十四話 セントラル大陸暦一五六三年 春

「紫の魔法を学ぶ機会があるが、参加してみるか」

 夕飯を食べ終わると、お父様から言われた。

「是非」

 と、もちろん答える。嬉しさが顔にあふれたと思う。

「明日を待っていなさい」とお父様から笑顔を返され、「よかったわね」とお母様に目じりを下げられた。

 うふふ、明日がとても楽しみ。


 午前中からどんな話になるのかと期待に胸を膨らませて待っていた。

 トントントン。待ち人が来られたよう。

 私はお父様に呼ばれて、応接室へ入った。

 部屋にはお父様がソファに座り、その前に菫色の髪をした男性、パール浜でアヴァちゃんのケガを治してくれた異人さんがいた。もう一人、金色に白髪が混じるお年を召したご老人、たしか領都のサンダー領立中央病院長で男爵だったはず。

「ナナ、病院長の男爵は知っているね」

「ごきげんよう、ジェンター院長様」

 私は両手でスカートの裾を少し上げ会釈する。

「ナナリーナ様、お久しぶりです」

 ニコニコ笑うジェンター院長は好々爺といった風情がする。

「今度領都の病院で働くことになったハンス・シュミットさんだ」

「ハンスさんお久しぶりです。いつぞやの夏はアヴァちゃんをお助けいただきありがとうございました」

「ナナリーナ様、私の方こそ助けていただきました」

 優しい笑顔で、表情もイキイキとしている。たどたどしかった言葉もうまくなっている。

 お父様に促され、隣に座る。

「ナナ、ハンスさんはとても優秀だ。私たちが考えもつかなかった治療法で新しい医学を生み出そうとしている研究者だ」

 お父様は私を見て真面目な表情で話した。

「この国に来て私は今までできなかった魔法を使えるようになりました。私の元の国での医学の知識を生かして新しい医療ができればと思っています。私が元の国から持ってきたこの本をご覧ください」

「手に取ってよろしいですか」

「どうぞ。文字は異国のものですが、図を見てください」

 私は手に取り、異国の本を開いた。

 動物の解剖した詳細な図があった。そしてもっと驚いた。人間と思われる図には骨だけの骸骨の図、筋肉だけの図、血管だけの図がある。

「ハンスさんはこの本を元に立体的な人体模型を完成させようとしているんだ」

「人体の模型があれば、医師の人たちみんながすぐに分かります。治療の役に立ちます」

 病院長も賛同しているようだ。

「院長と協力して完成させたいと思っています」

「うん、頼む」

 お父様が大きく頷いた。

「パール浜の病院より領都のこちらの方が研究するには環境が整っているから、こちらでその模型を作成して、みんなで一緒に学んでいこうと決めたのだよ」

「分かりました」

「それで、二人にお願いがあるのだが。ナナを一緒に勉強がてら、手伝わせてもらえないだろうか」

「ナナリーナ様も参加されるなら、みんなも励むでしょう」

 病院長はあくまで好意的だ。

「お父様お願いがあります。できましたら、私だけではなく、パール浜の病院長の娘、紫髪のアニーと魔石鉱山の子爵の娘、金髪のマイアも医療に携わります。一緒に学ばせてください」

「院長、ハンスさん、三人になってもいいかね」

「ええ、元々パール浜のヒル院長からもハンスの研究については、領都の病院でお願いできないだろうかと聞いていました。ヒル院長の娘さんなら大歓迎です。それにもうお一方ひとかたは金の髪ですか、私と同じですね。ぜひうちでほしい人材です」

「私も構いません」

「よろしくお願いいたします」

 私はみんなに頭を下げた。


 翌朝、教室に入ると早速アニーとマイアを探す。目が合うと二人はそばに寄って来た。二人に昨日のことを話す。

「「是非一緒に」」

 二人は、嬉しそうな顔を見せた。

「四月十日から始めると言っていたのでそのつもりでね。一緒に頑張りましょう」

「ジュリアは、一緒ではないのね」

 アニーがそうつぶやく。

「ジュリアは治療系の魔法が使えないですが、しばらくするとまた画力で協力を頼みます」

 異国の本を印刷する際に、図の部分で彼女に協力してもらうつもりだった。

 私はジュリアを目で探すが、今日も彼女は席に着いていない。夏休みからの不調が二年生になっても思わしくないようで、休みがちになっていた。

「今日も欠席かしら」

「そのようね、先日来ていた時も、頭を時々押さえていたの、それで父に訊いてみましょうかと言ったのだけど……、大丈夫、と話していたのよね」

「心配だわね」

 ジュリアのことは気に掛かるがいないものは仕方がない。


 四月十日から私たちはハンスさんのいる病院の研究室へ通うことになった。先ずは異国の本の翻訳である。ハンスさんに口頭で翻訳して貰いながら書き写す。図の部分はざっくりとしたポンチ絵でごまかした。全部で六十ページを毎日少しずつ聞き取り、月末には翻訳を書き終えた。

