命名式

「……あれ? わたし…………」


 涼しい風を感じて目を覚ますと、少女は別室の長椅子で横になっていた。

 修道服は脱がされ、首の下に濡れタオルが敷かれている。

 ふと気づくと、エコーがあおいでくれていた。


「よくがんばったわね。お疲れさま」


 どうやら途中で意識を失ってしまったらしい。


「…………じゃあ…………」


 試験の結果は不合格だったのだろうか。

 少女がしょげ返ったのを見て、エコーが説明した。


「声をかけたのに返事がなかったから、見てみたら、立ったまま気絶してたの」


 目の前に水筒が差し出された。

「すごいわ! 初日で一時間ったのって、いままでテンペー先輩とクラちゃんだけなのよ!」

 フローラもそばについていてくれたようだ。


 水を飲み干していると、汗を拭き拭きスノーホワイトが入ってきた。

焼成しょうせい完了、あとはのんびり冷ますだけ、ですわ。

 あら……? あなた」


 まじまじと少女を見つめ、プッと吹き出した。

 エコーとフローラは口に指を当てて『いうな』の身ぶりだが、スノーホワイトは遠慮しなかった。


「眉が両方と左のまつ毛、なくなってますわよ」


「――――えええぇえぇ~?!」





 エコーがあらためて祝福してくれた。

「とにかく、おめでとう。

 それじゃ、いきましょうか」


「いくって……どこに?」


 少女の疑問に、エコーはにっこり微笑んだ。


「『命名式』よ」





 高い天井、石造りの重々しい壁、使い込まれた板張りの床。

 ステンドグラスから光が射し込む作業場――――修道院だったときの聖堂――――で、少女は分厚い大女と向かい合った。


「今日からお前はステラだ」


 マダムは、今日から【ステラ】になったステラにそう告げた。


「私は工房長のガイア。『マダム』と呼べばいい。


 アレクトーは、お前を見習いとして認める。

 先輩職人ハンズによく学べ。エコーが当面の教育を担当する」


「はい!」


「エコーだけじゃない、スノーホワイト、フローラ、

 お前らもしっかり面倒みてやれ! わかったな!」


はいウイ、マダム!」


 三人の工房員たちは、背筋をぴんと伸ばして返事をした。





「これから一緒にがんばりましょうね」


「サボろうなんて考えてたら、叩き出しますわよ」


「いま出かけてる子たちもいるけど、帰ってきたら紹介するわ。

 みんなと仲よくやってね」





 三人とかわるがわる握手を交わし――――、


(!!)

 ステラは身震いした。


 三人の手が――――いちばん華奢きゃしゃなフローラの、か細い指でさえ――――岩のように硬く、ザラザラしていることに気づいたからだ。


 明日から、そんな職場で働くのだ。





「せんせぇー、ありがとぉー!

 みんなによろしくねー!

 たまには遊びにきてねー!」


 いつまでも手を振り続ける(眉毛のない)ステラを、ふり返りふり返り、付き添いの修道女はアレクトー工房を出た。


 黒い鉄柵の上には、工房の信条が掲げられていた。





 ――――――この門をくぐる者、

 決して希望を捨てることなかれ――――――。





(あの子……大丈夫かしら……)


 修道女は小さくため息をついた。

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