妹はナニカに取り憑かれたのかもしれない

「おはよー蓮、ておわぁ!」


「おう、おはよ。たける。」


「………………なに、それ。……取り憑かれてる?」


「……まぁ、ある意味。」


丈瑠は俺の横でくっついて離れないモノを指して聞く。


「む、あなたは丈瑠さんですね。蓮がいつもお世話になってます!」


元気な声で挨拶する妹。


すごくくっついてる。

控えめに見ても妹は美人だ。その妹が顔面普通の俺にこうもくっついていると、なんか、俺が悪者みたいに思えてくるから不思議だ。


「え?だれ?」


「かの」 

「妹だ。」

とんでもないことを言おうとする詩音を遮っていった。頬をふくらかすな。

「あの蓮がたまに美人だって自慢してる?何でここにいるの?」


おい、その情報は見た感じ火に油なのを感じないかこいつ。


「え?え?蓮が?私を?そんなふうに?うそぉ、嬉しい……詩音、恥ずかしいなぁ。」


顔を赤らめて手で覆いながらも、しっかり体をくっつけて、ない胸を押し付けようとする妹。

……一言よけいだったか。



どうしてこうなった。2年前、中学3年の時は……



『はぁ!?もういい加減にしてよ!なんで洗濯おに、……くそ兄貴と同じにするのよ!もう我慢できない!そもそも同じ部屋で寝るなんて嫌だから!早く部屋を分けてよ!もしくはさっさとクソ兄貴が出てって!』


と、こんな感じで反抗期まっただ中だったし、俺がこの学園に来た1番の理由は詩音なのだが。


「蓮。わたし、嬉しい〜」

ない胸と頬をぐりぐりと俺に押し付けてくるコレが、妹と同一人物だなんて。


薄々変わったのは知っていたが、あんまり関わらない状態が続いていたのだ。色々理由があって。


それにしても、この変わりよう。


多分だけど妹はナニカに取り憑かれたのかもしれない。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「おはよっ」


「……おはよ……。」


「ありゃ珍しく元気ないじゃんはーちゃん。」


「……うん。」


「ねえねえ聞いて、さっき聞いたんだけどさ、めぐみん、純哉君と寄りを戻したんだって。なんかね、手とか繋いで登校しちゃってる!前までそんな感じじゃなかったのにね!『雨降って痔爆発』!みたいな?」


「地固まるね。」


「ツッコミも元気ないなぁ。元気ない理由ってそれじゃないの?あすみんとめぐみんがデートしたって話」


「うーん、昨日まではそうだったんだけど……。」


「うん?今日なんかあったの?」


「見知らぬ美少女が蓮君にくっついてた。」


「は?」


「だから、美少女がくっついてた。」


「え?あすみんに彼女できたの?できたとしてあすみんそんな感じイチャイチャするの許すタイプかな?」


「わかんないけど、腕組んでひっついて一緒に登校してたもん。」


「あぁ、さっさと告白しないから、そうやって先越されるんだよ。」


「そういうシズは告白、したの?」


「ん?してないよ?なんで?」


「え、だってするって言ってたじゃん。」


「あー、あれ、あの日丈瑠ん3人から告白されて1人から襲われてるんだって。きっと何かに取り憑かれてるんだと思う、不幸だーって言ってたから、やめといた。」


「……それ、不幸、なのかな?まぁでもタイミング的には違うかもね。他にも告白してるなら。」


「でしょ?やっぱりそんな変なやつに私たちのタイミングをずらされたくないって言うか。どっちかっていうとやっぱり告白されたい気持ちもあるし?」


「でもよくそれで不安にならないね。丈瑠くんモテるんだから、とられちゃうかも、とか。」


「あはは、そんときはそん時で取り返してやればいいじゃん?」


「……すっごい自信、わたしには無いなぁ……。」


「いるるんはは自信なさすぎだから!2年連続ミス星稜に選ばれといてそれは無い!」


「まだ選ばれてないしあれは勝手にあなたが出ろって言うから。」


「今年もやるでしょ?文化祭。まわろーよ。蓮くんと2人で。あと、今年は違うクラスなんだから、こっちの出し物で向こうを誘惑するっていうのもあり!向こうの出し物でこっちが誘惑されるっていうのもあり!ほら、楽しみになってきたでしょ?」


