインも私の方向に振れる。

 皆が目を見合わせた。

 水晶を持っていたアルフィからハリーお兄様が水晶を受取る。ラインは私を指し示したまま。私の初髪を外す。ラインが消える。ノアお兄様の初髪に替える。ラインが現れる。ノアお兄様を指している。水晶をノアお兄様に渡し、初髪をハリーお兄様のモノに替える。ノアお兄様が手に持つ水晶はハリーお兄様を指し示していた。ハリーお兄様の初髪を外すとラインは消え、巻きつけると再びラインは指し示す。

 ついにこの水晶は人を探す力のある聖珠、通称人探しの聖珠となった。

 この後、異なる水晶で私、ノアお兄様、ハリーお兄様が風魔法の魔力を込めたが、探索力は付かなかった。アルフィだけがまた出来た、二つ目の人探しの聖珠がアルフィの手にあった。純粋に風魔法だけを扱える者ができる奇跡だった。

 他に水晶は六つある。

 アルフィに全てを試してもらう。一つ目に魔力を込める。終えるとノアお兄様に渡す。

 アルフィが風の魔力を込めた水晶に初髪を巻きつけて試すが、無反応、ラインが出てこない。二つ目も同じ結果になった。

「傷ができている」

 かざしてよく見ると、すっと傷が入っている。

 最後の六つ目まで同じ結果。いずれも聖珠化できなかった。

「魔力に耐え切れず、傷ができてしまい、ダメになった。硬すぎず、かと言って柔らかすぎない、そして完全なる球体の形の良い、限られた水晶だけが聖珠になるのだ」

 ハリーお兄様が聖珠となった二玉を両手に掲げながら、そう断言した。

「その通りです」

 二人の阿吽の呼吸が、逆に私にはどうにも引っかかった。

 結局二玉の人探しの聖珠しかできなかった。

「大公家に二玉共、献上する」

 ハリーお兄様が宣言した。

 一玉も我がサンダー家が貰わないのね。さすがハリーお兄様だ。

「ありがとうございます」

 アルフィが恐縮する。

「よろしいのでしょうか」

 ヘイディが恐る恐る確認する。

「問題ない、一玉より二玉あれば探索が容易になる。二玉でラインを出せば、交差する点が探し当てる位置になる。ただ、製法は二人とも秘密にするように。その秘密が二人の強みとなる。大公殿下には私の方からその旨説明する」

「「ありがとうございます」」

 アルフィとヘイディが感激している。

「秘密にするよう契約魔法をかける」

 ハリーお兄様が厳しい顔をする。

「サンダープロミス」

 銀色の光がまばゆい。

「人探しの聖珠製法の秘密。誰かに話すとそれなりの罰が下る。必ず守ると誓うか」

「「誓います」」

 ハリーお兄様がコケ脅しの魔法をかけて二人に誓わせた。

 お父様には事後承諾してもらう。二人を帰す日まで後三、四日、それまでに往復で書簡をやり取りするのには間に合わない。


 二人の帰る日は人探しの聖珠ができた日から四日後と決まった。その日から四日間二人の集中が一層高まった。魔力量検査では二十点に余裕で到達した。鍛錬も完全にマスターした。私とノアお兄様が二人に、とっておきの攻撃魔法を教えることにした。

 錬金釜の前で銅の魔力を、私からヘイディに、魔力の受け渡しをいつの間にかマスターしていたノアお兄様からアルフィへ供給し、マンドレイクで強烈な匂いのする麻酔薬をフラフラさせながら作らせた。

 清浄と回復魔法はいつもの仲良し四人に頼んでいる。ハリーお兄様は監督するかのように後ろで腕を組んでいる。

「今、体験していることを頭に刻むのよ。匂い、色、錬金棒に魔力を込める手の動きを、その力加減を。魔法は決してあなたたちを裏切らない、自分を固く信じるのよ」

 そう二人に言い聞かせた。真摯な表情で取り組む幼さの残る二人は、見ていてとても気持ちがいい。

「マンドレイク」

 ヘイディは水魔法で用意した野犬を仕留めた。

「マンドレイク」

 アルフィはその強烈な匂いを風魔法で再現して標的を倒した。風魔法の効果は水魔法と比べると弱かったが、それでもその威力は試した犬で一時間動かなかったので、成人男性なら三十分程度は麻痺させられる。風魔法でここまでできるとは私たち全員が驚いた。教えたのはいいが、成功は半信半疑だった。アルフィの一途な思いが導いた必然のたまものと言えよう。

