第11話 錯綜する記憶
ブンブンっと両手を振り続け体の回旋をしながら、わたしは今の身体になる前の、記憶の中の31年の人生を振り返りはじめた。
佐賀で生まれ育ったわたしは、小4の時に、母に連れられて出かけた始めての関西旅行で、宝塚ファンとなった。米国琉球準州は宮古島市に設立されたミカ校に興味を持ったのも、その流れだった。
小5の時に学校の掲示板に貼られていた「エムデシリ附属自衛高等ミサイル科学校 入学案内配布中」というミカ校の志願者募集ポスター。ポスターの真ん中ちょい下あたり、MIKAと読めるロゴの下に写されていた仲宗根先輩のご尊顔に、わたしは惹きつけらられた。
(昼間だし少しくらいはいいわよね)
と、床に激しくはぶつからないように気を配りつつ、両手両足を伸ばして連続の開脚跳躍をしていく。その間も、仲宗根先輩のお懐かしくも凛々しいお顔が浮かんでいる。
志願を相談した後に担任の先生が出してくださったパンフレットの表紙は、ポスターと同じ写真だった。ミカ校の高等科主席の凛々しい仲宗根先輩と中等科首席の美少女友利先輩とが校門に並んで映っている、お写真。お二人のミカ校制服姿は、宝塚級、いや、それ以上の衝撃をわたしに与えてくれた。
当時はお名前を知らなかったので、わたしは仲宗根先輩をMIKA様と勝手に呼んで、ミカ校入学に向けて、勉強に励みはじめたのだった。
エムデシリとは、防衛省の外郭統合体である、統合行政法人次世代ミサイル防衛線整備研究機構のこと。陸海空宙の自衛隊のミサイル装備と練度とを、21世紀半ばの軍に求められる水準以上に維持するために設立された法人である。あまりに法人名が長いので、英語名であるMissile Defense System Research Institute, Integrated Administrative Agencyの頭文字を取って、エムデシリ(Mデシリ)と略すのが正式に認められていた。
自衛高等ミサイル科学校は、この統合行政法人に附属する中高一貫校であり、非公式ながらミカ校と略すのが通例となっていた。
暗記は割と得意なわたしは、小6となりミカ校に願書を出す頃にはこれらの事柄を、エムデシリの正式名称の英語名含め、すべて記憶していた。
腕前上脚後振で足を後に上げ伸びをしながら、わたしの苦手はリケジョ科目だったなぁ、と思い起こす。横須賀の陸自工科校が男子校であるのに対応し、エムデシリ宮古島のミカ校は女子校であるが、理系科目に重点があることに代わりはない(ロボット兵全盛のご時世でも、陸自の工科校での方は相変わらず野営などにも力点があるとのことだったが)。
センサーによる測量を駆使する現代兵器の運用の基礎には、力学や電磁気学などの基礎素養が欠かせないのだ、たぶん。
(素養が大事なことだけは知識として知っていたんだけれどもねぇ。)
腕屈伸膝半屈でうねっと膝を曲げながら、仲宗根先輩への憧れのもと、なんとか筆記と面接の入試を突破してからの、ミカ校での落ちこぼれライフをわたしは思い返す。
公式を教えられても、空気抵抗を受けての砲弾の落下点の計算から躓いた。深い原理までは知らなくていいと教官が
ミカ校で落ちこぼれた後には、エムデシリ大分のレンジャー宿舎で5年を過ごした。教練を続けてくださった教官の方々は、優良な成績を収めれば防大に特例推薦で入れてくれるとのことだったが、天候に応じた射撃管制用レーダーの使い方などなどと続く講義カリキュラムには、相変わらずアップアップだった……併せて自衛隊体操を、ここでエムデシリのお姉さま方に仕込まれた。
深呼吸で息を整えながら、ミカ校一般教育をクリアした後の逃げ道として東都理科大に入学してからのことも少し思い浮かべていく。
……5分弱の体操を終えたわたしは、鏡の前でセーラー服を左右にひらひらさせてみて、妙なやぶれなどはがないことを確認した。らしいセーラー服が大丈夫そうかどうかを検証するという当初の目的は達成できたようだ。
けれども、体操途中でわたしの脳裡に浮かんだ、
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