「全然。だってあの人が蓮君の彼女だったら……。」


「だったら何?蓮君に他に好きな人がいても諦められなくてアタックかけてるのは誰?彼女がいたって、あなたは魅力的だよ!奪えるよ!あなたがほしいものは自分の手で掴み取らなきゃ!さぁ!立って!まずは挨拶しに行こう!それから宣戦布告をー!」


言われるがままたたされて、隣のクラスへと引っ張られる。

「え、ちょ、ま、まってよ、やだ、わたし……」


戻ろうとするわたしたちは、教室に入ろうとする蓮君達とばったり会ってしまった。


「お、おはよう、蓮君。丈瑠くん。」


「おす。」

「おーす。」


「たけるん、あすみんおはよー、その後ろの背後霊さんは誰?」


「…………」

じーっと2人を見てる背後霊


「あぁ、この人な、なんと」

丈瑠君が言いかけたがそれを遮って


「蓮がいつもお世話になってます。わたし、詩音といいます。」


すごく礼儀正しく挨拶してきた。でも、蓮って。



「えっと、詩音、さん?は蓮君とどういう関係なの?」

笑顔で聞こうと努力するがひきつってないか心配だ。


「みてわかりません?ベットを共にする関係です」


「言い方。それに見てわかるわけないだろそれ。」

蓮くんがため息をつきながらいう。


「うーん、じゃあ生涯共にする関係?」


「より酷いし日本では無理だ。」


「あら!日本じゃなければいいと!わたし今プロポーズ成功しました!」


「おーい」



「……えーっと?」


「これ、妹。」


「え?」


「だから妹の阿澄詩音。こんな時期だけど中等部に編入してきたんだって。どうせ来年からここに通うらしいし。それで来週から寮に住むんでその手続きついでに俺にくっついてる。」


「な、なんだぁ。」


「良かったねぇ、葉月?」


「……良かった?」

詩音にすごく見られる。


「え?あ、え、いや、その、なんでもないよ、はは」


「………………」


すっごく見られてる。というか睨まれてる。


「えい」


いきなり胸を揉まれた。


「ふぇ!?ちょ!なにを!」


「うーむ、この弾力、大きさ、、、……Cカップくらいだな……。蓮!この人は巨乳ではありません!普通です!少々パットで盛っていますが騙されないでください!」


「え、ちょっとそんな大きな声で変なこと言わないでよ!」


「詩音、セクハラ禁止」

詩音にチョップする蓮くん。

何となく目があって、恥ずかしくなって目を背ける。


「えー?蓮くんって巨乳好きなの?」


シズが目を逸らしてる蓮くんの顔を覗き込む。

黙ってる蓮くんの代わりに詩音が答えた。


「ええ、先程自称無二の親友の丈瑠くんに聞きました。昨日推定Fカップの女の子に胸を押し当てられてデレデレしていたと!

この人は触るまでもなく貧乳です!私より小さい!だから安全!」


シズに怒りマークがついた。あ、この子、触れちゃいけないところに触れてしまった。


そう思ったらもっととんでもないことをしだした。


蓮くんの、手をシズの胸に押し当てたのだ。


「うわぁ!おい!ちょ!何するの詩音!」


「なんでお兄ちゃんが嫌がるのさ。シズさんが驚くならいいけど。デレデレしないと失礼ですよ。」


「…………」

パチン!

シズが蓮くんに張り手した。流石に涙目。


「ばか!」


蓮くんに言い放つと足早に私を連れて逃げていくシズ。


その場に取り残された3人


流石に蓮くんが叩かれるのは可哀想だけど、でもやりすぎはやりすぎだ。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「おいおい、中等部のお前がこんなとこにいちゃあかんだろ阿澄。」


