二十二話 セントラル大陸暦一五六四年 秋 二/四
入学式の翌日、私たち仲良し五人組と従弟連三人プラス一人、そして伯爵位をもつ大使の息子マイケルの十名は一年一組の教室に入った。
昨日ノアお兄様にクラスのことを聞いていた。
事前に侯爵家に四十二名を四クラスに分けるよう依頼されていたそうだ。ここで決めた四つの組分けは警備の面も含めて、五年間は同じクラスが基本との事だった。新入生十組中、我が領は一組から四組までを指定されていた。これは前年度の領地別成績の席次によるらしい。我が領は実技二位で、学科四位、学科より実技の配分が多いため総合二位となり、若い数字のクラスになったと自慢された。今年度成績が下がれば、下位クラスになり、学院での待遇も変わるという。一組が爵位のもつ子弟の十名、あとは学科の成績順とし、三組と四組を十一名としてある、と説明された。
学院の教室はサンダー領の学舎に比べると広い。後ろに個人用ロッカーがあるのはありがたい。
席は決められている。中ほどより前に十名分がサンダー領に割り当てられていた。その前が総合一位の王家領の生徒、後ろが北家で総合三位、四位が西家、教会は最後尾の席だった。
私たちの後、北家、西家、王家領各十名の生徒が来て、全員で四十五名が揃った。西家に、仮面を着けたショートカットの女性がいる。何らかの理由があるのだろう。
担任の先生が入って来た。水色の髪、水魔法に適性を持っている、我が領出身の可能性が高い。
「マシュー・サットンだ。君たちの担任を承った、少なくとも一年間は君たちの面倒を見る、何かあったら何でもいい、言ってこい」
昨日ノアお兄様に聞いた問題教師の一人ではない。やはり我が領出身の魔法の先生だ。よかった。
「出席を取る」
領地席次上位から王家領、サンダー領、北家、西家、教会の順に呼ぶ。各領内は男女別名前順だった。
「ナナリーナ・サンダー。前に」
全員の出欠を確認した後に私が呼ばれた。
何か分からないが、前にということなので席を立ち、先生の方へ行くと、隣を指示され正面を向かされた。
スカートの裾を翻して前を向く。男子生徒の何人かの視線が下半身、脚当たりに感じる。何か糸くずでもスカートに付いているのかしら。
「クラス委員長を決めなくてはならない。彼女にお願いする」
思わず目を見開いて少しばかり背の高い隣の先生を見上げた。
クラスが幾分騒がしくなる。
「静かに、新入生のクラス委員長は前年の領地順位がより上位の領主の血縁者が就く。このクラスは王家領が席次一位だが、王家の血筋がいないため、次席のサンダー領の侯爵家血筋のナナリーナ嬢に頼むことになる」
「異議があります」
「北家の者か」
担任が確認する。
「北家の伯爵家マックス・ダンモアです。次席のサンダー侯爵家の血筋とはいえ女性、ここは当家のジェームス様が相応しいかと。北家の御当主の御次男で昨日の入学許可の儀式において活躍されたことは皆さまも新聞でご存じなのでは」
「新聞に載ったのだぞ、当家の御次男様が大活躍と、そのおかげで今年の新入生は優秀だと評判を取ったのだ、ジェームス様がクラス委員長、これが新聞辞令である」
賛同を示したのはやはり北家の人間。
「あら、新聞に掲載された事が優先されるのでしたら聖女ライラ様もクラス委員長候補になるのでは」
最前列の真赤な髪を左右に緩い縦ロールで下ろした女性、王家領の二人いる女性の一人、確か点呼でクララ・エルギンと呼ばれていた。なかなか、活発な女性のよう。
すかさず反応する新聞辞令男。
「教会の者は範疇外だ」
ガタン。
黒の聖職衣の男性が立ち上がる。
「今の言葉は聞き捨てならん」
「何だと」
緊迫した空気が流れる。
――困ったわ。短絡者には嫌になるが仕方がない。
「落ち着こう。皆さん、冷静に。落ち着こう。息を吐いて」
深呼吸の音を聞きながら、
「そうです。
