10話①

「危なかったぁ!」

五十嵐先生が悲鳴をあげる。


「…董哉!ここから、離れよう!」


ダメだ。ここは

これ以上、ここにいてはダメだ。


そう思った。


「どうした、蓮。顔色悪いぞ。」


「今、先生が轢かれそうになったのは、多分俺のせいだ。」


「え、」


「今度は本当に死ぬかも。」


「…、わかった。戻ろう。」


3人は車に乗り込む。


あの遊園地があった。


「董哉、止まって。この遊園地。いこう。」



「え?」


「こんな寂れたもう、閉園してる遊園地にか?」


「うん。いいから。」



「柵しまってるだろ。」



門のところまで行くとやっぱり閉まっていた。

しかし、



「董哉、ここから入れる。」



柵の一部がゆがんで、人1人入れるくらいのスペースになってる。



「なぁ、おれも、行っていいのか?危なくないか?」


「危なくはないよ。ここは。ただ少し知りたいことがあって。先生は待っててもいいよ。」


「…ここいけば、兄に会えるって言うなら行く。」


「あぁ、ごめん、それは関係ない。」


「そ、そっか、じゃあ、会えない、んだな。」


「うん。あそこは危ない。また後で話すよ。」



「蓮、五十嵐先生は視えるのか?」



「さぁ、本人はみえないって言ってるけど。」


「そうか。」


「ねぇ、董哉。ここ、何にもいない?」


「あぁ、わたしには今のところ何も視えないし感じない、な。何か感じるのか?蓮は。」



「うん。

おれ、ここにきたことある。董哉は?」



「…いや、初めてきた。」


「ここの角を曲がると変なぬいぐるみがある。」




曲がると、本当にいた。ネズミのような狸のようなぬいぐるみ。ぼろぼろで不気味に笑ってる。



「…いつきた?最近か?」


「夢で見たのは最近だ。

自分の記憶だと思った。」



「そうか。わたしはきたことはない。」


「忘れさせられている、とかは?」



「忘れている?私が?」


「五十嵐先生のお兄さんの霊にヤられてる。」


「…なぜ、そう思う?」



「俺は、あの時5歳、か。5歳の俺はここに仕事に来た。その時あのぬいぐるみが持ってる赤い風船をもらった。」


「…それで?」


「おれはあの場所で車道に飛び出した。董哉の手を振り払って。なぜかはわからない。でも飛び出した。そしたら高そうな車が俺を避けて、電信柱に激突して炎上した。」


「…そういう、夢を見た、のか。」


「うん。なぜ飛び出したかはわからない。思い出せない。風船を持ってるのは俺だった。そして、最後にこう言った。その映像を見ている存在しないはずの俺、今の俺に向かって。『次はお前の番だ。』」


ガタン!


ぬいぐるみが倒れた。



振り返る。


誰もいない。

風で倒れたのだろうか。


「董哉…?」


「わからない。わたしには視えていない。」


蓮は歩き出す。


ついていきながら董哉は聞く。


「その夢が、五十嵐先生の兄とどう関係があるんだ?」


「五十嵐先生の兄は、交通事故で亡くなってる。あの場所で。俺がみた夢が俺の記憶なら、俺が殺してる。」


「そうとはいいきれん。いつの話かもわからないのに。事故現場は呼び込むから、お前が何かに呼び込まれ、そして同じような事故を起こした可能性だってある。」


「うん。でも、8月8日なんだ。その、五十嵐先生のお兄さんの事故。」


指差す。


テーマパークにある、記念写真撮影スポット。

だいぶ寂れているが日付もかいてある。


『2010年8月8日』


11年前の8月8日。


蓮は5歳。

五十嵐先生のお兄さんの事故があった日。



「……」



「偶然、って言う?」



「ち、詩音も無理矢理でも呼んでくるべきだったな。」



冷や汗が滴り落ちる董哉。


これは、自分の力の及ばないところの話なのかもしれない。



「五十嵐先生の兄は霊能者。その死に関する記憶が抜け落ちてる。私も蓮も、か。蓮ですら記憶を曖昧にされているとなるとわたしには手が負えない。」



「そう、だね。俺に対してそういう干渉は不可能なんだろ?ふつう。」


「あぁ。記憶操作や認識誤認、は私たち能力者にもよっぽど難しいが、蓮に対しては不可能に近い。霊がお前に触った瞬間除霊される仕組みと同じだ。」



「よくわからないけど、ソレをやってるのが五十嵐先生の兄さん。当事者である俺たちから記憶を消すなんて、よっぽど、自分の死を知られたくなかったのかな?」



「わたしは夢の中のお前の言葉も気になる。『次はお前の番だ』というのはどういうことだ?」


「試しに5歳の俺が立ってた場所に立ってみて、見てた方向を見てみた。そしたら五十嵐先生が轢かれそうになってた。」


「五十嵐先生を指してる、か。もしくは夢の中で見た今の蓮を指してる、か。どちらにせよ、穏やかじゃない。それこそ、五十嵐先生のお兄さんがその夢を見せた可能性が高い。」


「わざわざ?なんのために?」


「わからない。が、あの場所に戻るのは危険すぎるし、兄を直接呼ぶのも危険すぎるな。」


「そう、だね。」


「11年前の8月8日に、なにがあったか。ここにかかっているだろう。それぞれ調査してみよう。わたしはこの辺りの管轄の警察を当たってみて防犯カメラ等の映像、…まぁ、のぞみは薄いが探ってみる。」