「五十嵐先生おはようございます。」


「なんだ、もしかして迷子か?今日からだっけ?」


「いいえ、昨日からです。昨日はあらかた中等部の方除霊したから、今日は高等部を見てまわるんです。」


「……あぁ、なんだ。仕事か。」


「ざっと見て回ったけど、去年より酷い。あちこちにいる。霊の数でいえば普通の学校と何ら変わりなくなってる。何よりおかしいのは、ここの霊は蓮に寄ってこない。」


「え?ここって昔から山奥で閑散としててなおかつデカイ教会があるから霊は寄り付きにくいって話じゃなかったの?」


「そう聞いてたし、去年の春はそうだったよ。蓮も良く眠れるって嬉しそうに話してたし。」


「しかも蓮に寄ってこない……?」


「ええ。普通、蓮は霊にとってご馳走に見えるから勝手に寄ってくる。なのに、蓮の近くにきた霊ですら決して蓮に触ろうとしない。」


「なんでだ?」


「わからない。わからないけど、そういう『普通とは違う』ときは何かよくないものがよくないことをしてる場合が多い。もっと詳しく調べないと。」


「……そうか、その、なんかあったら何でも言ってくれ。俺にできることならやるからな。」


「じゃあ一つ。私をオカルト研究部にいれて。」


「は?」


「だから蓮と同じ部活に。中等部だけど、体験って名目で。」


「別にいいが、なんで、また。」


「あの、シズって子。それに丈瑠君。あの2人この前見た時もついてたし、今日の朝もついてた。しかも違うやつ。こんなに頻繁に憑かれるなんて普通じゃない。しかも、蓮の近くにいるのに。」


「……それはその、憑かれやすいとは思うが、でも大したことないやつなんだろ?」


「大したことないのは蓮が近くにいるからよ。それに割と本人にとっては大したことなくない場合もある。」


「え?なんかまずいことでもあったの?」


「別に。大したことではないけど、本人はそれで悩んでたみたい。だから祓ってあげたの。改善するかは知らないけどね。しないよりはするんじゃないかな。」


「あー、とりあえず祓ってくれてありがとうな。」


「ほんとよ。私に除霊を正式に頼むならいくらになると思ってるんだか。だから適当に蓮でやったのに。怒ったってしらないわよ。」


「……、まぁとりあえずわかった。オカルト研究部に体験入部ってことは話しとくから。来年猫宮が抜けるからちょうど良かったんじゃないの?それじゃ、俺授業あるから。お仕事頑張ってください。」


頭を下げて行く五十嵐先生。


「……で?どこから聞いてたの?」


木の影でビクッとする人がいた。


「その、聞くつもりはなかったんだけど……。」


「質問に答えてほしいな。どこから聞いてたの?」


葉月はしどろもどろになって答える。


「あの、その、シズと丈瑠くんに何か憑いてるって話らへんから。」


「うん、そうなの。ていうかあなた視えるのにわからなかったの?」


「うう、視えるかどうかなんて、わかるの?」


「わかるよ。だって無意識に避けてるし。」


「内緒にして!私もあなたがお仕事だって話内緒にするから。」


「別にそこは内緒にしなくてもいいし、頼まれなくても言いふらすことじゃないわ。」


「そ、そうなんだ。で、もしかして朝のアレは除霊のため……?」


「そう。話の流れで蓮に触らせようと思ったけど無理があるから。半分強引だけどね。」


「その、シズについてたのでシズが悩んでたっていうのは……?」


「うん?言わなきゃだめ?あの人胸の大きさにコンプレックス持ってたみたい。同じ悩みを抱えて死んだ霊がよってきてて、胸に取り憑いてた。その霊が無駄に力を込めて成長させないようにしてたからどれだけ頑張っても成長しないのよ。だかれ祓っておいた。」


「れ、霊ってそんなことできるんだ……?」


「普通はできない。でもここにいる霊は特殊だから。」


「特殊って?」


「持ってる力を無駄なことに費やしてる霊が多いのよ。巷に出ればそれなりに名のつく悪霊レベルの力を持ってても、すごく平和的な、個人的な趣味の域に偏って力を使ってる奴が多い。さっきみたいな嫌がらせとか、図書室の本棚を絶対綺麗しまえさせないようにしてる霊とか、わけわからないのがいっぱいいる。」


「それ、ちゃんと説明してからやったらシズも怒んないのに。シズに説明してもいい?」


「いいけど、蓮のこと、伏せてどうやって説明するの?」


「え?」


「だから、蓮は能力者だって話。蓮から聞いてないんでしょ?じゃあ蓮は隠したいってことじゃない。」


「あ、え、蓮くんって能力者なの?」


「話の流れでわからない?私は能力者。それでその兄。阿澄董哉って知ってるでしょ?私たちの父よ。」


「……え、ええ!?董哉さんが……、そうなんだ。」


「でも蓮は視えないわ。」


「え?視えない?」


「ええ。蓮は視えないから気にせず普通に過ごしてる。だからあなたたちにも言ってないんだろうし、知られたくもないんだと思うよ。普通の学生がしたくて蓮のこと誰も知らないこの学校に入学したんだから。」


