第9話 成長


 パローマに来てから5日が経っていた。当面の金はあることだし、俺たちはまだ一回も冒険に出ていなかった。ぶらぶらしたり温泉に入ったりして、楽しい毎日だ。


 朝起きてみると、レグがいない。どこに行ったんだ?


 俺たちの部屋は、4人で泊まっても狭く感じないほどに広く、寝室とリビングとは別になっていた。俺はベッドを抜け出し、レグを探す。


「レグー?」


 リビングに入ると、姿見の前で、裸の女がつっ立っていた。歳は17歳くらいだろうか……?筋肉のついた美しい肉体には、しっぽとケモ耳がついている。あれ?まさか……。


「レグ?」


「お!目が覚めたか、アウルス!」


 女は俺を知っているようだ。


「え、えーっと……どなた?」


「私だよ、レグだ」


「ええええええ!???」


 いくらなんでも成長が早すぎないか?だって、この間まで子供だったじゃないか!?まあちょっとずつ背は伸びてきてはいたけどさ……。


「なんの騒ぎだ……?」


 俺の声で目が覚めたのか、エラが寝室から出てきて言った。


「ちょっと見てくれよ、俺のレグが……。大人になってる!」


「ん?なんだ……?そんなことか……。まったく、驚かすなよ」


 エラは目をこすりながら、再びベッドに戻ろうとしている。


「おい、ちょっと待ってくれよ、俺にもわかるように説明してくれ」


「しかたないなぁ……」


 そう言ってエラは、リビングの椅子に腰を下ろした。


「獣人族ってのは、犬や猫といっしょで成長が早いんだ。その分寿命も短いがな……」


 驚きの事実だった。俺はそんなこと聞いたこともなかった……。エルフってのはさすが、博識なんだな。


「そうだったのか……」


「私、大人になったよ!」


 レグは誇らしげにポーズをきめ、自分の身体の成長をアピールしてくる。


「で、でも……寿命が短いってのは本当か……?」


 だとしたら悲しい。


「まあそんなに大げさに考える必要もないさ、私たちエルフからしたら人間だって寿命が短い。もちろん先に死なれるのは悲しいが、ひとそれぞれ生きるスピードが違うってだけのことさ……」


 そういうものか……。俺はそんなふうには割り切れそうもない。もしもレグが俺より先に死んだら……俺は正気を保っていられないだろう。


「レグは、自分の寿命について納得しているのか……?」


「うーん、たしかにアウルスといっしょに歳をとれないのは残念だけど、獣人ってそういうものだから……気にしたことないなー」


 それを聞いても俺はまだ納得できないという顔でいると、エラが言った。


「君たち人間だって、エルフと比べて寿命が短いからって悩んだり絶望したりしないだろう?それといっしょさ。時間というのは主観的なものなんだよ」


「なるほどなー」


 俺たちがレグについてそうやって話していると、エルもようやく起きてきた。エルはレグを見るなり、


「あ、アウルスさん!?ま、また新しい女の子連れ込んだんですか!?」


 と人聞きの悪いことを口にし、固まった。


「ち、ちがうちがう!よく見ろ!レグだよ、成長したんだ」


 エルはレグの後ろに回り込んだりして、隅から隅まで身体を入念にチェックした。それでようやく納得したようだ。


「たしかに、レグちゃんのようですね……。でもいくら獣人が成長の早い種族だからって、一晩でこれほどの変化は聞いたことがありませんね……」


 言われてみればそりゃそうだ。なにがあった?


「レグ、昨日の晩なんかしたか……?」


「うーん、あ!エルフのお酒飲んだ!」


 レグは無邪気に答えた。床には俺の飲んだ覚えのない空瓶が転がっている。


「はぁ……またエルフ酒か?どんな代物だよ、コレ。大丈夫なのか……?いまさら飲むのが怖くなってきた」


「ま、まあ確かに……エルフ酒には成長促進効果もあるしな。そんなに怖がることはないぞ、我々エルフに何千年と伝わる由緒正しき飲み物だ」


 エラが苦笑いして言った。


 もうレグには飲ませないでおこう……。これ以上はやく成長されたらあっというまにお婆さんになってしまう……。



          ◆


 

 昼を過ぎても、俺は釈然としなかった。やっぱり娘が先に死ぬのは耐えられない。血は繋がっていなくとも、レグを買ったあの日から、あの子は俺の娘だ。


「なんか寿命を延ばす薬とかないかなー」


「あるぞ」


 エラが言った。


「まじか!?」


「まあ、おとぎ話だけどね。そういう話を聞いたことがあるってだけだよ。私も詳しいことは知らないんだ……」


「なーんだ……」


 俺は嘆息して机に突っ伏す。


「落ち込んでいるようだからなにかしてあげようか?またひざ枕でもするかい?」


「お、そうだな」


 最近のエラは自分から俺に奉仕してくれる。ありがたい。以前のパーティメンバーとは大違いだな。


「そうだ!耳かきもしてもらおう!」


 俺は今世紀最大の思い付きをした。


「み、みみかき……?それくらいしてやってもいいが、それは人にしてもらってうれしいものなのか?君の好みがわからん……」


 エラは困惑したようすで俺を見つめる。


「むむむ……人間の耳はエルフと違っていてやりにくいな」


 エラのぎこちない手つきのせいで、俺は耳がくすぐったい。


「ははは……そこはやめてくれ!」


 とまあそんな感じで昼間は快適に過ごせた。エラのおかげだ。



          ◆


 

 夜になって、そろそろ寝ようとしたとき……レグが寝室に裸で入ってきた。


「ど、どうしたんだ!?もう子供じゃないんだから服をきてくれ!」


 レグはいつもと違ったようすで顔を赤らめている。すると突然、レグがとんでもないことを口にした。


「あ……アウルス。私と子供をつくって……?」


「ぶふー!!!」


 俺はまたいつものように噴き出した。


「な……なにを言ってるんだ!?お前は俺の子供として育ててきたんだぞ!?そんなこと口にするんじゃない!」


 いくらレグが成長し、大人の女性になったからといって、俺は絶対に発情しない。そう決めていた。だって昨日まで子供だったんだぞ?


「アウルス、私が先に死ぬからって気にしてた……。子供いれば寂しくない……ね?」


 レグは懇願するような目つきでそう言った。


 なるほど、さっきの言葉はそういう理由で……。レグなりに俺を気遣って言ってくれたんだな。それに応えないわけにはいかない。父として!


「そういうことなら……たしかに!レグに似た娘がいれば寂しさも薄れるかもな……」


 レグとは血がつながってないわけだし、問題はないだろう……。


 俺はその晩、エルフ酒を浴びるように飲み――頑張った!



――続く。

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