「おっけ。とりあえず俺と先生も学校で情報収集してみるよ。」


車に戻って先生と合流する。


「ごめん、先生。どうも先生のお兄さんが関わってるみたい。」


「関わってるって、何に?」


「んー、多分だけどラスボスが先生のお兄さんって感じ。」


「へ?ラスボス?でも死んでるぜ?」


「だからこそ、だよ。霊能者は死後その力を強めるケースがよくある。」


「あぁ。こちらも我々だけで動くわけにもいかなくなってきた。本家に連絡しなければならないかもしれない。」

董哉が補足する。


「本家?本家ってなんだ?」


「簡単にいうと、ホンモノ、だ。彼らと比べればわたしは一般人と大差ない。」


「ごくり。そんなやばい人たちが…」


「だからごめん、とりあえずラスボスを降ろすのは無し。最悪乗っ取られる。董哉が乗っ取られたらちょっと日本が終わるから。」


「大きく出たな。少なくともそんなことになったら、二重の意味で本家に殺されるな。」


「だって、自称日本一の霊媒師なんだろ?」

 

「手厳しい。すまんね。五十嵐先生。そういうことで諦めてくれ。」


「わ、わかったよ。」


「じゃあ帰ろう。董哉。一応言っておくけど、小さい子が見えても、無視して轢き殺してよ。」


「…わかった。ホンモノだったら止めてくれよ。」



そうして、学校に帰ってきた。



董哉は学校に着くともう、ヘトヘトで。汗をダラダラ書いている。


「何人轢いた?」


「1人だ。あの近くでな。だがもう、そのあとは気が気じゃなかったぞ。」


「1人か。意外と少なかったな。一応、今日は泊まっていきなよ。多分大丈夫だと思うけど。あそこは危なかったね。」


「あぁ、正式に本家に連絡出さないとな。…命懸け、か。」




「…すまねえ。なんか、兄が追い込んでる、んだな?」


「うん。まぁ、先生と俺で調べよう。あ、当たり前だけど危険すぎるからオカ研のみんなには内緒で。」


「あぁ、わかった。」


「ありがと。よろしくね、先生。巻き込んでごめん。」


「いや、俺だってほとんど当事者だろ。身内なんだし。」


「危なかったら逃げてね。死んじゃダメだよ。」


「お、おお。守ってくれよ。」


「頑張るよ。じゃあ、また。」



そう言って先生と董哉と別れた。


部屋に戻ると、居た。



「おかえり。」



ベッドで寝転びながら本を読んでいる。


「ただいま。」




何を言うでもない。何事もなかったかのように、そこにいる。



おれは、何も言わなかった。


ただ、そこに居た。



何かを聞けば多分二度と会えなくなる。

そんな、気がした。



しばらく、本を読む彼女を見続けていた。



「あ、…」



145ページから進んでいる。


200ページくらいを読んでる。


「どうして、そう言う読み方してるの?」



「ん?」



「何回も途中までを読み返すって、読み方。」


「ひま、だから。」


口を尖らせながら言う。


「先、気にならないの?」



「気になるよ。忘れた頃に読み返すんだ。次の展開忘れるまで読み続ける。」



「ふーん。」



「うん。」



「ねぇ。」



「なに?」



「暇ならゲームすればいいじゃん。」



「なんの?」


「携帯ゲーム。」



「ここ、携帯繋がらないよ。」


「そっか。」


「うん。」


「あのさ、」



「うん。」



「ちょっと喋らない?」



「うん。いいよ。何話す?」


嬉しそうな表情。退屈だったんだろう。


とりとめもないはなしをした。


どういう体勢で寝転ぶのが好きとか、

お風呂に入ったらどこから洗うとか、

そういえばこの部屋テレビないね、とか。

数学のテストが難しかった話とか、

三平方の定理って大人になってから使うのかなとか。

勉強で大人になってから使うものあるのかなとか。

梅雨なのにあんまり雨降らないねって話とか。

ジューンブライドって結婚式場の戦略だよって話とか。



今までと変わらない、話。


今までと変わらない関係。


決して

触れない、2人。




でも、だからこそ、


たくさん喋る。


お互いのこと。


自分すら知らない自分を、知ってる人。


相手すら知らない相手を知ってる自分。


嘘をつく時右上を見る癖があるとか。

ドアノブは左手で開ける、とか。

寝てる時はお腹がでがち、とか。

鼻血は右の鼻から出る、とか。

実は左目利き、だとか。


笑う時には顎を引く癖があるとか

喋ってるとたまに目を伏せる時があるとか

腕を組む時は左手が前、だとか。

本気で笑った後、必ず少し悲しい顔をする、とか。

瞳に映った自分の姿をみて、考え込む時がある、とか。

たまに、ワンテンポ返事が遅くなる、とか。



言いながら2人は実感する。


決して交わることない関係。


決して手の届かない、存在。


だけど、だからこそ。こんなにも心地よい。





その日は気づいたら夜明けになってた。


小鳥の囀りを聞いて、お互いおしゃべりが一瞬だけ止まって。



顔を見合わせて笑った。


「蓮。ふらふらだね。そろそろ寝なよ。」


「まぁ、そうか。日中も結構ハードだったからなぁ。」


「そうなんだ。休日無駄にしないでね。」


「うん。頑張って昼には起きるよ。」

ふああああ。


「おやすみ、れん。」



「うん。おやすみ。また、会えるよね?」



「もちろん。呼んでよ。」


「呼ぶってどうやって?」



「ん?携帯で。」



「いや、いいや。」



「え?」


「あいたくなったら、来てよ。」



「わたしが?」



「うん。」


「いつ来るかわかんないよ?」


「うん。」


「じゃあ10分後くる。」


「あはは。俺寝てるけどね。」


「うん。」


「寝顔見てて楽しいの?」


「うーん、まぁまぁ。ブッサイクな時あるからね。蓮。」


「あはは。それじゃあ。おれ、寝るね。」



「うん。おやすみ。」



結局、出て行く前に、寝てしまった。それほど疲れてたんだろう。



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