十九話 セントラル大陸暦一五六四年 夏 一/二
「王都の学院に入学する定員はサンダー領からは四十人と決まった」
学舎長のおじい様から私たち最上級生へ説明があった。
「王都の学院へ行きたいものは選抜試験を行うので受験するように。学力試験の科目『語学』『算術』『暮らし』の三教科と魔力検査。王都の学院で行う入学試験と同じだ。上位四十人を公平に選ぶ」
入学時六十八人いた生徒は一人も欠けずに途中ニーヴが転校してきて六十九人になっていた。全員が希望すれば王都の学院に入れない事はないだろう。魔力も学科の試験も王都の生徒より相当実力は上だと先生方も、学舎長、副学舎長の祖父母も太鼓判を押す。しかし、その数だと目立つ、去年までの数と違いすぎる。何かあるのでは、と調べられるのは容易に想像がつく。養殖真珠の成功は今しばらく秘匿しておきたいらしい。そのため選抜試験を行って、行きたいと手を上げたものの中から上位を学院に進学させることにしたようだ。それが公平だと思う。ただ私は侯爵家の娘のため行かざるを得ないが、公平を期すためみんなと同じ試験を受けるようにと言われている。普段の実力だとトップなのは間違いないから祖父も公平と強調して、みんなに説明しているのだろう。
一日目は学力試験、二日目は魔力検査が行われる。魔力検査当日は魔石や真珠、もちろん聖珠や魔道具も持ち込み不可。詠唱省略の呪文だけの魔法の発動も封印し詠唱と呪文をするように通達された。本番の王都での魔力検査の際に、サンダー領の四十人全員が詠唱無しの呪文だけで魔法を発動してしまうと、目をつけられてしまうから、まずいそうだ。そのため領内選抜試験とはいえ、本番の王都で行うのと同じようにし慣れてもらう。詠唱は方言がたくさんあるので、神に祈り、何をしたいのかを明確にすれば自分の思うようにしてよいそうだ。
学力試験は三科目で百点満点の平均点が得点。
私は伝統となっている学舎の後輩へ残す手書きの教科書を復習もかねて全て試験前には仕上げた。
試験当日は迷うことなく三科目とも全問解けたのはそのせいもある。帰ってからおばあ様から「あれは去年の王都の学院の入試問題よ」と言われた。
魔力検査は百点が満点。魔力量検査の二十点と適性魔法の実技点の合算。百点超は百点とする。
二日目、先ずは魔力量検査。魔石に魔力を込め、魔力量を測る。基本四適性のどれか一つの魔石に魔力を込めればよい。私はどれでもよかったので、手前の火の魔石に魔力を込めた。真赤になったところで先生からストップの声がかかった。込めた魔力量で濃さが変わり、濃淡により点数が異なる。規定容量を超えてストップがかかれば最高で二十点。
「これじゃ検査にならんよ」
魔法教科のサットン先生がぼやいていた。全員が規定容量超えによるストップの声がかかったようだ。
次に実技検査。基本四適性の火、水、風魔法は三、五、十、二十、四十メートル先の的に十秒間魔法を当て続ければよい。土魔法は三、五、十、二十、四十メートル先まで影響を及ぼすことができればよい。到達距離が点数となる。複数の魔法を行えば、全てが合算される。
希少魔法は申請しその力が認められれば加算される。銅の魔法は初級以上ができれば四十点。紫・金・銀の魔法は初級以上ができれば八十点。
水と金の魔法のニーヴ以外の生徒たちは基本四魔法で百点を超える。ニーヴは基本魔法が水魔法しか使えず、水流を的に対して制御できず惜しいところで四十メートルを逃し二十点止まりで、金の回復魔法で魔力量検査と合わせて百点を超えた。結局全員が魔法では百点を超えていた。
「何のために魔法実技の選抜検査をやったんだか」
サットン先生が呆れた顔をしてため息をついた。
ニーヴだけは「みんなに負けている、水魔法を強化しよう」と言っていた。色々あったから基本魔法である水魔法の練習が十分できなかったらしい。
しかし結果は学科・実技共に満点は私とニーヴだけだった。
ニーヴは、王都で魔法はダメだったけど、その分学科は頑張っていたからと少し誇らしげだった。続いて、
