十八話 セントラル大陸暦一五六四年 春

 珍しく、キャベンディッシュ院長から、侯爵邸へニーヴと共にお伺いしたいという正式な連絡がきた。プライベートのお願いでお父様とお母様、それに私に会いたいから時間を調整してほしい旨の依頼だった。

 ニーヴも一緒の理由はと考えて、はたと気が付いた。最近、彼女が上の空になる時がある。

 翌日、学舎で何かあったの、と聞いても、当日話します、とはぐらかされた。ニーヴの不安そうな顔が些細なことではないと訴えている。

 週末の土曜の午後、侍女のラナーナが呼びに来た。

「キャベンディッシュ院長とニーヴ様がいらっしゃいました」

 お父様、お母様と共に、応接室に入る。

 院長とニーヴが立って待っていた。ニーヴの白い顔が、悩みが深いのか、青白い。

「先輩久しぶりです。病院で院長として活躍していただいて、本当にありがとうございます」

「侯爵様」

「先輩、ここは公式の場ではないので、いつもの通りお願いしますよ」

 院長の固かった表情が幾分ゆるむ。でもニーヴは、強張ったまま。

「では、遠慮なく、雷公にこちらの病院にお誘いいただかなきゃ、いまだに王都でくすぶっていますよ」

「いや、先輩の実力ですよ。王都の奴らに、人を見る目がなくてこちらとしてはよかったですよ」

 お父様と院長は知り合いだったらしい。それにしてもお父様のニックネームがライコウとは、雷の侯爵? それとも雷の光の雷光? どっちだろう。普通に考えると雷の侯爵かな。

 私が考えに耽る間も会話は続く。

「私より、部下のみんなのおかげですよ。特にハンス先生の知識とナナ様たち女生徒のお手伝いがなければ、とてもとても」

「ナナたちは役に立っていますか、もし足手まといなら言ってくださいよ」

「いえいえ、彼女たちは有能です。秋から王都へ行き、いなくなると考えると、その抜けた穴を埋めるのは大変ですよ」

「ニーヴちゃんも金の魔法で頑張っているって聞いているわよ」

 お母様、ナイスです。

 ニーヴの強張った表情に赤みがさす。少しはほぐれたかしら。

「私なんて、まだとてもナナ様の足元にも及びません」

「回復魔法じゃ、初級を完全にマスターし、中級もほとんどができているわよ」

 私の言葉に、うんうんと大きく頷く院長。

 そして大きく息を吸って意を決したかのように話し出す。

「皆さんのおかげで魔法を全くと言っていいほど使えなかった娘のニーヴが、ここまで成長するとは思っていませんでした。誠にありがとうございます」

 礼を言う院長と共に、ニーヴも頭を下げる。

「ところが……」

 言葉が止まり、一旦下を向いてから、もう一度顔を上げる。

「魔力が増えてから、ニーヴに大きな問題が起こりました。

 ……このごろニーヴから元気がなくなっているように見えたので、どうしたのか聞いてみたのです」

 院長が、そこで私を見て少し頭を下げた。

 ちゃんと娘のことを気にかけてくれるようになったようで、私も忠告したかいがあって嬉しい。

 院長が話を続ける。

「何か黒いものが見えるようになって怖いと言うのです。それでハタと思い出したのです。ニーヴの魔法適性は、金と水だけじゃなかったことを」

 赤ん坊から五歳まで確か彼女は前院長の家から分け与えられた、金と水色の真珠を着けていたのでは? いや、まさかもう一色、黒の真珠をしていたと言っていたのではなかったか。

「黒色の適性もあったのです」

 お父様とお母様の動きが止まったように感じた。私も驚いたと思うが、両親の反応で冷静になった。

「黒の魔法適性があった、それは理解しました。具体的にそれがどのような問題として現れたのでしょうか」

 私は院長を見て、目をニーヴに転じた。

「ニーヴ、どんなことが起きたの?」

「ナナ、怖いの。病院にいると、患者さんの体からモワっとした何かが見えるの。なんとなくイヤな感じ、禍々しいモノのような気がするの。そんなものが、はじめは病院だけしか見えなかったのに……、最近は病院の外でもたまにモワっとしたものを付けている人が見えるようになったの……」

