第二章 研修、スタート

新しい朝

 央州ユナシア最大の国土を誇る那国ナフリス――――の、隣というにはあまりにも小さいながら、国境を接しているのがノンシャラン王国だ。

 アレクトー工房はプランタン村のはずれ、小さな山のふもとに位置する。

 ノンシャラン王国で唯一のゴーレム工房であり、当時の央州ユナシアでは、いや世界中そして歴史上唯一かもしれない、で構成されたゴーレム工房、でもある。





「ステラ、起きなさい」


「ふぇ…………」


 昨日ステラになったばかりのステラは、眉毛のない顔をのぞかせたかと思うと、すぐ毛布にもぐり込んだ。





「おあよごあぃやす、エーコふぁん」


 十二秒後、ステラはまぶたをこすりこすり、ベッドの脇に立っていた。エコーがいかなる力を発揮したのか誰も知らない。


「顔を洗って。これから最初の仕事にかかってもらうのよ」


 アレクトー工房の職人ハンズは原則二人一組ツーマンセルで行動する。そのふたりは文字どおり起居を共にする。

 つまり、ステラとエコーはルームメイトになったのだ。





 ステラの初仕事は朝食の準備だった。といっても、たいした手間はかからない。


 パンは自家製のものが作り置きしてある。なにしろかまを使うのはお手の物だ(もちろん、パン焼き窯は昨日のものとは別にある)。

 あとは家庭菜園で育てた豆と葉野菜のサラダにピクルスを添えるだけ。

 質素といえば質素だが、そもそもここは修道院だ――――見かけ上は。


「やっぱりニワトリ飼いたいわね。でも放し飼いにしたら作業のじゃまだし、かといって鶏舎作るのもたいへんだしなぁ。

 テンペーちゃんがいたら、お魚釣ってきてくれるんだけど」


「ほむほむ」


「こら! つまみ食いやめなさい」


 などとやっているうちに、職人たちハンズも食堂に顔を出す。

 フローラは三つ編みを整え終えていた。スノーホワイトは縦ロールの具合が気になっているらしい。

 服装は昨日とちがう。もうかまに火が入っていないからだ。


「おはよう」

 マダム・ガイアは起き抜けでも分厚く、重々しかった。


「おはようございます、マダム。バッカスさんは?」

「遅くまで飲んでたからな。昼まで寝てるだろう」


 そういって席に着くなり、ガイアはつぶやいた。


「……やっぱり、ニワトリ飼わないか、エコー」


「ダメです」

 即答だった。






 食事と後かたづけが終わると、エコーは人さし指を立てた。


「これから工房を案内しがてら、工程のざっくりした説明をします」


 それを聞いてステラは目を輝かせた。


「おぉー! わたしにもゴーレム、造れますか?! さん!」


「待って待って待って」とエコーが押しとどめる。


「そんな急に、一日では無理よ。

 あと、わたしは


 ステラはすっかりしょんぼりだ。

 それを見て、エコーはかわいそうな気持ち――――より先に笑いがこみ上げてしまった。

 なにしろ眉毛がない。


「……その前に、ちょっと準備しましょう。じゃないと授業にならなそうだから」





 ステラは、鼻先に息がかかるほど近いエコーの真剣な表情に見とれていた。


(きれいだな。エーコさん)


 ――――すっ、すっ、すぅー。


「はい、できたわよ」


 差し出された鏡をのぞき込むと、いつもどおりの(眉毛がある)自分が見つめ返してきた。


「おぉー。ありがとぉ、さん!」


「どういたしまして」


 にっこり笑顔を作りながらも、

なんだけどな…………)

 と思わずにいられないエコーだった。

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