第11話 夜の街に繰り出そう


 エルフ姉妹を追い出した翌日、俺は多少後悔していた……。無能とはいえあれだけの美人が俺に惚れてたんだもんなぁ……。まあ利用されただけかもしれないけどさ……。ちょっともったいないことしたかなぁ?でもまあ養ってやれるほどの甲斐性もないしなぁ……。


 その晩、俺はなんだか寂しくなって夜の街に繰り出した。なけなしの金を持って。


 レグには悪いが宿で待っていてもらおう。男には一人で遊びに行く時間も必要なのだ。


「エルフキャバクラ?なんだか新しい店ができてるなぁ……」


「お兄さん、新しく可愛い子が入ったよ!うちで飲んでいって!」


 客引きがそう言うので俺は店に入った。


 店内は薄暗くて妖艶な香りとムーディーなBGMに包まれている。


 俺は個室に通された。


「今女の子連れてきますから」


「よろしく」


 俺は客引きにわずかなチップを渡した。


 しばらく待っていると、


「お初にお目にかかります……」


 二人の女の子が部屋に入って来た。


「ルエです」「ラエです」


「ああ、よろしく」


 女の子たちは俺の横に、俺を挟むようにして座った。


「今日これが初めてのお仕事なんですよー」


 右の女の子が言った。


「私たち実は双子なんです」


 左の女の子が言った。


「へぇそうなんだ……」


 そう言って、女の子の顔を見ると――俺は絶句した。


 さっきは薄暗くてよく見えなかったが、隣に座られ、この距離で見ると……。


「え、エル!?」


「へ?アウルスさん!?」


 エルも驚いた表情を見せる。っていうことは……こっちは……。


 俺はもう一人の女の子に向き直る。


「やっぱり……エラか」


「う……旦那様じゃないか……」


「なんでこんなところで働いているんだ??」


「アウルスさんが昨日追い出したからじゃないですか!」


「そうだぞ!こっちは賠償金が払えないからここで働いているんだ!」


 ま、まあそうだろうな……。


「ちょうどいい。今日は腹いせにお前たちにたくさん奉仕してもらおう」


「くっ……。何も言い返せない……」


 俺は二人からたっぷりサービスを受け、めいっぱい楽しんだ。


 もちろん、裏サービスもしてもらった。



          ◆



 エルフキャバクラを出た俺は、あてもなく繁華街を歩いていた。あいつらに仕返ししてやった気分で爽快だった。


「すっきりしたぜ……。身も心も……」


 もやもやの晴れた心に、夜風が冷たくあたる。


「さあて、次の店は……」


「お兄さん、うちにいい子そろってますぜ!」


「へぇ……どんな子?」


「なんでも元冒険者で、食えなくなってこの店に入ったみたいなんですぜ」


 客引きゲスな笑いを浮かべた。


「ほう……そいつはなかなかそそる境遇じゃないか……」


 俺もゲスな笑いを返す。


 ようし、この店に決めた。


「ありがとうございます。ありがとうございます」


 先ほどの店と同様、俺は個室に通された。なんでも流行りの伝染病が蔓延しているとかで、客同士の接触はなるべく避けたいのだとか……。


 またしばらく待っていると……、


「こんばんワニノコ!お客様~!私が担当のレンカだにゃん!」


「こんばんワニノコ!私はリミカだわん!」


 へんな語尾の女がネコミミとイヌミミをつけて現れた。


「って……お前らなにしてんだああああああああああああああ!!!!????」


 よく見ると……いやこんどはよく見ないでもわかる。女の正体は……カレンとミリカだった。


「って……アウルス!?」「アウルスさん!?」


 カレンとミリカは互いに顔を見合わせ、硬直した。


 こいつらのエンカウント率どうなってるんだ……?どこにでもいるぞ?呪われてるというかむしろここまでくると運命の赤い糸ででも結ばれてるんじゃないか?


「お前らまで……。なんでこんな店で働いてんだ?」


「あんたが追い出したからでしょうが!!」


 ばしっ!カレンに軽く叩かれた。


「お、そうだな」


「もう!アウルスさんにだけはこんな仕事してること知られたくなかったのに~!」


 ミリカが赤面した顔を手で覆い隠し、悶える。


「まあいいじゃないか!俺としてはお前らに復讐できた気分だよ。今日はたっぷり接客してもらうからな!」


「くっ……。殺せ……。アウルスなんかに接客するくらいなら死んだ方がましよ……。恥ずかしすぎて耐えられない!」


 はい!女戦士のくっコロいただきました!