 ニーヴは今にも泣きそうな声で何とか最後まで話した。

「これは、多分黒の闇魔法ではないか、みんなに忌避され、誰にも相手にされなくなる。そう思うと、我が家だけで対処できない。雷公、お願いだ、侯爵家の力を頼らせてくれ」

 院長が机に手をつき思いっきり頭を下げた。

「先輩、何しているのですか、頭を上げてください。先輩一家をどんなことがあろうと守ります。絶対に。侯爵として約束します。サンダー侯爵家はキャベンディッシュ家の味方です」

「本当か」

「もちろん」

「ありがとう」

「よかったわね、ニーヴちゃん。これで大丈夫よ。それとあなたの見える魔法のことは私も少しは知っているけど、おばあ様から説明してもらった方がいいわ。おばあ様は魔法学の権威だから、その件についてもご存じよ。呼んでくるからちょっと待っていてね」

「お母様、私も行くわ」

 応接室を出て、おばあ様の部屋へ迎えに行く途中、お母様に聞いた。

「私の魔力を見る力と同一のものなの?」

「ううん、ちょっと違うと思う。でもナナの秘密の一部を話さなくちゃいけないかもしれない」

「分かりました」

 おばあ様の部屋へ行くとおじい様もいて、一緒に二人で行くというので、四人で応接室へ戻った。

「あら、ニーヴちゃんお久しぶり」

「おばあ様、おじい様ごきげんよう。お元気でしたか」

「ありがとう、私は元気よ」

 微笑んだニーヴだったが、すぐまた暗い表情に戻った。

「キャベンディッシュ院長、ニーヴちゃんこんにちは」

「ご隠居様、大奥様お久しぶりです」

 おじい様と院長も挨拶を交わす。

 全員が座ったところで、おばあ様が口を開いた。

「ニーヴちゃん、金の魔法と水の魔法以外でどんなことが起きているのか、私にもう一度詳しくお話しして頂戴」

「最初は、二月下旬か三月初旬の頃でした。病院の待合室で、多分具合の悪い患者さんだと思うのですが、その人のお腹周辺から黒っぽいモヤみたいなものが見えました。何だろうと気にはなったのですが、そのまま、研究室に行ったので、何とも思わなかったのです。それ以降です、患者さんに出会うと、黒っぽいモヤが腸の部分だったり、胃の部分だったり、肺だったりに見え出したのです。次には黒ではなく赤っぽいものも見えるようになりました。場所はやっぱり、胃だったり、腸だったり様々です。その次は灰色っぽいモヤが見えるようになりました。それは今のところ頭からしか見えません。いつの間にか病院だけじゃない場所でもそのモヤが見えるようになりました。外では灰色っぽいものが頭に見えることが多いです」

「ありがとう、お話ししてくれて、よかったわ。

 私の昔のことだけど、聞いてね。ちょっと口調が悪くなるけれど勘弁して。

 王都で私もちょっとした魔術師と言われてね。髪は赤だけど、基本四魔法とそれ以外に金の魔法も使えたの。それで名のあるお師匠さんに師事させていただいたんだけど、そのお師匠さんの姉妹弟子の方の話。

 五十年以上前、恐竜討伐に武力以外での対策として、毒のえさが医師と教会が協力して研究・開発され始めたの。

 最初のころのものは植物やコケなどの毒を利用した物でできていて、草食系の恐竜しか有効じゃなかったけど、速効性で食べるとすぐに動けなくなったそうよ。においや味がきつかったらしいわ。肉食恐竜は五感と知能が発達していたせいか見向きもしなかったようよ。逆にえさになる草食恐竜がいなくなって、普通の獣や人間をおそうのが多くなったと聞いたわ。

