六話 セントラル大陸暦一五六〇年 夏

 わたしは、誕生日がきて十歳になりました。十四歳になったハリーお兄様は九月になれば、王都のセントラル学院へ入学します。寄宿舎に入るので、ずっと一緒ではなくなります。先日、王都へ修学旅行を兼ねて学院への入学前の学力試験と魔力検査に行って、一昨日帰ってきたばかりです。ノアお兄様は我が家の隣の学舎に通っています。一年生を終え、魔法がとても上達したと聞きました。十一歳になれば魔法を習えます、わたしも早く魔法を使ってみたい。

 魔法の前に十歳からは良家の子女の嗜みの一つとしてわたしは護身術を学ばなければならないそうです。

 何かあった時、わたしだってせめて一泡吹かせてみたいもの、興味があります。


 朝食後、護身術を侍女のラナーナから教わります。

「毎朝、行っている動の鍛錬が護身術にも生かされるのですよ」

 どっしりとした構え、ゆったりとした柔らかい動きから、一転して相手の逆を取る鋭い動き。そして受け身。

「先ずは受け身です」

 見本を教えられ、実際に行ってみてから、投げられた、繰り返し投げられました。

「受け身でも体勢が完全に崩れないのは鍛錬のおかげなのですね」

「ナナ様は、筋がよろしゅうございますよ」

 うんうんと頷きながら口角を三日月にして微笑まれます。

「十一歳になって魔法が使えるようになっても、魔法だけに頼っていてはいけません。遠距離ではなく近距離での対応が必要ですし、気を読むことは魔法を使用するうえでも必要な事です」

 新たに相手の姿勢と呼吸から気の流れを読むことを習います。

「相手と呼吸を合わせてみることも訓練になりますよ」

「呼吸のリズムが変わる時が要注意です」

「これが殺気です」

 何か一瞬で変わった気がします。でも、まだよく分かりません。

「これが待ち受けの気です」

 静なのか動なのかが分からないような状態だけと、わたしには、はっきりとつかめないです。

「他にも邪気、機の高まり、誘い、本当の隙、殺気を消した状態など、たくさんありますから、少しずつ学んでいきましょうね。ナナ様は女性ですので落ち着いて臨機応変にその場で使えるものがあれば何でも利用して、相手の気を読んで一瞬の隙を突いて逃げるのが最良ですよ」

 ――護身術とは言え、武道の一端、奥が深そうです。


「ナナ、川原に遊びに行くよ」

 ノアお兄様が呼んでいます。

 わたしは、読んでいたご本を閉じて、窓から乗り出して外を見ます。お兄様二人のほかにお友達が六人います。グリーンとピンク髪のお姉様方、ソフィアとエミリーは髪の毛とお揃いの夏らしい薄手のワンピースを着ています。それにハリーお兄様といつも一緒の少年、ジャスパーとアーロン。ノアお兄様のお友達の、ガブリエルとドミニクの二人もいます。

「ハーイ、今行きます」

 振り返って、侍女のラナーナに

「お兄様方と川へ遊びに行きます」

 とことわって、出かけます。もちろん二人の護衛とラナーナも目立たないように付いて来ます。護衛の名前は男性が「ゴ」女性が「エイ」。わたしが幼くて言葉がままならなかったので二人は簡単に呼べるようにそう名乗ったようです。それが今でも続いていて、二人を呼ぶときは「護衛」と命令口調になってしまいます。


 お屋敷を出て歩けどなかなかお兄様方が止まってくれません。いつもの場所は遊び尽くしたから今日は違うところへ行くよ、と言われ、遠くの川原、それも向こう岸まで連れて行かれました。

 こんなに歩かされるなんて聞いていません。

 わたしは疲れたという意思表示、大きな石にしばらく座っていました。本当はそれほど疲れていませんが、歩いた割には代わり映えのしない風景、帰りもあの距離かと思うと、うんざりします。