「結局図の部分、ジュリアにお願いしたかったけどできなかったわね」

「ずっとお休みだったものね。早く良くなって出てきてほしいわ」

 私もアニーもマイアも心底ジュリアの病が気がかりで仕方がない。

「図の部分は、ジュリアが無理そうだったら、原本のものを流用して印刷依頼を出すしかないわ。完成すれば、今度はみんなで勉強よ。ハンスさんを講師として、現役の先生たちと一緒に学べるわ」

 私たち三人ともジュリアを心配する気持ちと学ぶことへの期待が入り混じっていたように思う。


 その日、住まいに帰るとジュリアから手紙が届いていた。


 親愛なるナナへ

 頭の病気で入院することになりました。パール浜のアニーのお父様に診てもらおうかと思ったのですが、領立中央病院で診てもらったところ、入院した方がよいとのことなので、しばらく学舎をお休みします。

 早く会えることを願って。

                       ジュリアより


 放課後、私たち三人は病院のハンスさんの研究室ではなく、病棟を訪れた。

 受付で、ジュリアの病室を教えてもらい、部屋へ向かった。

 トントントン。

「どうぞ」

 抑揚のない元気のなさそうなジュリアの声がした。

 扉を開けると、ベッドに帽子をかぶったジュリアらしい少女がこちらに顔を向けた。

「ナナ、えっ、アニーそれにマイア、どうして、何故」

「ジュリア、大丈夫、元気?」

 ジュリアがベッドから体を起こし、横になる。その顔が崩れそうになる。

 私はジュリアを抱きしめた。

「大丈夫よ、安心して。私たちが治すお手伝いをする」

 アニーが声をかける。

「ウエーン」

 堰を切ったようにジュリアが泣き始めた。私は彼女の背中を抱いて、身体をさすってあげた。

 ひとしきり泣き切ったジュリアが鼻声になりながら聞いてくる。

「お手紙届いた?」

「読んだわ。びっくりしちゃった。私たち毎日こちらの病院に来ていたのよ」

「どういう事?」

 不思議そうに小首を傾げてジュリアが訊く。

「今こちらの先生、ハンス先生って異人の先生のお手伝いしているのよ」

「どうして、そんな。私を診てくださっている先生よ、ハンス先生って」

「「「えー」」」

 私たち三人の声が揃った。私は抱いていたジュリアの背中を離して驚いた。

 私たちは、ベッドの回りを囲み、ひとしきりハンス先生の持っている医学書の翻訳をしていたことを話した。

「図の部分は協力したい……でもできないかも」

「どういう事?」

 私が訊くと、

「頭にいつの間にかできものがあったの。小さかったのがそのうちに腫れてきて痛みもし出して、院長先生に診てもらったらハンス先生を担当にしてくださったの」

 と言った。そしてかぶっていた帽子を取って見せてくれた。

 頭の前の左側が明らかに腫れている。

「今は大丈夫なの?」

「朝はつらかったけど午後から平気になった。ひどい日は朝から頭痛がして、たくさん吐いちゃうこともあるの」

「それでハンス先生は何て仰っているの」

「腫れ物を、魔法をかけて取ると説明をしていただいたの。院長先生が他の先生じゃ無理で、ハンス先生だけができるって」

