第30話 亀戸へのお出迎え

「20分で準備、大丈夫?」

「いつものスーツ姿に速攻お化粧するだけだから、大丈夫よ」

 

 たしかに、社会人スーツの時のわたしも、いつも薄化粧だった。勤め先の社名が四葉蛋白質工業へと変わり広報部署に異動となった後には、明日は念入りに身を整えておくようにといった指示が出た際には、多少は念入りにお化粧するようになったわけだけれども……それは穂香ほのか(大)にとっては未来の話。


 らしいセーラー服に着替えながら、わたしはちぃと思う。


(ひそかに憧れていた二階堂先輩のお宅を訪問するんだから、せっかく穂香ほのか(大)も、少しは映えるお化粧をしてもいいのにねぇ)

 

 ……まぁ、身分違いの恋は叶わないものものだとしても……?!


 ユウと別れた後、わたしが三十路間近に週末引きこもりデビューして鑑賞した昼ドラたちに基づいての、それらしいシーンの再生が始まっていく。


 時は大正ロマン主義時代。


 御曹司に見初められた平民の娘。

 

 お母様へのお目通りが叶う前の最初の関門は、御曹司の御宅に住み込む側仕えたち……わたしの三十路脳に、御曹司(二階堂先輩)と平民の娘(穂香ほのか(大))の間に立ちはだかる、御曹司の美人秘書の姿が思い浮かぶ。


 身をすくめた穂香ほのか(大)の前に出で、バッと手を広げるは……らしいセーラー服姿のわたし?! 昼ドラだとたまに学生の活劇もあったりするから、らしいセーラー服の下の体操着が役立つときもあったり?!……ないない、謎すぎる。。


(……2年に及ぶ週末昼ドラ鑑賞生活で、わたしの昼ドラ脳は随分と育っていたようね)


 らしいセーラー服へと着替え終えたわたしは、苦笑いする。

 

 先に速攻お化粧を終えた穂香ほのか(大)が社会人スーツを手にするのを見ながら、わたしは、二階堂先輩との通話ログに表示された車種名を検索してみる。


 英国製の高級自動運転車だった。クラシックな見てくれとは異なり、自動運転機能はレベル5と、どこぞの学園都市での最高値。お値段は載ってないけど、間違いなくお高いはず。



 インターフォンが鳴った。

 穂香ほのか(大)は、シャツと着てからブラを取り替えだしたので、代わりに私が出る。


凪沙野なぎさの様、おはようございます。お嬢様方を出迎えに参りました仁田本にたもとでございます」


 こうして、わたし達の今日の昼ドラが始まった。

 

 着替えを終えた穂香ほのか(大)と共にエントランスに出ると、仁田本にたもとさんは、もう一度、丁寧に礼をしてくださる。わたし達ふたりは、小心者な平民娘の礼をぴょコリと返した。大分で自衛隊式の礼の仕方を5年間仕込まれているわたしだったが、敬礼的なもろもろは職場で目立つこと間違いなしなのですっかり封印済だ。


 仁田本にたもとさんに続いて、エントランスを出ると、すうっと黒塗りのお出迎えカーが現れて、わたし達の前にピタリと止まった。さすがは自動運転機能レベル5。

 

 チャッ、と仁田本にたもとさんが後部座席のドアをあけた。レベル5になっても、人力でドアを開けるのがお出迎えカーの流儀のようだ。

 

 「では、参ります」というお声と共に、すう~っと走り出したお出迎えカーが、信号で初めて止まった時、仁田本にたもとさんが、わたし達の方を振り向いて、

「このハンドルは飾りのようなものですから、何か本日の件で確認しておきたたことが、ございましたら何なりとご質問ください」

 と、にこやかに仰った。


 何しろ、チャリちゃんで先輩の研究室を再訪のはずが、黒塗りの車でのお出迎えされるという展開になってしまっているのだ。せっかくだから、ありがたく仁田本にたもとさんに質問をさせてもらおう。わたしはニヤリとした。

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