十二話 セントラル大陸暦一五六二年 夏

 十二歳の夏、いつものようにパール浜にあるジャック叔父様のお城にお邪魔する。ハリーお兄様は王都から帰ってこない。ノアお兄様は九月から王都の学院へ進む準備で忙しくて一緒には来られない。温泉施設の管理をずっとノアお兄様が見ていたので、お父様もその引き継ぎの対応のため領都でお仕事のよう。ただ、ノアお兄様は余裕ができれば、ジャック叔父様やコーキッド伯父様にも挨拶したいと言っていた。多分内陸の王都へ行くとおいしい魚料理が食べられないから、最後に思いっきり食べたいというのが本音なのだろう。

 二人のお兄様とお父様がいなくても、今年の夏休みは何時になく楽しみだった。

 お友達、パール浜の病院長の娘の紫髪のアニーと一緒に過ごすのだ。

 残念なのは、来るはずだった絵の上手い最初に仲良くなったジュリアが、体調が悪くなったので、突然来られなくなった事と夏休みくらい家に帰りなさいと親に言われ、魔石鉱山のある自宅に戻ったマイアと一緒じゃない事。

 アニーとは商店街の入り口で待ち合わせ。

「アニー、久しぶり」

「ナナ、ようこそ、パール浜へ」

 アニーのまぶしいばかりの笑顔。

「よっ!」

「アニーさん、こんにちは」

 ジェイコブとチャーリーが、声をかける。レオは右手の人差し指と中指をちょっとだけ立てて挨拶するだけ。

「お邪魔虫が三匹ほどいるけど我慢してね」

 パール浜では、私には漏れなく三人の従弟たちと護衛の二人が付いてくる。護衛はいつもお世話になっている男女の「ゴ」と「エイ」の二人。アヴァちゃんは、今日はお腹の具合が悪くて、一緒に来られなかった。

 私は、地毛の紫髪を夏休みでも銀色に染めている。アニーは、貴重な存在の紫のままなのが、幾分気になる。地元だから大丈夫なのだろうか。

「私の護衛も大切だけど、今日はお友達のアニーも注意してください」

 私は護衛の二人に、アニーに気付かれないように頼んだ。

「今日は、私たちを守ってくれるっていうから三人を連れて来たのですからね、ちゃんとナイトらしく振舞ってよ」

 私は従弟たちに真面目な眼差しを向けた。

「分かっているよ」

 三人は紫の髪の重要さを分かっているのかしら。

 まあ何もないとは思うけど、今日は楽しもう。

 アクセサリーの店をのぞいて、衣料品店へ入った。今日の目的は明日海で遊ぶための水着を買うこと。

「このワンピースもいいわね、色がカラフルで、スカートのフリフリも可愛い」

「いやいや、ナナは可愛い路線じゃないわ、もっと背伸びするくらいの水着が似合うわ」

 素材は、おばあ様世代は毛糸だったらしいが、今の流行りは木綿と絹でできている。毛糸なんて海に入ったら重くなるのに信じられない。

 私たちが買ったのはお揃いの、なんと、なんと、おへそが少しだけ覗くセパレートタイプの水着。私は銀色でアニーはその水色版で、上衣はキラキラが散りばめられ、下衣は同系色のレース風のスカート付きのデザインで、それは南国風の味わいがして、何とも言えない良さがある。

 アニーの水着を、水色にしたのには訳がある。髪の毛も安全のために水色に染めてもらう為だ。今日は領主館に泊まってもらうつもりなので、納得してもらって、侍女のラナーナに染めて、と頼もうと思っている。


 漁師料理の魚介の串焼きを食べた後、私たちは腹痛で留守番のアヴァちゃんに、お土産を買おうとファンシーグッズ店へ入った。


 可愛い商品が一杯、どれにしようかと選んでいる。男の子たちもアヴァちゃんのためという目的があるとそれなりに楽しめるようだ。

 五人で選んだのは、銀色の髪飾りだった。銀色の糸三本で模様が描かれていて、よく見るとその形は松を表している。

 女性の店主に包装を頼んでいる時だ。

 首筋にチリっと痛みが走った。隣のアニーが崩れ落ちてくるのを私は倒れないように支える。雷魔法が放たれたのだと瞬時に悟った。雷適性のある自分には放電する能力があると聞いた。

