9話②





「おはよ、蓮。」


「おはよ。」


「おお、ようやく復活か!久しぶりだなぁ、」


「タケル、一回も見舞いに来なかったなぁ。」


「まぁね。すまんすまん。病院って嫌いなんだよな。あんまり行きたくなくて。」


「ふうん。まぁいいけど。」


「つーか今日からテストですけど。今日から復活ってどんだけ運悪いの。明日からなら今回のテスト受けずに済んだのに」


「その辺は父親がそういうとこだけはちゃんのしろって言いやがるから。」


「え、勉強してたの?」



「右手が効かないのに勉強なんかできないよ。」


「だよねぇ、つーことはボロボロ?」


「うん、ボロボロ。」


「いよぉぉっし!知ってる?今度のテストドベが一位の言うこと聞くってなってるんだ。」


「は?一位って100%シズじゃん。」

「だよな、絶対頭いいよなあの人。そんで、ビリのやつは無理難題ぶっかけられるに決まってる!」

「それ、知らなかったし。ずるいぞ。俺抜きでやってくれ。」

「見かけによらず、葉月がドベだったりして。」

「は、新入生代表やるくらいだからトップクラスだろ。ここは俺とお前のびり争いになるな。」


「で?そのシズは?」

「そりゃ、勉強してるでしょ。朝から。」

教室に入ると半分くらいの生徒が必死で参考書を見てる。

「…え?みんなガチすぎない?受験?」

唖然としてるとシズと葉月が寄ってきた。「退院おめでとう」って。割と余裕そうだ。

「まぁ、一応ここ進学校だしねぇ。私たちみたいなエスカレーター組は大体こんな感じ、だし。」

「逆に意外なんですけど。エスカレーター組は適当っていうのがトレンドじゃなかった?」

「まぁ、そう思わせて油断させて裏ではガチでやるっていうのが私たちの普通、なんだけど。」

「性格悪ぅ…」

タケルが言葉を失っている。

「そんなもんでしょ。他人を押しのけてなんぼのもんだよ。」

「すげえな。そこまでストイックになれない。」

おれも感心してしまった。

「おーい、お前ら、早く教室入れよ。」


「五十嵐先生!久しぶり!」


「おお。退院おめでとさん。俺からは赤点必死のテストをプレゼントだ。楽しい楽しい補習で待ってるよん」


「げ、ひどい。」


「あはは、まぁしょうがないだろ。」

そんなこんなで1日目のテストが終わった。テストはあと2日。午前で授業が終わる。午後から葉月にとりあえず明日の範囲を教えてもらうことになってる。もう、遅いがやらないよりはマシ。


