いってらっしゃい

 食事が終わると、ふたつの手がかわるがわる差し出された。


「ボク、オリンピア。ここでは最年少なんだから、かわいがんないと泣いちゃうよっ」


「あらためて、よろしく」


 オリンピアの小さな手、テンペストの大きな手。どちらも力強かった。

 手を離して、ステラは誰にともなく首をかしげる。


「あのぉ。……どうして握手なんですか?」


 ノンシャラン王国での挨拶は、ふつう『女性同士はハグ』で、『握手は男性同士』。それとちがうのがちょっと不思議だったらしい。





 疑問に答えたのは、テンペストだった。


「そいつがどういう職人かは、手を見ればわかる。

 さわればもっとよくわかる」


 エコーやオリンピアとじゃれていたときの、おちゃらけたようすはない。ステラだけでなく全員が注目する中、赤毛の嵐は真面目な表情でことばを結んだ。


「――――オレたちは、『自分はこういう人間だ』ってのを、お前に伝えてるのさ」





 さて朝礼も済ませ、それぞれが自分の持ち場に着くという段になって。


「帰ってきたばかりなのに、もういっちゃうんですか?」

 玄関からフローラの泣きそうな声が聞こえてくる。


 急な出張は、深夜の帰還のとき、すでに決まっていた。

 同行する魔術担当はルーン。職人はテンペストひとりだ。


「すぐ帰ってくるって」

「せっかく、今日はクッキー焼くつもりだったのに……」


 ぐずつくフローラの肩を、サニーがやさしく抱きかかえ、

「ほら、仕事始めなきゃ」

 と連れていった。





「遅いなぁ……」


 ステラは作業場でエコーを待っていたが、なかなかやってこない。

 あちこちうろうろ探して、ふとのぞき込んだ玄関に姿を見つけた。


「エーコさ……」


 上げかけた手が止まる。





 みなすでに散ったあとで、そこにいるのはふたりだけだった。


「…………じゃ、いってくる」


 陽射しに踏み出すシルエットの背中を、エコーは笑顔で送り出した。


「いってらっしゃい、テンペーちゃん」

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