 お姉様方二人が水辺で遊んでいる声が聞こえます。わたしは、お子様ではないので下着になって、水と戯れるような真似はもう致しません。

 立ち上がって、水辺へと近づきました。

「水、温かいわね」

 お姉様方が浅瀬に足を浸しています。

 手に取る水が心なしか温かく感じられます。夏の暑さに水も熱せられているのかもしれません。

 先ほどまで水の中にいたお兄様たちは、今は、道と川原の境目あたりで何かしているようです。

「ハリー様は何をしていらっしゃるのでしょうか?」

 ピンクのワンピースを着たエミリーはハリーお兄様が気になるようです。

「気になるようなら、見に行けば」

 ソフィアは気にならないようです。

「でも……」

 と言いながら、チラチラわたしを見ます。何かわたしにして欲しいことがあるのでしょうか? 考えます。

「ノアお兄様が確か、ここで新しく覚えた土魔法を披露してくれると仰っていましたわ」

「では見に行かれた方がよろしいですわね」

 待っていました、とばかりにエミリーが応えます。この態度で気が付きました。向こうに行くきっかけが欲しかったのですね。

 お兄様方のいる方へ岩場と砂場を歩きます。川とは少し離れた場所にみんながいます。何かを探しているようです。

「どうしたのですか」

「ノアがこの辺りで海のにおいがする、と言い出したんだ。それに温かい砂を感じると。『土』の魔法感覚が告げるらしい。それに私も磁場の揺らぎを感じるんだ」

「お兄様、どうもここが一番海のにおいと温かい砂の感触がある」

 ノアお兄様のいる場所へとハリーお兄様が向かう。

「揺らぎがはっきり感じられるぞ、ちょっとみんなで掘ってみよう」

「砂利と石を取り除くぞ」

 こぶしを握り締めたのは力自慢のハリーお兄様のお友達、アーロン。

「そこを私の土魔法で掘り起こしてみます。ナナに見せてあげる約束をしていたから」

 わたしを見て頷くノアお兄様。

 自信がありそうです。

 目標地点からみんなをさがらせて、ノアお兄様が手を広げます。魔力を溜め込んでいるようです。小声で何かつぶやいています。手を地面に付けました。

「~~~~アップ!」

 最初の方の言葉は聞き取れませんでしたが、最後の叫び声と共に光がノアお兄様の手から放たれます、魔法が発動したようです。

 ゴボゴボゴボゴボ!

 地面が揺れ、そして割れていき、驚くくらいの音と砂煙が舞います。大きな魔法が放たれたのでしょうか。

 砂煙が落ち着くと大きな穴が開いているみたいです。海のにおい? 潮のにおい?

 大きな穴を覗くと、ノアお兄様が魔法を発動したところを頂点にした三角形をしており向こう端までが五メートルほどで、深さも五メートルほどありそうです。底は濡れているように見えます。湯気らしきものも出ているのではないでしょうか?