図書室で遅くまでやってたらにゃーこ先輩が来た。


「こんばんは、にゃーこ先輩。おかげさまで退院できたよ。」


「うん、おめでとう。もうだいぶ遅いけど、まだ帰らなくていいの?」

それだけ言ってどこか言ってしまうにゃーこ先輩。なんだかいつもと雰囲気が違う。まぁ、それほど知ってるわけでもないが。


「うーん、俺は大丈夫。葉月は?」

「うん、そろそろだね。けど、まだ範囲終わってないし…。ねえ、私泊まってっていいかな?」


「え?」


「寮に。だめ?」


「え、いいけど、怖くない?」


「だって蓮君が泊まれるほど、なんにもないんでしょ?じゃなかったら、普通、寮に戻さないよ。」


「そうだね。そうだけど、そうじゃなかった時、怖くない?」


「怖くない。蓮君と一緒なら。」

「……そ、そっか。ありがと。」


こうしていきなりお泊まり会が始まることになったのだ。

とりあえずたけるんにラインで報告。


ゴムを財布に入れとけっていう意味わからん返事が来た。


そんなことにならないから。まず。

とりあえず勉強なんだから。


俺の部屋。1ヶ月ぶりくらい。


多分。


なんかおれ、ドキドキしてる。

この部屋に、本物の葉月がいる。


「それにしても、よく、親御さん許したね。急に泊まってくるなんて。」


「?だって、寮だよ?女子寮しかないと思ってるしね。」

それにここも、もともとは女子寮だし。

「それでもさ、急じゃん。本当に大丈夫?」

「もー、ほんとは急じゃないの。泊まってくるって言ってあった。」

顔を赤くして言う葉月。

「え、」


「だから。その、一緒にいたかったから。」


「ええ、その、ありがとう…」


顔が赤くなる。照れてしまう。こんなふうに言われてしまうと。


「ねえ、私は、さわっても、いいんだよ?」


顔が真っ赤なまま葉月が俺の手を握る。


「え、あ、ちょ、ちょっとまって、葉月」


慌てて離そうとする俺。離させてくれない。


グイッ


おしたおされる形になった。


「わぁ!ちょ、まって、葉月、」


「もう、女の子にこんなこと、させるなんて恥ずかしいんだぞ、」


顔真っ赤で涙目で。


でも、でもまった



「ちょいまち!この部屋は監視されてる!」



「……は?」


「だから、俺がこの部屋に戻る条件でカメラ設置っていうのがあるんだ。また、俺がナニかと仲良くならないように。24時間体制で妹と董哉が交代で監視してる…」


「え、うそ、ちょ、」


顔が既に赤かったのに、爆発するんじゃないかってくらいもっと赤くなる葉月。


「と、いうことで、その、ここではないところで。ごめん、ね。」


「もおおおお!ばかばかばか!先に言ってよ!」

「ごめんごめん、本当にごめん!」


平謝りするしかない。


とりあえず機嫌直してもらうためにも一旦距離を置いて。俺は風呂に行く。葉月もお風呂セット持って寮の風呂に行った。


「はぁ。でも、すごかったな、葉月…。」


あんなことをするのにどれくらいの度胸がいただろう。緊張で胸がはち切れそうになったに違いない。


先生におやすみを言って、部屋に戻ってきた。


葉月はもう戻ってて髪をドライヤーで乾かしていた。


「お、帰ってきた。」



ふわっ


いい匂い、だった。


「葉月…。」


「うん?」

首をかしげる葉月。


「いや、いい匂いだなって思って。」


「にへへ、誘惑してるの。」


照れるように笑う葉月。




どこか儚げな笑顔。どこか寂しそうな瞳。



ドクン、と心臓が高鳴るのを感じた。



…だめだ。認めては、いけない。


そんなこと。認められない。


「まだ、誘惑してるの?」


「だって、さっきの監視されてるって話。嘘、でしょ?」


「…。」

頭をかく。バレてた。

「なんでわかったの?」


「人間って嘘つく時右上を見るんだ。」


「俺は左下を見てたけどね。」


「左下っていうと、角度的におっぱいの方だね。」


「ぐぅ…」


立ち上がる葉月。俺の近くまでくる。


スッと手を伸ばす。


無言で。

あの、儚げな笑顔を浮かべて


寂しそうな瞳で。



俺はその手を



握れなかった。



数秒沈黙して、葉月が俺の横を通り過ぎて行く。


ドアを開けて、

そんなこと、言わなくていいのに、


「ドライヤー返してくるね。」


って辻褄合わせを言って出ていった。


この部屋から、出れるわけ、ないのに。


数分たって


葉月が部屋に帰ってきた。


髪の毛は乾いてる。ドライヤーも、持ってない。


「葉月。」


「うん?なに?」


「いま、ブラジャーってしてる?」


ティッシュが飛んできた。


セクハラ禁止って怒ってる。



鼻血は、出なかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



夢を見た。




万華鏡で遊ぶ夢。


万華鏡の中にはいくつもの私がいる。


で、クルクル回すといなくなったり合わさったり反対になったりする。


クルクル回して遊んでた。そしたら、


いつのまにか、私が万華鏡の中にいた。


クルクル回されてる。私に。


万華鏡の外に蓮君がいた。


私はガラス張りのその箱の中から必死で助けを求めた。


ちがう。私じゃない。それは私じゃないよ!蓮君!


お願い!気付いて!



