十五話 セントラル大陸暦一五六三年 夏
十三歳の夏はパール浜に行かず、領都の中央病院でハンス先生の講義を他の医師、看護師に交じってアニーとマイア、そしてジュリアのいつもの四人で一緒に受けることにした。銅の魔法を使えるジュリアは錬成で薬が作れると聞いて参加を希望し許されていた。
講義室には新旧の院長先生もいる。
「正確に人体を理解しなければ復元魔法も回復魔法も正しく作動しない。正しく人体を理解すればより高度な復元魔法と回復魔法が行えるようになる」
ハンス先生は講義室の中央から左の位置にいる私たち四人の元へやって来る。
そばにはカバーのかかった高さ二メートルほどのものが三つある。
「これを見てくれ」
ハンス先生の目配せに、私たち四人はカバーを取り払った。
「おー」
参加している先生方、看護師の方々から驚きの声があがる。起立した人体模型が三体、向かって左から骨格模型、筋肉模型、血管模型がある。
「まだ完全とは言えないが、教材としての第一歩のものができた。これをもとにさらに新しいことが分かったら修正していくつもりだ。
なお、この模型は錬金術師と一緒にこちらの四人の女性が協力してくれた。今配布してある人体教本もこちらの四人の女性が翻訳してくれたものだ」
人体教本は図をジュリアが描いたもので木版印刷をお願いして一週間前に出来上がり私たちは既に目を通している。人体模型三体は、錬金術師に魔法を教えてもらいながら、銅の魔法適性のある私とジュリアで作ったが、細部の確認はアニーとマイアがハンス先生に聞きに行き、聞き取ったことを私たちが反映するといった分担で行った。私にとっては魔法の勉強と人体構造の勉強との両方が一緒に出来て好都合だった。
ハンス先生の講義が続く。
「なぜこの模型が三体必要なのかを説明します。例えば、皆さんは骨折を治すときどのように魔法を使いますか」
ハンス先生が若手の金色の髪の医師を指す。金髪はマイアを除き、新旧院長の二人と彼しかこの部屋にはいない。名前はリアン・スペンサーと言い、サンダー領の伯爵位をもつ長官の次男。病院の研究室に通いだしたころ、銀髪の私を見て、駆けよって来て挨拶された記憶がある。
リアンが立ち上がる。
「私は、金の魔法を使えますので、骨折部位めがけて回復魔法の治癒の詠唱と呪文で治療します」
「骨折部位はどのような状態にして魔法をかけますか」
「あまり意識していません」
金髪青年リアンは魔力だけに頼っているよう。
「それは良くないな。きちんと元の状態に固定してから回復魔法の治癒をかけるよう指導されなかったのか」
ジェンター院長が厳しい声をだす。
「たいがい看護師が準備してくれていますから、まっすぐに伸びていると思っていました」
「すまん、ハンス先生。私がきちんと指導すれば良かったのだが、申し訳ない」
ジェンター院長が頭を抱えた。
キャベンディッシュさんが立ち上がり、金髪青年に向かって話す。
「九月から新しく院長になるキャベンディッシュだ。リアン君のことは私が指導する。骨折治療は先ほど院長が言った通り元の状態に固定してから回復魔法の治癒をかけるようにしなさい」
「分かりました」
リアンは頭をかきながら座るが、悪びれた様子ではない。人は悪くないのだろうが、今まで真剣に学んできていない気がする。ここは新院長に期待したい。
「では続けますね。骨折の患者にもし、今話題になったやり方つまり元の状態に固定しないで回復魔法の治癒をかけたら、どうなるか? マイアさんどう思いますか」
「多分、曲げたまま魔法をかけたら、曲がったままくっつくのではないでしょうか」
「その通りです。良く分かりましたね」
「私は鉱山育ちです。鉱山事故で骨折後、治療できない人をたくさん見ました、その中で骨が変な風に曲がったままの人を知っています」
「パール浜でも全員がすぐに治療を受けられるわけではありませんでした。同じような人がいました。また私は、他の医師たちと協力して実験しました。もちろん、人ではないですよ、動物実験です。
骨折した部位を元の状態にしないで曲がったまま回復魔法の治癒をかけると、曲がったままとなります。その状態で何度、回復魔法の治癒を発動しても状況は同じです。ところが、骨折部位が元の状態でなく曲がったままでも復元魔法をかけると元の状態で完治します。
また、回復魔法の治癒をかけて曲がった状態の骨も復元魔法をかけると元の状態、つまり骨折前に戻ります」
「えー、そんなことが」
驚く参加者たち。
「回復魔法は自然治癒力を高める力があると思われます。ただし骨折なら折れた箇所を元あった状態でかけないとダメ。まっすぐにしないで曲がったままだと曲がったまま接合されてしまう」
「よく、子供が突き指や捻挫して、たいしたことない、とそのまま放置しておくと、曲がったまま自然治癒して、くっついてしまうというやつと同じ理屈ですね」
金髪青年リアンは結構積極的、以外だ。
「そうです。それに対して復元魔法は元に戻す力があるようです」
頷く参加者たち。
「さらに、骨折した骨を元の状態にして回復魔法の治癒を行っても完治せず、不具合が残ったままとなるケースがあります」
そこでハンス先生はみんなを見渡した。
「そのために今日、人体模型三体を作ってもらいました。骨折は骨だけ治しても正常にならないのです。骨の回りにある、筋肉、血管が骨折により損傷していた場合、いくら骨折箇所へ回復魔法の治癒をしても、骨だけしか治らないのです。筋肉、血管も同時に治癒するイメージを持ってはじめて骨折と言うケガが治るのです。それを理解してもらう為のものが人体教本とこの人体模型です」
