グラック公の荘館

 エコー、オリンピア、ステラの三人は夜が明けないうちに工房を出発した。


 薄暗い道を進むのにランタンの光は不充分だが、エコーは荷馬ハーキュリーを速歩で駈けさせた。





「お客さまの話では、置場から移動する途中でゴーレムが突然倒れたそうよ」

「うわー。被害は?」

「怪我人はなかったようだけど、納屋に倒れかかって半壊させちゃったんですって」


 テンポのいい会話はエコーとオリンピア。

 ステラが黙っているのは内容についていけないせいもあるが、馬車が揺れて舌を噛みそうだからだ。


「倒れたってことは、脚?」


「……かもしれないけど、地面の状態が悪かっただけかもしれないわね。現場を見ないと何ともいえないわ。


 ただ、倒れたまま起き上がらなくなったらしいの。このままだと農作業に支障が出るから、早く対応してほしいそうよ」


「ふう~ん。現場ってどこ?」


「ここから二時間ちょっと。グラックさまの荘館なの」


「グラック……って聞いたことある。誰だっけ?」


 エコーは荷台のふたりをふり返った。


「ここの領主さまよ」





 到着したころにはすっかり明るくなっていた。


 荘館とは、簡単にいえば貴族の別荘だ。

 避暑や避寒に使われることもあるが、本来は荘園、すなわち領地の管理のために建てられる。


 さいわい話は通っていたらしく、待たずして通行の許可が下りた。点検で毎年おとずれているから向こうも顔は覚えていた。





 館の前で、エコーはステラとオリンピアに念を押した。


「いい? 話はわたしがするから、くれぐれも余計なことはいわないでね」

「はーい」

「だいじょうぶだよー」


 やがて出てきたのは体格のいい壮年の男。

 見知った使用人がしらだったので、エコーはほっと胸をなで下ろした。


 ……のもつかの間、

「奥様、お待ちください」


 引き止める声に続いて、靴音も高く姿を現した、痩身そうしんの中年女。


 領主の妻、グラック夫人だった。

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