第14話 これが俺の屋敷かぁ


 俺とへローラは新居を訪れていた。


「これが俺たちの屋敷かぁ……。ちょっと手に余る大きさだな」


「そうですわ。ここがお父様が用意してくださった私たちの愛の巣ですわ」 


 屋敷とは言ったがこれはほぼ城だ。この前の城ほどではないから屋敷と表現したが、それがなかったら完全に城と表現していただろう。


「でもこんなにでかいと掃除も大変じゃないか?迷子になりそうなくらい広いぞ」


「それなら大丈夫ですわ。使用人もばっちり揃えてあります」


 へローラがそう言って指をパチンとならすと、先日の執事がどこからともなく現れた。


「アウルスさま。私が執事長のボーナムでございます。皆!入れ!」


 こんどはボーナムが手をたたいて、残りの使用人たちに合図した。


 60人のメイドと30人の執事がぞろぞろと隊列を成してやってくる。


「号令!」


 そして右から順に名前を言っていく……のだがはっきり言ってこれだけ多くては何が何やらわからない。まあ使用人の名前は徐々に憶えていくしかないか……。


「ちょ、ちょっとまってくれ。これ全員使用人として雇ったのか?」


「そうですわ。まあ休みの日とかもあって交代制ですので90人全員が毎日勤務するわけではありません」


「だ、だよな……。でもそれにしても多すぎる……」



          ◆



 俺たちは荷物の片付けやもろもろの家事を使用人に指示し、屋敷内を見学して回ることにした。

 屋敷にはちゃんとレグの部屋もあって、レグはそっちを見学にいった。


「実は私もここにくるのは初めてなんです」


「そうか、よかった。じゃあ二人で楽しめるな」


「もっと他に楽しみたいことがあるんじゃなくって?」


 へローラはそう言うと俺の手をとり、近くの適当な部屋に引きずり込んだ。


「うおっと……」


 部屋にはまだ誰も使用していない新品のベッドがあった。


 俺はへローラから主導権を奪い、そこに押し倒した。


「本当にいいのか……?」


「いいに決まってます。私からお誘いしたのですよ?それに今はもう夫婦となったのですから、誰も咎めません」


「でも君は王族……生粋の箱入り娘だろ?怖くない?」


「大丈夫ですわ……。アウルスさまならきっと……大丈夫です」


 へローラは自分に言い聞かせるように言った。その声は少し震えている。


「じゃあ、いくよ?」


 俺はへローラの髪を手ですくいあげると、首筋に柔らかく口づけをした。


 へローラの腰に手をやると――体が震えて、こわばっているのがわかった。


「ねえ、やっぱり……まだやめておこう」


 俺は完全に気持ちが萎えてしまっていた。へローラに覆いかぶさっていた身体をどかす。


「や、やめないで!」


 へローラが袖を引っ張る。


「でも……だって君は震えてるじゃないか!」


 へローラの肩に触れ、優しく抱きしめると、まだ震えてるのがよくわかった。


 そのまま強く抱きしめると、へローラは俺の胸に顔をうずめ、泣き崩れてしまった。


「違うんです……これは違うのです!」


 俺は最初、盗賊に襲われかけたことで、へローラが男性に対して恐怖心を抱いているのではないかと邪推していたが、どうやらそれも違うらしい。なにかもっと事情があるのではないか?


「話してくれ、へローラ。なにが違うんだ?」


「何があっても……私を見捨てないと約束してくださいますか……?」


「何を言ってるんだ?あたりまえじゃないか!俺は君を守ると誓ったんだ」


 へローラといっしょに、俺は自分の暮らしを取り戻すんだ!なにがあってもこの平穏な新生活を手放さない。俺は覚悟を決めた。たとえどんな話を聞かされようが……俺が解決してやる。


「では……これを……」


 ――するするする。


 へローラはドレスの肩をはだけさせ、そのまま背中をあらわにしてこちらへ向けた。



 その背中には――奴隷紋。



「こ……これは!?」


 奴隷紋は文字通り、奴隷の証で、主人に絶対の服従を誓わせるために焼き印をされたものだ。へローラにこれを施した盗賊団は全員死んだはずだから、今はその効力を失ってはいるが……。


「そう、アウルスさまが助けにいらっしゃる前、既に私の身体の一部は穢されてしまいました……。騙すような真似をして申し訳ありません。私の背中の純潔は、奪われてしまったのです。でもこうでもしないと、ここでアウルスさまにもらっていただかないと……この秘密を抱えたまま他の貴族と結婚などとてもできません!」


 へローラはそう言うと立ち上がり、半裸のまま部屋を出ていこうとする。


「どこいくんだ……?」


「穢れた身である私は、アウルスさまに相応しくありません……。大人しく出ていきます。この屋敷はアウルスさまのいいようにお使いくださいませ……。私のことは無駄な期待をした哀れな女として記憶にお留めください」


