第13話 助けた人は……


 門をくぐり敷地の中に入ると、また長い道を馬車で行かねばならなかった。これが全て敷地とは恐れ入った。


 森を抜けると、建物が見えてきた。それは豪邸などではなく、もはや城だった。


「なんだこりゃ。まじでお姫様じゃねぇか」


「その通りです。あなたがお救いくださったのはこの国の国王の娘であるへローラ様です。さあ、着きましたよ」


 執事がそう言って馬車を止めた。


 そこからは執事に代わり兵士の格好をした男が案内してくれた。


 城の中に入るといよいよ現実味がない。


「生きてるうちにこんな光景がみれるなんてなぁ」


 世界各地の調度品などが飾られた豪勢な廊下を突き進む。


 とてつもなく大きな部屋に通される。赤い絨毯の先には大仰な椅子があった。王族だけが座ることを許される、あの椅子だ。


「ではここでしばらくお待ちください。王女様をお呼びして参ります」


 兵士がそう言って立ち去ると同時に、別の兵士が俺の横にやってきた。城の中では常に監視が必要なようだ。まあ、あたりまえか。


 そう待たないうちに、先日の女性が、豪勢なドレスに身をつつんで現れた。


「アウルスさま、改めて自己紹介さしあげますわ。この国の第一王女へローラ・ヘテロボッツァです」


 へローラはドレスの端をつまみあげ、会釈した。


「これはこれは王女様。頭をお上げください。それとアウルスさまはおやめください」


 さすがの俺もこれには参った。王女様から様付で呼ばれるとは……。


「そうはいきませんわ。アウルスさまは私の恩人。ひいてはこの国の恩人といっても過言ではありません」


 えらく気に入られたものだな……。これは報酬も期待できるな……。


「で、お礼というのは……?」



「私のすべてですわ」



「へ……?」


「私をもらっていただきます!」


「いやいやいやいや……もらえないっすよ!いやー王女様も冗談がお上手だなぁ。はっはっは」


 俺が冷や汗をかいて固まっていると、どこからともなく先ほどの執事が出てきて口を挟んだ。


「冗談ではありません」


「えぇ……」


「あなたのような人でも、王族からの申し出を断ることがどんなに無作法な行為かはおわかりでしょう?これは王女様自らが決められたことです。すでに王の承認も得ています。どうかへローラ様のおっしゃる通りになさいませ」


 う……。確かにこの国では目上の人の厚意を拒むことは無礼とされているが……。だからといってそう簡単に受け入れられるものではない。


「いやー俺冒険者ですし、お金もないのでクエストとかこなしていかないといけないので……。忙しいし、甲斐性ないし、危ないですよ?」


「なにをおっしゃいますか!アウルスさま!お金なら私が出しますわ!私がアウルスさまを養ってあげます!それに私はこう見えてけっこう腕がたつのですよ?ただの箱入り娘ではありません!魔法や剣術も王族のたしなみですわ」


 確かに王族だからお金はあるんだろうな……。そうなれば俺は働かなくていいわけだ……。あれ?なんだかいい話に思えてきたぞ。働かなくていいってことは、今後パーティを組む必要もないし、パーティメンバーに困らせられる危険性もない。すべてが解決だ!


 俺は決意を固めた。


「ようし!決めました!俺、へローラさまと結婚します!」


「まあ!素敵!ありがとうございます、アウルスさま!それではさっそく婚礼の準備をしなければ!」


「あのう……一応確認なんですが……俺が次の王にならなくちゃいけないとかだったりします?」


「それはないですわ。私の兄が継ぐことになってますのでご安心ください」


 よかった。さすがの俺も一国の主になるのはごめんだ。


「俺もこのお城に住む感じなのかな?それだったらちょっと気後れしちゃうな……」


「それもご安心ください。私たち専用の住居を用意させますわ」



          ◆



 婚姻の儀は王族に関わりのあるものだけで行われた。なんでも例の伝染病がまだ流行っているらしく、大勢での会食は控えなければならないらしい。俺の連れはレグだけだ。


「ここにアウルスさまとへローラ姫の婚姻の儀を執り行う」


 神父の恰好をした執事が仰々しく告げると、拍手喝采が巻き起こった。


「いやーしかしよかったなへローラ様も、貰い手が見つかって」


「ほんとだよ……。しかも相手はへローラ様を救った勇気ある若者だというじゃないか……」


 参列客がそんなことを口にしていたのがたまたま俺の耳に入った。どういうことだ?姫様なんかと結婚したい奴なんて国中いくらでもいるだろう……。金銭面でも政略面でも引く手あまたに違いない。それなのに「貰い手が見つかった」だなんていうのはなにか引っかかる。