 困った王国は医師と教会をせっついて、それでできたのが毒饅頭、それは肉食恐竜も喜んで食べたって。食べてもすぐには死なない遅効性の毒で、一、二年しないと亡くならない。しかし食べると確実に死んだらしい。そして、その勢いに拍車をかけたのは教会の新魔法。毒饅頭を食べた恐竜に聖女と聖騎士が新たに開発した強烈な魔法をかけるとあっという間に恐竜がのたうち回り、しばらくすると死んだらしい。

 これで恐竜がいなくなる道筋がついた、撲滅が確実となったとみんなが喜んだそうよ。

 すると今まで協力していた教会と医師たちがもめて、自分たちの力で恐竜が撲滅できるのだとお互いが言い始めたらしいわ。

 結局教会が勝利し医師側が負けたの。すると毒饅頭の製法にかかわる医学書が焚書になり、医師たちの手から製法が失われ、毒饅頭は教会だけのものとなったと聞いたわ。医学書に関しては、一部でも毒饅頭に関係する内容があれば取り締まり対象とされたの。王都の医師のご難が始まったのはその時からよ。

 お師匠さんの姉妹弟子は銅色の髪をした錬金術師で医師たちとともに薬師として毒饅頭の開発に携わっていたの。

 その姉妹弟子はニーヴちゃんと同じモヤが見えたようで、一番仲の良かったお師匠さんだけに『私、黒の魔法がつかえるみたい』と打ち明けてくれたらしいわ」

 ニーヴを口に手をあてて息を呑んだ。

「彼女も黒、赤、灰色のモヤが見えたようよ。そしてモヤの正体が何なのかを突き止めたわ。さらに色のちがいへの対処方法を見つけたの。もっとすごいのは見る力を制御する方法も編み出したと聞いたわ」

「教えてください」

「お願いします」

 院長とニーヴが真剣な表情で頼んだ。

 おばあ様は、ゆっくりと慈愛をもった表情でうなずいた。

「モヤの正体は、病だったの。

 頭に見える灰色のモヤ、これは精神を病んだ人の特徴で、光の魔法の上級魔法『祓い』で落とすことができるわ。

 赤色のモヤは主に体の内部に出来るデキモノで他の場所に移らないモノ。彼女は良性腫瘍と呼んでいたそうよ。これは光の魔法の上級魔法『治癒』で落とすことができるわ。

 黒色のモヤも赤色と同じで主に体の内部に出来るデキモノで、違いは他の場所に移る可能性が高いモノ。彼女は悪性腫瘍と呼んでいたようよ。これは光の魔法じゃ治らない、逆に悪化するみたいね。この場合は医師の元へ行き、黒色のモヤが出ている箇所を切開し、悪いデキモノ、悪性腫瘍を全部除去する。その後で回復魔法をかけたそうよ。これは今、サンダー領の病院で行っている方法と似ているんじゃないの。手術とか呼んでいると聞いたよ。ただ、医師側が教会に負けてからは人の体を切り刻むとはなにごとだ、と手術は王都では禁止になっているけどね」

「サンダー領は王都の教会とは異なる宗教だから何ら問題ない」

 お父様が私たちの不安を払拭するかのように、口をはさんでくれた。

「そうね、王都はあのころから封建的になったわ。それまでは開放的で自由な都だったのに」

「お義母様、姉妹弟子さんのことを続けてください」

 お母様が脱線しかけた話を元に戻そうと続きをうながしてくれた。

「そうね。灰色、赤色、黒色のモヤの正体は以上よ。病を治すためのとても貴重な能力なのよ、ニーヴちゃん」

 ニーヴの表情がやわらいだ。よかった。

「後はその能力の制御する方法なんだけどね……。姉妹弟子は確かに詠唱と呪文を開発した、とお師匠さんに聞いたわ……。でも、それを公にする前に姉妹弟子の姿が消えたの、多分教会に連れ去れたのだろうって、狙われていたそうだから。お師匠さんが姉妹弟子の家に行ったときは紙の一枚も残っていなかったそうなの。毒饅頭の製法にかかわる焚書の巻き添えにあったと思われるわ」