 それを聞いて私は努めて明るく言った。

「ハンス先生はとても優秀よ。それでお父様がパール浜の病院からこちらに来てもらったんだから。必ず治るわ」

「ありがとう。もし良かったらで、いいんだけど、腫れ物を取る日、みんな一緒にいてもらえないかなあ」

「「「もちろん、いいわよ。一緒にいる」」」

 また、ジュリアが涙ぐんだ。

「心配しないでね。また来るわ」

 私たち三人は病室を出ると、ハンス先生のいる研究室へと急いだ。

「「「先生、教えてください」」」

 私たちは研究室に入ると、ハンス先生に誰彼ともなく口をついて出ていた。

「いったいどうしたんだい、何を知りたいんだい」

 ハンス先生は目を見開いて問うた。

「患者さんに私たちと同じくらいの女の子ジュリア・デイビスがいますよね」

「ああ」

「彼女は私たちのお友達です。魔法で治すって聞きましたが、大丈夫なのでしょうか」

「そうか」

 と一旦言葉を切り、もう一度口を開いた。

「なら説明しよう。彼女の病気は頭にバイ菌が入ってデキモノとなっている、膿んでいる状態なんだ。領都ではあまりいないが、パール浜では何例か治したことがある。あそこは、海辺でケガをする人が多いから、傷口からバイ菌が入り易いのかもしれない。原因はケガだけじゃないけど」

「じゃ、治るのですか」

「もちろん。今日は翻訳が終わったので、次の内容を決める日でしたね。ではその前にジュリアさんの腫れた頭の治し方を、ちょっとここで講義しましょう。よろしいですか」

 私たち三人はメモを準備します。

「痛みを伴いますので、先ずは患者さんを眠った状態にします。マンドレイクというナスの仲間の植物から作った睡眠薬を飲んでもらいます。眠ったことが確認できたら、低レベル雷魔法を頭部にかけてもらいます。これで二時間ほど意識がなくなります」

「私、雷魔法を浴びたことがあります。確かにしばらく意識がなかったです。受けた時はビリっとして痛かったですが死ぬほどの痛みとは思いませんでした」

 アニーはパール浜で賊の雷魔法を受けて失神したことがある。

「そうですね、雷魔法はその点便利ですね。低出力の痺れから、怖いですけど高出力の心臓麻痺までが可能な魔法ですから」

 一瞬、心臓麻痺と聞いて、自分がその魔法を使えること、人の死に直結する力のあることにドキッとした。

 そんなことにお構いなく、ハンス先生の講義は続く。

「その後で、頭の腫れている部分を切開します。頭の中の悪い部分を、ナイフとスプーンで取り除きます。少しでも残っていたら再発しますので、膿みの取り残しがないのを確認して洗浄し、復元魔法で傷んだ頭の中の脳の部分と切開した部分を修復します。これで終了です」

「先生、本人が、気が付いた時にはもう大丈夫なのですか」

「すぐには無理ですね。切開すると血が流れるので、身体はダメージを受けています。今回は一、二日安静にしていれば普通の生活ができるはずです」

「本当ですか、ジュリアは元気になりますか」

「もちろん、ただ、頭を切開しますから、バイ菌が怖いので頭の毛を剃る必要があります。女の子にとってはちょっと酷かもしれませんが、髪が伸びるまで我慢してもらうしかありません」

