現場復旧

 ――――――キン、キン、キン。


 青空に響く甲高かんだかい金属音は、たがねをハンマーで打つ音だ。


 ゴーレムの動きを定めた文言、SHMシェム・ハ・メフォラシュはふつう頭部の空洞に収められる。

 収納したあとは煉瓦れんがふたをする。オリンピアが砕いているのは、煉瓦れんが目地めじだった。


「落とすよー」


 オリンピアが屋根から顔をのぞかせると、伸ばした手から何かが落下した。

 地面でぱたりと音を立てた、小さくて柔らかい何かを拾い上げて、エコーは眉間にしわを寄せた。


(思ったとおりだわ。それにしてもひどい……)





 倒れたゴーレムのSHMシェム・ハ・メフォラシュは、薄い革にインクで記されただけの粗悪品。

 しかも、経年劣化と浸水のせいで文字がかすれたりにじんだりしていた。


 それが動作不良を引き起こしたのにちがいない。





 これまでの定期点検では、動作に異常がないかぎりSHMシェム・ハ・メフォラシュの状態までは確認しなかった。


 よその工房で造ったものだから、あまりいじりたくはない。まれにだが、単に取り出して戻しただけで動かなくなることさえある。

 ちゃんと動くのだからそれでいいという考え方も、あながち間違ってはいない。現にエコーが担当した三年間、こんなケースはなかったのだ。


(……でも、一度は中を確かめなきゃいけないのかもしれないわね。

 帰ったらマダムに相談してみよう)





 原因がわかったので、おのずと対処も決まる。次はいよいよ復旧だ。

 エコーはロープに木の板と布をくくりつけ、オリンピアに引き上げさせた。





 板にはSHMシェム・ハ・メフォラシュが彫られている。

 布は詰め物にする。復旧のための仮設だから、まだふたはしない。





「終わったら、下りてらっしゃーい」


 オリンピアは手早く作業を済ませ、そろりそろりと梯子を下りた。


 ギッ、ギギイィ


 納屋がさらに傾いた。


 ふたりがじゅうぶんに遠ざかったのを確認し、

 エコーが呪文を唱え…………、





 ゴーレムが立ち上がる――――


「「やった!」」


 ――――と同時に、とうとう納屋は倒壊した。





 立ち昇る土埃つちぼこりが収まると、エコーはこれからの作業に備えて、ゴーレムを邪魔にならない場所まで移動させた。

 座らせられたそのようすを見て、ステラの顔から笑みがこぼれた。


「……なんだか、いたずらして怒られた子供みたい」


 不具合箇所の特定から仮復旧まで、一連の手際はベテランの職人でも舌を巻くほどなのだが、まだまだそこまではわからないようだ。


 一方オリンピアは、

「あーあ、崩れちゃった…………。あれって直さないといけないの?」

 とため息。


 エコーは涼しい顔で答えた。


「わたしたちに直せるわけないじゃない」

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