 誰もが肩を落とした

「ががっかりさせてごめんね。でもね、手掛かりはある。魔法の詠唱と呪文はある程度、法則性が存在する。一時期、黒い真珠の前で詠唱と呪文を何十回、いいえ何百回も唱えたわ。……私には無理だった。詠唱が難点だったの。私たち世代は詠唱がないと魔法が発動できない。ナナやニーヴちゃんなら大丈夫、あなたたち世代は詠唱無しの呪文だけで魔法を発動できるでしょ。なら、うまくいくと思う。呪文はなんとなく分かっているから」

 期待にニーヴの目が輝いている。

「ナナ、あなたは骨を折れた人を回復魔法で治すときはどうやって治すの」

 私は復元魔法、回復魔法いずれでも無詠唱で骨折を治すことができるが、ここは教科書通りの答えをする。

「はい、回復魔法の場合、まず、骨折した部位を元々あった状態に戻します。そして、人体模型を思い出し、骨と骨が接合し、筋肉と血管が正常に戻るようにイメージして回復魔法の呪文『エクストラ・ヒール』と唱えます。するとしばらくすると骨折部位が治ります」

「ニーヴはどうですか」

「はい、ナナ様と同じで、骨折部位を骨だけじゃなく、人体の筋肉模型の筋肉と、血管模型の血管から正常になるようイメージして『エクストラ・ヒール』と唱えます。最後に『ヒール』で気分がよくなるようにしています」

「骨折部位を特定して『エクストラ・ヒール』、元気にするだけの場合は身体全体をイメージして『ヒール』と呪文を唱えるのね」

「そうです」

 ニーヴが答えます。

「それと同じです。身体全体の中から悪い部分だけを見せる、消す、この制御をする呪文は何かと考えると、答えは『エクストラ・ハイド』でモヤを消し『エクストラ・ショウ』で見えるようにする。さらに『エクストラ・クリア・ショウ』もしくは『エクストラ・デテール・ショウ』でもっと詳細に見えるのではないかと考えています」

「患者さんの悪い部位を見えるようにイメージして『エクストラ・ショウ』見えないようにするには……どうイメージすればいいでしょうか」

 ニーヴが途中で戸惑いだした。

 私は思ったことを口にする。

「ニーヴ、悪い部位をみるためには、先ず、診察よ。患者さんの症状を把握することが重要。耳を傾けてきちんと聞き取り、そして触診してること。症状を把握できて、はじめて部位の想定をして『エクストラ・ショウ』『エクストラ・クリア・ショウ』をすればみえるはずよ。消すのは通常の魔法と同じよ、回復魔法なら治ってくれてありがとうと願って魔力を収めると消えるのと同じ、このモヤが見える魔法、紛らわしいから病状部位確定魔法とするね、病状部位確定魔法を消すのも同じで、みせてくれてありがとうと気持ちを持って『エクストラ・ハイド』と唱えれば魔力もモヤも消えるわ」

「ナナ、ありがとう。そうね、みるって今まではモノを見ると同じ感覚だったけど、診察の『る』の感覚ね。やってみるわ」

 ニーヴもようやく普通に戻ってくれたが、……やってみるってどういうこと。今ここでやってみるってショウなのハイドなの。ハイドなら今ここに病気の人がいるってこと?