 二人の護衛が素早く動き、女性の護衛「エイ」が私たち二人を守る。もう一人の男性の護衛「ゴ」は攻撃した方へ向かう。従弟たちも同じように攻撃した方向へ走る。

「大丈夫ですか、馬車があります。乗ってください」

 男性が四人寄って来る。心配げな顔をしているが、このファンシーグッズ店には相応しくない人種だ。

「必要ありません」

 護衛「エイ」が語気を強めてキッパリと拒否する。「エイ」の気配がすっと重いもの、闘う兆しへと変わっている。

 私は、護衛「エイ」の強い口調と気配に、これは襲撃だった可能性があり、助けを申し出た心配げな男性もグルなのでは、と察した。

「いや、大丈夫ではないでしょう、倒れているじゃないですか」

 護衛の女性「エイ」は私たちの前に彼らを通さない。

 私は冷静に、目前の敵は四人だけと数える。気を失っているアニーをそっと座らせながら壁によりかかせる。

「邪魔だ、何としても病院へ連れて行く」

 男が無理やり私たちのところに来ようとするが、護衛「エイ」は絶対にどかない。

 いきなりその男が剣を抜いて、護衛「エイ」を倒そうとした。

 キーン

 護衛「エイ」も読んでいた。剣を合わせる。

 やはりこの男性たちも敵だ。敵ならば容赦しない。

 幸いこの奥まった角の位置では敵は二方向からしか来られない。一方は護衛が防いだ左手、間にショーケースはさんで、もう一方は右手からだけ、後ろは、女性店主が震えているだけだ。

 私は右手側に仁王立ちして、来ようとする敵に雷魔法をぶっ放した。前の一人が倒れる。後ろの一人も剣を抜いている。すぐ雷魔法で狙い撃った。

 護衛「エイ」の相手と後詰めの二人が逃げ出した。護衛「エイ」は守りに徹していたようだ。

 ようやく、従弟たちが戻ってきた。

「二人倒したが、逃げたやつもいる。外に馬車を二台用意していた」

 私の倒した二人を女性の護衛「エイ」が拘束した。

 従兄弟と男性の護衛「ゴ」が相手をした敵二人はその場で絶命していた。

 店主に警ら隊を呼んで来てもらい、私たちは領主館へ戻った。

 アニーは店主が警ら隊を呼びに行っている間に私が回復魔法を施した。

 私たちは警ら隊に守られて領主館に着くと、お母様と叔母様が待っていた。私はその前でおバカ三人を叱った。

「あなたたちは失格です。一番してはいけないことをしました。分かりますか?」

「だって、攻撃してきた二人倒したよ」

「ダメです。あなたたちの本日の役割は何ですか? ナイトとして私たちを守るのが一番大切な事だったのですよ」

「「「……」」」

「それをあなた方三人は全員だーれも私たちを守らず、攻撃した方にやみくもに突っ込んでいっただけでしょ」

「「「……」」」

「今攻撃している、見える敵だけではないのですよ」

「分からなかったんだ」

「だからダメなのです。

 あなたたちは四対二です。勝って当たり前です。私と女性の護衛「エイ」二人で四人を相手にしたのですよ。本来は守られるべき立場の私がです」

 私は怒りだしたら、止まらなくなった。

「どうすれば良かったのか、反省して、今後どうすべきか、お母様に戦術対策書を提出しなさい」

「はい」

 さすが、チャーリー。しぶしぶ頷く双子の二人。

「ちゃんと提出したら、今度私とアニーが浜辺で遊ぶときに同行を許します。新しい水着は、うーんとすごいんだから」

 お母様と叔母様が顔を見合わせ、困ったわねと言う顔をしている。

 私普通ですよ、やらかしていないはず。


 その晩、お母様に呼ばれました。

「狙われたのはあなたよ。パール浜ではあなたの事はサンダー領の聖女と評判になっていたから」

「そう言えば、聞いたことがあります」

「多分あなたを攫おうと狙っていたんでしょうけど、あなたは今、紫の髪でなく、銀色になっている。ところが一緒にいるアニーは紫、ちょうどいい、二人を攫えば問題ないはずと思ったのではないかしら」

「紫はそこまでして欲しがられるものなのですね」

「何とか対策しなくちゃいけないわね。とにかく、アニーちゃんには今後あなた同様、護衛を付けるわ」

「はい、お願いします。私もアニーには髪を染めるように言います。今晩ラナーナに頼んで水色に染めようと決めていたのですが、このごたごたで明日の予定は全てキャンセルになるでしょうから、明日、アニーの髪を水色に染めます」


 翌日私とアニーはどこへも行かず領主館でアヴァちゃんと過ごし、アニーの髪も水色に染めてもらった。夕飯後、お母様とジャック叔父様に呼ばれた。

「護衛にやられた二人は雷魔法を発生する魔道具の腕輪をはめていた。大した威力ではないがしばらく痙攣させるほどの効果はあるものらしい。捕まえた二人はだんまりだ」

「他に何人いたのでしょうか? 私たちは四人相手し、チャーリー様たちは二人で、他に馬車も用意されていたと聞いています」

「旅館にそれらしき者たちが十二人泊まっていた。しかし昨日の夜に、海から船で出たらしい。追いかけたが、暗闇で見失ったらしい。浜にある常夜灯じゃ、明かりが届かなかった。