 この魔法を使えるまでに二人はなったのだ。最初に会った時の自信のなさそうな二人の顔つきが今は凛々しく見えた。これでジャスミンの真の守り人になれるだろう。


 その日中ひぢゅうひぢゅうに、風魔法が使えないニーヴを除いた『マンドレイク』水版ができる全員が訓練場で風版を習得したのは言うまでもない。


「ノア様、ナナ様本当にありがとうございました」

 アルフィとヘイディがノアお兄様と私、それぞれに礼を言う。その顔は晴れやかだった。

「行って来る」

 ハリーお兄様が大公家へ二人を送って行く。手には二玉の人探しの聖珠が入った、さも高価そうな箱を持参している。

 サンダー侯爵家の家紋入り馬車が進んで行き、見えなくなった。

「ノアお兄様、ハリーお兄様と何かを企んでいませんか」

「ばれたか」

 黒い笑みを浮かべた。

「八玉のうち、本当にダメだったのは四玉だ。四玉は探索の魔力が宿った」

「でも聖珠化した二玉以外の全てが傷付いたのでは?」

「ふーん、カラクリまではナナも見抜けなかったようだね。最初と二番目、成功したのはパール浜の例の男、蛮勇のイーライから入手した水晶さ、全部で四玉。ダメだった四玉は鉱山の町グラスベルグ産のものさ。上手くいった二玉の後、グラスベルグ産のものを二玉続けて試したのさ。結果はダメだったろう。だから残りの四玉のうち上手くいく二玉は予め分かっていたのさ。アルフィが魔力を込めたパール産の玉を僕が受取った瞬間、前のダメだったグラスベルグ産のものに取り替えたのさ。その玉の傷も本当は付いていなかったよ。ダメだったことを印象付けるために僕が錬金の魔法でわざと入れたのさ」

「まさかそんなことが……」

「後で、取り替えてテストしていない二玉は、初髪で探索ができる事を確認したよ。僕のカラクリをしっかり見破っていたハリーお兄様の部屋で二人でね」

「お兄様と私の部屋にはアルフィとヘイディがいましたからできませんものね」

 精いっぱいの皮肉を込めた。

「契約の魔法を使ったけど、何と言ってもアルフィとヘイディはジャスミンに隠し事ができない。それに二人はまだ子供、秘密が漏れる可能性が高い。だけど、製法が分かってもパール浜の水晶がなければ聖珠にならない、その為のマジックをしたのさ、水晶の秘密は二人には分からない」

 あの時の兄たちの阿吽の呼吸の芝居じみた意味がようやく分かった。

 私の兄たちは結構腹黒い。

「何故パール浜の水晶だけが人探しの聖珠となりえて、鉱山の町グラスベルグ産のモノはダメだったのでしょうか」

「イーライから海賊島にある洞窟で初めて見つけた水晶だと聞いた。海の底で何年も何十年もいや何千年、何万年かも知れない間、眠っていたのさ。多分その海が関係していると思う。グラスベルグ産のものは山のモノだ。その差が生んだのではないかと僕と兄さんは想像しているんだ。もし最悪、製法がばれたとしても海産の水晶はパール浜で今回初めて発掘されたモノしかない。この事は調べて確認済みさ。山産のものを一生かかっても探索力のある人探しの聖珠はできやしない、くたびれ儲けになるだけさ」

 そこまで考えていたのか。

「ナナは我が家にある人探しの聖珠は知っているよね」

 私は肯く。

「あれも大昔、パール浜で偶然取れたモノだと思うよ。それをたまたま緑だけの適性の持つ人が手に取って慈しんだのだろうね。パール浜を領地としている我が家にしかないのも納得がいく」

 謎のまま伝えられたのも無理はない。

「お父様にはハリーお兄様から詳細を連絡し、海賊島産のモノは売らないように、全部サンダー家が買い取るようにと手紙を送っているよ」

 私の兄たちは笑って許せるような腹黒を通り越しているのか……、それともサンダー領のよくなる事を最優先に、ブレることはなく長期的な計画を元に考えていると言っていいのか。私にはまだ分からない。

「人探しの聖珠の能力、人探しだけだと思うかい」

 ノアお兄様の目はどうみても何かを謀っている。

「新しいことを、思いついているのですね」

「よく察したね」

「妹ですから」

 何か分からないが、よからぬことを考えていることだけは間違いない。

「また見つけたら教えてあげるよ」

 ノアお兄様はこれ以上言うつもりはない。でも知りたい。ヒントは何? よく考えるのよ。

 自分にそう言い聞かせる。『また見つけたら』またということは以前がある、以前何を……。温泉だ。ノアお兄様はハリーお兄様と一緒にサンダー領で温泉を見つけた。

「人探しの聖珠で温泉をまた見つけるのですか」

「ほー、それもイイね。お兄様に言っておこう。ナナも気付いたか。最初アルフィがジャスミンを思って風の魔力を込めたらラインが出たことを。ならジャスミンじゃなくて他の人や他の物にしたらどうなると思う」

「温泉を思えばその在り処を示す、ということですね」

「アルフィが温泉の本質を知れば、だがね」

 じゃね、と言って不敵な笑みを浮かべたノアお兄様が背中を見せた。

 緑だけの適性者はアルフィだけじゃなくサンダー領にもいる。温泉の言葉の反応から多分それ以外を探そうとしているはず。

 私は心の中で叫んだ。

 ――お母様、二人のお兄様が大変です。人探しの聖珠の探索の力を使って、何かとんでもないものを見つけ出そうとしています。ノアお兄様までハリーお兄様のようになるようで私はとても怖い。言葉にする事すらおぞましい存在と言われやしないかと。二人のお兄様の異称が……、宗教家の方に極悪非道な真似を働いてはいないはずですが……、その名は……『魔王』と。

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