十六話 セントラル大陸暦一五六三年 秋

 九月、私たちは学舎の三年生、最終学年になった。

「おはよう」

 朝の挨拶が三年一組の教室に飛び交う。私はいつも通り、紫の髪を水色に染めているアニー、金髪を茶色に染めたマイア、赤茶色の髪のジュリアと笑顔と挨拶をやりとりして席に着く。私の学年は生徒数が六十八人と多いのでクラス替えがあるが、爵位持ちの子弟は警備上のこともあり同じクラスで一組。担任は二年から三年は持ち上がり。私は三年間、仲良し四人組と、悪ガキ三人プラス一名と同じクラスだった。

 夏休み明けの新学期、生徒たちはまだ落ち着かない中、先生が一人の女子を連れて入って来た。

 金髪? 茶髪? 全体としては金だが茶が入り混じっている髪の毛の色をした少女だった。サンダー領では珍しいロングスカートに右肩から小振りのショルダーポシェットをかけている。

「静かにしろ」

 先生の言葉に、ざわつきが収まる。

 生徒たちの視線は先生の隣の少女にあることは間違いない。私も興味津々で見つめていた。彼女は転校生? 一、二年生のときはいなくて、三年生になり初めてのことだった。

「今日からこの学舎で学ぶことになったニーヴ・キャベンディッシュさんだ」

 先生が横を向きニーヴと呼んだ少女に言う。

「君のことをみんなに教えてもらえないか、趣味とか、好きなこととか、なんでもいいから自己紹介をしてくれ」

「はい、私は王都から来ました、キャベンディッシュ男爵家の長女ニーヴと申します。父は王都の病院で医師として勤めていましたが、こちらの領主様から請われて、九月から領都の中央病院の院長としてやってまいりました」

 彼女はそこでゆっくりと全員を見渡し、左手で顎から左肩の髪をはらった。

「私の髪の毛は貴重な金色、王都の有名な教会からも聖女候補として招かれましてよ。教会にも認められた回復の魔法を使えますの。ご挨拶代わりに皆さんに癒しの魔法をして差し上げましょう」

 彼女はおもむろに、左手でポシェットを触り、右手を上げて唱えた。

「光の女神様、森羅万象の理、太陽の光、輝きよりも明るく、その満ちたる命の息吹を、生の喜びを分け与えあれ『ヒール』」

 光が降り注ぐのかと思いきや、それほど多くなく、どちらかと言うと物足りない。しかし困った。サンダー侯爵領立学舎では魔法の授業以外では魔法は禁止、魔石、魔道具の類も承認してもらわないと持ち込み禁止、王都ではそうではないのかしら。

「いかがかしら」

 使った本人は満足したらしい。でも生徒たちはただ、ポカンとしているだけ。魔法の授業でマイアが回復魔法を使っているのをみんなは知っている。それとの違いを三年生になれば、はっきりと分かっているらしい。この回復魔法は、まがいものか? そう思っているのかもしれない。私は彼女が触っているポシェットが魔力の源だと認識できた。彼女自身の魔力はまだ十分練られていない。まとっている金色の魔力がとても貧弱だ、ポシェットには金色の魔力がこもっているのが見てとれた。多分金の魔石が入っているのだろう。

 せっかくの金色の魔力適性があるのにもったいない。彼女の自己紹介から察するに新院長のキャベンディッシュさんが父親のはず、院長は何をしているのかしら。ご自身も金色の髪で回復魔法も使えるのに。娘さんがいることすら私たちに知らせていないなんて……同級生だと認識していなかった? もう少しご自分の娘に気を配ってください、と言いたい。

