どうして動かないの?

 工房長室では、かたづけを終えたサニ・クラ・ルーンの三人が帰還の挨拶を済ませたところだ。


「ご苦労だった。報告書は今日中に提出しろ」

「ウイ、マダム。……エコーさんはまだ研修中ですか?」


「たぶんな。作業場で土練りを教えてるんだろう」

 ガイアはどことなく、いつもより不機嫌そうに答えた。


「いくんなら、早く昼飯の支度をするように伝えてくれ。腹が減ってかなわん」


 相槌を打つように腹の虫が鳴ったので、三人は笑いをこらえるのに必死だ。

「わかりました。じゃあみんな、いこいこっ」


 閉まりかけるドアに向かって、ガイアが念を押した。


「報告書は今日中だぞ!」





 ――――作業場では、エコーのSHMシェム・ハ・メフォラシュを、ステラが書き写していた。


「シュメシュメ、できましたー!」


「【シェム・ハ・メフォラシュ】ね。……たしかに言いにくいけど。

 じゃあ、それを」

「これを……こうしたらいいんですよね?」


 説明する間もあらばこそ、ステラは端布はぎれを人形に埋め込んでしまった。


「あ、ちょっと待っ…………。まあ、いいか」





 エコーとバッカスの見守る中、ステラはおもむろにおごそかに、作業台の上の人形を指さした。


「ヘルメット!」

 ステラ的には、背景で稲光が走っている。


「「……………………」」


 もちろん動くわけがない。ステラは首をかしげて、

「?? あれぇ? なんで? ……テルミット、だったっけ?」





 見かねたエコーが人形を手にとった。


「あ! エーコさん何するんですか! わたしのがかわいいからって壊しちゃダメですよ! ズルですよ!」


「壊さないわよ。…………ふむふむ」


 取り出した端布はぎれを広げ、バッカスと一緒になってのぞき込む。


「あー、うん」「ありがちじゃな」

「なんですかもぉー! ふたりだけでわかり合っちゃって!

 わたしにも教えてくださいよー。内緒話禁止!」

 ステラ、涙目。





 エコーは自分の書いたものとステラの写したものを並べて広げ、


「【めざめの呪文】も間違ってたけど、それ以前の問題ね。比べてごらんなさい」


 誤記をひとつひとつ指摘してみせた。


「これ、角になってないといけないのに丸くなってるでしょ。

 こっちは縦棒が突き抜けてない。

 ここはひと文字分空けないといけないのに、くっついちゃってるわ」


「ええぇー? こまかいぃ」

 眉を八の字に寄せたステラに、


「文字であり、文章なんだから、細かくてもちゃんと筆記規則にのっとって書かないとダメよ」

 とくが、


「えっ? これ文字なんですか」


「何だと思ってたの」


「えっと……がいこくご?」





 ――――エコーは額を押さえた。

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