第3話 一難去ってまた一難
ラスノテは、冒険者と仕事が集まるイカレた街だ。どこがイカレてるか?あいつらみたいなポンコツ冒険者でも、ギルドに登録できるんだから間違いなくイカレてる。
俺たちが出会ったのもこの街だ。出会ったってのは間違いか。俺があいつらを掴まされたのがこの街だ。もっとまともな街で募集をかけるべきだったな……。5年前の俺に教えてやりたい。切実に。
俺は今、ラスノテの中央区にいる。ラスノテは街全体が円形のドームになっていて、天井にはたくさんの布で蓋がしてある。大昔は巨大なコロシアムだった場所だ。だからどこにいてもたいてい薄暗い。悪いことするにはもってこいの街だ。
まあそのおかげで俺もあいつらから逃れることができた。ラスノテには文字通りごまんと人がいるからな、素人を撒くのにそれほど時間はかからなかったぜ。
ラスノテ中央の市場にはジャンクなものが集まる。食べ物もジャンク。武器や服もジャンク。人だって、ぶっとんでんだかイカレてんだか壊れてるんだか……。とにかくここはそういう場所だ。
「お!お兄さん一人かい?ラスノテの手、食べる?」
屋台のおっちゃんが声をかけてきた。
ラスノテってのは街の名前でもあり、この辺に住む巨大な亀の名前でもあった。ラスノテは海に面していて、港もある。俺がこの街を選んだのも船が目当てだ。
つまりまあ「ラスノテの手」ってのはその亀の手を焼いたもんで、この街じゃ名物のジャンクフードだ。味が濃すぎてあんまり好きじゃねえんだけど……これを食わねえと、ラスノテにきたって気がしねえ。
「それじゃあ一つもらうよ」
俺がラスノテの手を食いながら歩いていると、股間になにかが当たった。
――ぼふ。
「……あが」
下を見ると、子供が俺を見上げている。こいつにぶつかったのか……。よく見るとそいつはみすぼらしい格好をしており、よだれを垂らしている。
まあここじゃ孤児やなんかも珍しくないけどな。だれがだれの子かも怪しいような街だ。なんせそこらじゅうに人がいるからな。だれも細かいことなんか気にしない。
それよりなにより……この子、しっぽと耳が生えてるな。半獣か。
「うぐ……」
俺のラスノテの手を物欲しげな顔で見ている。そんな顔で見られたら、こうするしかない。
「ほらよ」
俺は残っていた分をすべてそいつにやった。
子供が受け取るやいなや、
「ちょっとー、お兄さん、困りますよ」
細身の男が走り寄ってきた。
「ん?なんだ?まずかったか?」
「その子はうちの商品なんですよ。勝手に餌付けされては困ります」
なるほど、孤児にしても酷い格好だと思ったんだ。奴隷だったのか……。
「ほら、返しなさい」
男が強引に取り上げる。
子供はがっくりして、うるんだ瞳で俺を見た。
「おい、ちょっと待てよ」
こうなったらやることは一つだ。
「その子、俺がもらうよ」
◆
俺から金を受け取ると、すぐに男は去っていった。群衆の中に、俺と腹ペコのケモ耳児童が取り残される。あの……ラスノテの手返してもらってないんですけど……。まあいいや、あとで食堂にでもいくとするか。
「さてと……お前、名前はなんていうんだ?」
「あぐ?」
子供は首をかしげて、不思議そうに俺を見つめる。
「もしかして……お前喋れないのか?」
どんな過酷な人生送ってきたんだよお前……。今日日、奴隷でもふつうは言葉を話す。胸が痛いよ……。俺が本当に養うべきは、あの4馬鹿じゃなくて、この子だったのかもしれない。ようし、これからは俺がいっさいの苦労をさせないからな!