「そ、そうなんだ。」


「だから、言ってもいいけど、蓮の気持ちも考えてあげてよ。私は嫌われるのくらい慣れてるしどうでもいいから黙っておくけど。」


「うーん……」


「ねえ、そろそろ授業じゃないの?私は見て回ってるだけだから別にいいけど」


「あ、あ、ほんとだ、じゃあ、また、とりあえず、シズのこと、ありがとう!」


足早にさって行く葉月。


その後ろ姿にダブって見える良く似た何か。


……。アレも、普通とは違う。

普通は何かの思念を感じるものだ。


アレは何も感じない。

ただいる、だけ。

今のところ、1番不気味なモノは、あれだ。




◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「蓮先輩。あなたは、ナニかに取り憑かれてるかもしれません。」


「…………えーっと、いきなり何?」


「その僕は、視えるけど祓える力は無いんです。それでお願いがあって……。」


「お願い?断る。俺は視えないから。視えるなら俺より力があるよ。そう言うのは専門家に相談しなよ。」


「……専門家、ですか?あなたのお父さんや妹さんのような?」


「まぁ、いいんじゃない?個人的には詩音は絶対やめといた方がいいと思うけど。」


「相談してもいいんですか?」


「?なに?どういうこと?」


「あなたと、視えないナニかのことを言うことになります。」


「……は?」


「ここの部屋の壁とても薄くて話し声聞こえるんです。今もあなたとナニかが話しているの聞こえていた。あなたの声だけですが。」


「……それは電話してたんだ。そんな聞こえてたの?悪かったねいつも。」


「いいえ。生活音くらい大丈夫です。普通はほとんど聞こえないですし。たまにポルターガイストが起きた時に心配になるくらいで。」


「……俺がたまに1人で暴れてるだけだよ。」


「僕は幽霊が視えます。しかし、この部屋にはあなたしかいない。視えないナニかがこの部屋にはいる……。」


「……何でそれを言うことになるの?ほっといてくれれば良くない?」


「僕が祓って欲しい霊は、趣味が盗聴です。そいつのせいで聞きたくもないこと、知らなくてもいいことがたくさん聞こえてくる。」


「……え?」


「僕の部屋に取り憑いた霊が、あなたの部屋、というか、あなたとナニカの盗聴を趣味としていて、僕に聞きたくもないことを強制的に聴かせてきます。だから祓ってほしいんです。」


「はぁ?」


「しかし先日、おそらくナニかに盗聴がバレました。以来その霊はどこかへ行ってしまった。それがどこかも突き止めたいし、ちゃんと祓ってほしい。じゃないと取り憑かれてる僕が、何をしでかすかわからない。」


「何をしでかすか?」


「この前、ニュースであった強盗、あれ、多分ですが僕です。」


「は?」


「そのあと一家惨殺事件。あれもきっと僕です。」


「は???」


「記憶が抜け落ちる時があるんです。そのあとテレビをつけると必ずニュースになっている。」


「……記憶がないだけで、何で犯人だって思うの?」


「そのニュースを見てるときだけ、あいつはこちらを向きました。まるで、何か知ってるかのように。」


「それだけ?」


「だからそこも含めて調査や除霊して欲しいんです。」


「うーん、わかった。俺から董哉に相談してみるよ。」


「……ありがとうございます。もちろん、ナニかのことは黙っています。上手に説明してくださいね」



……はぁ。面倒くさい。


ナニかナニかって。

彼女にはちゃんと名前があるのに。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


『詩音、そちらは進展あったか?』


「ううん、全然ない。むしろ、問題ばかりで気が滅入るわ。」


もう、夜だ。寮の門限はとうにすぎてる。なのに、部屋に蓮はいない。


蓮の部屋で蓮を待っていた私は、かなりイライラしていた。


『うん?どんな問題だ?』


「色々よ。とにかく、ここはとにかく変な奴が多すぎる。個々の力が強いのに、悪さをしようとしないやつが多い。ううん、正確に言えば、思念がうまく読み取れなくて、行動の意図がわからない霊が多いわ。」