「先生、私たちジュリアに立ち会ってほしいとお願いされたのです。よろしいでしょうか」

「そうか、……それは、私一存では決められないので院長先生とジュリアさんの親御さんに聞いてから返事するよ」

「お願いします」

「でも、切開となると血を見るが大丈夫かな、君たちは」

「私は狩りで動物を仕留めたこともありますし、血も平気です」

「私は医者の娘です。子供の頃から傷だらけで血まみれの患者さんを見ていました」

「私も鉱山事故で大勢の人の生き死にを、目の当たりにしています。この金色の髪の力を無駄にしたくはありません」

 私は真っ直ぐハンス先生を見た。アニーもマイアも同じ、真剣な表情だった。

 私たちの決意は固い。


 ハンス先生は私たちの期待に応えてくれ、ジュリアの頭部を切開する場に立ち会わせてくれることになった。

 切開する治療室にはハンス先生と魔法の使える看護師二名のほか、病院長と私たち以外にもう一人お父様と同じくらいの年齢の男性がいた。

「次期院長に内定している、キャベンディッシュだ。私の娘婿にもあたる」

 現院長のジェンターが紹介してくれた。

「はじめまして、ナナリーナ・サンダーと申します。よろしくお願いします」

「デクスター・キャベンディッシュだ、今は王都の病院にいるが九月からこちらに来る。元々サンダー領の出身だ。よろしく頼むよ」

「はじめまして、グラスベルグ郡長官の娘マイア・コックスです」

「はじめまして、パール浜病院長の娘アニー・ヒルです」

「ハンス先生の本の翻訳をされた才媛たちと聞いている、今後とも手伝っていただけると助かるよ」

「こちらこそお願いします。今日は患者さん、ジュリアの学舎での友人としての立場です。彼女から治療の場に立ち会ってほしいと頼まれています」

「承知しているよ」

 参加する人との紹介が終わったところで看護師さんが

「ナナリーナ様、では患者さんを呼びに行きましょう」

 と話しかけてきた。

 本日の私の役割には、患者ジュリアに病室で睡眠薬を飲んでもらい、ここまでジュリアの家族、多分父親に抱かれた状態で連れて来ることも含まれていた。

 睡眠薬の入った薬品瓶を持った看護師さんと病室へ向かう。

 部屋に入ると壮年の男性と女性が待っていた。ジュリアの父親と母親だろう。

「本日お手伝いします、ナナリーナ・サンダーです」

「「お願いします」」

 ジュリアは帽子をかぶっている。すでに剃髪は済んでいるのだろう、肩にかかっていたはずの長かった髪がない。

「ジュリア、ごきげんよう。具合はどう」

「ちょっと心配」

「まかせて、ずっと一緒にいるわ」

 私は看護師から薬品瓶を受取り、コップに注ぐ。

「先ずはこれを飲んでちょうだい、ぐっすり眠れるわ。起きたら腫れも引いて、痛みがなくなり、治っているからね」

 ジュリアにコップを渡す。彼女は一気に飲み干した。

「しばらく横になってね」

 私は、横になったジュリアの肩から腕をさすった。しばらくするとスヤスヤとした寝息が聞こえた。

「お父様ジュリアを治療室までお連れ願います」

「分かりました」

 ジュリアの帽子を外してから、彼女を抱いて、運んで行ってくれた。


 治療室では先日聞いた通りのことが行われようとしている。

 先ずは意識をなくす雷魔法を院長先生が魔石の付いた魔道具から短い詠唱と呪文で発動する。ピクンとジュリアの身体が反応した。

 ハンス先生はジュリアの目の前に手をかざして意識がないことを確認する。

 アニーとマイアがジュリアの手をそれぞれ握る。

 私は治療する頭部に光があたるように位置調整する場所にいる。何かあった場合、私の光の魔法を照明として使うためでもある。キャベンディッシュ新院長が隣にいるのは良く見るためだろう。

 ナイフを腫れている頭にあて切開する。

 血と黄色い膿みが漏れだしてきた。切り口を広げる。

 丁寧にナイフとスプーンを使って膿みを取り除く。

 看護師が詠唱し水魔法で洗浄し続けている。

 ハンス先生が細い匙を使って細かい部分も取り除いていく。

 変色した部分は全て取り除かれた。

 ハンス先生が、念を込めると紫の光がジュリアの頭部に降り注ぐ。

「これは……、詠唱無しでのすごい復元魔法だ」

 私の隣でキャベンディッシュ新院長が小さくつぶやく。

 紫の光が消える。

「終わりました」

 切開した傷口が全く見えなくなっている。

 ハンス先生が額から汗をかいていた。看護師さんがタオルを差し出した。

「先生、癒しの魔法をおかけします。ジュリアにもかけてよろしいですか」

「私はいいですが、ジュリアさんにはお願いします。回復が早くなります」

「先生には私がします。ナナはジュリアにお願い」

 マイアがそう言うとハンス先生に癒し魔法をかけた。

「ヒール」

 私はジュリアに癒しの魔法をかけた。

「ヒール」

「詠唱省略、呪文だけ。これがサンダー領の実力か」

 隣にキャベンディッシュ新院長がいるのを忘れていた。でも詠唱省略の件はご存じのようなので問題ないだろう。

 ジュリアは相変わらず眠ったまま。ハンス先生がそんなジュリアをかかえて病室へと連れ帰った。


 翌日ジュリアの元を三人で訪ねると、驚いた。ジュリアがベッドではなく机の前で椅子に座ってこちらを振り返ったのだ。

「みんな、来てくれてありがとう。図を描いていたのよ」

 ジュリアの手にはペンが、そして机の前には本と私たちが翻訳した原稿と紙が置いてある。

「ひょっとして、解剖図?」

「みんなが目を輝かせて話してくれたんだもの。協力しないわけにはいかないわ」

「そんなことより体は大丈夫なの」

「全く問題ないわ。明日からでも学舎に行けるわ。そんなことより、この人体のイメージ図と該当する箇所のポンチ絵の矢印の元にはなんて書いてあるの? どなたの字か分からないけど読めないのよ」

