十七話 セントラル大陸暦一五六四年 冬

 新年を迎えた。

 久しぶりにハリーお兄様が王都から戻って来られた。十四歳を過ぎた跡継ぎとなりうる子弟のいずれかが王都に残らざるを得ない為、今回はノアお兄様が戻って来られなかった。このことがハリーお兄様曰く学問を学ばせると言いながらていのいい人質の所以なのだろう。

「ナナも、十四歳になり九月になれば、サンダー領を離れて王都の学院へ行かねばならない。私たちと代わる代わるでしかこちらに戻れないぞ、覚悟しておけよ」

 言葉は怖いが、シュッとした顔に笑みを浮かべて言われた。

「ただし、王都では楽しいことも無きにしも非ずだ」

 家族揃っての夕飯時、私のナイフとフォークの動きが止まった。

「それは何ですか」

「ふん、それはここで話すより、来てからのお楽しみに取っておいた方がいい」

「もったいぶって、ずるいですわね」

「まあ一つ言うとするならば、向こうの温泉街に敵情視察を兼ねて行ったのだが、エンターテイメント施設があって歌とダンスと芝居の三つの要素が一緒になったミュージカルなるものを行っていた。あれは一見の価値がある。我が領の温泉でも何らかの施設を考えた方がいい」

「私も見とうございます。お兄様ぜひお連れください」

「うん、考えておこう」

「あそこはいいぞ、私たちも以前王都で見た、歌と踊りが素晴らしくてなあ、よかったなあ、ばあさん」

「そうそう、女性たちが背と腰の位置が高くそれはそれはスタイルがよくてね、プレシジョン・ダンスとかロケットっていうのが売りで見事にみんなの足の動きが揃っていて、目の保養だったわ。もう昔のことね。今は、きれいなみ足を人前にさらすことは禁止になったっていうからね。王都は本当に封建的になったわ」

 おばあ様が遠い眼をして虚空を見つめた。

「王都の封建的な姿勢は、目に余ります。身分制度が浸透し、爵位の有無で入店できる店、できない店に分かれ、さらに誰もが入れるとうたいながら座る位置が違う。爵位を笠に着て、横柄な者が多くて閉口しています。それに、おばあ様が言う通り遊興すらも制限され、息苦しさを覚えますよ」

「ハリーも一人前になりよって」

 お父様もワインを傾けながら、満足気な表情を浮かべている。

「父上、将来の話ですが、王都からここへ馬車専用道路を作っては如何でしょうか」

「ほー、それはどういうことだ」

「ここに温泉地ができて道路を領地内に整備しましたよね」

「ああ、パール浜で助けた異人たちの力を借りて、新しい技術、石灰を利用したコンクリートの道路だな」

「ええ、そのおかげで温泉地への領内からのアクセスが格段に良くなり、観光客がこの領都へ相当来ています。王都からも客は来ていますが、馬車で速くて四日、普通で五、六日間もかかるのは長旅すぎます。そこで、馬車専用道路を造れば王都からのアクセスも良くなり、遊興を制限された王都の客をもっと呼べるのではないかと。それに魔法を使える人間がサンダー領ではコーキッド伯父さんのおかげで相当増えています。新技術と魔法の力、具体的には材料の石灰に、水と土の基本四魔法と銅の魔法、錬成の力があれば、道路建設もそこまで難しくはありません。もちろん交易路としても利用できるので、貿易が盛んになり、サンダー領のますますの発展が望めます」