「んーと、じゃあこのニャンニャンオムライスいただこうか」


 俺はメニュー表を指さして言った。


「う……それは……」


 カレンもミリカもあからさまに嫌な顔をする。


 それもそのはずで、ニャンニャンオムライスの説明文にはこう書かれていた。


 ――提供するときに女の子たちが萌え萌えにゃんにゃんな呪文を唱えてくれるニャン!


「お待たせしましたー」


 注文してからまもなくして、店員がニャンニャンオムライスを持ってきた。


「お!早かったじゃないか。それじゃあさっそくニャンニャンしてもらおうか」


 俺はニヤニヤがとまらない。


「くっ……」


 二人は屈辱的な顔を浮かべて、一瞬躊躇してから、


「にゃーん!にゃーん!ニャンニャンオムライスだにゃん!おいしくなれニャン!」


 と媚びた甘い声で呪文を唱えだした。


 見知った二人が大げさな動作で身体をくねくねさせながら滑稽な呪文を唱える姿は、間抜けとしか言いようがない。


「うはははは!これが俺の復讐だ!お前たちにニャンニャンさせるなんて気分がいいぜ!」


「うう……アウルスさん最低です」


 ミリカが俺を睨みつける。まだそんな目を俺に向けるのか……。生意気なやつだ。俺は意地悪して訊いてやった。


「これって、俺以外の客にもいつもやってることなのか?」


 しばし沈黙があった。ミリカは心底嫌そうな顔で、


「ま、まあ……やりますねぇ」


 としぶしぶ答えた。


「へぇ、やるんだ……」


 こいつらが毎日こんなバカげた接客をしていると考えると笑える。まあパーティに貢献できない無能にはお似合いの職場だ。


 俺は別にこの店で働く他の従業員を馬鹿にしているわけではない。職業に貴賤がないことはわかっている。ただ、こいつらが俺に奉仕してくれるこの状況を、楽しまずにはいられないだけだ。職業差別するつもりは毛頭ない。


 カレンとミリカが俺をさっさと追い出そうとしだしたので、これ以上いじめてやるのもかわいそうだと思い、俺は店を後にした。


「いやー今日は爽快だったな」



          ◆



 宿へ帰る途中、女性の悲鳴を聞いた。


「きゃあああああああ」


 俺は慌てて声のする方へ向かった。路地に女性が座り込んでいる。


「どうしたんですか!?」


「あ、あの人!ものを盗まれたんです!追いかけてください!」


 女性が指差したのは、走り去っていく人影だった。暗くて今にも見失いそうだ。


「了解!」


 困っている女性を見過ごすわけにはいかない。俺は人影を追いかけた。


「おい貴様!待ちやがれ!」


 人影はときどき俺の方を振り返りながら、走っていく。


「らちがあかない……。さっさと仕留めるか」


 俺は指先に魔力を込める。


 ――シュインシュインシュインシャインアインシュタイン。


「うおおおおおおお!!!裁きの炎!姑息な盗人を捕えろ!」


 俺の指先から発せられた裁きの炎は、竜のような形に変わり、男にめがけて一直線。竜のあごが、男の足首を捕える。


 ――ガキン!ぼおおおおお!


「うわっち!いてててあちちちち」


 男の足元が軽く焦げ、男は地面に転倒した。


「さあ、観念しろ!」


 男のマスクを脱がせると、そこには見知った顔があった。


「……グレッド……?」


「!!!……アウルス!!?」


「お前……!!堕ちるとこまで堕ちたな」


「ふん……お前が追い出すからだろう」


 まさかグレッドがこんなことをする奴だとは思ってなかった。たしかに嫌なところはあったが、ここまでの悪人だったとは……。


「なんでこんなことを?」


「俺は職業盗賊だぞ!?冒険者として活躍できなかったら、本当に盗みをやるくらいしか生活できねえ!」


 冒険者として盗賊のスキルをつかうのと、実際に他人から盗みを働くのとではわけがちがう。例えば格闘家が一般人に技を使わないのと同じで、それは業界内でもタブーとされることだ。


「残念だよ……元仲間が犯罪者に堕ちてしまうなんてな……。他の奴ら――カレンやミリカは頑張って普通に仕事をしているのに……」


 元仲間だとはいえ、容赦はしない。俺はグレッドを警備兵に引き渡し、宿に戻った。


 嫌な思いをした……。今夜はレグに慰めてもらおう。 



――続く。

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