 奴ら以外に怪しい者どもはいなかった」

 昨日は新月でそれも曇っていた、星の光もなかった。

「分かったわ。それならもう、ナナたちは明日から普通に街に出ても大丈夫ね」

「ああ、構わない、護衛も増やす」

「よろしくね、チャーリーたちも反省して、ナナ護衛の戦術書をレイとジェイコブ三人で書いてきたわ、後で見せるわ」

「ほお、そうか、ナナにお説教食らった成果が出たな、それは良かった」

「そんな大層な事をしていません」

 私はいささかご立腹な表情をわざとジャック叔父様に見せた。

「明日は浜で遊んでよろしいですか」

「いいよ」

 私はジャック叔父様に淑女の礼をしてから部屋を出ると、アニーの待つ部屋へ急いだ。

「明日は外出できるわよ」

 ドアを開けるなり明るく言った。

「良かった」

 水色の髪に染めたアニー以外にチャーリー、レオ、ジェイコブのサンバカもいた。

「浜辺で遊ぶわよ」

「「「分かりました、閣下」」」

 ――従弟たちは私を何様にしたいの。


 翌日、浜辺へ向かう道すがら、行き交う女性の髪の毛の色が、銀色と紫色の人が異様に多い。今までアニーと私たち家族以外でこの浜で見かけない髪の色が……、何故?

「ナナ様、おはようございます」

 いつも声をかけてくれる商店街のおばさんの髪の毛も銀色。

「おはようございます」

「一昨日は大変だったわね。ナナ様が襲われたって聞いて、大騒ぎしたんだから。どうしたらナナ様に報えるだろうかって、みんなで知恵を絞ったんだよ」

「はい……、で、どうして皆さんの髪の毛の色が……」

 間抜けな声が出た。おばさんは笑顔で答えてくれる。

「そいでね、ナナ様の特徴的な髪の色、今の銀色と前の紫色、町中のきれいな娘がその色に染めりゃ、誰がナナ様か分からなくなるがね、ナナ様がいる間だけでもそうすりゃ、安心してナナ様が過ごせるんじゃないかってことになったの」