蓮くんは私に気づかない。


それどころか、


ガラスの向こうの私と手を繋いでる。



だきあって


キス、しようとしてる。



いやだ、


こんなの見ていたくない。


下を向く。


下にも写ってる。


ガラスの向こうで、蓮君と私じゃない私が


嫌。嫌。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。


「蓮君はお前のものじゃない!」


叫ぶ。


蓮君が悲しそうな目でこっちを見た。



ガラスの中の幾千もの私が、蓮君を見てる。


どれも、違う。


どれも、同じ。


蓮君に選ばれない私。


蓮君がガラスに手を触れる。



手がガラスをすり抜けた。



蓮君の手が幾千の私に同時に触れる。


崩れていく私たち。


あぁ。崩れていく。私も。消えちゃう。蓮君に消されるなら仕方ない、か。



沈んでいく。ドンドン深いところに。私は泳げないのに。こんなに底まで。




遠くで声がした。



朧げな意識の中で、誰かに抱えられたような気がした。



ー大丈夫だよ



そう言われたような気がした。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ガバッ

「葉月、葉月、大丈夫?」


「はぁ、はぁ、はぁ。」


「脳細胞死んだ?」


「へ?なんて?」

ぜぇぜぇ言いながら葉月がこっちを見る。


「悪い夢見たの?」


「うん…。昨日も見たの。」


「そっか。人に話すといいっていうよ。」


「……あのね、昨日の夢から話していい?」


「うん。」


「昨日は私が2人いて、胸の火傷が熱くって、もう1人の私がここに、入ってくる夢だった。起きたと思ったら、背中合わせでそいつと一緒でね。私が思ったことを背中のソレが言って。ソレの思ったこと、思った表情を私がするの。乗っ取られて交換しちゃったみたいに。」


「…そっか。怖いね。」


「ねえ、ソレってここにいたやつかな?私、とりつかれてないかな?」


「…わかんない。今日見た夢は?」


「あんまり覚えてない…。」


「そっか。でもできる限り教えてよ。」



「うまく説明できないんだけど、蓮君が遠くに行っちゃって、蓮君に触ると消えちゃう気がしたの。私偽物じゃないのに。それで蓮君が私に触って、消えちゃうって思ったら沈んでて、私泳げないから…」

言葉にできないくらい、怖いようだ。震えている。


「…そっか。怖かったね。」


そう言って葉月を抱えていう。震える肩を抱きしめる。


「大丈夫だよ。葉月は消えたりしない。」

葉月が落ち着くまで抱きしめていた。

 


電話は、つながる。


董哉に電話をした。



「〜というわけなんだけど、董哉はどう思う?」


「ただの夢、にしてはタイミングが良すぎるな。かと言って判断は難しい。お前的にはどうなんだ?」


「うん、葉月にしか思えない、よ。」


「お前の部屋に居たモノではない、とは言い切れないか?」


「絶対、違う。」


「逆になぜそう言い切れる?今まで、騙されていたんだぞ。」


「違うもんは違う。今までは違うと思ってなかったから気づかなかった。違うと思ってみたら全く違う」


「そうか。まぁ、だが一応念の為今度病院に来るときに診ておくよ。一緒に連れてきてくれ。」


「うん、わかった。」


電話を切る。

葉月は寝ていた。


そのまま同じ布団で、寝た。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


朝起きたら、葉月が顔真っ赤で床に正座していた。




なんでだ?


