津波のようなさざ波

 アレクトー工房の家庭菜園は、園芸部が管理している。部員はエコーとフローラだ。

 本来なら工房のメンバー全員で世話をする決まりなのだが、面倒がって誰もやらなくなった。続いたのがこのふたりだけだった、というわけ。

 余談だが、アレクトー工房には製菓部と釣り部もある。

 製菓部はフローラとクラウディア。釣り部は――――以降の展開を待たれたい。





 さて、その菜園にて。


 今朝も今朝とてサラダの材料を収穫していたステラが、ふと顔を上げると、ふたつのつぶらな瞳と目が合った。


「わ!!」


 六、七歳くらいの愛くるしい幼女が、尻もちを着いたステラを、


 …………じーっ…………


 と見つめている。


「え…………。誰?」


 ぷっくりしたほっぺ、ちっちゃなお口。赤味がかったブロンド(というかオレンジ色)が左右でお団子にまとめられているのは、母親がしてあげたものだろうか。


 幼女は呆然としているステラに、とてとてっと近寄り、無邪気に笑いかけた。


 ――――に っ こ ぉ――――


 幼女特有の、ゆるぎない〈我を愛せよ〉オーラに、ステラも釣られて笑顔(引きつり気味)を作る。

 それを容認、賛美、はたまた降伏と解したらしく、幼女はわが王宮をこの地に建てんとばかり、ぺたんと座り込んだ。


「ど……どこから入ったの?」


 幼女は黙ってステラを見つめるばかり。

 それはそうだ、民草が女王に質問して、なんの答が得られよう。

 しかしステラは、愚かな問いを重ねる。

「あなた、お名前は?」


 いやしき賤女しずのめに飽きたと見え、かの幼女陛下は指先で地面に謎のしるし(○や△など)を刻み始めた。きっと彼女の王国で用いられる神聖文字に違いあるまい。


「もしかして………………迷子?」


 その不用意なひとことを聞くやいなや、幼女は霹靂へきれきに打たれたかのごとく、まなこをクワッと見開いた。

 ふたつのつぶらな瞳の奥に、怒涛どとうのごとく湧き上がる涙を、ステラはたしかに目撃した。

 大海嘯かいしょう、待ったなし。


「わー! ほらこれ!」


 大あわてで幼女の関心を他に向けるべく、ステラは手もとにいちばん近いものを引っつかんだ。


「見てこれ! 葉っぱ! 葉っぱきれいだねー! 緑だねー!」





「エーコさぁん…………」


 げっそりした表情で足どりも重く、幼女の手を引き引きステラが厨房に入ってきた。

 大鍋の中身を温め直していたエコーは、ちらりと目をやってこともなげにいった。


「あら、お帰りなさい。リプル」


「へ?」


 ふり返ると、幼女――――【リプル】は肩を震わせ、笑いをこらえている。


 エコーは呆れ顔でいった。

「またやったのね、リプル。…………まあ、いい忘れてたわたしも悪いけど」


 ――――ルーンに続くふたり目の魔術担当とは、リプルのことだったのだ。





 リプルは小人族ハーフリングだ。ハーフリングの大人は、人間の子供と見分けがつかない。

 ふつう、ハーフリングの魔術的素質は人間と似たり寄ったりで、長耳族エルフには及ばない。しかしエルフに匹敵する才能を持つ者が、ごくたまに現れる。

 リプルはそうした天才のひとりだった。





 ひとしきり腹を抱えて大笑いしたあと、リプルはステラに謝った。


「ごめんごめん。あんまりマジだったから、いい出しにくくなっちゃってさ」


 その声はまるでカエルのよう――――とまではいわないが、かなり癖が強かった。

 というか、ズバリおばちゃんっぽい。しゃべっていたらステラもさすがに気づいただろう。……だろうか?


「ひどぉおい」


 こぶしを目もとに当てたステラを、リプルがひとことで評した。


「あんた、泣きまね、下手」

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