「えー、そんな」

 私は恐縮仕切りです。

「いいって、いいって、町中の総意だよ。私だってきれいな娘の一人ってことで銀色さ」

「ありがとうごさいます」

 ただただ有り難かった。私は下げた頭をしばらく上げたまま、鼻をすすりながら歩いた。アニーと手をつないで歩く。


 わずかずつ潮風が香って来る。

「あのおばさんで、きれいな娘ってどうよ」

 ジェイコブがぶつくさ言っているが、無視した。


 浜辺に着くと私たちは上着を脱いで、水着になる。

 お揃いの水着は、うふん、可愛いさ二百パーセント増し増し。

 私たちは顔を合わせ頷くと、砂浜を駆けて、海へ飛び込んだ。

 ぷかぷか浮かびながら手をつなぐ。

「私の髪、水色に染める必要なかったかもね」

「この町の人が本当に好き。この人たちのために頑張る」

 私は誓う。


 海から上がり、チャーリーたちのいるところへ戻ったら、三人の男たちに絡まれていた。

 私たちより若干年上なのか、背が高く日焼けしていかにも浜の少年たちではある。あまり関わりたくもないが、放っても置けない。

「あなたたち、何か御用ですか」

 冷たくかつ強い口調になった。

 振り返った従弟の三人の顔には怯えもなく、呆気に取られているような表情だけが浮かんでいる。

「はあ、どうしたの」

 ジェイコブが素っとん狂な声を出す。

「こんにちは、イーライさん」

 アニーが三人の男に声をかけた。

 ――えっ、どういうことなの。

「アニー、久しぶり」

 中央のひと際背に高い男が、笑顔で答えた。

「お知り合いなのでしょうか」

 ジェイコブが頷きながら答えてくれる。

「ああ、網元の息子のイーライ兄さんだ。二歳年上で僕たちの兄貴分のような人さ」

 恥ずかしい、思わず勘違いしてしまった。華奢な男の子に体格のよい少年が相対していたら、何かあるって思うはず、私の反応が普通……だと思う。

「ナナリーナ様、はじめまして、イーライ・ラッセルと申します。浜で何かあった時はお手伝いします」

 低い声で堂々としていて頼もしそうだ。

 浜のチンピラ扱いしてごめんなさい、と心の中で謝った。

「この二人は私の友人でコナーとジェスです」

 二人がそれぞれ名乗った。三人はいずれも魔力をもたない黒髪だった。

「わたし、日焼けが嫌なので羽織るものをだします」

 アニーはそう言って、チャーリーの脇に置いてあるカバンから羽織るものを出し、ついでに私のも一緒に出してくれた。

「ナナ姉様、イーライが船を出してくれるって。少し沖に出てみようよ」

 チャーリーの目が輝いている。

「日頃の感謝を込めて、船の遊覧の旅をしてもらいたいと思います」

「イーライはすごいんだ、外洋で海の恐竜と闘ったこともあるんだ」

「その時ケガをしまして、ナナリーナ様の紫紺の瞳と金の聖珠のおかげで助かりました。ありがとうございます」

「あの時、病院でナナリーナ様の聖珠がなかったら、イーライさんは右腕がどうなっていたか分からないのです。お父様がそう言っていました。私からも感謝申し上げます」

「そうです、私の身体に紫の光とそれに続いて金の光が降り注がれるのを感じました」

 浜の三人の少年とアニーの感謝の眼差しがまぶしい。みんなそんなに私を持ち上げないで。

「是非、船に乗ってください、お願いします」

 護衛の二人を見ると、仕方がないですと頷いて了解してくれた。

 海水浴の浜辺から数分歩いて、船がたくさん係留されている地域、船着き場にやってきた。

「この船です」

 二本のマストに長方形の帆がすでに張られた、十人ほど乗れる小型帆船だった。

 護衛二人を含めて、十人が乗って、出航した。

 イーライとコナーそしてジェスが帆と船尾の舵を巧みに操る。

 沖に出ると、暑かった空気が少し冷たく感じられ、海の色が深い青になった。

 船が停止した。

「ホーイ」

 ジェイコブが訳の分からない奇声を上げて飛び込む。水しぶきが盛大にあがり、船の中まで入って来そうなほどだ。続けてレオとチャーリーも飛び込んでいく。

「ナナネエもおいでよ。まだ、クラゲもいないから大丈夫だよ」

「クラゲは十五日過ぎないとここら辺には、いないわ。ナナ、一緒に入る?」

 アニーの誘いに一緒に海に足からそっと入った。

「冷たい、浜辺で入るのとまるで違うわ」

「深いせいよ、ここまでくると背が立たないわ」

 私たちは船の回りをしばらく泳いだ。

 先に船に上がっていたチャーリーに手を取ってもらう。

「気持ち良かったわ、イーライ、コナー、ジェスありがとう」

 イーライは普通に「どういたしまして」と返してくれるが、コナーとジェスの目が泳いで、イーライを見てから、こちらを見返し、頭を下げたのだが、何となくおかしな感じがした。

 ――普通に船に乗せてくれたのではないの? 何かを企んでいるの? 疑念が胸に浮かんだ。

「もっと先に行くと海賊がお宝を隠したって島があるんだよ」

「海賊島だろ、今度行ってみるか」

 チャーリーとジェイコブの話に、レオも参加する。

「そうだ、行ってみようか」

 一瞬、場が静まった。私も海賊島に興味があるが、どこにあるのかもわからないし、準備も何もない。

 ドン

 護衛「ゴ」が船底を鞘に入った剣でたたく。

 ダメです。という意思表示のよう。

 船はその後、何事もなく、船着き場に到着した。

「ありがとう、また機会があったらお会いしましょう」

 手を振って別れ、私たちは浜の領主館へ戻った。

 もっと船で遊んでいたそうな従弟たちに、イーライはこの時期の風は読み難いからと帰りを促していた。

 私の違和感は何なのだろうか。イーライたち三人が何かを企んでいるような気がしてならない。


 夕食前のひととき、アニーと部屋でくつろいでいた。

 アニーがポツリと言った。

「初恋だったのよね」

 私は目を瞬いてアニーを見た。

「誰、えー、ひょっとしてイーライなの?」

 頷かれた。

「もちろん今は何とも思っていないわよ……、でも子供のころ、彼のカッコよさにちょっと憧れたのよね」

「イーライに告白したの」

「まさか」

「ひょっとしてイーライもアニーを好きってことがある?」

「それこそまさかよ」

 いや、そうとも言えない。イーライの友人の二人が思わせぶりな素振りを見せたり、従弟たちより私たちを気にかけてくれたり、私と言うよりアニーともっと仲良くなりたかったの? 私の違和感の正体はイーライとアニーが親密になってもらいたいのに、私がお邪魔虫だったみたいだ。

「でもイーライってちょっとかわいそうなの。あの年で海の恐竜と闘うって尋常じゃないの。彼、焦っているの。上のお姉さんと、下の弟が魔力持ちなのに、彼だけ普通なの。網元の長男として、認めてもらおうと必死なの」

