11話②




ドクン、ドクン、ドクン




ゆっくり、ゆっくり葉月に近づいていく。


その距離は無限にも思えた。



ドクン、ドクン、ドクン。



お互いの鼓動が聞こえそうな。



そんな時。

幸か不幸か、邪魔が入った。


「ただいまー!」

急に男の人の声が玄関から聞こえた。


「え?」


「え、」


「お、お、おとうさん!?」


「え、へ?お父さん?」


ドタバタドタバタと音が聞こえて、

そのままの勢いで部屋に突入してくる男の人

「たっだぃまぁー!」

満面の笑み。


俺たちと目が合う。


俺たち、キスの手前。


両肩をがっしり掴んで向き合ってる2人。



紙袋両手いっぱいに抱えてる男の人。葉月のお父さん。


笑顔が張り付いた顔のまま、バックしていく。

そして、ドアが閉じ、

数秒経った後、

コンコンコン、

ノックしている。


「あ、お父さんが帰ってきたぞお。入っていいか?いいのか?もう大丈夫か?」


おれは急いで葉月から離れて正座する。


葉月も慌てて衣服を整える。


ガチャ。


「…ただいま葉月。」


「おかえりお父さん」


「こんにちは。葉月、そちらの方は?」


「…」


「あ、自分、阿澄蓮といいます。はじめまして。」


「はじめまして、それで、阿澄君は葉月とどういう…」


「お付き合いさせてもらってます。」



なんか、むしろ堂々と言い切った方が潔い気がした。見られてたし。


「……!そおかそおか。葉月にもついに彼氏ができたか……」


「そんなことより、なんで帰ってきてるの?きゅうに。お母さんいないよ。」


「知ってるよ!たまたまスケジュールが空いたんで、葉月にサプライズで帰ってきたんだ!びっくりするかなって思って!」


「そういうの、マジでいらない。」


「そんなこと言うなよぉ!お土産もいっぱいあるぞ!あ、そうだ、阿澄君、せっかくだからお昼食べてくだろ?それとも2人でどこかランチ行く予定あったかな?もしなかったらわたしの手料理を食べていくといい!フランス料理だよ!」


「え、いいんですか?」


「もちろんだとも!ただ一人でやるのは大変だから、手伝ってもらえるとありがたい!」


「もちろんです、手伝います。」


「よおし!じゃあ早速、とりかかろう。葉月はいいよ、ゆっくりしててくれ。というかパジャマ着替えて、む?パジャマ?なんだお前彼氏家にあげるのにパジャマ…?」


「あ、お父さん、行きましょう!なんでもやりますよ俺!いやあ楽しみだなぁフランス料理!」



バタバタと下に降りていく。

あれ以上、いたらいろいろやばい。


それから、1時間くらい色々準備を手伝った。

そもそも料理なんてほとんどしないから、作業はおぼつかないけど、葉月のお父さんはにこやかに指示をしてくれてた。


「いやぁ、彼氏、か。蓮君、だったっけ。どうだい葉月は。ちょっと変わった子だろう。」


「え?そうですか?」


「む、もしかしてまだ知り合ったばかりか?」


「えっと、同じクラスです。知り合って2ヶ月ちょっとかな。」


「ふむ、高校生にとっては2ヶ月とは長いんだろうね。」


「まぁ、それなりには。どうでしょう。」


「あの子は変わってる。まぁ、気づいてないのなら幸運だ。そのうち変わってるって思う時が来るかもしれないよ。」


「そう、かなぁ?僕の方がよっぽど変わってるんで、大丈夫だと思いますよ。」


「ほう、君が?例えばどんなふうに変わってるんだい?」


「え、えーっと、自分でどこが変っていうの難しいですね。」


「まぁ、そうだな。」


「あの、葉月のお父さん。さっき、アルバムを見せてもらってたんですよ。お母さんとお父さんと葉月が映ってる。」


「うん?あぁ、写真ね。アルバムはたくさんあるからな。」


「ええ、3人仲良さそうに映ってる写真ばかりで。羨ましいです。」


「まぁね。自慢の家族だよ。葉月も、お母さんもね。愛しているんだ。」


「その、なんか葉月にははぐらかされちゃったんです。」


「ん?なにをだい?」



「誰が写真を撮ってるか。」


笑顔のまま、凍りつく父親。

「…」


「葉月は一人っ子って言ってました。でも、もう一人、家族がいますか?家族じゃなくても、従姉妹とか、少し歳の離れた。10歳くらい。」



「……君は何が聞きたいのかな?」


「五十嵐、って人をしっていますか?」



「知らないね。そんな人は知らない。」


「10年前、星稜高校の教員だった人です。その人の弟が今葉月と僕と担任です。」


「それで?」


「五十嵐先生のおにいさんは10年前亡くなってます。交通事故です。それが8月8日。そして、星稜高校の女子寮で、ボヤ騒ぎが起こっています。同じ日に。葉月の5歳の誕生日、です。葉月が睦月っていう、人形をもらった日。それから、葉月には火傷がある。この話、葉月は無関係ですか?」