 ニーヴが立ち上がり、おじい様の前でしゃがんだ。

「すみません、おじい様、最近体の具合が悪くありませんか」

 おじい様の体調がおかしいの、まさか。

 私たち家族は信じられないモノを見るかのようにニーヴとおじい様を見た。

「そうだな、お腹がたまにむかつくかな」

「ご隠居様、体調が以前からすぐれないのですか」

 たまりかねたようにキャベンディッシュ院長が口をはさむ。

「まあ、ちょっとな」

「ニーヴ、ご隠居様にモヤがえるんだね」

 うなずくニーヴに院長が声を重ねる。

「診察は私が担当しよう、その後でお前が、見えているモヤの色と部位をる魔法を使って確定してみてくれ」

「はい」

「ご隠居様、お腹のどのあたりでしょうか」

「みぞおち付近が痛むかな」

「いつごろその痛みがありますか。食事の前とか後とか決まっていますか」

「食事中から食後に起こることが多いように思う。それ以外ではあまり痛むことはない」

「胃もたれ、吐き気はありますか」

「あまりないな」

「食欲不振ということはありませんか」

「普通に食べられているぞ」

「便に異常、そうですね、どす黒い便が出ることはありませんか」

「あまり意識していないけど、多分ないはずだ」

「分かりました」

「ちょっと待ってください。ニーヴがる前に私にさせてください」

 私は思わず言ってしまった。

「私も、ニーヴと同じようなことができます」

 今度はキャベンディッシュ家の二人が驚いています。

 私は二人に、うなずくと、おじい様の隣に席を移動した。

「おじい様、お腹の上、胃のあたりを触らせてください」

 すでに院長の問診から胃が悪いと分かっていた。

 ――おじい様の悪い部位をさせてください。私は願った。

 ピンク色の胃の中が見え出した。その一部に白い箇所があり、その周りが出血しているようだ。部位は胃の底部で確定できるが、見た目からは回復魔法で治るのか悪化するのかは私には判断できない。つらい。おばあ様のお師匠さんの姉妹弟子が言う悪性腫瘍か良性腫瘍なのかが分からない。

「おじい様、ありがとうございます。

 私にもえました。ニーヴもてちょうだい」

 頑張って冷静な口調で伝えられたはず。

 ニーヴがうなずくと、少しの間祈りをささげるような仕草をして、

「『エクストラ・クリア・ショウ』」

 と呪文を唱えた。

 真剣におじい様の胃のあたりをています。

 そして大きくうなずくと

「『エクストラ・ハイド』」

 と、唱えた瞬間、ニーヴの表情が明るくなった。

「消えました。今まで見えていた、赤いモヤが呪文『エクストラ・ハイド』で消えたのです。

 おばあ様の言った呪文の通りです。最初からおじい様のお腹あたりから赤いモヤが見えていました。部位がお腹のどこなのか分かりませんでした。

 そこで詳しくえるのではないかとおばあ様が言った呪文『エクストラ・クリア・ショウ』を唱えると、はっきりと胃の底部から赤いモヤが湧き出ているのが分かったのです。

 そして、『エクストラ・ハイド』で消えました。ありがとうございます」

 最後の方は、泣いてしまい、グタグタになったニーヴだった。

「俺は、どうなのかな」

 おじい様がポツリと言いました。

「ご隠居様、すみません、忘れていたわけじゃありません。私の診断では大奥様の言うところの良性腫瘍です。回復魔法で治ります」

「私の診立ても同じです。胃の底部に病変があります。食事中から食後にしか痛みがなければ、復元魔法でも回復魔法でも手術せずに元の状態に戻ると思います」

 実際に私の能力を使ってた胃の状態からは判断できなかったが、院長の問診よりおじい様の痛みは食事中か食後なので良性腫瘍で、いつでも痛みが起こる悪性腫瘍とは考えにくいので、手術しなくても治ると答えた。自分の力では分からないとは言えなかった。ニーヴだけが黒の闇魔法で苦しむのを、私が同じような魔法を使えると思わせることで、少しでも和らげるのではないかと感じたからだ。

「胃の底部に赤いモヤがえました。切開しないでも回復魔法で治癒します」

 ニーヴが嬉しそうに答えた。

「おお、そうか、闘いでの傷は身体中にあるが、さすがに腹を切るのは勇気がいると思ったが、切開せずに済むなら助かる」

「通常、手術はお腹を空っぽにした方がよいので、今日は病院で泊まってもらって、翌日食事しないで回復魔法をかけた方がよろしいと思います。念のために、回復魔法をした後、ニーヴにてもらいモヤがまだあるか、または、ナナ様のその魔法でてもらって、異常がまだあるようでしたら、最悪すぐに緊急手術をして、悪い箇所を全て除去して復元魔法で治せる状態で臨みます」