「お姉さんと弟さんとはいくつ違いなの」

「お姉さん、イーライ、弟さんともに三歳違いで、イーライが、私たちより二歳上よ」

「生まれた時ちょうど真珠の恩恵が受けられなかった世代なのね」

「網元って言っても、真珠は一セットが精いっぱいよ。お姉さんが使っていた時期だからイーライの分はなかったはず。私たち世代以降の弟さんは養殖真珠ができたから、そのおかげで魔法の適性を持つことができたけどイーライは私たちより年上だから一人だけ何もなしになっちゃったの。だから今日もナナと仲良くなりたかったんだと思う。だから無理して船を借りたんじゃないかな。遊びで船に乗るなんて地元の私だって初めてだもの」

「今日は、アニーじゃなくて私が目当てだったの、そうは思えないけど」

 何となく腑に落ちない気がするが、イーライの立場は理解した。同時に、昼間抱いたイーライへの違和感が再度湧き上がる。

 そんな会話の続きを妨げるようにドアがノックされた。

「ナナ、入るよ」

 ドアを開けて入ってきたのは領都で王都の学院への入学準備と温泉業務の引き継ぎで忙しくて来られるかどうか、分からないと言っていたノアお兄様だ。

 私の気持ちも一瞬入れ替わり、嬉しさがこみ上げる。

「何とか準備も引き継ぎも見込みが付いたのでやって来られたよ。アニーも一緒か。こんにちは」

「ノア様、お邪魔いたしております」

「ノアお兄様、二人のおじ様方にご挨拶は済みまして」

 高ぶった気持ちを抑えるように冷静に問うた。

「ああ、ジャック叔父様とコーキッド伯父様に会ってきたよ。そうだ、お母様とおじい様、おばあ様はグレース伯母様と用事があるから、今日は向こうで泊まるそうだ。それよりナナとアニーは大変だったんだって」

 結局、その後イーライの話は継続できず、モヤモヤが残ってしまった。


 夕飯後、私とノアお兄様、友人のアニー、従弟のチャーリー、アヴァちゃんが食堂に残った。レオとジェイコブの双子は自宅に戻っている。

 チャーリーの先日の武勇伝の話が止まらない。

「最後に僕が水魔法を撃った」

 ポーズを付けるチャーリー。

「敵がのけぞった、そこへ護衛の剣が走る、敵が倒れた。それでめでたしめでたしだったはずなんだけどね」

「どうなったの? 反撃されたの」

「ううん、思わぬところから、お叱りを受けた」

 チャーリーがちょっと、しょんぼりしたふりをする。

「お兄様はね、ナナお姉様から大目玉を食らったの。ナナお姉様を置き去りにしてしまったの。それでね、反省文を書かされたのよ」

「だ・ま・れ」

「ナナをほったらかしにしたのか、じゃ反省文も仕方ないね」

 私は笑うに笑えず、乾いた笑みを浮かべるしかなかった。


 バタバタと廊下を走る音がする。アイラ叔母様が食堂に飛び込んできた。

「みんないるわね。良かった」

「どうしたの、お母様」

 チャーリーが訊く。そこへ使用人が走って来る。

「コーキッド子爵様の双子の二人もご自宅にいることが確認できました」

「じゃ、みんなは船に乗っていないのね」

「お母様、昼間は乗りましたよ。さっき言いましたよね。みんなでイーライさんに乗せてもらったって」

「ええ、それは分かっています。その後、船が戻って来ていないらしいの、網元の息子さん、イーライ君とお友達二人が家にも戻っていない」

「まさか……」

 チャーリーが小さくつぶやいた後、何かを考えている。

「知っているの? どんなことでもいいわ、お話しして」

「確かじゃないんだけど、昼間、海賊島の話をちょっとしたんだ。僕たちを襲った犯人たちが逃げてあの島に隠れているんじゃないかって。

 ごめんなさい、僕たちレオとジェイコブの三人が滅茶苦茶活躍したように話しちゃって、敵をたいしたものじゃないなんて……。

 イーライたちが誤解して、奴らに本当に遭遇したらどうしよう」

 顔色が真っ白に変わっている。

 こんな時は顔って変色するのだ、と妙なところに目がいった。瞬間的に私はイーライたちへの違和感が実体化したことを理解した。彼らの真の狙いは船で逃走した悪者退治。敵は海賊島にいる可能性が一番あると考えたのだろう。そこで船を私の接待と言う名目で無理して借り、それらしき行動をしてから海賊島に向かったのだ。少年らしい正義感ではあるがあまりにも無謀だ。

