八話 セントラル大陸暦一五六一年 秋 一/二
十一歳の九月、私はサンダー侯爵領立学舎に入学する。
爵位をお父様に譲ったおじい様が学舎長で、おばあ様が副学舎長。
お母様から、
「領内で魔力持ちの子供たちは、貴重でかつ教えられる人も少ないのでこの学舎で一括して教えるのよ。通えない子は学舎内に寮が併設されているしね、それも無料よ。王都にも他の領地にも魔力持ちは少ないけれど、サンダー侯爵領は魔力持ちがとても多いの」
と説明された。
学舎卒業後、さらに専修科が三年。こちらは入学選考があり、魔法が使えなくても、学問と実技に秀でていれば入学可能という。ただし魔法を使える者は基本的には王都の学院への入学が推奨されているため、学舎の卒業生は数人を除いて、ここの専修科へは進まないらしい。さらに、侯爵の子弟は王都の学院への入学が定められているのでここの専修科にはいきたくてもいけないみたいだ。
ハリーお兄様が以前「自分たちは、
十一歳と同じ年の従弟のチャーリー、レオ、ジェイコブの三人も学舎に入学する。彼らは寮に入らず、我が家に居候して通うことになった。
やんちゃ坊主三人の相手は。う~ん、疲れる。ヒチャヒチャと、用事もないのにうろうろ動き回る。立っているものがあればすぐに登ろうとする。棒があれば必ず振り回してみる。どうして同い年なのに男の子は幼いのかしら。兄たちとは全く違うから不思議。
私の髪の色が紫から変わったと驚いていた。
「魔力が発動したら、サンダー侯爵家らしく銀色に変わったのよ」
と言うと、納得していた。子供から大人になるに従い、髪の毛の色が変わる人が珍しくないので、隠したい私にとっては、ありがたい。銀色も相当珍しいが攻撃力が強いと有名なので、ちょっかいを出してくる人はいないだろう。
講堂で、入学式が始まった。その年で十一歳の一月から十二月生まれの六十八人が生年月日順に並ぶ。平等を標榜する学舎では生年月日を出席順番とする。
学舎長のおじい様の挨拶、来賓のお父様のサンダー侯爵、児童会長のノアお兄様の挨拶の後、新入生代表の挨拶はなく、司会進行の先生の合図で、全員が
「よろしくお願いします」
と言っただけだった。もちろん式に臨む前に全員で言うのよ、と教えられていた。
私は学年ごとの生徒数がいびつなことに気が付いた。最上級の三年生が三十八人、二年生が三十六人、そして今年の新入生が六十八人と他の学年と比べて倍ほどの人数はあまりにもおかしい。
不思議だなあと思いながら、椅子に座って在校生の校歌を聞いていた。式はそれでお開きとなり、在校生と父兄が講堂から退出した。後に残ったのは、学舎長のおじい様、副学舎長のおばあ様、来賓のサンダー侯爵夫妻であるお父様とお母様と、四人の教師、そして私たち新入生だけとなった。
新入生たちは、ざわめきだした。私もそうだが、教室に行くと思っていた。
「静まれ」
教師の一人が声を上げ、睥睨する。
生徒たちから一瞬で声がなくなった。
「私たちは魔法の教師だ。右から、水魔法のアイリス・バートン先生、風魔法のフェリシティ・ハミルトン先生、火魔法のローワン・ハンプシャー先生、そして私が土魔法を担当するソニー・サットンだ。今から侯爵様から重要な話がある。よーく、聞くように」
お父様が来賓席から立ち上がり再度壇上に立つ。
厳しい目つきで新入生六十八人を見渡す。
「今から重要な魔法についての秘密を話す。極秘の内容だ、今から聞くことは、決して人には漏らしてはならない。もし、この約束を守る自信のない者はここから立ち去れ、学舎からも立ち去れ。出て行く者の罪は問わない。残ったもので、約束を破った者には相応の罰を与える。三分の猶予を与える」
――お父様、十一歳の子供にその決断は出来ません。残るしかないですよ。
誰も何も言わない、誰も立ち去らない三分が過ぎた。
「よし、全員残ったな、ではこの約束を魔法契約とする」
お父様が剣を抜き、天にかざす。
「(サンダー)プロミス」
プロミスと言う言葉だけが聞こえたが、その前に小さくサンダーと唱えていたのを私には分かった。プロミスって約束の魔法? 契約魔法? そんな魔法があるなんて聞いたことがない。
頭上でピカピカと光る。多分雷魔法を小さく、ほんの小さく発動しているのだろう。銀色の光が私たちを包んだ。
「これで魔法の契約が発動した。今から言う秘密を話せばその話した内容によって罰が与えられる」
厳かなお父様の声。銀色の光はまだ消えない、荘厳な雰囲気。
「魔法は神からの贈り物、しかし、それは貴族や一部の特権階級だけのものではない。君たちは覚えているだろうか。五歳の誕生日の翌日外した真珠のネックレスを」
そこでお父様はみんなの顔を確認するように見まわした。
新入生の何人かが頷いている。
「誕生から五歳まで真珠のネックレスをすれば、金、銀、銅、紫の希少魔法を除いて、誰もが基本四魔法、火、水、風、土の適性を与えられる」