 従弟のレオと目が合った。私はその合った目と顔で何とかしないと命じた。

「ニーヴさん、ありがとうございます。王都流の魔法を堪能しました。どうぞお席にお着きください」

「どういたしまして、これくらいは造作もございませんわ、いつでも言ってくだされば、いたしますわ」

 白けた空気が教室内に広がる。ニーヴが先生に指示されて空いている席に座った。

「じゃ、授業を始めるぞ」


 座学の授業は通常通りで、転校生のニーヴも問題ないようだった。

 昼休みに入る前の算術の授業の最後で視線を感じると、ニーヴが私をチラッチラッと意識していた。

 これは、昼食を一緒にして欲しいとのサインのようだ。どうしようかと悩む。結論が出ぬ間に、授業終了を知らせる用務員さんが鳴らす時の鐘の音が聞こえてくる。

「ナナ、すまんが職員室に来てくれ」

 先生に呼ばれた。そばにいたアニーに声をかけて、先生と一緒に職員室へ向かう。

「何でしょうか、先生」

 職員室で私は先生に訊いた。

「ニーヴのことなんだが、ナナは彼女の父のキャベンディッシュ病院長から何か聞いていないのかい」

「いいえ、まったく、今日初めて彼女に会いました。自己紹介でキャベンディッシュさんの娘だと聞いてびっくりしたくらいです」

「そうか、四人が病院で勉強しているって聞いていたから、てっきりみんなとは顔なじみだと思っていた。申し訳ない、こちらの思い込みだった。魔石や魔道具は学舎に承認してもらわないと魔法の授業で使う以外は持ち込み禁止、魔法も通常では使用禁止のルールも知らなかったとは思わなかった」

「そうですね、私も驚きました」

「昼食後、早速説明するよ」

「お願いします」

 私は職員室を出てクラスへ向かう。

 教室に入ると、仁王立ちしたマイアと頬をふくらませたニーヴが対峙していた。

「私は授業で皆さんが疲れていると思って癒しの魔法をして差し上げようと言っているのです。どうして止めようとしているのですか」

「そんなことで貴重な魔石を使わないで。あなたが、自分の魔力ではなく魔石に頼って魔法を使っているのはみんな知っているのよ。魔石は貴重なもの、それを学舎に持ってきて、見せびらかすように使うなんて許せない。その魔石を採掘する苦労をあなたはご存じなの」

「私は男爵家の人間です。そんな下々のすることは存じ上げません」

「ちょっと待て、聞き捨てならない。誰にモノを言っているんだ。お前が爵位を持ち出すなら言ってやる。お前が相手をしているマイアは子爵令嬢だ。鉱山の街グラスベルグ郡長官のご令嬢だ。金の魔法、回復魔法も使える」

 マイアの幼馴染ジェイミーが鋭い目をニーヴに向ける。

 ニーヴは口にはできなかったが、エッと言いたげな、口を半分開けた状態で固まった。

「……だって、髪の毛茶色じゃない」

 精一杯の反発のよう。

「金髪は狙われやすいから染めているんだよ。それにお前の癒しの魔法は純粋でキレイなものじゃない、魔石に頼っているせいだろうが雑なものが混じっている。王都じゃそんなものしかできないのか」

 真赤な顔をして唇を噛みしめたニーヴだったが、いきなり踵を返して歩き出す。そのまま教室の後ろから出て行った。

 私は肩を落として遅かったわ、先生、と嘆きながら、後を追うしかなかった。後ろにはアニーが付いてきてくれるのが分かった。

 ニーヴに追いつくと、おばあ様のいる保健室へと連れて行った。

 ベッドに座らせて、右側に私、左側にはアニーに座ってもらった。

 ヒックヒック鼻をすするニーヴをしばらくそのままにして背中をさすった。

 落ち着いたところを見はからって

「ニーヴさん、ナナリーナよ。この髪からも分かるようにサンダー侯爵の娘よ」

 と笑顔を向けた。

「すみません、ナナリーナ様。同じクラスに侯爵様や子爵様のご令嬢がいるとは知りませんでした」

「ちなみにあなたの左隣にいるアニーはパール浜の病院長の娘であなたと同じ男爵家よ」

「アニーよ、よろしく」

「アニーの髪は水色だけどこれも染めているのよ、本当は紫」

「幻と言われる復元魔法を使える紫ですか、中央病院にも一人男性の先生がいると聞きました」

「ハンス先生ね。私たちの指導教官様でもあるの。私とアニーとそれとニーヴさんと対峙していたマイアともう一人ジュリアの四人で教わっているのよ」

「マイアさんは、本当は金色の髪の子爵令嬢だったのですね。知らなかったのです」

 肩を落とすニーヴ。

「サンダー領は魔法がとても優秀だって聞いていました。みんなになめられたらって思うと怖くて、魔石を持ち出したのです。私、髪は金色ですが、魔力があまりなくて、王都でも落ちこぼれで、転校してこちらで心機一転と思って……、教室に入ると、金色の髪の人がいなかったので、ここで癒しの魔法を使うと尊敬されてみんなに受け入れられるかなって」

