第10話 セーラー服で自衛隊体操の香織さん?

 今は春の陽気が始まる3月上旬。これからは夏服の出番の季節となっていく。

 気を取り直して、夏服のらしいセーラー服を手に取った。白地の服に薄い水色のセーラーカラーという楚々としたデザインだ。割とかわいい感じ。リボンは藍色。

 

 説明書きも、伸縮性に富んだ動きやすい素材で作られた軽量な制服です、こちらがリボンでこちらがセーラーカラーで、といったことが書かれた1枚ビラのシンプルなもの。らしいリボンは、薄手の色合いのものも付属されているようだ。ともあれセーラー服の頬には謎ボタンはなさそうで安心する。

 

 ただ、裏書きがあった。

(あぁ、これか)


 セーラー服の裏地に細いチャックがついていて、上着の下半分を外すことができるへそ出しコーデ仕様がついているらしい。その手の校則違反な格好もできるアダルトな仕様が、どうやら、らしい制服シリーズのディフォルトらしい。


 要はチャックに触れないようにすればいいのよね、と三十路脳で割り切ったわたしは、らしいセーラー服を着る。穂香ほのか(大)の貯金で買ってもらった制服である。なんとか着こなしたい。


 らしいセーラー服姿で、リビングの鏡の前に立ちバレエの立ちポーズを取ってみる。今のわたしには大きいくらいサイズだったがスカート丈は少し短い。不自然なほどではないけれども。

 再び、ストゥニュー風のターンでくるりんと回ってみる。夏服らしく生地が軽いためか、水色基調のスカートがふわりと持ちあがる。

 

 (うん、今のわたしには、セーラー服の方がしっくりくるかも)


 とはいえ、らしい制服シリーズの一員として、何か妙な仕掛けがあるかもしれない。そう疑ったわたしは、そこそこ激しい動きをしてみようと思った。この2日ほど、穂香ほのか(大)の部屋にこもり気味なので運動不足解消も兼ねて、自衛隊体操をしてみることにした。

 

 その場駆け足を鏡の前でする。前半の腕前腕斜上振から腕回旋膝半屈、腕水平振側開までを、仕込まれた動きでクックッと踊っていく。本来スカート姿でするものではないので足を蹴上げた時に下着が見えてしまうのは仕方ないとして、らしいセーラー服は、上下共に妙なところが外れたりしそうな兆しはない。


 体操の中休みで首を回しながら、セーラー服で自衛隊体操といえば、香織かおりさんだよなと思い出し、にまっと笑みが出る。

 香織かおりさんの制服は、今わたしが着ているらしい制服に比べると随分と落ち着いた色合いだった。

 わたしが中1だったときに、桜女子学院の高3生だった白井香織しらいかおりさん。ご両親は共に大病院のお医者さんだという、香織かおりお嬢様。肩までの黒髪セミロングな正統派美人である香織かおりさんは、夏休み前に特待生推薦枠で第二女子医大医学科への進学を決めていた。


 わたしは、鏡の前で、片膝屈伸から先の体操を続けながら、香織かおりさんとの保健室ライフを思い起こした。

 

 セーラー服姿で保健室の先生をしていた香織かおりさんの前の丸椅子の上で、下着姿となったわたしは、くるくる回りながら、背中や脇に聴診器をあてられ、心音・心雑音を聴く練習台となるのが日課だった。

 

 力を込めて体の前後屈をしながら、わたしは、

(脇の上の方に聴診器が当てられると、こそばゆくてゾクリとしたなぁ)、などと2人きりで過ごした保健室ライフの日々を懐かしむ。

 

ある日、「昨日ね、結月ゆづきさんたちから、自衛隊体操を見せてもらったの」

と言って香織かおりさんがディスプレイに自衛隊体操を映しだした。

 その時のわたしは自衛隊体操をしたことがなかったのだけれども、「私もどれか踊ってみたいな」と言う香織かおりさんと、セーラー服でも極まりそうなポーズを考えた。

 結果、統制運動がいいのでは、ということになって、わたしと香織かおりさんは、片手をビシッと天に向けて、もう片方の手で水平を取り水平線を見つめる統制運動の練習を繰り返したのだった。身長がわたしより20cmくらい高く手足がスラリと長い香織かおりさんの統制運動は、かなり美しくきまるようになった。凪沙野なぎさのジャージ姿のわたしと、ザ・お嬢様学校の桜女子学院のセーラー服姿の香織かおりさんとが2人並んで、ビシッと統制運動をする様はどこかしらシュールな感じもしたが。

 

 鏡の前で、その場跳躍をしながら、理知的な瞳のまま統制運動をしていた香織かおりさん横顔を思い出す。

 

 「あれっ?」

鏡の前で、当の統制運動を始めたわたしは、驚いた声を出した。


(これって何の話?)


 香織かおりさんの統制運動を、わたしは良く覚えているのだけれど、そもそも香織かおりさんとどこで知りあったのだろうか?

 保健室でお医者さんごっこをするくらいの関係だったことは鮮明に覚えているのに、その前後の記憶がない。

 自衛隊体操を知らなかったということは、わたしが大分九重のエムデシリ宿舎に入る前、つまりは小学校時代の佐賀か宮古島ということになる。


 都内の女子御三家校にから都内の医学部に進学したお嬢様である香織かおりさんが、いつなぜに、佐賀の小学校あるいはや琉球準州の離島に来たというのか。


 体前屈全倒振でブンブンっと両手を強く振っているわたしに全く心あたりは浮かばない。

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