「あ、もうこんな時間。早めに行こっか。」



「え、あ、うん。」


なんかよそよそしい。


「どうしたの?」


「いや、その、なんでもない。」


「?」

首をかしげる俺。


…今の仕草、葉月、いや。葉月のフリしたナニかっぽい、な。


自分で思って恥ずかしくなった。


「き、き、きのう、さ、なんか、その、あった?」


「?昨日?葉月が怖い夢見たって、覚えてない?」


「いや、それは、覚えてるよ。覚えてる。でも、その、そのあと、は、覚えてなくて」


「そのあと?」


「なんで、一緒に寝てたの?」


「あ、あぁ、ごめん、起こしちゃいけないなと思ってたら、そのまま俺も一緒に寝ちゃった。」


「…寝た、だけ?」


「うん、無意識に変なとこ触ってなければ。」


「触って、ないの?」


「いや、意識は無いけど。寝てたから。触ったつもりはないよ。」


「ほんとのほんとに?」


「う、うん。」



「そう…」ふぅーっと息を吐く葉月。


「さ、さぁ、早く支度して、学校行こっか。テストだし、頑張ろうね。」


「うん。」


なんとなくちょっと様子が変だが、まぁ、いい。



そのまま少し早かったが学校に行ってテストを受けた。


葉月にしか範囲を教えてもらった分、昨日よりはかなりできた。


その日も葉月と2人で図書館にこもって勉強し、昨日のこともあり2日連続は厳しいだろうということで葉月は家に帰らせた。



葉月と別れたあと、俺は図書館に戻ってきた。



図書館にある部室に用事があった。もちろん、テスト週間中なので活動はしてない。


そこは五十嵐先生に頼んで開けてもらう。


「おお、蓮。しかし、新聞部に用事があるってどんな用事だ?」


「この新聞部って、かなり前からあるんだろ?」


「あぁ、そうだな。少なくとも俺が学生の頃は既にあったと思うぞ。」


「え?先生って違う学校でしょ?」


「あぁ。ここは当時女子校だからな。男子校の俺らと仲良くて取材とかされた記憶がある。」


「取材?先生が?」


「あぁ。ま、当時はモテたんでね。」


「へぇ〜」


「まさか信じてないのか?確か一面に乗ったぞ。昔のあったら見せてやるよ。」



そう言って新聞部部室の鍵を出し、開けてくれた。


中は普通に整った会議室のようだが、新聞部が作った昔の新聞、これが今探しているもの。


あの部屋について何か書かれてないかって思ったのだ。


あの部屋が女子寮だったのに今は使われなくなった理由。老朽化等の原因のほかに、何かあるのではないかと思ったのだ。それを調べれば、アレのルーツがわかるかも。


適当に戸棚を開けていくと、昔の新聞のファイルがあった。

パラパラとめくっていく。共学化された3年前、

そのもっと前。



そのまたもっと前。



量が膨大すぎて全然遡れない。


「あ、おい、ほらみろよ。俺が学生の頃の取材受けたやつだ。こんなに一面になってる。」


どでかく載ってる五十嵐先生。



「ほんとだ、昔はいけめんだったんだ。」



「まぁな。って一言多いぞ。昔は、がいらない。」


「なんで一面に乗ったの?」


「あぁ、兄だ。」


「ん?」


「イケメン教師のイケメン弟って事で取材されたんだよ。」


「…へぇ、そっか。お兄さんが教員だったんだよね。」


「おう。」


「お兄さんはたしか霊感があったんだよね?」


「あぁ。」


「なんで、そう思ったの?」


「子供の時から見えてたからな。ここにくると霊がそもそもいないから楽だって言ってたぞ。」


「結構取り憑かれたりしてた?」


「それは俺にはわからんな。」


「たまに、人が変わるとか、急に激しく怒るとか、」


「いやぁ、ない。全然ない。」


パラっ



パラっ

「あ、これ、先生のお兄さんの話?」


「そうそう。これだ。この日だ。星稜高校の教員が交通事故で病院に搬送。ここからすぐ近くだな。」


今から11年前。


日付は、


8月8日…。

「先生、これ、偶然かな?」


「ん?なにが?」


「葉月の誕生日だこれ。」


「へ?そうなのか。偶然、だろそりゃ。葉月がやったわけじゃないし。」



「あった、これ。寮でぼや騒ぎってやつ?」

それもこの日だ。8月8日。偶然にしてはできすぎてる。

結構なことだが、五十嵐先生のお兄さんの事故の件のせいでかなり小さい記事になってる。


「あぁ、そうだ。このぼや騒ぎで寮がしばらく使用禁止になったって書いてあるな。建設中だった新しい寮に順次移動したんだな。幸いすぐ火は消えて怪我人もなし。だって。」



「怪我人なし?」


そんなはずあるだろうか。あの部屋に出てくるナニか。あの部屋ではぼや騒ぎがあった。そしてナニかは火傷をしている。


「そんなはず、ないと思うんだけど。」


「うーん、でもなぁ。怪我人なし、でもほんとは死人が出てましたなんてそんなこと言わないだろ。」


「当時のこと知ってる先生とかいないの?」


「まぁ、ここは私立だからよっぽどみんな長いからな。知ってる人は知ってるだろうけど。寮のこととなると、どうかな?食堂のおばさんとかも変わってるだろうし。」


「うーん、先生のお兄さんに聞くしかない、か。」


「え?なんで?」

「先生のお兄さんは霊感あったんだろ?なら、そういう事件のことは視えてたかもだし、何か、知ってるかもしれない。むしろ、この交通事故とぼや騒ぎは何か関係があるのかも。未来に影響があるくらいの事件なんだからなおさらさ。」