「どこどこ」

 いきなり四人でお仕事モードになった。


 ジュリアの体は問題なく、一週間経過観察後退院するらしい。それまでやることがないから、ずっとイメージ図を清書してくれるようだ。


 それからジュリアは無事退院日を迎えた。

 私たちは完成したイメージ図を渡された。

「これで私もみんなの一員になれた」

 とジュリアが喜んでくれた。

 早速私は、完成したイメージ図付き翻訳原稿を木版印刷に回した。次の課題は人体模型の作成、先ずは骨格模型製作となる。それと並行して私たち三人は出来た翻訳本を元に自習とハンス先生から講義を受ける予定だ。


 六月になり、ジュリアが学舎に復帰した。

「ジュリア良かった、おめでとう。今日から復帰ね」

「ありがとう、またよろしくね」

 ジュリアの髪はまだ伸びていないので帽子をかぶっている。

「その帽子可愛いわ」

 ジュリアのイメージカラーの赤茶色でつばは短め、後ろに大きな白いリボンが付いている。

「ふふーん、七日分あるわよ」

「お金持ちのデイビス商会の娘さんにはかないません」

 四人で笑いあった。

「なんて楽しいんだろう」

 ジュリアがそっとささやいた。その声を三人誰もが聞いた。

「みんなとまた笑いあえるって最高」

「「「本当」」」

 また笑った、目が潤んで仕方がなかった。

 ジュリアの手持ちの帽子が一周して最初の大きな白いリボンが目立つものをかぶって来た日だった。

 昼食後の休み時間、四人で話していると、ジェイコブがやって来た。

「ジェイミーって、マイアの幼馴染なんだよな」

 ジェイコブがマイアに訊く。

「そうよ」

「あいつの弱点教えてくれよ」

「何それ、そんなこと聞いてどうするのよ」

「あいついつも冷静だからさ、一回ギャフンっていう顔を見たくって」

 いたずらっ子のジェイコブらしい発想だ。

「僕のこと呼んだか」

 いつの間に来たのかジェイミーがやって来ていて、ジェイコブの肩に手をかけた。

「何でもないよ」

 と肩の手を振り払った拍子に、そのジェイコブの手がジュリアの帽子のリボンに引っかかった。

「キャッ」

 帽子がジュリアの頭から外れてしまった。まだ短い髪の毛があらわになる。すかさず手で頭を覆うジュリア。ジェイコブの指にリボンが絡まって帽子が宙ぶらりん状態だ。

「ごめん」

「悪い」

 すぐにジェイコブとジェイミーが謝る。私はジェイコブの指に絡まったリボンを外して帽子をつかむ。

 すでにアニーとマイアが立ち上がってジュリアを覆っている。私はその中に入り、帽子をジュリアの頭にかぶせた。

 ジュリアはうずくまったまま。

「保健室へ行きましょう」

 顔を覆ったジュリアを連れて私たちは保健室へ行った。

「どうしたの」

 今日も、おばあ様が保健室に居てくださった。副学舎長と言いながら、学舎に来るとほとんど保健室で過ごしている。

「おばあ様ちょっと、ジュリアをしばらく休ませてください」

「いいわよ、ベッドに横になっていなさい」

 ジュリアがベッドに入るのを見届けると私たちは教室へ戻った。

 ジェイコブとジェイミーが待っていた。

「ごめんなさい」

「すみません」

「反省しなさい」

 その日、午後の授業をジュリアはお休みした。

 翌日、ジュリアが普通に学舎に来てくれた。

「昨日はごめん、取り乱しちゃった」

「ううん、いいわよ。それよりもう大丈夫?」

「みんなに助けられているって改めて思った」

 そこへ突然の乱入者がいた。

「ジュリアさん、ごめんなさい」

 二つの坊主頭が見えた。ジェイコブとジェイミーだ。

 二人そろって頭を刈って来た。それもクリックリの丸坊主になっている。

「……」

 ジュリアも私も声が出ない。二人の坊主の頭が上がらない。

「許してください」

「もういいわ、二人の謝罪は受け取ったわ」

 ジュリアが明るく言った。

 やんちゃ坊主のすることは理解不能です。

 その翌日、クラス全員の男子の頭が坊主になっていた。

 このクラスの男子は一体どうなっているのでしょうか。

「私の頭には疑問符しかありません」

 私がそう言うと、ジュリアもアニーもマイアも大きく頷いた。

 でも、何故だかジュリアの頬が少し朱かった。

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