教会も王家も各領家も今ここにいる皆さんは同じクラス、同じ船に乗った仲間です。
冷静に。落ち着きましょう」
と、私は笑顔を振りまく。
殺気だった空気が薄まり、立ち上がっていた人も着席する。
ガタン。また一人の男性が立ち上がる。彼は昨日の入学式で私の隣にいた北家の次男、渦中のジェームス。幼く優しそうな顔が幾分青白い。
「僕ではありません……。
昨日、僕はあの場で何もできなかった。威圧を防いだのは僕じゃない。僕の回りから魔力があふれていて、僕を守ってくれていた。僕じゃない」
静まり返るクラス。
――そんな重要な告白を今ここでなさるの。
カタン。
最後尾からも一人が立ち上がる。灰色の衣をまとった聖女姿の女性、ライラの顔も青い。
「私も違います。私自身が最初の威圧に負け、くらくらしていました。そのうち、私でない金のオーロラが幾重にも舞い降りて、楽になりました。回復魔法の詠唱も呪文も唱えられなかったのです。とてもそれどころではありませんでした。ですから新聞の発表は間違いです。私ではありません」
「ライラ様」
「聖女様」
黒の聖職衣の方々から情けない声がライラへと向かう。
――お二方とも正直すぎです、何てよい人たちなの。しかし、困った。何か言わなくては……
「お二方ともとても正直で素晴らしい人ですね」
先ずは、肯定から。
「新聞発表は関係ありません。あなた方から宣伝したわけではありません。向こうが勝手に憶測しただけなのでしょう。放っておいて問題ありません」
そして、事実を話した。さらに続ける。
「新聞で発表されたなら、その通りの事ができるようになればよいだけです。私たちは新入生、一年生です。今から学ぶのです」
私は北家の次男ジェームスに視線を向ける。
「ジェームス、今から努力するつもりはありますか」
「はい」
次に、ライラに目を移す。
「ライラ、あなたも学びますか」
「もちろんです」
「お二人とも、今日からの学院生活で自分を磨きなさい。切磋琢磨しなさい。よろしいですね。分からなければ自分一人で抱えないで私たちを頼りなさい。みんなクラスメイトです」
「「分かりました」」
「皆さん、この事はクラスの秘密です。よろしいですか」
「「「分かりました」」」
サンダー領の生徒たちがサクラになって支持してくれた。これは助かる。
「では秘密を守るための契約の魔法を今から先生にかけてもらいます」
私は隣の先生の後ろに回り、囁く。
「契約の魔法と唱えてください」
先生が顔を半分後ろに回し、にやりとして、肯いた。
高々と右手を上げて、
「契約の魔法を行う。プロミス」と発した。
私は銀の魔法を無詠唱、呪文無しで発動する。キラキラと銀の光が舞う。
「「「おお」」」
「「「キレイ」」」
「契約の神カヴァナントゥに誓う。一年一組の生徒は秘密の約束を必ず守る。守らなかった者にはそれ相応の罰が下ると思え」
先生が高らかに宣言した。私は魔力をさらに強め銀の光を降らせた後、さっと収めた。
「これで契約は完了した。
さて、クラス委員長の件だが、ナナリーナでいいかな」
「「「異議なし」」」
「ナナリーナ、クラス委員長として挨拶を」
目立ちたくないのに、仕方がない。なら、条件を出そう。
「条件があります。私が委員長になったからには、このクラスでの差別は厳禁です。男女差別、身分差共に許しません。それができない人がいらっしゃいますか」
私はクラスを見渡した。面と向かって異議を唱える輩はいない。
「いないようですね。もし何かあった場合、私が許しません。よろしいですね」
サンダー領を除いたみんなの目が何となく私を怖れているような。おかしい、私は威圧をかけていないはず。
笑顔、優しい笑顔を忘れずに。
「では私がクラス委員長となりますナナリーナ・サンダーです。よろしくお願いします。悩み事は一人で抱えないでみんなで解決しましょう。解決できないものがあっても、みんなで共有しましょう。