「いや、でも、どうやって?兄は死んでるぞ。その、交通事故で。」


「うん。だから降ろす。」


「え、そんなことできるの?」


「詩音ならできるし、董哉にもできると思う。先生、お兄さんか確認したいし、会いたくない?話せるチャンス、だよ。」


「え、え、いい、のか?」


「もちろん、本人が嫌がったら無理なんだけどね。」

「会いたい、会いたいがそんなこと許されるのか、」

「おっけ。じゃあ、今週末、董哉か詩音か呼んで現場に行こう。」

「あぁ、わかった。」


五十嵐先生のお兄さんは

確実に何か関係がある。

そう確信していた。

蓮はあの、葉月のフリしたあの子の顔を思いうかべる。

あの儚げな笑顔。終わりになんてさせない。必ず彼女のかかえているものを突き止めて、彼女を救う。そう、決意を、新たにした。

――――――――――――――――――――――――――


「ごめんね董哉。忙しいのに。」

董哉が車を出してくれて寮まで迎えにきてくれた。

「いや、お前の頼みなら何に優先しても動くさ。」

車に乗り込む2人。

「それで、先生、お兄さんの事故現場はどこ?」


「あぁ、ナビする。」

先生は携帯を取り出した。学園を出て30分くらい走る。

「五十嵐先生のお兄さん、がキーパーソンなのか。蓮。」

「まだ、わからないけどね。本人に直接聞くのが早いかなって。」

「うーん、普通なら10年も前のことは余程のことがない限り成仏してしまっていることの方が多いからなぁ。よほど未練や怨念がない限り、難しいと思うが。」

「まぁ、やるだけやってみようよ。なにか手がかりになるかもしれないし。」

山道を走っていく。


違和感を感じた。

初めて通る道、だ。間違いなく。だが、なぜか知っているような気がする。

この光景、どこかで見たことがある気がする。

次の信号を右、だ。

「あ、董哉さんこの信号、右です。」

「………………」

当然、いったことは無い、はずだ。

「董哉、この道、昔俺を連れてきたことある?」

「いや、お前どころか、俺さえ初めてだぞ。」

山道をずっと進んでいる。思い出したように電信柱がポツン、とたつ。そんな道。

街灯もほとんどない。夜は真っ暗だろう。

難しい顔をしていると、董哉が話しかけてきた。

「どうした、蓮。なにかあるのか。」

「……来たことないはずなのに、見たことある、気がする。」


カーブを曲がると、少し広い道になった。

少し進むと、多分


「あ、遊園地。」

この遊園地ははっきり覚えている。


夢に出てきた遊園地だ。


汗が出てくる。つまり、今から向かうのは、もしかしたら


「董哉、本当にここに来たこと、ない?」

「ない。こんなところに寂れた遊園地があるなんて、今知ったよ。」

五十嵐先生が異様な雰囲気を感じ取ったのか、俺と董哉を交互にみて恐る恐る言う。

「ここから、もうすぐ、です。この道を真っ直ぐ降りてったところ。」


「……董哉、ストップ」

「ん?どうした、蓮。」

「あ、えっと、あそこ。あそこの交差点の電信柱です、けど。」

五十嵐先生が指をさすのは15メートルほど先の交差点。

その手前に車を停めて、外に出る3人。

「ここが、どうした。蓮。」

「……ここ。ここだ。」

「何が?」

俺は無言で冷や汗をかきながら、その場にしゃがむ。

夢の場所、だ。



小さい時のオレが急に飛び出して、車が、あの電信柱にぶつかって……。おれは視線を合わせるためにしゃがんだんだ。間違いなく、ここからみた光景。



それから、人が出てきて、そのすぐ後に車が炎上して……。

そして小さい頃のオレはこっちを向くんだ。

ななめうしろ。



目線の先には五十嵐先生が立っていた。

「……!」

無言で指を刺してみる。


間違いなく、五十嵐先生を指している。


「……次は、お前、だ?」


震える声で言う。


その視界の端に坂の上の向こうから来るトラックが見えた。


考えるより先に体が動いた。


「先生!危ない!!」


歩道のブロックの上に乗ってる先生の腕を引っ張って車道に下ろした。


「うわぁ、なんだ、蓮。どうした。」


パァン!


すごい破裂音が鳴ったと思ったら、

後ろから来たトラックが前に停まってる董哉の車を避けようとして車道の真ん中に落ちていた木の枝のようなものを踏みタイヤが破裂する音が鳴った。

バランスを崩したトラックがハンドルの操作性を失って歩道に突っ込んだ。


ドガァァァァアン!!


さっきまで、五十嵐先生の立っていたところ、だ。

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