仲良し五人組と従弟の三バカプラス一は、王都行きが決定した。
いつの間にか、レオとジェイコブの双子の従弟は、大きくなり声変わりもしだしている。マイアの幼馴染のジェイミーは二人よりもさらに縦にも横にも大きくなったのだが、チャーリーだけは声変わりもせず、背も低いままだ。王都で大丈夫か、迷子にでもならなきゃいいがと心配になるくらい幼い。
学舎での最後は、三年生の生徒たち全員で修学旅行という名目で六月下旬から七月上旬まで約二週間の日程で王都へ向かう。そのうち四十名は七月一日と二日に行われるセントラル学院の入学試験を受ける。
「ただいまより壮行会をとりおこないます」
魔法教科主任のサットン先生が開会を宣言した。
本格的な暑さにはまだ早い初夏なのに若き六十九名の熱気が集まる講堂はムンムンとする。その壇上に学舎長のおじい様がいる。修学旅行に向けての訓示と注意事項がある。
「三年間、君たちはよく頑張った。学力・魔力共に近年まれにみる成績だったことは全員誇っていい」
生徒たちはいずれも得意そうな顔つきをしている。
「王都での修学旅行を楽しんで来い。ただし羽目を外すんじゃないぞ。
それとサンダー領を一歩外に出たら、魔法をむやみに使うんじゃない。大人から見ると、まだみんなは子供だ。魔法を使えることが分かったら、
「危険が襲ってきた場合でも駄目ですか?」
ジェイコブが発言した。
「その場合は、まあ仕方がない。緊急避難的な場合以外は使ってはいけないということだ。それにこの中には特に貴重な紫の魔法と金の魔法を使える生徒がいるが、彼女たちのことは絶対に口外してはならんぞ。彼女たち自身も髪の毛を染めていくが、分かったら、それこそ何としてでも手に入れようとする輩が大勢いるからな。分かったな」
「「「~「「「はい」」」~」」」
生徒たちが返事をした。
学舎長のおじい様に代わり侯爵夫人のお母様が壇上に上がった。
「次に王都のセントラル学院の入学試験の説明をしますね。受験しない方もいますが、少し辛抱してね。
入学試験は、学舎で行った選抜試験と同様なものです。一日目が学力試験、二日目が魔力検査です。基本的には侯爵領からの受験者へは落とす試験ではありません。あくまでも学力と魔法の能力が今どれだけあるのかを調べるだけのものです。よって、気楽にやっていただいていいのですが、魔力検査では、皆さんの能力を抑えてください」
みんなから何故、普通にしてはいけないのか? 首を傾げ、疑問を抱いている様子がうかがえる。
「学力試験は普段通りの実力でかまいません。しかし魔法は今の皆さんのレベルが王都の同世代の方々と比べると高すぎるのです」
一旦そこでお母様は生徒を見渡した。生徒たちはまだあまり理解していないのか疑問符を浮かべたような顔がちらほら見える。
「皆さんは基本四魔法を全て詠唱無しの呪文だけで威力のある魔法を放ちますが、王都では基本四魔法全てを使える人自体が多くありません。この領地でも家族で基本四魔法を使えない人もいるので分かっている人もいるかと思いますが、通常は生まれた時に四色の真珠を身に着けられる人はそんなに多くありません。ここが真珠の産地であり、かつ真珠の養殖が可能になったあなたたち世代からが特別なのですよ。王都では色付き真珠を四つ持っている家が分家して真珠も分けてしまったり、真珠も年月がいくと欠けたり割れたり傷付いてしまい、効果がなくなってしまうものが多数あるのよ」
「私たちは本当に恵まれていた」
私の隣のマイアがささやく。
「それに、魔法適性があったとしても魔力制御ができない人もいるわ。そんな人は威力のない魔法しか使えない、または全く使えない人だって存在するのよ。みなさんはナナ式美流法を学んで魔力制御ができたおかげで完璧になったけれど世の中にはそうでない人がいることも知ってね。そして、火、水、風、土魔法の基本的な知識をイラスト入りの教本で学んだおかげでそれぞれのイメージが明確に持てるようになって、確実に対象とする魔法を発動できたと言えるわ。イメージをもてなくて発動できない人もいるのよ。あなたたち全員が、詠唱無しの呪文だけで魔法を行使するのは王都の人から見ると奇跡、驚嘆に値することなのよ」