「ふむ。なるほど。君は自分で言ってたが変だ。そこまで考えて、それをわたしに聞こうとするというのが変だ。」


「ごめんなさい、でも知りたくて。葉月は聞いても教えてくれなくて。」


「結論から言うが、関係ない。葉月の火傷をなぜ君が知ってるかはおいておいて。あれは葉月が小さい頃、鍋をこぼしたんだ。五十嵐先生という人も知らないし、睦月というのはむーちゃんのことだろう。ただのぬいぐるみ、だ。」


「じゃあ、ぬいぐるみのむーちゃんが3人の写真を撮ってた?」


「ははは、そうかもしれないね。」


「本当は誰が撮ってたんです?」


「おじさんだよ。僕のお兄さん。葉月が小さい頃はよく来てくれてた。僕に子育ては初めてでわからないことばかりだったからね。助けてもらってたよ。」


「そう、ですか。…すいません、変なこと聞いて。」


「いや、いいよ。少し君という人間がどういう人か、わかったよ。」




それからしばらくお父さんの指示通り動いていた。


おじさん、か。でも、まるっきり無関係っていう感じではなさそうな気がした。


この人も、何かを隠している。

それは知られてはいけないこと、のようだ。


葉月も、お父さんも、


もう一人の存在を隠しているような気がする。


疑惑がより、確信に変わった。


本当におじさんなら、その人が写真の中に出てきてもいい。それに、葉月がそういえばいい。


葉月は覚えてないととぼけた。

おじさんだったら覚えてないわけない。おじさんが撮ったっていう。


「さぁ!出来たぞ!悪いね蓮君。手伝ってもらっちゃって。葉月呼んできてくれないか?」

「はい、」


階段を上がっていく。


……ん?


どっちだっけ?


階段上がって、右に部屋と、左に部屋。


うーん、左?

コンコン


ガチャ。


誰も、いない。似ていたがベットの配置なども反対で、

葉月の部屋じゃない。


あぁ、間違えた


……ん?

まて。


誰の部屋だ?