 俺の思考がそのことに気をとられていると、それを発見したへローラが袖を引っ張った。


「なにを呆けた顔で考えてらっしゃるの?さっきから上の空ですことよ。さ、お父様を紹介いたしますわ……。こちらへどうぞ」


「あ、ああ……」


 そうだ、へローラの父に会うということは王に会うのと等しい。緊張してきた……。


「おう、そなたがへローラを救ってくれたという若者か」


 へローラの父、アインクラウンはまさに王といったいでたちで、椅子に堂々と腰かけたまま俺を迎えた。街や新聞で肖像画を見たことがある……。たしかにこの人がこの国の主で間違いない。


「お初にお目にかかります、国王。アウルスと申します」


「はっはっは、そんなにかしこまらなくてもよい。私は君の義父になるのだぞ。私も語調を崩そう」


 そう言うと王は、言葉だけでなく表情と身に纏う雰囲気をもやわらげた。


「ど、どうも。そういうことならぶっちゃけますが……。俺みたいなどこの馬の骨とも知れん男に、姫様をやってよかったんですかね?正直まだ困惑しているんです」


「なにを言っている!?君は娘の命の恩人なんだからもっと堂々としたまえ!それにへローラもどこぞの貴族との政略結婚より、自分で選んだ相手の方がよかろう。私は君を誇りに思っているよ」


「は、はあ……どうも」


 なんだか持ち上げられすぎな気もするが……まあいい。



          ◆



 宴もたけなわとなり、ようやく参列客たちの質問責めから解放された俺は、へローラと二人きりになれる場所を探した。


 へローラとはまだ落ち着いて話もできていない。訊きたいことなら山ほどあった。


「よし、ここならやっと二人で話せますね」


「新婚早々二人きりになろうだなんて、アウルスさまも大胆なところがあるのですね」


「いやちがうそうじゃないです。ただゆっくりへローラ様とお話がしたかっただけですよ」


「アウルスさま、夫婦となったのですから敬語はおやめください。それに……へローラ、とお呼びくださいな」


「……わかった。でもそれをいうならへローラ。君も同じじゃないか?アウルスさまはやめてくれ」


「私はいいのです。王族としてこの喋り方が染みついていますので。それにアウルスさまはアウルスさまですわ」


「なんだそれ……。まあいい。俺が訊きたいのは……なぜ君は盗賊にさらわれていたか……ということだ。まさか王族が護衛もつけずにふらふらと出歩いていたなんてことはあるまい?」


 そうなのだ。へローラには妙な点がいくつかあった。お礼と称しての急な求婚もそうだが、そもそもなぜあんな目に遭っていたのだ?参列客の態度も気になる。


 へローラは俯いたまましばらく黙り続けた。


「いや……話したくないならいいんだ。王族なりの事情もあるだろうし」


「いえ、お話しますわ」


 そう言うとへローラは淡々と話し始めた。


「私は陰謀に巻き込まれているのです……。私の存在が邪魔な人はごまんといますわ」


「陰謀だって!?いったい誰がそんなひどいことを……」


「いえ、いいのです。これは仕方のないこと。王族に生まれた定めなのです。今は兄が王位を継ぐことになっていますがその次に継承順位が高いのは私……。私を殺す理由ならいくらでもあります。犯人は兄かもしれないし、その母かもしれない。もしくは他の兄弟たちかその母」


「ちょっと待って。君たちは全員母親が違うのか?」


「全員というわけではありませんが王妃は何人もいますので……」


「はえーすっごい……」


「とにかく、私はアウルスさまと結婚できてラッキーでした」


「それまたどうして?」


「アウルスさまなら私を外敵から守ってくれるでしょう?……その力がある。それに、どこぞの貴族より、一般人と結婚することで明確に王位争奪戦から降りると表明できますから……」


「なるほどな……。王族ってのも大変なんだな……」


 俺はへローラを守り抜くと固く心に誓った。もちろんレグのことも守る。



――続く。

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