 ニーヴは一人空回りしたよう。

「先ず、普通にしよう、特別なことをしようと思わないで。普通に、って言っても知らない場所、知らない人だらけの中ではつらいでしょうけど。最初は仕方がないわ。少しずつみんな受け入れてくれるよ。ここのみんな、根はいい子だから。何かあったら私やアニーを頼りなさい。それとマイアにきちんと謝りなさい。許してくれるわ」

「ごめんなさい」

 また大泣きするニーヴだった。

 結局昼食は保健室に持ってきてもらい食べた。アニーがマイアとジュリアを呼んで来てくれて、ニーヴは泣きながら謝った。

「マイアさん、ごめんなさい」

「仕方がありませんね、許してあげるわ。今度から魔石の持ち込みと魔法の授業以外での魔法は禁止よ。分かったわね」

「はい」

「同じ金色の髪どうしなんだからマイアと呼んでいいわ」

 マイアも結構、甘ちゃんな子爵令嬢なのね。


 ニーヴが学舎で初めて参加する魔法の授業、自分で言った通り、ニーヴの魔法はお粗末だった。長ったらしい詠唱の後で

「ウォーター」

 と呪文を発すれば、チョロチョロっと水が出るだけ。火魔法、風魔法、土魔法は使えもしない。

「どうして皆さん高位貴族でもないのに基本魔法の四つ全て使えるのですか」

 ニーヴこそどうして水以外の基本魔法を使えないのかが不思議だった。

「五歳の時にしていた真珠、九珠のうち何色が変わったの」

「何色って、私は三珠しかありませんでしたが」

「金色と水色と後は黒色しかなかったの?」

「ええ、そうです」

 よく聞くと、お父さんのキャベンディッシュさんは次男で、生まれた時に長男が真珠をしていたので、近所で仲が良かった旧院長のジェンターさんの家から金色と基本魔法四色の真珠を借りたらしい。そのおかげでキャベンディッシュさんは金色と基本魔法全てが使える。その後、ジェンター家に真珠を返したが、かの家は女子が二人しか生まれず、ジェンター家の長女とニーヴのお父さんのキャベンディッシュさんが結婚した。その際にジェンター家にあった真珠を長女と次女は分け合ったらしい。金色と水色と黒色を長女が赤色と緑色と茶色を次女という風に。ニーヴにはお兄さんがいるのだが、彼が生まれ時、次女には子供がいなかったので真珠を貸してくれて金色の魔法と基本魔法全てが使える。ニーヴの時は次女の方にも子供ができていて借りられなかったらしい。

「そういうことなのね。分かったわ。でも魔法の威力と基本魔法の適性が少ないこととは関係ないわ。ニーヴ自身の問題よ。魔力は鍛えれば強くなるわ」

「どうすればいいの」

 瞳に力がこもった。

「まかせて、明日から特訓よ」

「「「でたー、ナナ式美流法よ」」」

 仲良し三人の声が揃う。

「明日からしばらく我が家に居候しなさい」

「はい、分かりました。よろしくお願いします」

 マスターするまでしっかり面倒を見た。

 『水の一生』を読ませ、水の本質を理解させる。詠唱省略のマスターと金色の魔法はマイアが仕込んでくれた。ハンス先生の講義にも参加してもらう。

 私はきっちり院長のキャベンディッシュさんに言った。

「自分の娘をしっかりと見なさい、目配りを怠ってはいけません」

「申し訳ございません」

 謝られてしまった。


 年内までニーヴの居候生活が続き、毎朝の鍛錬により魔力がほかの生徒とそん色がなくなった。詠唱もなく呪文だけで発動できるようになり、自宅へ戻る日を迎えた。

「毎朝、ナナ式美流法は欠かしません」

 と言い残したニーヴの髪は魔力がいきわたったせいか、混じりけのない金色一色に輝いていた。

「ナナ、ニーヴちゃんの魔法は特殊なものがあるから、気を付けてあげてね」

 おばあ様に言われました。

「はい、分かっています」

 金色の魔法を使えるニーヴは貴重な存在。

「おばあ様は魔法学の権威よ、魔法の学問的なことで分からないことができたら聞くのよ」

 お母様にも念を入れられたよう。

「実践はあなた方夫婦にはとてもかなわないわ」

 おばあ様の言葉にお母様はすました顔をしていた。

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