「最初から復元魔法ではダメなのか」

 おじい様が訊いた。

「病変を取り除いたわけではないので復元魔法より回復魔法の方が予後もスムーズです。それに復元魔法はまだよく分かっていない事が多いので、今回の場合は回復魔法が適しています」

「分かった。じゃ、夕方から病院へご厄介になるか」

「おじいさん、今日の夕方では病院も準備があるから大変よ。一日二日経ってもそれほど変わるわけがないから、週が明けてからでも大丈夫でしょ」

「そうして頂けますと助かります」

「後は、ニーヴの黒の魔法、闇魔法の件ね」

 お母様が努めて明るい声を出している。

 おばあ様が口を開く。

「この病が診断できる魔法はとても素晴らしいものよ。是非とも活かしてもらいたいわ」

 そして思案しながら話を続けた。

「だけどサンダー領だって全員が闇魔法を忌避しないわけじゃない。だからここはやっぱりニーヴちゃんが闇魔法を使えることは秘密にした方がいい。それに院長とニーヴちゃんも分かったようにナナだって似たような能力があるのよ、秘密のね。おじいさんのお腹に手をあてて診立てた力。二人もこのことは絶対に秘密にしてね」

 二人は首を縦に振った。そして、ニーヴがこわごわ言う。

「私、王都にいたとき、一度聖騎士さんに教会に連れられて行ったことがあります。それで教会で授かった能力とかにできませんか?」

「あー、確かにそんなことがあったな。ニーヴが金髪混じりだったせいで王都の教会に目を付けられたのだが、私はサンダー領の人間で別宗教だと言い張ったのであきらめたと思っていたところ、卑怯にも私の留守を狙って攫うように連れて行かれた」

「でも、あのころ魔力がなかったので、検査されて、この子はダメだねと言っているのを漏れ聞きました。それから、おいしいものを食べさせてもらって、すぐに帰されたのですが、行ったことには変わりないので、方便にでもできないでしょうか」

「教会をからめるのはやめた方がいいわ、王都の教会が関係すると、ろくなことにならないから」

 おばあ様が即答した。

「ニーヴちゃんのえるモヤは、幸い、呪文『エクストラ・ハイド』で消せることが分かったのだから、生活に支障はないはず。後、部位と病状は黒の真珠を使えば、分かるようになったと病院関係者へ伝えればいいのでは? 誰がそれを発見したのか、と問われたら魔法学の権威者である私が発見したと答えればいいわ。ナナ経由で病気の部位が分かることと、病状が回復魔法で手術せずとも可能かどうかの判断ができないかと相談された私が、病院の研究結果を基に、たまたま以前から調べていたことだったので、遂にその呪文を完成させたとすれば問題ないわ」

 おばあ様が答えを持っていたようだ。そしてさらに微笑みながら続けた。

「病院に紫紺の聖珠と金の聖珠の手術室があると聞いたけれど、黒の真珠を置いて病を検査する部屋を設けてみんながモヤをえるようにできないかしら」

 アッという顔を病院長がした。私もその言葉にハッとした。黒の真珠を利用してみんながモヤがえることができれば病状と部位が分かるようになる。

「そうです、そうですね。ありがとうございます。ニーヴの秘密はここだけで終わらせられます。本当にありがとうございます。病院に黒い真珠を安置する検査用の部屋を新たにつくります。そこで呪文『エクストラ・ショウ』『エクストラ・クリア・ショウ』で部位を確定し赤いモヤなら手術なしで、回復魔法で治療し、黒色のモヤなら手術を伴い、病変を除去してから復元魔法をかけるものとします」