「うーん、そうだな、馬車専用道路を造れば、温泉地だけの活性化ではなく、サンダー領全体の益にもなりそうか」

「もちろんです。パール浜へも、鉱山の町グラスベルグへも波及します」

「ではハリーよ、この件はお前に任せる。検討してみろ」

「分かりました」

 ハリーお兄様は一仕事終えた満足そうな顔をしている。

「ナナ、手伝ってくれよ」

 横の私の方を向き、ハリーお兄様が私にいきなり仕事を振ってきた。

「道路建設をですか?」

「ああ、それとノアもナナに何か手伝ってほしいと言っていたな」

「ええー、何ですか」

「ジャック叔父様と約束したって聞いたぞ、ノアとナナの二人で」

「港の常夜灯のことですか」

「ああ、そうだ、光源と透明なガラスがどうだ、こうだと言っていたなあ」

「拡散と集中ですか」

「なんかそんな感じだった」

「ナナちゃん頑張ってね」

 お母様がユルーイ目をして、エールを送ってくれた。

 面白いことより色んなことをさせられそうで、うーん、王都になんか行きたくない。


「じゃ待っているよ」

 お兄様がまだ寒い中、嬉しくもない言葉を置き土産に王都へ向けて旅立った。



 短い冬休みが終わり、学校の授業も平常通り。放課後は厚い手袋をして五人で中央病院へと向かう日々を送る。

 私たちは先生たちのお手伝いを主にしていた。除去された病変の標本をつくり日付と部位を記入して患者さんの自覚症状と医師の診立て等が書かれた診療録と共に保存することを頼まれている。

 ハンス先生が担当した患者さんの作業中、マイアが、

「この病変ってまだ活動中なのかなあ」

 と疑問を呈した。除去後一、二時間しか経過していなかったので、

「まだ死滅していないかも」とみんなで話していると、マイアが

「じゃ、回復魔法をかけたらどうなるかなあ」とさもやってみたそうな目をみんなに向けた。

「じゃやってみようか」

 と私とニーヴが賛同して、実際にやってみた。

 すると、病変が活発化して、少し余分に除去されていた正常の部分まで病変に冒されていた。私たちはハンス先生をすぐに呼びに行った。復元魔法も試したが変化はなかった。

「回復魔法で病変が活性化し増殖し悪化したようだ。これは重要なことだ。他の先生方とも共有しよう。今度の発表会で報告する」

 ハンス先生が目を輝かせて話してくれた。私たちの行ったことが役に立つかもしれない。今まで以上にやる気スイッチが入った。

 その後は、病変を標本保存する前に一部を切り取り、回復魔法をかけてから結果を見て、活性化し悪くなったものも保存した。元の部位と切り取った部位、変化した内容をイラストにしたのは翻訳の際も活躍したジュリア。彼女にとってはお手の物だった。

 その日の手術担当医はキャベンディッシュ院長。

「ナナ、ちょっと来て」

 ニーヴに言われてそばに寄る。ニーヴの前にあるのは胃の病変から切り取った一部。

「今まで白っぽかったものがピンクになった。正常に戻っている」

「元のものは?」

「こっち」

 ニーヴが示したものは白っぽい中に赤い血が混ざっている。

「回復魔法をかけたらこうなったの」

 すぐに院長を呼んで来た。

 不調を訴えて除去した病変の中に回復魔法をかけると正常になるものがあったのだ。これは大発見だった。復元魔法もかけてみたがこちらも正常になった。

「前院長が『体の中の異常は回復魔法をかけると良くなる場合もあるし、逆に悪化して死に至る場合もある』と言ったことと非常に関係があるようだ。この二つの違いが分かれば、切開手術しなくても回復魔法か復元魔法をかけて治癒できるぞ。みんなにも言って違いを探そう」

 院長の鼻息も荒い。


 発表会の席で、先ずはハンス先生から研究の報告がある。

「手術をして分かったことがある。『しこり』があると言って切開してそのしこりを除去した結果だ。

 内蔵の一部を除去した場合は、復元魔法、紫の聖珠のある復元手術室を使うようにする必要がある。というのも回復魔法では一部切除したら切除箇所がないまま治癒されてしまう。その点復元魔法は一部がなくても元に戻る。これが第一点。