 どうする、私。

「海賊島に彼らがいるとして、そこから浜に帰るのは難しいのですか」

 ノアお兄様の声は平静である。

「良く分からないので、網元を呼んできます」

「いや、僕たちが行こう」

「応接室にジャック様といらっしゃいます」

「チャーリーとナナ、一緒に行ってくれるか」

「アヴァちゃんはごめんね、アニーと一緒に留守をしっかりお守りしていてね」

 私がアニーに目配せをしてから、アヴァちゃんに笑みを浮かべてお願いすると、はっきりと「はい」と答えてくれた。


 応接室には、ジャック叔父様と日焼けで赤ら顔した四十代の男性がいた。網元のラッセルと名乗った。ノアお兄様が、チャーリーが先ほど言ったことを二人に説明する。

「何をやっていやがるんだあいつらは、まったく、迷惑かけやがって。本当にすみません」

 網元のラッセルがイラ立ちを隠せぬよう口を噛みしめた後、私たちに頭を下げた。

「海賊島は昨日調べつくして、誰もいない事は確認済みだ」

 ジャック叔父様の言葉に、悪漢たちと闘う事だけはないと分かった。

「海賊島からは戻るのが大変なのでしょうか」

 ノアお兄様が訊く。

「昼間なら、目印の岩や小島が見えるから簡単だが、夜は海流のせいで、どこへ行くか分からない。それに今日は新月に近い、星明かりだけじゃ周りの岩や島は見えやしない」

「つまり島から一旦海に出ると、戻るのは難しいということだ。若い彼らが忍耐強く明日の朝まで待ってから戻って来られれば良いのだが、帰ろうと思ったら最後だ、外洋まで達し遭難してしまう可能性が高い」

 ジャック叔父様が非情な内容を付け足す。

「ジャック叔父様、常夜灯がありますよね、あれの明かりの届く範囲に島があるのですか?」

 ノアお兄様がさらに訊く。

「残念だが、島からはまったく見えない」

「夜間の漁は今でもやっているが、団体で行動し、星見のベテランが必ず同行して、迷わないようにしているが、あいつらにはそんな技術はない」

「目標になるモノがあれば夜でも戻って来られますか」

 私は網元のラッセルに訊いた。私の光魔法が頭にあった。

「そうさなあ、昔、浜の商店で大火があった時、夜、漁に出ていたやつが、相当遠くからでも火が見えてあわてて帰ってきたという話は聞いたことがある」

 私は、ジャック叔父様のそばへ寄り、声を少し張った。

「私の光魔法が役に立つかもしれません。大火とはいきませんが」

「ジャック叔父様、現場へ行ってみませんか? ここにいても他にすることはありません。海に行けばいい知恵が浮かぶやしれませんし、彼らがひょっこりと現れるかもしれません。時間を何時までと決めて行ってみましょう」

 ノアお兄様が提案します。

 ジャック叔父様はどうするか考えている。

「ノアの言う通り海辺に行くか、十二時まで海辺で待機しよう。但し、チャーリーは、この領主館を守る役割を与える」

 当事者になり兼ねなかったチャーリーを連れて行くには支障があるかもしれない。

 私の光魔法の効果のほどをどれほど期待したのかは分からないが、ノアお兄様の提案通りとなった。


 船着き場に着くと何人もの人たちが集まっていた。イーライの友人コナーとジェスの家族も含まれているのに違いない。

 私たちから昼間あったことの説明を聞いた若い衆が、

「星見のじい様を乗せて快速船で海賊島へ行ってきます」

 と申し出た。快速船だと今日の風だと三十分ほどで着くそうだ。

「網元、イーライは俺の孫見てえもんだ、必ず助けてくるだよ」

「じい様申し訳ねえ」

 私は光魔法を使うことを快速船に乗る方へ伝えたいとジャック叔父様に申し出た。

「じい様、サンダー侯爵の娘のナナリーナ様だ」

「おお、サンダー領の聖女様、ありがたや、ありがたや」

 もうここまで誤解されたなら仕方がない。やり切ろう。

「おじいさんが海賊島に着くころ、光の魔法で海を照らします。そこの常夜灯のところを光の源とします。今ここでお見せますのでこの光を、新たな星だと思わないで、海からここへの目印にしてください」

 私は空に向けて利き腕でない右手をかざす。知っている人以外の前ではわざと、普通の人と同じように右手で魔法を使う。

 そして聖女のように、わざとらしく適当な詠唱と呪文を唱えた。

「光の女神様、我に力を、光をお与えください、ビーム・オブ・ライト」

 先ずは右手全体を光らせ、その後で一条の光を天に向けて指した。仰々しさの演出はこれくらいやらないと。

「「「「おお」」」」

 あちこちからざわめきが聞こえてくる。

「おお、分かったぞ、あいつらにも見えればいいが」

 そう言い残して快速船が出航した。

「ナナ、やり過ぎ」

 ノアお兄様がつぶやきます。仕方がないこと、ここまで来たら全力を尽くして彼らの助かる可能性を高める。

 光魔法を消しても、感嘆したざわめきが収まらない。それを逃れるようにノアお兄様とジャック叔父様と、それに護衛を連れて常夜灯のある高台に向かう。

 数分で常夜灯の下に着いた。確かにこの常夜灯では、遠くを照らせないし、海側からも近くでないと認識できそうにない。百八十度の眺望が開けているこの場所から強力な光を放てば海にいても、この場所からの光は障害物になる島があるか、よほど遠くなければ見えるはず。