「じゃあ、俺が名前つけてやるか……」
「うぐ……?」
「お前の名は――レグだ」
「うぐー!!!」
うぐーという声が可愛かったので、それにちなんだ。「うぐ」や「うぐー」だとあまりにもおかしな名前だから、そこはちょっとひねった。この辺りのなまりだと、ちょうど「う」が「レ」の発音に聞こえないこともないしな。
「よろしくな!レグ!」
「るぐー!!!」
「俺はアウルスだ」
「あうあう!」
「それじゃあ、腹も減ってるだろうし、なにか食いにいくか」
◆
俺たちは街で一番でかい食堂に入った。「まるの屋」と書かれたでかい看板には赤い丸のオブジェが立体的に描かれている。
ここの飯がうまいんだ。一番でかい店ってことは、一番繁盛してる店ってことだから一番うまいんだ。え?そうは限らないだろって?それがここでは違う。なにもかもがシンプルな街、それがラスノテだ。
ラスノテにある店舗という店舗は、最初は屋台で、売り上げに応じてそこらの板やらガラクタを継ぎはいで大きくなっていく。店と店の区切りなんて板一枚、布一枚だったりするから、隣の店を買ってしまえば、そこをぶち抜きゃいい。
俺たちは6人ほど座れそうな長テーブルに腰かけた。店内に人は少なく、贅沢にスペースを使うことができた。まあちょっと昼飯には遅い時間だし、空いててラッキーだ。
「ほうら、いっぱい食え。腹ペコくん」
「がうー!」
ガツガツ。ガツガツ。
レグは日替わり定食二人前を平らげた。
それにしても、よく食うなあ。よっぽどひどい扱いを受けていたのだろう……。しかし、そんなにおいしそうに食べてくれると、俺もうれしい。あいつらに食わせてやってたときとは大違いだ。
「そうか、そんなにおいしかったか!」
「あうー!」
だけどちょっとそろそろ、懐が寂しくなってきたな……。街で豪遊したあとに、さらにジュエリーにも金を渡し過ぎた……。おまけにレグを解放するのにもけっこうかかったしな。いや、それはまあ別にいいんだが。支払ったことに後悔はない。稼げばいいだけだ。問題はどう稼ぐかだが。
食べ終わった皿を眺めながら、そんなことを考えていると……。
「よお、アウルス」
グレッドがそう言って俺の横に座った。残りの三人も空いてる席に座る。
「探しましたよ」
「ここで待ってれば会えるとは思ってたけどね。あんたいつもこの店使うし」
はあ……。まじか。勘弁してくれよ。ようやく新しい仲間にも出会えてこれからってときに、こいつらの顔は見たくない。
俺は深く嘆息した。
初めて見る面子に、レグがおびえる。
「……あぐ?」
「誰ですか?この子?」
ロランが尋ねる。
「レグだ。さっきそこで拾った。俺の新しい仲間だ」
「ちょっと!私たちとはパーティ組めないのに、この子とは組めるっての!?」
カレンが立ち上がり抗議する。
「レグは俺の子だ。パーティじゃない。戦わせるんじゃなくて、守るべき対象だ!お前らなんかと一緒にするな!それに、お前らと違ってこんなに可愛い!メリットしかないじゃないか!」
「可愛いってんなら私のほうが可愛いでしょうが!!!第一、その子男の子だし!」
たしかにカレンは可愛い。でもね、役に立たないですもの。最初会ったときはちょっといいなとは思ったよ。でも5年間も目の前でポンコツっぷりを見せられたらさ、そんな気も失せるってもんじゃない?
まあでも、見た目だけなら上等だし、考えてやらんこともない。
「じゃあお前、俺の女になるか?それだったら置いてやってもいいけど……」
「ちょ……!あんた最低ね、ホント。頭の中それしか考えてないの?」
最低なのはお前らだ。タダメシたかりやがって。
すると……、
「こちらご注文の『なんでも丼』で~す」
食堂のお姉さんがなにやら禍々しいものを持ってくる。
あれ?俺注文した覚えないけど……?
なんだ「なんでも丼」って。なんでもかんでも乗せましたとばかりに、魚やら肉やらがぐちゃまぜになっている。これ、食えるの?てかだれが食うの?
「あ、それ頼んだの俺」
グレッドが手をあげた。は?
なんかそういえば、俺とカレンが言い争いしてる横で、なんかぼそぼそ言ってたな。あれ注文してたのか。くそ!すっかりスルーしてた。
「あ、それ私のです!」
「あ、それは僕の」
ミリカとロランも、それぞれ自分のを受け取る。
「これ、カレンの分も注文しといたから」と、ロランがカレンにどんぶりを手渡した。
「ありがとう」
「あのさぁ……それ、もしかして、俺が払うことになんの?」
「「「「当然!!!」」」」
はぁ……。何?こいつら俺の金食いつぶす気?てか俺ももう金ないんだけどね。払えるのかな……。ま、払えなかったらこいつらが食い逃げで捕まるだけだ。
――続く。
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