一日の終わり

「腕が……腕が……」


 夕食の準備を最後に、とうとうステラの両腕は絶命したらしい。

 食事中もぷるぷるする腕をテーブルに置いたまま、口のほうを食器へ持っていくありさま。


 サニーが呆れ顔でいった。

「しょーがないなー。疲れがとれる場所あるから、食べ終わったらそこいこ」


「疲れがとれる場所…………?」

 疑問を浮かべた表情で、ステラはフォークのタマネギにかぶりついた。





 裏山へ入り、獣道を歩くことおよそ十分。

 辺りはすっかり暗いが、ルーンの魔術で照らされて足もとに不安はない。

 やがて七人は、白い湯気の立ちのぼる、岩に囲まれた窪地くぼちに出た。


「うわあ~!」


 露店風呂だった。





 さっそく一番乗りのルーンをサニーがたしなめる。

「いきなり入ったら体によくないってば」


「エルフはかかり湯しない」

 ルーンは口もとまで体を沈め、あぶくで返事。


「まったくもー」


 かけ湯を浴び、ほかの者たちも思い思いに体をひたす。

 浴槽こそ人の手が入っているが、いわゆる源泉かけ流し。温度はぬるめなので長時間かってものぼせない。

 みんなそろって目が一本線になった。


「ごくらくー」

 クラウディアはいつもと変わらないようだが、よく見ればほんのり上気している。

「ユキちゃん、あいかわらず肌きれい」

 フローラのいうとおり、スノーホワイトの肌は抜けるような白さ。

 サニーが同意する。

「ほんと、名は体を表すってやつだね」


「名前といえば」とステラが会話に参加した。

「みんなの名前もマダムがつけたんですか?」


「そーだよー」とサニー。

 エコーがあとを続けた。





「みんながみんな、望んで工房にきたわけじゃないわ。ほかに行き場所がなかった、選べなかった子もいるのよ。


 マダムはそういう子たちが新しい人生へ踏み出せるように、新しい名前をつけるの。

 そういう子も、そうじゃない子も」


「そうじゃない子も?」


 ステラがたずねると、エコーは少しさみしげに笑った。

「もしここでうまくいかなかったとしても、ここでの名前を捨てて、またやり直せるようにね」





 ――――――深夜、寝室。

 箪笥チェストの上には、昨日作ったウサギの人形が飾られている。まるで主人の寝顔を見守っているようだ。


 一日の疲れがどっと出たのか、ステラはすぐに寝入ってしまった。寝息はかわいらしくとも、寝相はひどい。


 エコーも横になっていたが、かすかな物音を聴きつけ、暗闇の中でぱっちりと目を開いた。


 そっと床に足を着いて、静かに部屋を出る。


 待ち人が帰ってきたのだ。


 ステラはそのまま、朝までぐっすりだった。

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