「ちょっと待て……。誰がいつお前の身体が穢れたなどといったんだ?」


「え……?それは……」


「奴隷紋がなんだというのだ……。それをいうならレグだって元奴隷だ。俺はそんなくだらないことを気にするような男ではない!それにほら、こんなに綺麗な背中の、どこが穢れてるっていうんだ?」


 俺は後ろからへローラを優しく抱きしめる。


「アウルスさま……アウルスさま……」


 へローラは再び泣き出した。号泣。


「君は奴隷なんかじゃない。高潔なお姫様じゃないか……。こんな印ひとつでそれが穢されるものか……」


「でも……でも……もし誰かにこれが見つかって、奴隷契約をさせられてしまったら……?私は永遠にその者の慰みものにされてしまいます」


 主人を失った奴隷でも、奴隷紋に新たな主人の血を垂らし、新たに契約を結ばせることで、奴隷紋はふたたびその効力を取り戻す。


「そんなことはさせない」


「では……アウルスさまの奴隷にしてくださいませ」


「!?本気でいっているのか!?」


「そうすれば、他の者に奪われることはありません……でしょう?」


「た、たしかにそうだが……君は構わないのか??俺がそれを悪用して、君をめちゃくちゃにするとは考えないのか?もっと言えば、国をどうにかすることもできてしまうかもしれない」


「アウルスさまならそんなことはしません。私はわかっています。それに、もしそうなっても私は後悔いたしません。あの日、お救い頂いたときから、私はアウルスさまにすべてをささげるつもりでおりました……。へローラはもう、アウルスさまのものです」


 俺は再びへローラをきつく抱きしめると、そのままベッドに押し倒した。こんどはうつ伏せになって。


 自分で指を噛み切って血を流す。垂れた血はへローラの背中の奴隷紋に塗り付ける。


「我を主と認めよ」


「はい」


 奴隷紋に魔力が集約し、契約が完了した。


「これでお前は俺のものだ……」


「はい。アウルスさま」


 俺たちがその後部屋を出たのは、それから2時間経ってのことだ。



          ◆


 

 夕飯は屋敷の中でもひときわ大きな広間で食べる。部屋の中央にばかでかい机が鎮座しており、それを俺たちが囲む。といっても俺、レグ、へローラの三人だけなのでなんだか奇妙だ。


 使用人たちは部屋の壁に沿うようにして突っ立ってそれを眺める。彼らは俺たちとは違う時間に違う場所で食事する決まりなんだそうだ。


 俺はその状況を不憫に思った。


「なあへローラ。王族と使用人が一緒に食卓を囲んだら罰則とかがあるのか?」


「いえ、そういうわけではありませんが……」


「じゃあ、みんなで食べないか?こんだけ広い机があるんだ。なあいいだろ?レグ」


「うん」


 俺の提案にへローラもレグも笑顔で承諾。


「さあ、ほら、執事さんも座って」


 俺が執事長に促すとあわてて、


「旦那様、困ります。我々のような一介の使用人風情が王族の方々と食事をするなんて」


「ボーナム。私はもう正式な王族ではありませんわよ。今はただのアウルスさまの妻です」


「へローラさま……」


 へローラの言葉でようやくあきらめたのか、ボーナムは空いてる椅子に腰かけた。


 そして、


「さあ、なにをしているお前たち!旦那様と奥方様が我々との食事をお望みになっておられる!支度にかかれ!」


 先ほどとは打って変わった強い口調で告げると、他の使用人たちも一斉に動き出した。


 皆、自分の分の食事を持ってきて空いている席に座る。


 もちろん全部の使用人が座りきれるわけではないので、余った使用人は変わらず立ち尽くすことになるのだが……。


「じゃあ、みんなでいただこうか」


「いただきます」


 俺が今までに経験した中でも最も大勢での食事会となった。大勢で食べるとよりおいしく感じる。俺の話にみんながあいづちを打ってくれるので気分がいい。


「レグは、この家気に入ったか?」


 ここ最近レグのことを蔑ろにしてきたから気になる。


「うん!広くていい!」


 レグは耳をぴょこっと動かして反応した。


「レグ様は昼間も庭を駆け回っておられましたよ」


 メイドの一人が言った。


「そうか、それはよかった」


 何もかもが順調に思えた。


 へローラのおかげでもはや働く必要はないし、愚鈍なパーティメンバーに手を焼くこともない。

 豪勢な屋敷に、美人で王族の奥さん、そしてケモミミ娘もいる。


 こんな日が永遠に続けばいいなぁ。



――続く。

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