わたしのためにいろいろ考えてくれるから

 静かになった作業場で、エコーはステラにたずねた。


「どう? やってみたら意外と面白いんじゃない?」

「はい! 楽しいです!」


 これで少しは興味を持ってもらえたかと、探り探りのエコー。

「工房で扱うゴーレムも、大きいだけで基本は同じなのよ。見た目はちがっても、同じ仕組みで動いているの」


「そーなんですか」


「そうよ。

 大きなゴーレムでも、いいえ、大きなゴーレムだからこそ、壊れたのを直して動いたときはうれしいし、愛着も湧くと思うんだけどな……」


 いい流れだ。

 いい流れではなかろうか。

 ステラが口を開けて中空を見つめているのは、きっとエコーのことばに何らかの感銘を受けたがゆえにちがいない……のでは?


 ところが、その眉が作ったのはハの字。

「えぇー……。やっぱり、かわいくないです……」


 そりゃまあね。





(うー……ん)


 しばし考え込んで、路線を変更する。


「あなたの見たゴーレムを、誰が作ったのか。ここで働いていれば、その手がかりがつかめるかもしれない。

 アレクトー工房は、那国ナフリス組合ギルドとのつながりはほとんどないわ。それでも修道院へ戻ったり、よそで働くよりは手がかりに近いんじゃないかしら。


 それと、もし仮に、その工房がわかったとして」


(マダムが知ったら怒るかな……)

 内心では苦笑しながら、エコーはまっすぐにステラを見つめた。


「そこで働くのは難しいと思う。那国ナフリスには、女性を雇ってくれるゴーレム工房はないから。

 だけど、ここでの経験があったら就職する上で有利になるかもしれないわよ。


 ――ただ、どちらの可能性も、高いとはとてもいえないけれど、ね……」


 職人は、何年も経験を重ねて技術を研鑽けんさんする。

 時間をかけて育てたのに一人前になったらよそへ転職されるというのは、特に専門性の高いこの業界で喜ばれることではない。

 エコーだって、ことさら推奨したいわけではない。

 だとしても、ステラの希望をかなえること、それに協力することは間違っていないのではないか。





 不意に、ステラは真顔でたずねた。


「エーコさんは、どうしてわたしのためにいろいろ考えてくれるんですか?」





 ――――眉を描いてくれた。

 ちゃんと聞いていなかったけれど、何かの作り方をていねいに教えてくれた。

 マダムに怒られたときは、あいだに入ってくれた。

 思い出話を最後まで聞いてくれたし、ステラが見たゴーレムの正体に頭を悩ませてくれた。

 一緒にゴーレムを作ってくれた。

 その動かし方も説明してくれて、ステラにもやらせてくれた。


 ステラだって、わがままをいっていることには薄らぼんやりながら気づいている。

 修道院の先生の、「みなさんに迷惑をかけちゃだめですよ?」「小さなことで投げ出してはいけませんよ?」ということばだって、覚えている。

 ただ、長旅と慣れない環境でストレスがたまっていたところに、急にたくさんのことを詰め込まれて、その上夢にまで見たゴーレムを作れないと知らされ、我慢できずに爆発してしまったのだ。


 なのに、エーコさんは辛抱強くつき合ってくれた。

 なんとなくだけれど、それでじゅうぶんな気がする。

 それは、ゴーレムのことよりも、もっと大切なことのような気がする――――。





 昨日ステラになったばかりのステラは、元気な声でエコーに告げた。


「わたし、やっぱりやめます!」


 ガーン!


 がっくり肩を落としたエコーに、ステラはあわててつけ加えた。


「あ、えっと、やめます! ちがくて、だから、辞めるのをやめます?

 迷惑を? 投げ出しちゃ? じゃなくって、ゴーレムより? 大切なのは?」


 そんな疑問文でいわれても?

 エコーの頭の周りでは、列をなしたクエスチョンマークがぐるぐる回るばかり。


 ステラも目をぐるぐるさせながら、ようやくエコーにも理解できることばを発した。


「とにかく!

 ここで働きたいです!

 エーコさんと一緒に!」


 その瞳は最初のキラキラを取り戻していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る