四話 セントラル大陸暦一五五八年 秋
セミの鳴き声が収まり、虫の声が目立つようになりました。
「ナナ、お兄様が魔法の訓練をするので見に行こう」
ノアお兄様が、十二歳で魔法の使えるハリーお兄様の練習に連れて行ってくれるようです。ハリーお兄様は去年の九月からわたしたちの住む館の隣にある学校『サンダー侯爵領立学舎』に通っていて魔法を学んでいます。
わたしも昨年の海での出来事、傷んだ人が大勢いる部屋の中で魔法がたくさんいき交っていたのを知っていますが、実際にこの目できちんと見たわけではありませんので、魔法の見られる機会を逃す手はありません。
わたしはノアお兄様とハリーお兄様の後をついて、少し離れた空き地に行きました。
一面の青空ではなく、雲が出ています。風はそれほど吹いてはいません。空気は乾いていないようで、湿り気を幾分帯びています。
「ここが我が家の魔法の訓練場だよ。向こうに壁があるから、ここでどんなに大きな魔法を使っても大丈夫なんだよ」
確かに茶色の高い壁が見えます。
「二人は、少し離れていて」
ハリーお兄様から十メートルほど後ろに距離をおきます。
「水の魔法」
ハリーお兄様が大きな声でそう言うと、右手を出して集中します。魔力の光が強くなります。右手の方に水色の光が見えたとたん、水が一気に噴き出しました。
「水だ、水が出てきている」
ノアお兄様のつぶやく声に、自分がびっくりしていたのを感じます。口が開いていました。
しばらくすると水が止まりました。
「十秒ほどだったか」
ハリーお兄様が振り返ります。
「すごいです、ハリーお兄様。十秒より長く感じられました」
魔法を初めて実感しています。何かむず痒い感じがします、多分できない自分がもどかしいのでしょうか。
「次は僕が数を数え、時間計測してみます」
ノアお兄様はわたしよりは冷静なようです。二歳差は大きいのでしょうか、わたしは唾を飲みます、まだ、落ち着いていないようです。
「よし、次は火の魔法だ」
ハリーお兄様が前に向き直り、集中します。
今度は右手が赤く光ったとたん真っ赤な炎が横にまっすぐ伸びていきます。
「一、二、三、四、五、六、七、八、九、十」
ノアお兄様が十を数えると、炎が収まります。
「ほぼ十秒だな」
ハリーお兄様の振り返る顔が満足そうです。
わたしは手を思いっきり叩き拍手します。
「二十メートル以上伸びていました」
ノアお兄様の言葉に、うんうんと頷くハリーお兄様。
「次は風だ、二十メートルほど先に的を立ててくるよ」
ハリーお兄様は、後ろの小屋へ行き、スタンド付きの風車をもってきました。
先ほどと同じようにハリーお兄様が集中すると、今度は緑の光と共に風車が勢いよく回ります。
水、火、風の魔法を初めて間近に見ました。大きな息をわたしは吐きました。鼻から息を吸ってゆっくりと口から息を吐きます。
ようやくですが、落ち着いてきたようです。
「他に何ができるのですか」
「土魔法はまだ十分じゃないから、今日はよそう、でも最後に雷の魔法に挑戦してみるよ」
「見てみたい」
ノアお兄様の声が上ずっています。相当サンダー侯爵家の秘宝と呼ばれている雷の魔法に憧れがあるようですね。
ハリーお兄様が先ほどと異なり、両手を広げました。集中する時間が長くなくなっているようです。
心なしか風が強くなってきました。雲も垂れこめています。
ハリーお兄様の右手が上がります。少しずつ下げてきて肩までで止めると、キラキラした銀色の光がまとわり始めました。徐々に発光しだします。その発光が強くなりはじめ、いきなりです。
一条のまばゆい光がお兄様から発せられ向こうの壁に当たりました。
「すごい」
ノアお兄様が隣で息をのむようにしながらもつぶやきます。わたしは言葉すら出ません。
ハリーお兄様がゆっくりと倒れていきます。
「「お兄様」」
わたしとノアお兄様がハリーお兄様の元に駆けつけます。
ピクリとも動きません。
「すぐお母様を呼んでくる」
ノアお兄様がかけていきます。
――お願います、ハリーお兄様をお助け下さい、神様、女神様お願います。
ハリーお兄様の手を握り、一生懸命お願いします。
暫くすると、ハリーお兄様の声がします。
「魔力が……」
「お兄様、お兄様」
一旦ハリーお兄様の目が開いたようです。でも、すぐに目がまた閉じられます。
――お願います、ハリーお兄様をお助け下さい、神様、女神様お願います。
再度願います、そして声に出して呼びかけてみます。
「お兄様、お兄様」
しばらくするとまたお兄様の声。
「このまましばらく休めば回復する」
わたしはハリーお兄様の手のひらに自分の手を合わせて、ずっとハリーお兄様をお助け下さい、とお願いしていました。
どれくらい経ったでしょうか、お母様とノアお兄様が戻ってきました。
「魔力がカラになったのね、まったくどれだけ大きな魔法をつかったの」
お母様の声は冷静です。
「すみません、雷魔法をぶっ放しました」
ハリーお兄様はもう話すほど回復していました。
「あきれた、で、歩ける?」
「はい、大丈夫です」
少しだけ、安心しました。
「良かった、お兄様が死んだかと思った」
ノアお兄様も心配よりも安堵の口調でした。
ハリーお兄様は、すくっと立ち上がりました。まったく普通の状態で、歩きます。
なんという回復力なのでしょうか、今まで死んだようになっていたのがウソのようです。
ハリーお兄様は、そのまま誰の助けも借りず、心配するわたしと何事もなかったかのように平然としたお母様の前をノアお兄様と並んで、いつも以上に元気な足取りで住まいまで戻りました。
その日の夕飯後、お兄様はしっかりとお父様に怒られていました。
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