窯の試練

「ゴーレムを造りたいって…………どうして?」


「それは……えーっと……んーっと……」


 ところで―――物陰からちらちらこちらをのぞく人影が。

 エコーは少女のことをいったん保留にして、ふり向いた。


「フローラ!」


「は、はぃいっ!」

【フローラ】はびくっとして、か細い声で返事をした。


「気になるのはわかるけど、もうじき交替でしょ。準備はいいの?

 それに、もしベルが鳴ったらどうするの」


「…………スノーホワイトユキちゃんなら……だいじょうぶかな、って」


「ダメよ。そういう油断が大事故につながるの」


「はぁーい……」


 フローラはとぼとぼと戻っていった。





 それにしても、春先とは思えない暑さ。

 道理でエコーもフローラも、マダムと同じ服装だ。


 自分でも気づかないうちに、少女はえりもとを引っぱり、風を送り込んでいた。





 やがてマダムが戻ってきて告げた。


「ついてこい」


 命じられるままに、足を踏み入れた部屋は――――――。





 まるで蒸し風呂だった。立っているだけで汗が止まらない。

 部屋の奥からゴウ、轟と吠える風のような響き。


 熱の正体は、見上げるほど大きなかまだった。


 窯の前で、別の少女がじっと中をのぞき込んでいる。

 この暑さの中、上着を着込んでフードを下ろし、革手袋まで着用していた。


 先に戻っていたフローラが砂時計を手に、

スノーホワイトユキちゃん、がんばって。あとちょっとよ」

 と声をかけた。いつ着たのか、窯の前の少女と同じように全身をおおっている。

「わかりましたわ」

【スノーホワイト】はふり向きもせず答えた。





「いまから一時間、この窯の前に立っていろ」


 というのが、少女に対するマダムの指示オーダーだった。

 どうやら、この修道院(?)に入るための試験らしい。


「水はこまめに飲みなさい。それと、どうしても耐え切れなくなったらこれを振ってね」


 エコーから手渡されたのは、大きな水筒とハンドベルだった。

 ベルは気を失って落としても鳴る。いわゆるデッドマンズ・スイッチというわけだ。


「あの……これも塗るといいわ。少しだけど楽になるから」

 フローラがおずおずとクリームの入った小びんを差し出したが、

「だめだ」とマダムに差し止められた。


「――――服はそれで充分だろう。フローラが位置についたら、そのうしろに立て」





 砂の落ちるタイミングを見計らって、フローラがスノーホワイトを呼んだ。

 と、スノーホワイトはすばやく立ち上がって砂時計を受け取り、フローラと場所を入れ替わった。


 少女があわててフローラを追うと、すれ違いざまスノーホワイトの忠告を受けた。


「倒れるなら、背中側をお勧めしますわ。

 でないと頭から黒焦げになりますわよ」





 ――――数メートル離れていても、厚く重い修道服の内側にどんどん熱気が蓄積されていく。


 少女よりも炎に近いというのに、フローラはひるむそぶりを毛ほども見せない。

 窯のてっぺんには小さな煙突があり、そこから細い火柱が吹き上がっている。その火勢を見て、フローラは窯の扉を開けた。


「熱ッ」


 その途端、炎が襲いかかる獣のように噴き出し、少女の顔をあぶった。

 しかし熱よりも恐ろしく感じられるのは、そのまばゆさだ。

 ろうそくはもちろん暖炉でもたき火でも、少女はこんなに明るい炎を見たことがなかった。

 太陽を直接見たときのように、光が目に突き刺さる。


「目を閉じるな!」

 マダムの容赦ない叱声しっせいが飛ぶ。


 フローラはすばやくまきを継ぎ足して扉を閉めた。炎の舌が隙間から顔を出してすぐに引っ込む。まるで閉じ込められたのを悔しがっているようだ。


 少女は生ぬるくなった水をむさぼるように飲み、ひと息で半分を空けてしまった。

 補充した水分はたちまち汗となって、土砂降りのように流れ出した。


 マダムとエコーは離れたところからふたりをじっと見守っている。

 上着を脱いだスノーホワイトが、長椅子の上で砂時計を振りかざした。


「まだ、始まったばかりですわよ!」

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