『不気味、だな。』


「ええ。嫌な予感はする。もし、ここに居る変な奴が、下の街に降りていったら、先の二件くらいの事件は簡単に起こせるでしょうね。」


『強盗事件に殺人事件、か。人が実際に死んでるんだ。早急に手を打つべきだが……手がかりが全くない。警察もお手上げ。きょうびそんなこと出来る人間はいないぞ。』


「ええ、それで残滓をたどって来た方角にこの学校があったわけだけど、それくらいのことが出来そうな奴はもう2体も見つけたわ。」


『そ、そんなにもか。簡単に?そこらじゅうにいるってことか。』


「中等部と高等部をざっと見て回った感じだけどね。とりあえず、蓮と話して……」


『うん?どうした。』


「こんばんは。」


携帯を通話にしたままポケットにしまう。


「こんばんは。」


「あなたは誰?」


「あなたこそ、だれ?」


色白い顔。高い背。細身の体。いや、むしろ、痩せすぎている。髪の毛は長くくたびれている。顔の半分ほどは長い髪が邪魔でみえない。左目だけが爛々と不自然なほどにかがやいているが、

目の下には大きな隈ができていて、不健康そうだ。


「私はこの部屋の住人、阿澄蓮の妹です。あなたは?」


「あぁ、妹さんですか。僕は隣の部屋の鈴村咲人と申します。」


「隣の部屋の方が兄にどんな御用で?」


「ええ、ぼく、実は霊感があって、幽霊が見えるんです。」


「……あら、そうなんですね。で?」


「しかし払う力はないので、お兄さんに僕に取り憑いた霊を祓ってほしいと依頼したんです。昨日。」


「それを蓮は承諾したんですか?」


「ええ。承諾してくれました。」


「……そう、一つ聞いてもいいかしら。」


「僕が答えられることなら。」


「……なぜ、私の声が聞こえているの?」


「?どういうことでしょう?」


「……自覚、なし、か。」


「なんのことかわかりません。ごめんなさい。」


頭を下げる咲人と、名乗った男。頭を下げた拍子に少し髪型がずれる。


「……!やっぱり、というか。ここまで、とは。」


「なんの、こと、でしょう?」


「いいえ。なんでもない。あなた、最近の記憶ある?」


「それが所々ないんですよ。昨日も、途中から記憶がなくて……。」


もっと、もっと良く視ろ。できるだけ不自然じゃない会話を続けながら。

コレの根っこを探すんだ。


「何を?ああ、あなたも能力者だ。そうか僕を祓ってくれるんですね?」


気づかれた?いや、まだ攻撃的になってない。


「見つけたっ」


それは壁にあった。


咲人が言った隣の部屋側の壁。


かなり視えにくい隙間に、

出ている。


二つの耳が。


「……壁に耳あり、障子に目あり、か。」


かなり小声で言ったにも関わらず、


「壁に耳?なんのことを言ってるのです?」


「すごいな、なんでも聞こえるじゃん。あなた、蓮の部屋で何が聞きたかったの?あ、あなたじゃ無いわね。あなたに取り憑いてるやつに聞いてるの。」


「そ、それは僕にはわかりません……。」


「そうよね、それで?目の方はどこにあるわけ?」


「目?ですか?」


「左目を瞑って見なさいよ。」


「……う、うわあ、あ、あああああ!」


「何が視えたの?」


「く、くび!人の首が!3人も!」


……ビンゴ。

「おっけー。あなたを保護します。」


「ひっ、ま、まって、これ、コレを僕が?僕がやったってこと?」


「落ち着いて、そういうわけじゃない。」


「「落ち着いていられるわけないだろ!」」

輪郭が

ダブってみえる。


とんでもない悪霊、

……こ、これは

これほど、とは。  

冷や汗が落ちる。


「「うわあああああああああああああああああ!」」


こいつらが同時に叫ぶ


私も怖くなって、気づいたら叫んでた


「い、いやぁああああああああああああああ!!」




フッと、

部屋の明かりが消えた。


ううん、気づかなかったけど、最初、からだ。


あたりは真っ暗になる。


月の明かりだけが、窓からさして足元を照らす。


私は叫び続けた。


声が枯れるまで


気づかなかった。



気づかなかった。


日本一多忙な霊媒師と呼ばれる阿澄董哉


その娘として、父親よりも、視る力は非常に強く、何かの思念までも視える詩音。