 星を見ながら時が過ぎるのを待つ。

 そろそろ、星見のおじいさんを乗せた快速船が出港して三十分程が経つ。

「もう船が海賊島に着くころだと思うので光魔法を放ちます。叔父様海賊島の方向を教えてください」

「分かった。常夜灯の下に島の方向が描かれている」

「こっちだな」

 ノアお兄様に示された海賊島に向けて左手を突き出し、光の魔法を発動する。中指から光が放たれた。

「無詠唱か」

 ジャック叔父様が若干驚きます。

「相当遠くまで届いているようだね。ここまでとは思わなかった。ナナ、魔力はどのくらいもつのだ」

「一晩でも魔力自体は問題ないです、光の放出は魔力をほとんど使いません。私が眠くなるまでは大丈夫です」

「そうか、なら椅子が必要だな、誰か椅子を持ってこい」

 私は椅子に座らせてもらった。

「ナナは、光がどのくらい届くかテストしてみたことはある?」

「ラナーナと訓練場で百メートルまでは光が届くことを確認しています」

「ナナ、それは光自体が届いたのか、それとも百メートル先からラナーナがナナの光を認識できたのか?」

 ノアお兄様が重ねて訊きます。光を当てられたモノが識別できたのかを知りたいのだと思った。

「お兄様、ラナーナに暗い中で文字を書いた三十センチほどの紙を持って百メートル離れてもらい、私がそこへ光を当てて、ラナーナが識別できた距離です。それ以上の長い直線が訓練場ではとれなかったので確認できませんでした。ラナーナは余裕で見えたと言っていましたからもっと先でも見えると思います」

「今出ている光の発生元は中指だよね、その開始点の大きさは一センチほど、でも先に行くほど光は広がって見えるんだけれど、訓練場の時、百メートル先では光がどれくらい拡散したのだろうか」

「ラナーナは輪の形状になったと言っていましたが何センチなのか聞いていません」

「光が拡散しないようにすればもっと遠くに光は届くはずだよな」

 ノアお兄様が考え込み始めたよう。

「光の発生源からだけでは拡散するしかないです。拡散の反対は集中・集約です。一旦どこかに集める方策を考えてもいいのかも」

「拡散と集中、逆転の発想が必要か」

「ノア、ナナよ、今光が遠くに届く方法を考えているのか」

「ええ、そうです」

「もし、それができたら、海の男たちにとって救世主となるぞ。夜の暗い海から戻って来られない人間が何人もいる。光が見えれば救える命も多いはずだ。ぜひ考えて実現してくれ」

「わ、わ、分かりました」

「ええ、みんなの為になるのでしたら」

 意気込むジャック叔父様にノアお兄様も私も戸惑いながら約束をしていた。

 それから九時の鐘、十時の鐘が鳴り、二時間も過ぎようとしている。

 私は不安な気持ちがこみ上げてくる。片道三十分なら往復で一時間、乗り降りに多少時間がかかるとはいえ、もし島にいるならもう帰って来てもいいはず、遅い、島にとどまらず、海に漂っている可能性が高くなった。