「ノアお兄様、すごいです。すごい魔法の威力です」

 ノアお兄様ははにかんだ表情を見せますが、力が尽きたのか幾分ヘナっとしています。

「私が下に見に行く」

 ハリーお兄様が下へ降りていきます。お兄様の護衛の一人も付いていきます。

 最下部に水が溜まりだしました。お兄さんが触ります。

「お湯だ。これは温泉だ」

 お兄様は王都のそばにある秘宝と言われる温泉に入った、とこの前、自慢していたことを思い出しました。

 お兄様のお友達アーロンとジャスパーも下に降ります。

 ノアお兄様は疲れた様子で、二人のお友達と見守っています。

「熱い、お湯だ、温泉だ。もっと掘ろう」

 護衛が二本持っていたシャベルの一本をハリーお兄様に渡し掘り始めました。お友達も上に残っている護衛から借りてきたシャベルで掘っています。

「ダメだ、熱い、お湯が熱すぎるわ」

 四人は戻ってきました。

「もっと川に近ければ、水を入れて冷ますことが出来るのだが」

「水魔法で水を足せばいいじゃない」

 ジャスパーの自問に、エミリーが答えます。

「いや私たちが今利用するだけの問題ではないぞ、これは。色んなこと、例えば医療や観光に利用できる」

 ハリーお兄様が珍しく興奮しています。

 とんでもないものをお兄様方は発見してしまったようです。


 そのあとわたしたちは急いでお屋敷へ戻り、お父様に報告しました。

 侯爵領の事業として開発していくようです。

 わたしは、入ったことのない温泉に早く入ってみたい。


 八月になりました。今年の夏は、お兄様二人はお父様と一緒に温泉開発事業のお手伝いをするようで、海には行きません。おじい様すらも現場で働くようです。

「経験と魔法の力は誰にも負けん」

 意気揚々と毎朝川原へ、二人のお兄様と向かっています。

 温泉は民間資本を導入し、大手のデイビス商会と組んで行うそうです。

 お母様とおばあ様の三人でジャック叔父様の海の見えるお城へ行きました。

 今年のお城でのお出迎えはジャック叔父様、アイラ叔母様とチャーリー、アヴァちゃん家族とそれ以外の人たちがいます。コーキッド子爵様夫妻と次男・三男の双子の兄弟です。子爵様のご長男様とご長女様は王都にいるようです。グレース夫人はお父様のお姉様です。旦那様のミッキー様はグレース様と二人で真珠の研究をし、最近、養殖に世界で初めて成功して、未来の真珠王、真珠の女王様と呼ばれる事は間違いないわよとお母様が言っていました。養殖物はまだ一般には流通していないようですが、天然の真珠は当地の名産です。

 わたしにあてがわれた部屋で着替えた後、子供部屋に行きました。

「お姉様、遊びましょう」

「お前、剣は使えるのか」

 アヴァちゃんの言葉にかぶせてきたのは双子の弟ジェイコブの方でしょうか? でもお前はないでしょう。

「アヴァちゃん、何して遊びましょう」

 無礼な人は無視します。

「チェ」

 舌打ちは言語道断ですよ。

「ちゃんとナナリーナ様とお呼びしないとダメだよ」

 チャーリーはさすがです。

「ナナリーナ様、僕たちと剣で手合わせしてもらえませんか?」

 双子のお兄様、銀髪のレオが手に紙で出来た剣を持って丁寧に聞いてくれます。髪の毛と顔、身なりはそっくりなのに性格はそうでもないようですね。グレース伯母様、どんな教育をしているのでしょうか?

「剣は未だ習っていませんが、そうですね」

 そこでわたしは一旦考えます。目の訓練は動体視力が良くなり武道の為になるとノアお兄様が言っていたように記憶します。

「鍛え方なら知っていますよ」

「なら、教えてくれよ」

 食いつきの早いジェイコブです。

 『負けるが勝ち』を教えます。

 男の子三人は嬉々としてやり始めます。

「勝ってるじゃん」

 ――ジェイコブ君、はまりましたね。

 そうです、この遊びのポイントは、ジャンケンでは勝つ癖がついていて、負けを出すのが難しいのです。さらに両手で異なる種類を同時に出されると、右手と左手が逆になったり勝ってしまっていたりするのです。

 三人の男の子の中では真っ先にジェイコブに相手をさせられました。何度やっても開発者のわたしが間違うわけはありません。チャーリー、レオが相手でも同じです。

 両手をパーの状態から徐々に胸の間で交差させ、頭の上でくるりと回して、右手でグーを作り右耳あたりで止め、左手でチョキを作り左耳あたりで止める、名付けて『必殺クロスロック』を出すと最初は誰も対応できません。右手を左側に出し、左手を交差させて右側へ、その上ジャンケンも負けるなんて、脳内パニックを起こしますよね。

 ウチでは一番うまいのがハリーお兄様でした。大人の兵士の人たち相手にも正確で、素早い動きをしていました。

 アヴァちゃんとも楽しくお遊びをしました。

 翌日からどういうわけか、同じ年のレオ、ジェイコブからも『ナナお姉様』と呼ばれたのはどうしてでしょうか?


 浜辺に遊びに出かけると行き交う人に「ナナ様、ありがとうございます」と、お礼を言われます。聖珠のおかげのようです。わたしにとっては嬉しいような、恥ずかしいような気持ちです。


 十歳の夏は穏やかに過ごせました。

                       第一章「完」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る