子供部屋、だろう。葉月と同じベット。同じ勉強机。

ただ、使われている形跡はない。

いろんなぬいぐるみが置いてあった葉月の部屋とは対照的だ。

ベットと机以外何もない。


「なに、してるの?」


後ろから声をかけられた。


葉月の声。


「あ、ごめん。お父さんに葉月呼んでこいって。部屋間違えたみたい。この部屋、誰の部屋?」


「この部屋は使われてないよ。誰の部屋でもない。」


「え、ベットとか机とかあるのに?」


「うん。」


「…そっか。」


「うん、ほら早く行こ。ごはん、でしょ?」


「あぁ。美味しいといいなぁ。おれ、あんまり料理とか手伝わないから、ちょっと不安。」


言いながら部屋を出る。


「…楽しみにしてる。」


わざわざ俺が出るのを待って、扉を閉めて、俺の後に続く葉月。


なんなんだろう、この感じ。


「おお、葉月。蓮君と手によりをかけたパエリアだよ!さ、蓮君もたんとお食べ」

「パエリアってフランス料理じゃなくない?」

「ぐ、細かいことはいいのさ!とにかくおたべ!おたべ!」

「はーい、いただきます。」

「いただきます。」

う、うまい。

初めて料理を手伝ったが、今度董哉に言って作ってやろうかな。詩音に。

食べながら、テレビを見て、談笑する。

はじめての彼女の家で泊まって父親と談笑するっていうのは中々レベル高いな、と思った。


「あの、今日はご馳走さまでした。」


「あぁ、いつでもきたまえ!」


もう少し突っ込んでみるか。

あえて葉月の前で聞いてやる。

「あの、おじさん。じゃあ、今度また泊まりに来てもいいですか?」

「む、泊まりに?いきなりだね君。高校生ならもうちょっと健全な……」

「も、もちろん変なことはしませんよ、でも部屋も余ってたし、寝る部屋別にすれば大丈夫かなって思って……!」


2人の顔が凍りつく。

…なんだろう、やっぱりなんか隠してたのかな。葉月がこの世の終わりみたいな顔してる。もうその時点でアウト、だと思うが。何かを隠してるのはバレバレだ。

「あ、あの部屋は、ダメなんだ。」

意を決したように話をはじめるおじさん。

「なに、何考えてるの、パパ。」

葉月が焦ってる。

「いずれこの子にはバレるよ。それに、葉月は蓮君のことが好きなんだろ?なら、ありのままを見せないと。」

宥めるように言うおじさん。

教えてくれるのだろうか。

「あの部屋は、ダメなんだ。」

改めて同じことを言うおじさん。

「……なんでダメか、聞いてはいけない。んですね?」

「……いや、別に隠してるわけじゃない。あの部屋は、睦月……この子が5歳の時に死んでしまった姉の部屋なんだ。」

「パパ!!どうして!」

涙して必死で叫ぶ葉月。

「……そう、だったんですね。」

その顔を見て彼女たちの中でまだ消化しきれてないことなのはすぐわかった。


「うん、そうなんだ。でも、私たちはまだ、睦月の帰りを待ってる。だから、あの部屋は誰もいれないんだ。」


「そう、でしたか。ごめんなさい。知らずにズケズケと、図々しいことを。」


聞きたいことはたくさんあった。

なぜ死んでしまったのか。


どうしてあの寮の部屋にいるままなのか。


ポロポロと泣き崩れる葉月の姿、そして、本当に悔しそうなお父さんの姿を見ると、聞けなかった。



その日はそのままかえった。



睦月。



それが葉月のフリしてたアレの名前。



なんで死んでしまったのだろう


なんであの部屋にいるのだろう。


なぜ、俺に見えるのだろう。


わからないことはたくさん、ある。


でも、名前がわかった。


これだけですごく嬉しかった。


だって、葉月、とか、アレ、とかじゃなくて、名前で呼べるんだ。



睦月って。


部屋に戻ってベットに寝転んだ。今日も疲れた。



まだ、夕ご飯も食べてないけど、


眠れそう、って思った。



そういえば呼んだら来てくれるって言ってたな。



呼んでみよう、かな。




「睦月。」



風がさぁっと吹いた。



もう、まったく。

いつのまに、窓なんか開けたんだろう。



そんなこと、しなくてもいいのに。


したのベットを覗く。



「…、睦月。」



そこには、うつ伏せで本を読んでる睦月がいた。



「ねえ、君の名前。わかったよ。睦月って言うんでしょ?」


「…違うよ。葉月、だよ。」


「うーん、どうしても葉月って呼ばなきゃダメ?」


「…いや、どっちでもいい、か。あなたが知ってるのは葉月、なんでしょ?どっちでも同じ。」



「?どう言うこと?」


「君はまだ答えに辿り着いてないってこと。」


「じゃあ、答え、教えてよ。」


「教えれるならとっくに教えてる。無理なんだよ。」


「んー、なんで?五十嵐先生のお兄さんのせい?」


「そーそー。そう言うことにしておいてあげる。」


「…わかんないよ。君はなんで死んだの?」


「え、私って死んでるの?じゃあ今君と話してる私って何?」


「幽霊?」


「君、幽霊なんて見えるの?」


「みえないよ。みえないのに、なんで見えるのさ?」


「生きてるからじゃない?」


「生きてるの?」


「うん。生きてるよ。」


「じゃあどうやってここに入ったの?窓から?」


「最初からいたよ。君が視ようとしなかっただけで。」


「もう、わけわかんないな。」


「そうだね。わけわかんないね。」