「後は灰色のモヤの場合の祓いの魔法を使える人を養成しなくてはならないですね」

「私がやりたいです」

「私もお願いします」

 ニーヴが手を上げる。私もそれに続く。

「今度教えてあげるわ」

「そうだな、私も祓いの魔法を教えられるが、二人は大奥様にお願いします。病院では、私が対応します」


 夜、私はおばあ様に呼ばれておじい様といる部屋に招かれた。

「ここに黒の真珠があるわ。この真珠の力を信じておじい様の病気の内容をせて、とお願いすればナナならモヤが見えるはずよ」

「分かりました」

 私はおじい様の病気をせて、とお願いする。真珠から黒い魔力が漂いおじい様をうっすらと覆うと赤いモヤが胃の底部から湧き起こった。ニーヴが感じ取れたモヤが私の目にも映った。


 私とニーヴは翌日からおばあ様に祓いの魔法を教わり始めた。

 おじい様は翌週、病院へ入院し、一泊二日で手術せず、回復魔法で治って無事お屋敷に戻れた。

 祓いの魔法『エクソサイズ』をマスターした後で、私とニーヴはおばあ様に言われた。

「前、みんなが集まった時に言わなかったけど、もうニーヴちゃんも大丈夫そうだから、話すね」

 そうおばあ様に切り出された。

「モヤはもう一種類、えるようになるわ。それがどういう病なのかは、私にも分からない。お師匠さんの姉妹弟子の方も確証が得られなかったそうで、ただ茶色のモヤが見えることがあると言ったらしいの。

 これはあなた達の解決すべき使命よ」

 おばあ様から大きなミッションを私とニーヴはいただいた。


 病院に黒真珠の検査室が新たに設けられた。

 先ずは、仲良しのアニー、マイア、ジュリアに来てもらった。

 ニーヴは既に分かっているけど偽装のため一緒に知らないふりでいてもらう。

「おばあ様からの直伝よ」

 三人は興味津々の顔付き。

「新しい魔法の名前は病状部位確定魔法よ」

「部位確定は分かるわ。悪い箇所の部位、胃とか腸とかが特定できるのよね。でも病状って具体的にどういうこと?」

 ジュリアが訊く。

「対象の病状が回復や復元の魔法だけで治癒可能かどうかが分かるの。つまり病状の原因となる病変が回復魔法で治癒するのか、逆に活性化し増殖し悪化するのか、の違いが分かるのよ」

「なら、切開手術しなくても魔法で治るか治らないかが分かるってこと?」

 ジュリアの理解力はすごい。

「その通りよ。新しく作った呪文を唱えてえたモヤが赤なら切開手術しなくても魔法で治る病状、黒なら回復魔法で病変が活性化し増殖し悪化する病状で切開手術が必要」

「ウソ、病状が判別できるなんて」

「本当、部位まで分かるってすごすぎるわ」

「二つの課題を一挙に解決する魔法なのね」

 喜ぶ三人に『エクストラ・ショウ』と『エクストラ・クリア・ショウ』そしてそれを消す『エクストラ・ハイド』の呪文の使い方をイメージと共に教えた。魔石と同じように真珠も魔力さえあれば、通常は詠唱と呪文を唱えれば、魔法が発動する。三人はあっという間にマスターした。

 その後、病院の希望者に教えたが、詠唱がない為、できない人が続出した。比較的若手医師と看護師ができ、残念ながら年齢を重ねた人ほどできない人が多かった。ハンス先生は内容を聞いただけで、無詠唱でモヤをることができた。

