第12話 記憶力だけはいいはずなのに……

……わたしの中に香織かおりさんの記憶の残渣がある。


穂香ほのかちゃんが巫女姫様になっちゃったら、もう自衛隊体操の練習をご一緒できなくなっちゃうわね?』

 そう、香織かおりさんが少し憂いた表情で押仰おっしゃったのは、人道的ゴールドラッシュプロジェクトの方で、わたしがイラブタンが二之巫女姫になる設定が決まった頃だった。


 はて?!……わたしがイラブタンが二之巫女姫に、などいうのは意味不明すぎる。それならば、サドガタンが二之姫なのでは。……いやサドガタンって何よ?わたしは新たに浮かんできたサドガタンという語の方が気になり出していった。

 

 ☆


 久しぶりの自衛隊体操は……らしいセーラー服の検証するという思いの外に、わたしの三十路脳内人生を再検証する必要性をも突きつけてくれた。


 らしいセーラー服をゆっくりと脱いで、ブレザーの横のハンガーにかけた。ハンガーにかかると、らしい制服たちは、それぞれに、ほんとにそれらしい制服に見える。まぁ、12歳から18歳にセーラー服もブレザーも着たことがなかったわたし視線では、なんだけれども。

 

 それからは、もういいやと、昼風呂にした。ちゃぽん。自衛隊体操を踊りきり軽く汗をかいた身体を浴槽に沈める。

 

 脳内年齢31歳……なつもりのわたしは、香織かおりさんの思い出のみならず、今の外見となった過程でいろいろと記憶が抜け落ちてしまっているのかもしれない。いや、どこぞから記憶を付け加えられているのかもしれない。

 むー、と、目を瞑る。

 

 バスタオル姿のまま、わたしは穂香ほのか(大)のPCの前の座布団に、ヨーガでは安楽座スカーサナ、すなわち、背筋を伸ばした胡座あぐらをかいた。

 

 はじめに桜女子学院のホームページをチェックする。制服は今も記憶通りの紺のセーラー服だった。お次は第二女子医大のホームページ。こちらも初めて見るサイトだ。附属病院もあるらしい。

 白い病棟の写真を見ながら、ふと、「第二女子医大 附属病院 白井香織」で検索してみた。

 ヒットした。なんと香織かおりさんは二女医病院のリウマチ科勤務のお医者さんとなっていた。わたしより、というか、穂香ほのか(大)より5歳年上だから、今は29歳なのだろう。当院医師紹介というお堅いページであるためか、表情が読み取れないお顔写真。が、元の素材が良いためだろう。綺麗きれいで切れ者なお顔であった。わたしが保健室で聴診を受けるときに、間近で見た香織かおりさんのお顔が蘇る。

 

 馴染みのあるお顔なのに、出会いや別れの記憶がない香織かおりさん。証拠写真付きで改めて不思議気分を味わいながら、わたしは穂香ほのか(大)のPCを閉じた。


 わたしは、通勤バッグから丸まったスレートを取り出し、穂香ほのか(大)のベッドに、バスタオル姿で、腹ばいとなった。

 ディスプレイに指を近づけ、ちょちょいと一筆書きをして、金庫番セーフキーパーアプリを立ち上げる。


 はい、わたしの黒歴史ちゃんコーナーへようこそ。ここには、妄想を書いたメモ、とか、描いてみた、とか、痛いもの含め思い出写真とかがあるのであります。

 リア充とはとてもいえない、というか、大分のレンジャー宿舎生活以来、プライベートでは居住地から数キロメートルの範囲を滅多に出ないというリア狭生活を続けているわたしなのだが、現代を30年を越え生きれば、リアルな思い出も、あるにはある。

 予想通り、白井香織しらいかおりさんのメモとか写真といったものは、スレートにはなかった。

 

 けれども、わたしの探しものはちゃんとあった。

 同い年の元カレ、ユウ。出会ったのはわたしが26歳の時。1年半、お付き合いをしていた。まぁ、それなりのムービーや写真は残っている。

 その頃から既に3年以上を経て、気持ちの整理はとうについているわけで、わたしの三十路脳の記憶の痕跡とスレート内の記憶とを現場検証的な気分でパラパラと比べていった。

 少なくとも、ユウに関する記憶については、わたしの三十路脳はほぼほぼ覚えていた。比較的最近の記憶だからかもしれない。


 でも、記憶力だけはいいはずのわたしの脳は、サドガタンという単語にまつわる思い出はまったく持っていなかった。

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