 二時間以上が経ち、十一時の鐘が鳴ろうかいう時に、海辺から声が聞こえてきた。私は光を放出していない方の手から光を出して、船着き場あたりを照らした。

「両手で……できるのか……、そんな馬鹿な」

 ジャック叔父様の声を無視して海辺を凝視する。

 何人もが動いている、こちらに手を振っている者もいる。私たちが昼間乗せてもらった船が係留されようとしている。

「船が戻ってきました」

 私は思わず、椅子から立ち上がって大声をあげていた。

 松明を持った人がこちらに向かってくる。

「今、人が来る、それまで待とう」

 息せき切って若い男性が駆けよって来る。

「帰ってきました。三人とも無事です」

 私たちは足元を光魔法で照らしながら船着き場へと急いだ。

 イーライが二人の女性に抱かれているのが見える。母と姉だろう。コナー、ジェスも家族に付き添われているようだ。快速船に乗った人たちも戻っている。

 私たち三人が着くと、網元のラッセルが、イーライ、コナー、ジェスの三人を私達の前に連れてきた。

 不貞腐れた態度ではない、自分たちのしたことを恥じるように視線を下に落としている。

「謝るんだ」

「どうもすみませんでした」

 三人が頭をこれ以上低くなるのかと思えるほど低く下げた。

 私は前に進み、イーライの前に立つ。

「頭を上げなさい」

 私より頭一つ分背の高いイーライは、寄った眉が微かに揺れ動き、唇を結びなんとも情けなさそうだ。

「膝を着きなさい」

 パチン。

 私は、イーライの右頬を叩いた。

「あなたの行ったことは蛮勇です。思慮も分別もない、単なる思い付きだけの行動です。お分かりですか」

 強い口調で叱る。

「状況判断が全くできていません。相手の情報を知ろうとしましたか」

 イーライの頭が下がる。

「考えのないむこうみずな行いです」

「申し訳ございません」

 イーライが絞り出すように口を開いた。

「情報の重要性を学びなさい、自分の行動には裏付けとなる情報と知識が必要です。それがあなたには全く足りません」

 周りも静かなままだ。

「あなたは、九月からサンダー領の専修科で学びなさい。命令です。本当の勇気あるもの、大勇あるものと呼ばれるようになりなさい、それがあなたの使命です」

 私は回れ右をして、すたすたと領主館へと帰った。

 ――後の事は知りません。よいように、大人たちが対処するでしょう。


 翌日ノアお兄様が私の部屋に入ってきた。

「やっぱり、イーライたち三人は海賊島から出ていたらしい。快速船が着いた時には誰もいなかった。そこで星見のじい様たちは、島を離れ、潮流に船を任せながら明かりをつけながら島周辺をたむろしていたそうだ。と言うのもナナの光が島からでも、島を離れても見えたらしい。ひょっとするとイーライたちもあの光を頼りにするんじゃないかと。

 目論見通りしばらくすると小さな燈明を付けた船、三人の船が近づいてきたそうだよ。三人は息絶え絶えだったそうだ。彼らの船に快速船から何人かが移り、戻って来られた。

 イーライが言うには、海賊島を出て全く浜に戻れなくなり、見当違いの方向に来ているのが分かって、体力もつきかけ、もう駄目だと思った時に、光が見えたそうだよ。

 直感的にナナの光だと思った。以前病院でケガした時の治療で感じた光と同じだと。

 それでみんなを励まし、光の元へ向かって、どうにか快速船に見つけてもらったそうだ。

 戻って来て、光を出してくれているのが本当にナナだった、と分かって、心がふるえたってさ。

 ただ、三人は島から出ちゃいけないのに過信しちゃったんだろうね。この行為も蛮勇だね」

 いたずらっ子のような笑みを浮かべるノアお兄様だった。



 八月下旬、ノアお兄様が王都へ旅立つ日の前日の送別の儀にお父様からノアお兄様に贈り物があった。

「ノア、前に」

「はい、父上」

「刀匠と汝が鍛えし剣に、私とじい様の魔力を込めた。受取れ」

 ――銅の魔法でノアお兄様は剣を鍛えていたことをはじめて知った。私の知らないところで頑張っているのだ。

 ノアお兄様が、さらに一歩、二歩と前に出て剣を押し頂いた。当家の家紋の入った銀の鞘に銀の柄、サンダー侯爵一族が持つにふさわしいものだった。

「ノアこちらへ来て」

 お父様の隣にいるお母様がノアお兄様を呼んだ。

「剣の根元にこの銀の聖珠をはめなさい」

 その聖珠は、つい先日聖珠化して、真珠と交換した私のネックレスから外されたものだった。ノアお兄様の剣にはめるとお母様にあらかじめ聞かされていた。

 ノアお兄様が持つ剣の根元には蓋の付いた穴が開いている。ノアお兄様がお母様から聖珠を受取り、穴にはめると蓋をした。

「柄に魔力を流し、抜いてみよ」

「はい」

 頷いて、ノアお兄様が魔力を込め鞘から剣を抜く。

 私の目に抜き身の剣から銀の魔力がほとばしるのが見えた。

 まばゆい光が剣から放たれる。

「ナナの銀の聖珠よ。これでこの剣はあなたの父と祖父と、妹ナナの銀の魔力のこもった雷聖剣となったのよ。大切にしなさい」

「これに念を込め呪文を唱えると銀の魔法、強力な雷魔法が使える」

「ありがとうございます」

「ノアなら、慣れれば呪文なしでも制御できるはずよ」

「精進します」

 私は剣を見て思った。アニーと私を襲った賊が、雷魔法を発生する魔道具の腕輪を持っていたことを。雷聖剣はその上位に位置するものではないかと。


 翌日、ノアお兄様は王都へ向けて笑顔で旅立って行った。


 九月、私の指示通りに専修科にイーライが入学した。

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