五年間と長い学院生活、皆さん一緒に学び、そして楽しみましょう。よりよい学院生活を送りましょう」
両手でスカートの中ほどをつまみ左足をちょっとだけ引いた浅いカーテシーを行った。さりげなく裾を見たが、糸くずはない。
サンダー領より先に最前列と後方から拍手が起きる。クラス中からの温かい拍手のうねりに私は包まれた。
結局クラス委員長にならざるを得なかった。目立っちゃいけないのに。
「では、遅くなったが、今から自己紹介をしてもらう。平等の精神に基づき爵位は名乗るな。順番は出席順の通りに行う」
――先生時間を取ってしまいすみません。
「僕は、弟のおもちゃを小さいころ取ってしまいました。後で母親に弟が遊びたがっていたのよ、と言われるまで気付きませんでした」
「兄貴が一生懸命作ったジオラマの一部を壊したのは僕です。猫のせいにしました」
秘密を話しましょうとは言いましたが、皆さんおかしいです。自分の黒歴史を話してどうするのですか。
王都領男子八名、女子二名の自己紹介が終わった。
「レオです」
「ジェイコブです」
「僕たちは双子です。このクラス内では秘密は不要と言われたので打ち明けます。銀髪は伊達ではありません。入試の際は使いませんでしたが、雷魔法を使えます。教室内は使用禁止なので、今度魔法の授業でお見せできるのが楽しみです」
二人とも厄介事を増やさないで。
サンダー領の男子が終わると、私を除いた女子四名が一列に並んだ。
「アニーです。父親がサンダー領で医師として働いています。私も将来は医療系に進みたいと思っています」
ちゃんと将来を見つめているのはとても偉い。
「ジュリアです。私はこの赤茶の髪を見ての通り、銅の魔法を使えますので医療系でも薬学の方に進みたいです」
「マイアです。サンダー領の鉱山の町グラスベルグ出身です。私も将来は医療系に進み、あってはならない事ですが、もし鉱山事故が起きても、一人でも多くの人を救いたいと思っています」
「ニーヴです。多分このクラスで私だけだと思うので、告白します。基本魔法が水の一つしか使えません」
あなたはいいのよ、金の魔法が使えるから、でもそのことを言わなかったのね。
「父親がサンダー領で医師として働いています。私も将来は医療系に進みたいと思っています」
みんな私より成長しているような気がする。そして、四人で手をつないで、目で合図して一斉に声を上げた。
「「「四人でナナを支えたいと思っています」」」」
聞いていない、胸がキュッとして、何だろう、熱いものがこみ上げてくる。
北家の十人、全員男子の黒歴史告白タイムが続き、西家の順番になった。ここは男女各五人の十名と我が領と同じ構成をしている。仮面を着けた女子の順番になった。
「クロエ・セントラルです」
仮面女子は西家の令嬢だった。
「私も秘密をなくしたい」
クロエは着けていた仮面を外す。
ケロイド状の皮膚が現れた。火傷の痕だ。首までその痕が続いている。
まだ午前中、夕暮れでもないのに、クラス中から声が消え、静けさだけが支配した。
「去年我が家は大火に見舞われました。私は大やけどを負いました。一時は死ぬかと思われていたようですが、回復魔法の堪能な方に救われました。大火で父も母も弟も亡くなりました。弟が火に包まれているのを私は必死に抱き留め消そうとしました、でもできなかった。侍女に無理やり引き離され、私は助かりました。でも両親は弟の火を消そうと……そして亡くなりました。
火事の原因は弟の魔力の暴走。そう結論付けられました。
残ったのは祖母と私だけ。西家の血筋は火傷だらけの醜い私だけとなりました。私の代で西家の本流の血筋は絶えます」
「「「クロエ様」」」
西家の人たちから悲痛な声が上がる。
ガタン。
「大丈夫です、諦めないでください」
――アニー何を言うのですか。あなたの紫の復元魔法はまだ言っていないはず。