 灰色のモヤへの祓いの魔法指導は先日の話の通り院長が行うことになっている。


 おばあ様に、

「長年喉につかえていた骨がとれたようよ」

 と喜ばれた。

「ナナたちが王都の学院から帰って来てからと考えていたのに、早まってよかったわ」

 お母様もおばあ様から黒色真珠の件は聞いていて、

「ナナに引き継ぐつもりが、解決しちゃったわ」

 と嬉しそうだった。


 ただ、私たちには大きな使命が残っている。

 もちろん、私たちだけではなく、病院の全ての方々に茶色のモヤの件を使命として共有してもらった。


 ニーヴは、モヤを制御する術もマスターし、通常は全くえない状態とする事ができた。ることを遮断するイメージと『オールハイド』のオリジナル呪文を作って可能になった。

「なら『オールハイド』で全てをえなくした後で、再度全てをたい場合も新たな呪文を開発すればできるんじゃない」

 と振ってみた。

「常時見たいものじゃないから、要らないわ」

 あっさり断られた。

 多分、全ての人の病をたいと念じて『オールショウ』の呪文で可能だと思ったが、本人がたくないのなら、と言わなかった。ひょっとして既に分かっているのかもしれないが、言いたくなかったのかもしれない。ニーヴ自身がまだ、闇魔法に忌避感が幾分あるのかもしれないから。

 気が付いたら私の後光を見る力が制御できるようになっていた。呪文は必要なく、はっきりと見たいと思えば鮮明になり、全く見たくないと思えば消える。普段は、ぼんやりと後光が見えるという状態になった。闇魔法の制御の呪文を考えていたら身に付いた。不思議な感覚だった。しかし、ニーヴの後光は金色と水色だけで黒は見えなかった。黒だけが特別なのかとあきらめるしかない。


 病院での研修もだいぶ慣れ、周りから頼りにされ始め治療にかかわる魔法に自信もついていた。

 そんなころ、ハンス先生から問われた。

「ナナさん、治療で一番重要なことは何でしょうか」

「治癒することです」

「どうすれば治癒しますか?」

「回復魔法または復元魔法で行います」

「みなさんはどう思いますか」

 ハンス先生の問いかけに私たち五人は同じ事しか答えられない。

「結果だけを見過ぎです。魔法に頼るだけでは発展はしませんよ」

 優しく諭された。

「どうすればよいか自分たちで考えてみなさい」

 課題を与えられた。

 五人で考えた。

「先生方を観察してみましょう」

 ジュリアの提案に五人は同意し、その日から先生方をよく観察するようにした。

 数日が経ち、先生方の行動が分かってきた。そこから導き出されるものもみえてきた。

「ハンス先生、宿題を終えることができました」

「ナナさん、分かりましたか」

「はい」

 五人で答えた。

「では発表してもらいましょう」

 私が口火を切る。

「一番大切なこと、それは魔法の力だけではありませんでした」

 ジュリアが話す。

「患者さんの状態をきちんと聞く。最初に現状把握、現状認識することが必要です」

 ハンス先生の目は鋭い、真剣に聞いてくださっている。ジュリアがそのまま続ける。

「そして、病気の原因、どこが悪いのかを調べる」

 アニーが引き継ぐ。

「病のもとが分かれば治療方針を立てる。計画立案です」

「治療方針を患者さんに説明し、理解し納得してもらうことが重要です。それがないとその後の協力が得られず、患者さんが不安に駆られてふさぎこみ、違う病にもなりえます」

 マイアの言葉に、ハンス先生が大きく頷いた。

「納得していただいたうえで実際の治療、必要があれば回復魔法、復元魔法を行います」

 私はやや得意げだったかもしれない。

「最後に予後経過を観察します。治療に問題がなかったか検証し、あれば今後に生かします。つまり反省のフェーズです。結果がよくても悪くてもみんなと共有します」

 ジュリアに続けて最後に私がまとめる。

「反省しどうすればよいのかをみんなで検討することにより、今後の発展につながります。これを全ての患者さんに行えば、発展の連鎖が永遠に続き、どんどん治療の質が上がるはずです」

 ハンス先生が拍手をしてくれた。

「これは病気の治療だけに限りません。あらゆる物事に通じます。現状認識、原因究明、計画立案、同意形成、実践、反省これをサイクル化し続けることが重要です」

 私たちの今後の行うべき手法を学べた。

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