その詩音が視えなかった。


日本一を凌ぐ眼力をもってしても、視えなかった。


否。視ようとすらしなかった。


否、そんなはずないと、頭の中から除外していた。


この部屋


全部が


全部が『どす黒いナニカ理解できないモノ』で覆われている。


この部屋から見える夜空だと思ってたもの。影だと思っていたもの、

全ての闇が、


この部屋から湧き出ている『ナニかわからないどす黒いモノ』


「あああああああああああああああああああああああ!」



「遅くなった詩音。もう、大丈夫。」


ナニカが私の体を抱いて、頭をポンとたたいた。


「はっはっ、はぁ、はぁ、」

息も絶え絶えに泣いている私。必死で宥めるいつもの手。


「おー、すまんすまん。怖かったな。もう大丈夫、兄ちゃんここにいるから。な。ほら、安心だろ?」


「はぁ、はぁっ、は、は、は、ふー。ふーー。」


私は、そのまま、気絶した。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「…………すげえ、怒ってる?」


「う、ごめん!まさか2人がここで会うとは思わないし、あんなになるとは思ってなかったって。」


「逃げられ、た。のね。うーん、どう説明すればいい?詩音には視えたのかな?」


「そっか。視えそう、だったのか。え?なに?『ナニカわからないどす黒いモノ』?あはは、それはすごいな。そんなすごい悪霊だったんだ。詩音が絶叫するほどの?」


「あ、これ?この耳?こんな高いところに。どうするのコレ、触ったら落ちてくるんじゃない?え?叩けばいい?」


ドン!


急に

耳が、聞こえなく、なった。


どういうことだろう。なぜあの部屋の蓮先輩の会話が聞こえていたのだろう。今まで。


そして、今、耳が聞こえなくなった途端、

思い出したように耳から血が噴き出す。


触る。


真っ赤な血が勢いよく吹き出している。


音は、聞こえない。

無音の世界だ。


今まで、気がつかなかった。


僕の耳はどこに、消えてしまったのだろう。

それと、僕の右目。


ふらふらする。僕は意識も朦朧とするほどの頭痛の中でどこに向かっているかもわからずに、走り続けている。

血を撒き散らしながら。


今度は誰の、どこの血を流そうか考えながら。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


『もしもし?蓮か?』


「うん?なに?今ちょっと大変でさ。そうだ、董哉どこにいる?」


『今お前の寮の前のバス停。お前が逃したアレ、確保できたから。』


「仕事早っ。それを今まさに頼もうと思ったところなんだけど……?」


『詩音が通話状態にしておいてくれたから状況はわかってるよ。詩音のファインプレーだね。あと一応お前も。耳から血を撒き散らしながら走ってる猟奇殺人者がいたら流石にわかる。もっとも、彼自身は操られてやってただけだろうから、然るべき処置をして然るべきところへ返そうと思うけどね。』


「うわ、そうか。そうだよな……。」


『今回は流石にお父さん、お前を叱るぞ。』


「は?え?なんで?」


『蓮。何を隠してる。』


「何をって、何も?」


『お前の隣の部屋の霊がお前に除霊されない理由はなんだ。』


「そんなの、視えない俺が知るかよ。」


『本当に、視えてないのか。』


「疑うの?俺を。」


『蓮、詩音が死にかけた。』


「死ぬってそれまた大袈裟な。昔みたいに怖がってうごけなくなっただけ、だよ。」


『あぁ、呼吸の仕方も忘れ、もう少しで心臓まで動かし方を忘れるところだった。』


「…………」


『蓮。もう一度言う。詩音が、死にかけた。』



「…………。遅れたのは悪かったよ……。」


『おまえ、何を、隠してるんだ?』


それは父親の本気の尋問。言葉に力を乗せた、尋問。

蓮の心の中を読もうとしている。本人が言うように、本気で怒っているのだ。


「何も。隠してない。」


『……………………そうか。残念だ。』

ぷち


ツーツーツー。

電話が切れる。

董哉から電話を切ったことなんて今までなかったのに。

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