「気休めは結構です」
クロエの唇がゆがむ。
「いいえ、ナナリーナ領に来て下さい」
今なんと言ったの? ナナリーナ領ってどこ。
「ナナリーナ領ってどこ」
ジェイコブがすかさず突っ込んでくれる。
「あっ、間違えました」
「何言ってんだか、ハハハハハ」
みんなが笑いだす。クラスの空気が変わった。重苦しかった雰囲気が一瞬で吹き飛んだ。
「間違いではありません。クロエさん、ナナリーナ領に来て下さい。かの地には伝説の温泉が湧いています」
ジュリアまでがとんでもないことを言い出した。でも……、彼女はそんな軽はずみな失言をしないはず。
「肌にとても効く、美肌になる幻の温泉があります。もちろん火傷にも効きます」
「それは本当の事ですか」
クロエがジュリアをまっすぐに見る。しっかり肯いたジュリア。
視線を転じ、私を見るクロエの瞳には縋るような気持ちがこもっている。迂闊なことは言えない。我が領の中央病院に来て、紫の復元手術室で彼女の火傷は皮膚・筋肉・血管の影響を受けた箇所それぞれの構造が部位別に分かれば、難しいかもしれないが治せるかもしれない。ジュリアは我が領の温泉にかこつけて、それを伝説の美肌温泉としてうたい、来てもらって治そうとしているのでは。ここは彼女の商会の娘としての機転に乗っかろう。
「クロエさん、私たちを信じてください。ナナリーナ領にご招待します。伝説の美肌温泉の効果を体験していただきましょう」
これで、噂になっても伝説となり、実在するサンダー領の温泉の評価が高まるだけで終われば言うことがない。
クロエを治したい。多分私たち五人の気持ちは同じはずだ。
「お願いします」
クロエの瞳に光が宿った。これは何としてもやり遂げないといけない。火傷治療の勉強をして必ずや身につけよう。私たち五人は目を合わせ、固く頷いた。
自己紹介は続く。
教会の五人。男性方は名前と適性魔法を話した。そして皆が同じように「聖女ライラ様を守るのが役目です。みんなと一緒に学ぶことが楽しみです」と全員が最初見た時と比べると格段に明るい表情で語った。
ライラは、
「今日ここに来るのが不安で仕方がなかったです。でも今私は希望でいっぱいです。皆さんよろしくお願いします」
とホッとした様子で語った。
「最後、ナナリーナ順番ですよ」
「私もですか」
担任のサットン先生から促された。立ち上がると、
「本当のことを言ってくれよ、秘密はなしって言ったのはナナネエだぞ」
ジェイコブに小声で話しかけられた。仕方がない。いずれ分かることは言ってしまおう。契約の魔法で秘密はクラス内としたことだからしばらくは問題ないかな。
「私たちの秘密をお話ししましょう。
昨日、生徒会長の威圧をはね返したのはサンダー領の生徒たちです」
「やっぱりね」
我が領以外の誰か女性の声の呟きが聞こえた。
「そして金の回復魔法をかけたのもサンダー領の生徒です。何人かが回復の魔法を使えます。そしてサンダー領の新入生全員が、詠唱無しの呪文だけで魔法を発動できます。基本四魔法全てを使えないのはニーヴだけで他の生徒は全員が威力も検査の四十点を超える力を持っています」
生徒たちの目が点になっている。声も出ないよう。
「このことは決してクラスの外では言わないでくださいね。秘密の契約のうちですよ。教会の方もお願いしますね」
サンダー領以外の生徒がみんなぶんぶんと頭を縦に振った。
呆れたようなサットン先生の顔付きが……おや、なじみがある。
そう言えばサットンという姓にも記憶がある。学舎の魔法教科の主任はソニー・サットン先生だった。こちらはマシュー・サットン先生、ご兄弟なのかしら、面影がある。となるとこの先生も詠唱無しの呪文だけで魔法を操れると思って間違いない。
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