 もう一点はその『しこり』を切除した部位に魔法をかけてみた結果について。

 復元魔法をかけた場合は、除去された病の症状のあった部位、病によって悪く変化したもの、つまり病変と言えばいいのか、それは何も変化がなかった。

 それに対して回復魔法をかけた場合は病変が増殖していた。活性化し悪い症状が増えたのだ。

 このことから分かることは『しこり』ができた病変の部位へは回復魔法を絶対にかけてはならないということだ。かければ病状が悪化する、死に直結する。復元魔法をかけても病変に変化はない、効果はないということだ。現状では、手術で取り除く方法以外にすべはないと思ってくれ」

 次にキャベンディッシュ院長から発表がある。

「痛みを訴えてきた患者さんで先ほどのハンス先生の発表のように『しこり』がある場合は先ほどの対応でいいが、『しこり』がない場合がある。どこが痛いのか、どこが異常なのかを正直に患者さんに話してもらえ。お腹が痛いと言ってきた患者さんが女性の場合、恥ずかしがって正直に言わないことがある。例えば、大便とか尿に異常があっても自分からは話さない。こちらから必ず聞くように。聞けば恥ずかしくても、たいがい話してくれる。適当に聞いて、触診もいい加減にして切開手術すると、思ったところに悪い箇所、ハンス先生のいう病変がなくてあちこち切開することになるぞ。

 腸の場合は便に血が混じる、腸からの出血により赤または赤黒い便が出る、便の表面に血液が付着する、下痢と便秘の繰り返し、便が細い、便が残る感じ、おなかが張る、腹痛、貧血、体重減少などがそうだ。

 胃が原因の場合は、みぞおちの痛み、胸やけ、吐き気、食欲不振、貧血や胃から出血したものが黒い便として出たときもそうだ。

 胃の黒い便と腸の赤黒い便との区別はつきにくいから、症状をよく聞くように。病気の初期だとしこりというかデキモノも小さいから除去も簡単に済む」

 院長が一旦言葉を切った。みんなを見渡して再度口を開く。

「そしてよく聞いてくれ」

 皆の視線が院長に集まる。

「切り取った病変に回復魔法をかけたら正常に治る場合があった。先ほどハンス先生が言った回復魔法で悪化する場合の真逆の病変があったのだ」

 その場が一瞬静まり、一拍後どよめいた。内臓の病気は回復魔法をかけてはいけないという見解が一概には言えなくなったのだ。

「課題は現在大きく二つ。

 一つはどこの部位が痛みの原因なのかを調べる。

 そしてもう一つは病変に回復魔法をかけて治る場合と活性化し増殖し悪化する場合のちがいを調べる。

 これらは症状をよく聞いて記録し、手術に至った場合は悪かった部位との相関をみんなで協力して調べよう。

 他にも何かあったら随時申し出てくれ」

 私は生徒として一生懸命メモをしながら、思った。

 有意義な時間を送れている、そんな実感があった。

 そしてもう一つ思い出したことがある。小さかったころ、福笑いをした時に目隠ししたのに透けて見えた記憶だ。ひょっとしてこの能力は人体に対しても有効だろうか、悪い部位、病変が分かればとても役に立つのではないか。お母様に厳命された人には言えない能力。どうにかして有効に活用できないだろうか。悩ましい。でも私はまだ今年十四歳の半人前の人間だ。ゆっくり考えていけばいい、焦る必要はない。


 私たちは違いを発見しようと血眼になって病変を見直した。

 回復魔法、復元魔法が有効な病変は「境界線が滑らかで形も球体など整っている」効かない病変は「境界線が不明瞭で形状がギザギザなど不均一に見える特徴がある」

 胃の異常の場合限定で効くのは「痛みは食事中や食後に起こるという人が多い」効かないのは「痛みは食事の時間に関係なく起こる可能性が高い」

 今まで分かった事である。しかし、切開してみないと分からないデータの方が多く、また患者さんの痛みの訴えもはっきりしない場合があり魔法のみで治癒できるのか悩むことが多く、それが問題だ。ただ、除去しないで回復魔法か復元魔法で済むことの可能性が広がったのは一歩前進と言えよう。

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