「ねぇ、いい加減本当のこと、教えてよ。」


「何怒ってるの?私に怒られても仕方ないよ。」


「教えて。」


「言える範囲でならね。」


「君は、葉月じゃないんだろ?」


「…そう、だね。」


「じゃあ、名前、教えてよ。」


「呼びたいように呼べばいい。幽霊さんでもいいぜ。こっくりさんとかって呼ぶかい?」


「睦月、ではないってこと?」


「そう、思いたいならそう思えばいい。そう呼びたいならそう呼べばいい。」


「……」


「何を、そんなに、怒ってるんだか。」


「君だって、怒ってるだろ。」


「そりゃあ怒るよ。」


「なんで?名前、間違えるから?葉月じゃないってバレたから?」


「違うよ。なんで葉月のフリしてたか、君が考えてないわけない。なのに、」


「なのに?」


「なんでそんなに嬉しそうに言う。私が葉月じゃないって。なんでそれを否定されてイライラするんだ。私が葉月であって欲しくないのか。」


「……」


「私がなんで葉月のフリしてたか、考えたか。なんで、あの時君の前から消えたのか。なんで君を入院なんてさせたのか。考えないのか。」


泣いてる。睦月は泣いてる。



「私は、私はもう、君には会えないんだ。居ないんだ。君とは違うんだ。

生きて、無いんだから。

なら、葉月と、君が幸せになるのが、1番いいって、そう思って、なのに、なのに君は。」


「睦月。」



「……」


「俺は、君が好きだ。」




「…違うよ。」


「違わない。俺は、君に一目惚れした。君を見て、似てる葉月のことが好きかもって思った。でも、違うんだ。葉月と君は。わかっちゃうんだ。違うって。」



「…」



「君が生きてないとか、触れないとか、はじめての恋が霊相手なんてそんなことあるわけない、とか。色々考えて信じたくなかった。でも、今は違う。」



「…」


「君の名前を知りたいって思った。君のことを名前で呼びたいって。それで葉月たちを問い詰めて、名前で呼べるって思った時、嬉しかった。どうしようもなく嬉しかったんだ。」


「…」


「そう思った時、もう、どうでも良くなった。君が生きてようが死んでようが関係ない。俺は君が好きだ。それだけでいい。」


「…私は君が考えるようなモノじゃない。『なにか、とてつもなく悪いモノ』なんだろ?」 


「詩音や董哉からしたらそうかもね。でも俺にはそうは思えない。」


「半身麻痺じゃ思い知らなかったってこと?よっぽどの大怪我だとおもうんだけど?」


「まぁ、ビックリはしたけどね。」


「君に、取り憑いて殺すのが目的だよ?」


「そう簡単には死なないよ。俺は。」


「それでも私を好きって言うの?」


「うん。好きだ。」


「私のためになんでもしてくれる?」


「できることなら。何して欲しいの?」


「死んで。」


「それ、本気?こっち向いていってよ。」


睦月は目を合わせようとしない。


「…じゃあもう二度と私に会おうとしないで。」


「それは、やだ。死ぬのもやだよ。おれ、もっと生きてたいし。睦月と一緒にいたい。」


「はぁ、」


ため息をつく睦月。



ゴロンと寝返りを打った。


顔を抑えている。


手の隙間から見える

顔は真っ赤だ。泣いているのと、照れているので

真っ赤になってる。


「もう一回いうけど、私は悪霊だよ。」


「そう、あんまり悪霊って自己紹介する悪霊は聞いたことないけど。」


「そもそも見えないのに聞いたこともないとかないだろ?」


「うん、まぁね。」


「ふふふ、」


笑った。睦月が。よかった。なんだかそれだけで安心してしまった。


それからはいつものように話をした。たわいのない話。世間話。

二人の話は

夜も更けていったころまで続いた。2日続けて夜通すわけにもいかない。

月明かりが部屋を照らす。


「ねぇ、睦月。俺ばっか告白して、不公平だ。睦月の気持ちも聞かせてよ。」


「いや。」


「なんで。」


「恥ずかしいから。」


「むー、ひどい。」


「言わなくても、わかってよ。」


「そこはやっぱり言葉にすることが大事なんだと思うけどな。」


「言葉に?私が言葉にすると呪いになるよ?」


「あはは、なにそれ。じゃぁもう呪いにかかってるよ。」


「うん。そういう呪い。わかった。いうよ。蓮。君のことがこの世界で一番嫌いだ。」


「え?」


「だから、一番嫌いなんだ。憎悪だ。憎い。こんなにもこんなにも、呪いたい。殺したい。」


「なんでそんなこと、言うのさ。」

嘘に決まってる。笑ってるし。


「本気さ。本気も本気。すっごく本気。神様聞いてる?お前はいつも私に対して辛いことをする。私がどれだけ生きたくても許してくれなかった。どれだけ助けて欲しくても、助けてくれなかった。あいつはきっと私の願いを叶えさせないのが趣味なんだ。だから、蓮。私は君が世界で一番嫌いだ。一刻も早く消えてくれ。」


涙を拭いながら、照れ笑いしながら言ってる睦月。


言えないんだ。好きって。いったら、なくなってしまうと思うから。

だから精一杯、反対なことを言って、


表現してる。


なんて不器用な。


「…睦月。ありがと。」


抱きしめてやりたいと思った。でもできないから。窓の外を見た。


やっぱり相変わらず

綺麗な月だった。

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