お父様は一旦言葉を切る。
「これが真実だ」
お父様がみんなの反応を見ているかのよう。
私は五歳の誕生日を思い出した。翌朝、胎内夢を話し、ネックレスを外され、再度新たなネックレスを着けてもらった。
「もう一度言う、誕生から五歳まで真珠のネックレスをすれば、基本四魔法の適性は全員が得ることができる。そして適性を得たもの全員が本学舎で学ぶ」
周りの空気が変わる。お父様の話した言葉を咀嚼しようとしているかのよう。
――胎内夢と魔法適性の件は話していない、何故だろう。
「今まで色付きの真珠のネックレスは数が少なく、貴重品で高価だった。持っている人は限られていた。在校生の二年生、三年生は三十数人しかいない、他の領地に比べればそれでも多いはずだ。何故ならここが真珠の産地だからだ。しかし君たちは六十八人もいる。多くなったのには理由がある。それは……」
一旦言葉を止めるお父様。
「君たちが生まれる前年の秋、真珠の養殖技術が我がサンダー領内で成功したからだ。君たちは選ばれたのだ。調査をして次の年に子が生まれる七十家に我々は、新たなる真珠を提供した。今までの真珠を着けられる家族にも会ったが、全種類は揃っていない家がほとんどだ、足りない色の真珠、欠けた真珠、傷付いた真珠、色の薄い真珠、いびつな真珠が予想以上に多かった。真なる球体の真珠は、より優秀な魔法適性を授ける。この事が秘密の内容だ。決して話してはならない」
「分かったか」
「はい」
私は条件反射のように瞬時に答えた。
「みんなは」
「「「「~「「「「「はい」」」」~」」」」」
全員の声が揃った。
お父様、お母様、おじい様、おばあ様が満足そうな笑顔を浮かべていた。
お屋敷に帰ってからお母様に
「真珠を七十家に渡したのに、六十八人って、どうして」
と訊くと、
「一人は王都へ赴任した親と一緒に行って、一人は病気で亡くなったの」
と答えらえた。
真珠は人の命までは守ってくれない。
「ナナはラッキーだったのよ、生まれた時、ハリーが四歳、ノアが二歳でしょ。二人とも五歳未満で真珠のネックレスをしていたから、ナナ用には真珠が一つもなかったの、でもその前年に、養殖真珠が出来たから、すぐに銀、銅、赤、水色、緑、茶の六色の真珠をいただいたのよ、金、紫、黒は出来ていなかったけど、上のハリーは一月生まれで四歳と六か月だったから、その時には既に適性のある真珠は色が変わっていたのに、金、紫、黒は全く変わってなかったの、だからそれを外してナナ用のネックレスに着けて、全色を揃えられたのよ」
――私はとても幸運だったのだ。
それからお母様は若干、声を潜めた。
「でもね……ノアが生まれた時、金と銀と紫はなかったの。銀の侯爵と言われても銀の真珠自体貴重で当家でも一珠だけ、サンダー領でも五珠、五家しか保有していないの。養殖真珠もまだできてなくてね。だからノアには申し訳なくって、五歳の時、ごめんなさいって言ったわ。ノアは、首を横に振って、そんなことないって、もしあったとしても色が変わったとは限らないからとまで言ってくれた。とっても優しい子よ」
何だか知らないけど、涙が流れちゃった。
その後で、疑問だったことを訊いた。
「胎内夢のお話をお父様はなさいませんでしたが、どうしてでしょう」
「それはね、よく分かってないからなの」
書籍の『魔法の基本』にも不明点が多いと書かれていた。
「ナナは胎内夢の内容と真珠の内容が一致したから問題はなかったけれど、一致しなくても適性のある子もいるし、ダメな子もいるの。希少魔法だけは一致しないと発動しないとか言われているけれど、調査が行き届かないのよ。胎内夢と魔法適性のことは話したがらないから」
みなさん秘密がお好きなよう。
「今年の子たちは養殖真珠で基本四魔法の全適性が確認できたけれど、胎内夢は聞き取れなかったの。もし胎内夢と真珠の適性が不一致の子がいても、自分は適性がないと思いこまないようにしたかったのよ」
不一致の子がいても魔法が使えたらいいのに、と思う。
「話さなければ、真珠の適性があったから魔法を使えるはずと思い込めるでしょ。話すと疑心暗鬼になり、適性があっても魔法を使えなればもったいないから」
「分かりました」
私は納得した。それともう一つ気になったことがある。
「お父様がかけた契約の魔法、約束を破って秘密をもらすとどうなるのですか? そもそもそんな魔法なんてあるのでしょうか? 単なる雷魔法を厳かに見せただけじゃないのですか?」
「その通りよ。そんな便利な契約の魔法なんてないわよ、あれくらい派手な演出をすると、絶対に秘密を守ってくれるじゃない。でもナナには効かなかったみたいね。みんなには言わないでね」
両親の意外な一面を知った。
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