めざめの呪文

 作業場に戻ると、エコーは粘土をひとつかみ、作業台に乗せた。


「材料はこれを使って。

 これで作れるサイズで、人の形ならどんなのでもいいわ」


「がんばりまーす!」


 元気な声を上げて、ステラはさっそく作業に取りかかる。

 エコーはその横顔を見て、


(『ゴーレムを造りたい』なんていっても結局、粘土細工がしたいだけか。

 年相応なのかも)


 ――――と、少しばかりうらやましく思った。





「わたしも作ろっかな」

 エコーが自分用の粘土をこね始めると、


「勝負ですねエーコさん!」

 なぜか鼻息の荒いステラ。


「何の勝負よ(汗)」

 こねこね。


「かわいさですよ! かわいさでは負けませんから!」

 こねこねこね。


「かわいさかぁ、だったら真面目にやんなきゃ」

 こねこねこねこね。





「それ、なあに? 耳?」

「かわいいでしょー」

「あ、ウサギさんかあ。じゃあ、わたしはリボンつけちゃおっと」

「あーそれかーわーいーいーエーコさんずぅーるぅーいぃー」


 焦熱地獄インフェルノにあるまじきカワイイタイムが展開される作業場に突如、





「お前ら、なぁにやっとんのよ」


 割って入ったしわがれ声。


「わ!!」

「バッ……カス……さん。起きてたんですか」


「新人が入ったちゅうからな、顔見に来たわ」


 声の主は、車椅子に乗ったハゲでヒゲの老人だった。酒気は抜けているようだが、どこかとぼけた表情だ。


「ちょうどよかった。ちょっと見てもらえます?」


 エコーは眼鏡(レア。この時代には一般的ではなかったのと、エコーの眼鏡姿がという意味で)をかけると、端布はぎれペンでさらさら何かを書きつけた。


【バッカス】は手渡された内容に目を通してひとこと、

「ん。ええんでないの」





「え? この人誰ですか? これ(車椅子)何ですか? それ(眼鏡)何ですか? いま、なに書いたんですか?」

「バッカスさん。マダムのお義兄にいさんで、操術士オペラトールよ」

操術士、じゃが」

「え? おにい、え? マダムの?」


 ステラには情報量が多すぎたようだが、エコーは残りの回答を放棄して、


「いい? よく見てなさい」


 折り畳んだ端布はぎれを自分の作った人形に埋め込み、つぶやいた。





Emethエメト





「これエコー、省略するなというに。操術士の心構えとしてだな」

「わたし、操術士じゃありませんもの」


 湯気を立てるバッカスと、肩をすくめるエコーのかたわら――――、


「え? え? え?!」


 ――――ステラの見ている前で、リボンをつけた人形はぴょこんと立ち上がり、陽気にポルカを踊り出したのだ。

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