幾人かが手元の人体教本をパラパラと開く。
「人体教本をよく読み理解し、人体模型で確認していく。これが大切です」
誰もが、頷いている。
「まだ、私自身も復元魔法の全てが分かっていません。教材も一切なく、唯一、パール浜の院長先生が口伝で聞き知っていた復元魔法の一部を教えてもらって治療しているだけです。私自身も患者さんから学んでいます。回復魔法にいたっては多分皆さんの方が良くご存じでしょう。一緒に勉強しましょう」
新院長のキャベンディッシュが深く頷きながら拍手している。それに合わせてみんなも拍手した。盛大な拍手となった。
「ハンス先生ありがとうございます。
みんな、復元魔法も回復魔法も使えないから他人事だと思っていないか。大きな間違いだぞ。今度から魔力のある全員が回復魔法も復元魔法も使えるようになる」
参加者たちが顔を見合わせだした。
「私が赴任するにあたり、サンダー侯爵様から、復元魔法ができる紫の聖珠、通称紫紺の瞳と回復魔法ができる金の聖珠を本病院に下賜していただいた」
「おー」
「やった」
「パール浜で先行して行っていたが、相当良いという実績が上がった。この領都の本病院で治療方法を確立し、サンダー領全体へ広げてほしいとの侯爵様からの要望だ。みんな頑張ろう」
みんなの目が輝いている。
「治療室についても改修が必要だ。復元魔法ができる紫の聖珠を据える治療室を復元手術室とし、回復魔法ができる金の聖珠を据える治療室を回復手術室として別に設ける」
「手術って何ですか」
先ほどの金髪の青年リアンが訊く。
「手術とは新しい言葉だ。今まで魔法で全て治療していたが、人体を学ぶにつれて、人体内部、つまり頭の中、胸の中、腹の中などをナイフで切開して治療する事も多くなる。そこで切開して治療する言葉を、手術ということにする」
旧院長の顔にも笑顔が浮かび、満足げだ。
「新しい設備と新しい技術、若いみんなで頑張ってくれ。ハンス君、それに新院長のキャベンディッシュ、頼りにしている。私ももう少し若ければ、一緒にやりたいところだったよ」
「院長、たまには顔を見せてくださいよ」
金髪の青年リアンは社交性も相当高い。
こうして私たちの座学と実践の勉強が始まった。
白い上衣とひざ丈の動きやすいスカートの服装をジュリアに言ってデイビス商会の人に来てもらって選んだ。
動物実験と実際に患者さんの治療を、ハンス先生の手ほどきを受けて復元魔法を学びながら行い、水魔法の洗浄と風魔法の乾燥ではお手伝いをした。簡単な処置は任せてもらえるまでになれた。
「複雑な骨折や重症の骨折だと骨折以外の筋肉や血管にまで損傷がある場合が多く、その際は復元魔法で骨だけじゃなく筋肉と血管も治すイメージをしないとダメね」
「回復魔法だと骨折は治っても筋肉と血管はうまくいかない場合が多いわ。多分、筋肉や血管が切れてしまったらくっつかないで、切れたまま治癒されているようよ」
「筋肉自体が切れていると回復魔法じゃ無理な場合が多いわ。復元魔法だと治っている」
「筋肉が断裂していないで伸びた状態ならば回復魔法でも良さそうよ」
「小さな傷は回復魔法でも問題ないわね。でも大きな血管も切れた場合は回復魔法ではダメで復元魔法が必要よ」
私たちは、医師や看護師さんたちと一緒になって学んでいった。
「夏休みどこへも行っていない」
「勉強ばかりじゃつまらない」
「どこかへ行きたい」
「思いっきり遊びたい」
私たちはまだ十三歳、エネルギーがあり余っている。
「パール浜までの道がきれいになったみたい」
アニーからの耳寄りな情報。
「海へ行こう」
四人の気持ちが揃ったので、パール浜へ病院の通常診療が休日の土・日を利用して金曜日から遊びに行くことにした。
新しくできた道路は、馬車の揺れがほとんどない、すごいスピードがでる。なんでも海の遭難事故で助かった異人さんたちからもたらされた新しい技術を利用して造られた道路らしい。
「「「「快感」」」」
四人のテンションが最高潮のまま町に着いた。
馬車を降りた途端ジュリアとマイアに驚かれた。浜の女性のほとんどの髪の毛が、銀と紫だった。
「私とアニーを守ってくれているみたい。以前襲われてしまったから」
「まだ、夏は染めてくれているんだ」
「……」
ジュリアとマイアはあ然としている。
「そう言えば、私の髪も茶色に染めて偽装しているわね。私の故郷の女性たちも金色にしてくれれば、帰省しても偽装しなくて済みそう……領都もそうなれば良いのに……。出かけるたびに染めるのも面倒なのよねえ」
マイアも金髪では襲われかねない為、外出する際は用心して茶色に染めている。
「この浜ではナナネエのことをサンダー領の女王様と呼んでいるぜ」
ジェイコブの声がする。
いつの間にか、私の三バカ従弟連に、マイアの幼馴染のジェイミー・サリバンもナイト然とした顔で加わっていた。
護衛の「ゴ」と「エイ」はニヤニヤと笑っていた。
「この浜から船で三十分ほどのところに海賊島というところがあってね」
ジェイコブが以前起きたイーライの騒動の顛末を知らない二人に語っていた。
――いつの間に、聖女から女王に私はなってしまったの。ここの浜の人は相当おかしい。
私たち四人は領主館に泊まり、勝手についてきた取り巻きを連れて(断じて命令したわけではない)、海で泳いだり、浜辺でのんびりとしたり、おいしいものを食べて過ごし、リフレッシュして、領都へ戻った。
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