生徒たちはお互いを見あって、ざわつきだした。
「そこで、奇跡の子のようなあなたたちにお願いよ。魔力検査では本領を発揮しないでほしいの。全員が百点満点を超えてしまっちゃ、とんでもない騒ぎになるのが目に見えているのよ。だから今回は自重してちょうだい。呪文だけではなく、詠唱も付けて検査に臨んでください。魔力量検査と実技検査、両方が共に十点未満の場合、足切り対象になりますが、みなさんの実力から落ちることはないので、合計で三十点から五十点を目途にして、超えないようにしてね。サンダー侯爵からのお願いと思ってください」
生徒たちが理解しようとしているのだろう、一瞬、静まった。
頃合いを見はからって、お母様が
「分かってくれたかしら」
「「「~「「「はい」」」~」」」
生徒たちが応諾して、解散となった。
壮行会の後、仲良し五人組のいるところへお母様がきて、あなたたちは学力試験も八割にしなさい、と命令された。とにかく目立っちゃダメみたいだ。
修学旅行の出発日がやってきた。
「では、お父様、お母様、おじい様、おばあ様行ってまいります」
「うん、適当にな」
お父様は何故だか幾分渋い顔で送り出してくれた。お母様、おじい様、おばあ様は笑顔だ。
馬車に乗る直前、お母様が寄って来て耳打ちした。
「王家の第一王子から婚約者としてどうかって打診があったけど断っておいたわよ。でも王家はしつこいから注意してね」
私は目を見開いた。そんな送る言葉は要らないのに。
私はとっとと馬車に乗せられ見送られた。
――どういうことですか、お母様、ご説明を。
私の心の声はお母様には届かない。お父様の渋い顔もこれが理由だったのか。
馬車に仲良し五人組が揃って、私はお母様に言われ気になっていた第一王子のことを訊いた。
「確か一歳年下よ」
さすが王都に住んでいたニーヴは王家の情報にも精通していた。
――やんちゃ坊主の年下は及びじゃありません。全くどうして私なの。
「何、ぶつくさ言っているの」
マイアに訊かれた。
私はなんて言い訳しようか考えたが思いつかず、結局無難に
「教会にも王家にも目を付けられるなって、お母様に念を押されたの」
と返事をした。
「そうよね、でも加減するっていうのもよく分からないわ」
「あっそうだ、お母様に魔石を渡されていたの。これで練習しなさいって、カラの魔石と検査結果が十点になる半分魔力充てん済み魔石、基本魔法四セット分あるわ」
これで何とか誤魔化せた。
五人が十点の感覚をつかんだ後は、その魔石を他の馬車に回して練習してもらった。王都まで今回はゆっくり目の五日間の日程を取っている。
夜、ホテルでしっかりと、第一王子の婚約者の話を白状させられた。もちろんお母様から拒絶の件も。
「もったいない」
「……でもナナなら仕方ないか」
「一歳下だしね」
「面倒そうだものね」
ニーヴ、マイア、アニー、ジュリアの感想だ。
「「「「「やっぱり好きな人と結婚したい」」」」」
そう、そうなのだ、第一王子と婚約と聞いても、まったく私はときめいていないのだ。これはやっぱりない、なしだわ。
馬車の五日間はいくらおしゃべりが弾んでもやっぱりしんどい、道路状況も揺れが激しく、領都とパール浜のように良くはない。ハリーお兄様に言って、馬車専用道路を一刻も早く造ってもらおう。
五日目の午後、ようやく王都のサンダー侯爵家のタウンハウスに到着した。タウンハウス敷地内には、サンダー領民の家族が住むテラスハウスと独身者や学院生等が住む寄宿舎がある。休む間もなく明日の試験会場のセントラル学院と寄宿舎の下見を済ませて仲良し五人組は同じ部屋でゆっくり眠った。
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